第54話 姉妹喧嘩


 ∮



「――姉さん。あなたのスキルについて熟知しています。「治療」や「捕縛」と言った補助面に適したスキル構成。さてさて、この怪物たちを掻い潜って私の元へ辿り着けますか?」


『ゲゲケッ、ゲヒヒィ』


 ノア彼女の言葉に怪物たちは前に出る。


「っ」


 シア彼女は怪物たちを前に、たじろぐ。


「それに知っていますか? この怪物たちは「元」は人間の男性です。つまり…抵抗敵わない姉さん、あなたは傷物にされる運命なのですよ。イイ気味です――私が味わった苦しみを、少しでも…その身に受けなさい…やれ!」


 意地汚く嗤う彼女はシアの肢体を見て目の前の穢らわしい怪物たちに陵辱される様を思い描き、それを実現させるべく命令を指示。


『ゲヒヒィッ!!…ゲヒィっ!?』


 怪物たちはシアに襲い掛かる――ことはなく近くの地面や機材が生物のように動き、怪物たちの身を封じ空中で捕縛する。


「――


 背後から聞き覚えのある声が聴こえた。


「…?」


 振り返ると笑顔を見せる男性がいた。


「えぇ、虫の知らせって言うのかしら。シアちゃんの向かう場所からいやーな気配を感じてネ。これは何かあると思って来てみれば…正解だったワ。当初は姉妹喧嘩に口を出すつもりはなかったけど…無視はできないワネ」


 前方にいるノア。そして捕縛した物とは違う怪物たちが建物の影から何体も姿を見せる光景を見てシアと位置を変わるように立ち塞がる。


「アナタは妹ちゃんに専念しなさい。アタシはこの穀潰したちの相手をするワ」


「…感謝致します」


「いいのヨ。ほら、妹ちゃんの頭を小突いてでも正気にしてあげなさイ」


 ウインク一つ。そんな東のお茶目な姿を見たシアはクスリと笑う。


「…ふふ、できるだけ穏便に済ませます」


 二人は一言二言話すと別々に動く。


「――ヤレ」


『ゲヒヒィッ!!!!!』


 自分の元に近寄る姉を妨害するために怪物を総動員して向かわせる。


「はい、アナタたちはアタシが相手してあげる。「化物」同士、仲良くしまショ」


 捕縛される怪物たち。それを無視して素通りするシアは東を信じ、ノアの元へ向かう。


「…さ、始めましょうカ。別にアナタたちに恨みとか…特にはないけど海クンの【黒炎】で正気に…「人間」に戻れなかったのならそれ相応の待遇を与えるわ。それは――「死」」


『――ッ』


 捕縛していた物質を圧縮させ潰す。潰した怪物たちを更に囲い雁字搦めに動きを封じる。


「死ない。なら少しでも楽に最後の刻を過ごさせてあげるワ。ただ勘違いしちゃダメよ。善良な生物に対してであって「本能」に従い「女性」を


『ッ』


 雰囲気を変えた東は殺人鬼のような冷徹な目を向けて囲っていた怪物たちを無慈悲に圧縮し、圧縮し、永遠に続く苦しみを与える。


「この世に、に慈悲をかける人間が何処にいると思う?…? 貴様らの運命は決まった。「死」よりも悍ましい代価をプレゼントしてあげる、ワ」


『ゲビィーーーーーーッ!?!?』


 最後だけ雰囲気を元に戻した東の目は一欠片も笑っておらず、悲鳴をあげる怪物たちを尻目に…前方にいる姉妹を見据える。


 ・

 ・

 ・


「…決めました」


 一メートルそれが彼女たちの間にある空間。


「はい?」


 姉の言葉に眉を顰める妹は自分が動かせる全ての駒である怪物たちが封じられたこと、毛嫌いする姉が目の前にいることで…苛つく。


「穏便に、少しでも穏便に済ませようと思いました。それはノアちゃんの身を案じてです」


「勝手ですね」


「はい、そうです。ですが…


 清々しい顔でニッコリと微笑む。


「ノアちゃんは身も心も「悪」に染まってしまっている様子。それを正すのは「姉」の勤め…たとえ野蛮と呼ばれる暴力に手を染めようが心を鬼にして更生させましょう――汝、黒椿ノア。天地の創造主、全能の父である「神」に変わって「わたくし」シスターシアが貴方の罪を裁きます」


 両手を重ね、目を瞑り神に祈る。


 異変が起きる。彼女の周りから黒いモヤ――【闇】が発生してそれは彼女の身を包み込み…【闇】が晴れたそこには元から着ていたシスター服とは違う…黒いドレスを着込む。


「――修羅の「鬼」となりましょう」


 背より大きな白銀のロザリオ片手に微笑む。


「…皮肉なものですね」


 姉の変わり果てた姿を見たノアはその強大な力を見て平静でいた。逆に相手が――「姉」が自分と戦ってくれることに歓喜振る舞う。


(…姉さんはその姿が「本気」なのでしょう。ならば…それを打倒した私が正しい。私がただの【無印ノーマ】と思っている。なら、その常識をイマ、ここで覆す…っ!!!!)


「…どちらが上かこの際決着をつけましょう。死んでも、怨まないでくださいね…ッ」


 予め口の中――奥歯に仕込んでいたカプセルを噛み砕く。その瞬間溢れ出る「力」。変貌する「肉体」。「角」が生えた額。


『!』


 変貌を遂げたノアを見たシア。そして後方にいた東はその姿、凄まじい殺気に身構える。


「こちらは「本物」の「鬼」となり対抗しましょう。覚えていますか姉さん。あなたが一度敗北の味を知った相手――「鬼神」の力を」


 身長、姿形はさっきまで目の前にいた少女ノア。なのに額にある「角」。そしてその身に宿す「力」が別物…「鬼神」のそれだと知らせる。


「――シアちゃん!!」


「問題ありません!!」


 悲鳴と呼べる掛け声に否を出す。


「…少しでも、危険だと思ったら、無理矢理にでもアタシも…介入するワ」


 無理矢理自分を納得させた様子で不承不承と言った雰囲気で身を引く。


「…お願い、します」


(…東様のお言葉は大変嬉しい物。ただ、わたくし一人でもなんとかなる…たとえ「力」が本物だと言えようと、全盛期よりも遥かに強くなっていようと、借り物。本領は発揮出来ません。叩くならまだ慣れていない今の内に…っ)


「――黒纏、紐差!」

 

「…っ」


 先手必勝として彼女ノアの背後から這い寄る闇の縄が何重にも伸びて身体を拘束。

 拘束に成功したことを確認したシアは瞬時に闇の簡易ゲートを作り、それに飛び込む。


「少し、強くいきますよ!」


 彼女ノアの背後に闇のゲートが生まれそこから飛び出したシアは両手で抱えたロザリオの側面で躊躇なく重い一撃を叩きつける。


「…んぐっ!」


「まだまだっ! 黒纏、螺旋錠!!」


 ロザリオを床に突き刺し、吹き飛ぶ彼女に螺旋回転する闇で作られた錠を四つ飛ばす。それは壁に叩きつけられた彼女の四肢を固定。


「…っ。こんな、もの…っ」


 「鬼」の力をフル活用して力み闇で作られた拘束具を外そうともがくも外れることはなく、逆に強く食い込み、彼女を固定する。


「…ふぅ」


 身動きを封じた彼女を見て、額から流れ落ちる汗を拭き取り、最後の儀式を行う。


「祭典の刻は、来たり」


 息を整えた上で目を瞑り、目前に持ってきた巨大なロザリオの取手を持ったまま祈る。闇の光を灯し光出す。その光は強まり辺りを包む。


「――天にましますわれらの「」よ。あなたの栄光をこの手に、あなたの御手を汝、黒椿ノアに。不浄の魂を浄化しましょう。代行者はわたくし――黒椿シアが取り持ちます」


 讃歌を謳い終わった彼女は目を開け、それとともに彼女を起点に闇光が溢れ出す。


「今、助けますから」


 彼女は「祈り」をロザリオに込め、一歩、踏み出す。彼女…ノアの元に赴くとロザリオの先端を――胸に突き刺し闇の世界に引き込む。


「…その心、清めたまえっ!!」


「!!」


 決死の覚悟で挑む姉。目を見開く妹。闇光は彼女たち二人を呑み込む。


 ・

 ・

 ・


 いつからだろうか、比べるようになったのは、いつからだろうか、卑屈になったのは。


 微睡のなか、揺蕩う彼女ノアは思う。


 あぁ、そうだ。見て欲しかった。ただ一人、優しくしてくださる――に。


 ようやく思い出した、自らの過ち。


 姉様だけじゃない、父様も、母様も…みんな私が「普通」でも【無印ノーマ】でも関係なく平等に溺愛し…「愛して」下さった。

 なのに、私はそれ以上を望んでしまった。どうしても縮まらない姉様との差。過敏になってしまう周りからの視線。成長しない自分。

 私はそれを「悪く」履き違えて全て姉様が居るから姉様が優秀だから自分は「比べられる」と思い込み、塞ぎ込み…「卑屈」になった。


 そんな彼女ノアの弱くなった「心」につけ入るように男――天堂尚弥は近づき、甘い声をかけ、彼女を「洗脳」した。

 元々の狙いは彼女…黒椿家の権力、そして他へのパイプ。「黒椿ノア」という人間の価値など天堂尚弥は見ていない。ただの置き物。


 あ、あぁ、あぁ、ごめんなさい。ごめんなさい。私は、取り返しのつかないことをしてしまいました。姉様、お逃げください。「鬼」が…「鬼神」が、私の身体の権限を奪う前に…っ。


 「嫉み」「怨み」「飢え」という感情が心の内から這い上がり、それは彼女を呑み込む。


 ・

 ・

 ・

 

 ピリッ


「――ッ。弾かれた…っ」


 彼女シアが行った儀式…「悪の芽の浄化」が弾かれたことに目を剥き、離れる。


「…あは、あははは。黒椿シア。あなたが憎い。憎い、憎い憎い…っ。この手で殺したい。その肉を、貪り、喰らい尽くして、くれる…っ」


(違う、違う。私はそんなことを思っていない。なのに、体が勝手に…っ)


 表と裏が反転し、自分自身が制御不能となったノアは姉を殺害するべく飛びかかる。


「っ。ノアちゃん!! させ、ませんっ!」


 もの凄い速さで殴りかかってきた彼女ノアの拳をロザリオの側面で受け止め、受け止めきれない衝撃を横にズラして受け流す。


「気安く、名を呼ぶなっ!」


(やめて、もう、やめてよ…私は、こんなこと…望んでいないのに…)


 力にものを言わせる彼女ノアは内心とは裏腹に彼女シアごとロザリオを殴りつけ吹き飛ばし、それを追随し殴り続ける。


「…ぐっ」


 その猛攻をなんとか耐える。


「どうした! どうしました!! 私を助けるんでしょ!?! 早く、助けてみせろよっ!」


(姉様、逃げて。お願い、します…ッ)


「…かはっ!?」


 殴りつけられて、蹴られて、守りと攻めの要であるロザリオを吹き飛ばされ、なんの障害もなく無防備になったお腹に一撃を受ける。


「妹に負ける、姉など不要、なんですよっ」


 血塗れの彼女シアはよろめき、頭部を掴まれ、地面に叩きつけられる。


「あぐぅっ!?」


「シアちゃ――」


「大丈、夫、です…っ」


「っ」


 その暴行を見ていられなかった東は近寄ろうとするも、彼女の言葉と目で動きが止まる。


「――余裕ですねぇ。なら、これで…っ!?」


 地面に倒れ伏す彼女の頭部を踏み潰そうとして、その足は、体はピタリと動きを止める。


「…黒纏、闇縫いっ」


 よく見るとノアの体のあちこちには先程使った「黒纏、紐差」より数段と高密な闇が纏わりつき、体の自由を奪っていた。


「…無抵抗でやられる姿を演じ、小細工を…っ。こんな、もの…」


 体に纏わりつく闇を振り解こうとするがその闇は消えず、彼女の…シアの妹を守るという意志を宿したようなに固く強固に包む。


「無駄、です。その闇はわたくしの全てを注ぎました。簡単に、解けてもらっては困ります…そんなことよりも…ノアちゃんを返してください。わたくしの、可愛い妹を…返してください!!」


 息も絶え絶えに脂汗を浮かべ、額から垂れる血を拭うことなく震える足で立ち上がる彼女はその折れない意志を宿した目で睨み、妹であって妹ではない存在に思いの丈を叫ぶ。


「何を、言っているのですか。黒椿ノアは、私です。私以外の、何者でも――」


「違う!」


 即、その言葉を否定。


「ノアちゃんは、そんな横柄な言葉を使いません。暴力を、振るわない優しい子。何よりも、わたくしの心が、あなたを認めないっ。わかるん、ですよ。なんせ――わたくしは「姉」なので!」


「…っ」


 その言葉に彼女ノアは息を呑む。


「…返してください。ノアちゃんを、わたくしの大切で可愛いただ一人の「妹」を、返せっ!!」


「…、私、は…っ」


「! ノアちゃん!」


 昔と変わらぬ呼び名にパッと明るくした顔をあげ、期待を込めた瞳を向ける。


「…ごめん、なさい…。私は、もう、姉、様…あ、あぁ、ぁぁぁぁ!」


 闇が四散して動けるようになった彼女は頭を抱えて叫ぶ。目に大粒の涙を携えて叫ぶ。自分の過ちを後悔を懺悔するように。

 彼女の体から赤黒いモヤが生まれ、それは徐々に形を成し、苦しみ叫んでいた彼女――元に戻ったノアは“それ”を見て顔を青くする。


「嘘、だ。嘘です。まだ、復活する段階じゃ、完全復活は程遠い…はずなのに…「鬼神」が…っ。姉様、早く、お逃げくださ――」


 彼女、ノアが“それ”の存在を認識し、姉に向けて振り向き、叫んだ。その行動はあまりにも遅く、その瞬間、全てが終わった。

 危機を感じ取り妹が振り向く前にその身を庇うように覆い被さり――復活した「鬼神」の手で肩口から胸元にかけて…裂かれていた。


「…姉、様…?」


「あ、ははは、しくじっちゃいました…ノア、ちゃん。愛して、います、よ…」


 口元から血を流し、最後の力を振り絞り微笑む目から生気が失われ、虚な目で倒れる姉。


「あ、あぁ、姉様あぁぁぁぁぁっ!!」


 動かなくなった姉を抱きしめて泣き叫ぶ。


「彼女たちから、離れろ。化物っ!!」


 少し遅れて動いた東は右腕に「隕石」の力を付与して本気で殴りかかり――


「っ。あぐっ!?」


 それより一段と速く動いた「鬼神」に呆気なく右腕を引きちぎられ、腹を殴られ、口から血反吐を吐き…その衝撃で吹き飛ぶ。


「……」


 壁に叩きつけられた東は…動かない。


 それは、たった数秒の間に起こった出来事。


「……」


 「鬼神」は瀕死の東たちに見向きもせず、自分が成すべきことをすべき、その場を離れる。



 

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