第52話 決着 *依瑠&佐島サイド
私は「壊れている」。
あの日から――『探索者育成学校』に入学して〇〇〇〇と出会った時から。
悪夢を見るようになった。
私の生活は変わった。
昔と変わってしまった。
明らかに何かが足りない。
だけど思い出せない。
私は馬鹿だからそれ以上考えられない。
だけど、その「何か」を補う。補ってくれる――「尚兄」がいる。
お兄ちゃんのためなら、お兄ちゃんの言うことなら、お兄ちゃんの願いなら、私は――
でも、なんでかな…なんで、どうして、おかしいよ――「尚兄」は「兄」じゃないって…心が叫ぶ。そんなことないのに、私は、私は、私の気持ちは心はいつも、あやふやだ。
もう、わからないよ。
誰も、教えてくれない。
信じるのは、お兄ちゃんだけ。
だから――
「――全て、消しちゃえばいいんだ。私を誑かす害虫は全て。そうすれば私の迷いも晴れる。お兄ちゃんに褒められる。お兄ちゃんに頭を撫でられる。お兄ちゃん。お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん――私が、お兄ちゃんの邪魔をする奴ら全て、排除するからっ!!!」
可愛く整った顔を能面のように豹変。最大限まで見開いた眼光を鋭く敵――依瑠に定める。
突如、名取空を中心に空間が揺れ、振動し、その振動は体育館全体を震撼させた。
「…っ」
無風だった空間。それが今や暴風のようにある人物を中心に嵐が吹き荒れ。彼女――名取空に近付かせまいと全てを拒むように、彼女の心を表面化するように依瑠の行手を遮る。
(…スキルの、暴走…っ。これでは安易に近づけない。「
「
「まだ居たんだ。鬱陶しいなぁ…そうだ〜」
救出を諦めない
「死んじゃえ!」
依瑠がいる方角に手を向ける。
「!」
何が来ても問題なく対応できるよう神経を集中させ構えていた。なのに何も起こらない。
(…油断をさせるブラフ? 直感も何も反応はないし…っ!?)
突如、目を見開いたかと思えば口をパクパク開けては閉め、何度か繰り返す。次第に首を抑え、苦しそうにその場に蹲ってしまう。
(…や、やられたっ。空気、彼女は私の周りの、空気を…とりこまなくちゃ…っ)
空気を――酸素を取り込めなくなる。
「――あなたの周りを「絶対真空」にしてみたんだぁ。ねぇ、どのくらい水中で息を止められる? 最高記録は何秒だろうなぁ。意識が途切れたら、目を覚ますことはできるかな?」
苦しそうな依瑠の姿を見据え、勝ち誇る彼女は小悪魔のように嘲嗤う。
・
・
・
「……」
(…ダメ、もう、意識が…)
1分、2分…どれだけ経っただろうか。体感的には5分は耐えた。ただ何も変わらない。
残る末路は意識を手放してよくて昏睡。最悪、酸欠で窒息死が妥当だろう。
ふわり
絶体絶命のピンチ。依瑠の体を包むように暖かな空気が流れる。それと共に失った空気が補填されゆっくりと覚醒する意識。
「諦めるのか?」
「!」
覚醒した頭に聞き覚えのある優しく懐かしい声が響く。その途端鮮明にクリアになる意識。嬉しさと期待を込めて――顔を上げる。
「もう一度問おう。星見依瑠、諦めるのか?」
そこに居たのは予想通り――佐島大地。灰色ローブの姿は変わらず、フードを外し、昔のように試すような視線を向けてくる。
「…いやだ」
それは子供のような言葉遣い。
「じゃあ、助けよう。俺が活路を――道を作る。依瑠、いけるな?」
多くを語らなくとも伝わる信頼関係。
依瑠の意志を確かめ、黒炎を手に問う。
「…大地君こそ足引っ張らないでよね!」
体調が万全なのを確認すると立ち上がり両手に星の熱量を生み、駆ける。
「周りは気にするな。全部、俺が担おう」
(…ホロウ様。技、お借りします)
竜の右手から自分が生み出せる最大の黒炎を吐き出し、ある形に模る。
「――
圧縮した黒炎の塊を彼女に向けて放出。両手から放たれた黒炎の息吹は黒竜を模り駆ける依瑠を超えて――空を包み「
「!」
凄まじい速度で進む黒竜をその身に受けた空は…痛みがやってこないことに違和感を抱く。
(…残念。それは君を傷つけるモノではない。君の周りを囲う暴風を打ち消し「
膝まで炭化した左腕を右手で抑え、駆ける依瑠の背中を脂汗を浮かべ、眺める。
「…進め。何処までも進め。彼女を癒すのは君の役目だ。彼女の心は苦しんでいる。どう取り繕うが彼女の目は助けを求めている。これ以上苦しむことなく――解放してあげよう」
(…俺の【黒炎】が本物なら今の一撃で彼女を解放出来たのだろうか…所詮は借り物。大きな力を扱うには代償は必要だ。それがたとえ…俺の「命」だろうと構わない。ホロウ様の妹君をこの手で救えるなら、安いもの)
限界を超えようが
「――リル、全開だよ」
〈 本当に、よろしいのですか? 〉
「大丈夫。私はともかく二人は…【十傑】。ここで私が倒れようが彼女たちなら心配ない。私は私が成せる全力を振るう!!」
〈 承知致しました 〉
主人の意志を感じ取ったリルは今出せる最大の「星」の力を依瑠に贈る。
「! 最高だよ、リル!!!!」
【
「私に、近づくな! やだ、いやだ! 誰も、私たちの邪魔をしないでよ!?!?」
癇癪を起こし暴風を生み近づく依瑠を吹き飛ばそうとして…黒炎で打ち消される。
「大丈夫。怖くないよ。あなたの心を操る悪い膿を取り除くだけだから」
星の熱量を貯めていた両手を重ね増幅。
「――喰らい尽くせ、星食い!!!」
両手のひらを通して空の胸元…身体に星の熱量が流れ込む。それは身体に入り込んだ悪い因子を破壊すべく勢いで体の隅々まで行き渡る。
二人を包む星の熱量を含んだ光は数分して収まり…そこには【
「…気分は、どう?」
腕の中に顔を埋める空に優しく問い掛ける。
「まだ、少し、苦しい、です」
弱々しく、それでももう反抗的な目も彼女に相応しくない汚い言葉遣いをすることもない。
「そう。時期、治ると思うからね?」
「はい。その、あの、ごめんなさい…」
「いいのいいの。私がしたいことをしただけだから。ね、大地君?」
足音に顔を向けるとそこには少し疲れた様子の佐島の姿があった。
「彼女の言う通り。それに俺たちは謝罪よりも感謝の言葉の方が嬉しいな」
「…ありがとう」
少し気恥ずかしそうに、彼女は告げた。
そんな彼女を見た二人は微笑む。
「思うことが、あります」
「どうしたの?」
「…助けてくれたお二人には申し訳ありませんが、本当は死にたかった…」
『!?』
本音を聞いた二人は言葉に詰まる。
「私は、操られて…いた。でも、結局は私の意思なんです。違和感は思い返せば何度もあった。でも、私は「おかしい」と思いつつその幸せな時間が続きますようにと、身を委ねた…っ」
「それは、天堂が…」
彼女の悲しそうな顔を見て、小さく首を振る仕草を見て…それ以上の言葉を紡げなかった。
「最低な人間なんです。私は、お兄ちゃんに…海兄に合わせる顔なんてない…っ。嫌われた。私は、海兄に嫌われたら、もう、何も…っ」
『……』
(…「解除」は不十分だった。何か、後一押し…彼女を「肯定」する…何かがあれば…)
隣に立つ佐島に視線を移すも悔しそうに苦い顔で首を振られてしまう。
依瑠は感じた。このままの状態で彼女を一人にしたら、いつか彼女は…自分の命を絶つ可能性がある。彼女の心の在り方…兄の海に会えればいいが、今は天堂尚弥と戦っている。
(ここまで来て、彼女を救えない。何か――)
じっ、じじじじっ。
『君の「妹」は「幼馴染」は優秀だ。そんな彼女たちも今は俺の言うことを聞く道具。名取海。お前のことなどなに一つ忘れ――俺を愛称で呼ぶ…さぞかし、悔しいだろ?』
『!』
突如としてそれは聴こえた。
「この声は…」
「天堂尚弥の、声だろう。どうやら体育館のスピーカーから流れているようだ」
空の様子を逐一伺っては言葉に配慮しつつある一点…天井にあるスピーカーを見て一言。依瑠も釣られるように見上げる。
『根本的に間違ってる。妹や幼馴染がお前みたいなクズに操られるのはかなり、結構…残念極まりない話だ。けど、我儘な彼女たちが僕のことを忘れてくれたのはラッキーだと思った。どうせ知らないと思うから教えるけどさ――僕が一人暮らしを始めたきっかけは彼女たちが鬱陶しいから。逃げるために僕は、一人を選んだ』
次に聴こえたのは三人がよく知る声、名取海の声。ただそれは望んだモノではなく。
「は、ははは。やっぱり。海兄は私たちなんてもうどうでもいいんだ。なら、もういっそ…」
彼女が不審な言動をしたことを見逃さなかった二人は彼女に変な気を起こさせないため、近づき踏み止ませる言葉をかける…。
『なら、彼女たちがどうなってもいいと?』
その言葉に動きを止め、耳を傾ける。
『いいや。何があろうと彼女たちが僕の「妹」「幼馴染」という事実は覆さない。彼女たちを嫌いになんてなれるはずがない。こんなどうしようもない僕を…自分のことのように、自分よりも何よりも大切にしてくれる、彼女たちを』
『!』
「…海、兄…っ」
先とは違った彼女たち…「妹」と「幼馴染」に贈る言葉。それを聞いた空の瞳には涙が溢れ、止まることなくポロポロと流れ落ちる。
『悪い。今の全部「嘘」だ。だから、返してもらうよ。借りも、何もかも、全部』
その言葉を聞いた
「大丈夫、大丈夫。海君は空ちゃんを見捨てるような人じゃない。きっと不器用だから言葉足らずなんだよ。私もその節があるから強く言えないけど…ね、もう、迷いは晴れた?」
「…はい。でも、会うのが怖いです」
「その時は私も一緒に同伴してあげる。色々と言いたいことも話したいこともあると思うけど…ぶつからなくちゃ伝わらない気持ちもあるんだ。まずはお互い誤解を解消して…海君に今までの分、ガツンと言ってやろう!」
握り拳を作る依瑠を見て薄い笑みを見せる。
「…はい、はい。あの、お名前を、聞いてもいいですか? あの時の私は――」
「星見依瑠。名取海君の彼女になる女です。空ちゃんのお義姉ちゃんになる女でもあります!」
「……」
堂々と宣言する依瑠に対して一瞬言葉を失くす彼女はクスクスと笑い、目尻を拭う。
「ふふ、負けませんから!」
「こっちこそ!!」
二人は互いの目を見て笑い握手を交わす。そんな彼女たちは限界が超えたのか同時にふらりと体の自由を失い、気を失ったように倒れる。
「…おっと」
そんな二人を支えるのは佐島。
(…ホロウ様。貴方の妹君はもう大丈夫です。ただ…色々と、その…頑張ってください。俺は何があっても…味方ですから)
理解し合い「本物」の姉妹のように眠る二人を見て親愛の目を向けていた。
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