第50話 意地


 「外」で「コア」破壊組が動き出した一方。


「――理解できない」


 【黒炎】を自ら封印し、自己犠牲精神で挑む「生身」となり無防備な姿を晒す…名取海の様子を見て天堂は「理解」が及ばず囁く。


「君が「外」に出てその力…【黒炎】を振るい「コア」を破壊。さすれば全て終わる。観客だってそうだ。助ける義理はない。君は――「いじめ」に加担していた相手を救うというのか…」


「色々と「事情」があるんでね。この状況が最も「最善」だと思った結果」


「「外」に逃した連中が自分可愛さに君を見捨てて…逃げたとしたら…?」


 ありえない話ではない。現段階の状況を鑑みると最悪最大と呼べる状況。

 危機から脱した人々は男…天堂の話す通り「自分可愛さ」で逃げてもおかしくはない。


「どうだろう。確証はないけど…無償で「信用」してくれた。なら僕は、彼らを「信頼」して…自分の責務を全うする」


 確証なんてない。奴の言う通りこれでもし彼らが「逃げた」としたら僕の選択ミス。

 誰も悪くない。「逃げる」という選択は本能的に何も間違ってはいないのだから。


 「信用」「信頼」と口にする海の顔には一切の「迷い」はなく、とても晴れやかだ。


「…「信用」「信頼」…はっ。反吐が出る」


 天堂尚弥の体から…白い炎が立ち上がる。


「……」


 白炎それを見て身構える。

 

「――「人」は“身勝手”で“残酷”で“残忍”だ。「身内」だろうと「無能」は容赦無く切り捨てる。「家族」ですら見捨てる。それは【無印ノーマ】の君が一番、理解していると思うが…?」


「所詮、そういった思想の持ち主は一握りだろう。僕はそこまで人を嫌ったことはない」


「…そうか。の周りは…「平穏」だったのか。つくづく思う。は正反対。正しく、相容れない存在だと」


 薄らと立ち登る白炎は勢いを増し…天堂の体を包み、周りに拡散する。


「――“不平等”はあれど、この世界に“平等”など存在しない。それは古から決まる掟。強きものは弱きものから搾取。弱きものは何もできずその生涯を終える。俺が掲げる“支配”という「正義」を正すため、敵対者だと言え敬意を払い名乗らねばならない。俺の名は――『邪教』幹部が一人。天堂尚弥。スキルは【白炎】」


 まるで海と「真逆」と言うようにその純白の白い炎――【白炎】は宙をうねる。


 はは、白い炎とか――【白炎】とかズルイだろ、おい。まるで「主人公」じゃないか。こうしてみると黒い炎――【黒炎】を使う僕は「悪役」…が相応しいだろう。

 たださ「悪役」が「主役」に勝つ…素晴らしい展開だろう。「正しさ」というのは後からついてくる。己が示せばいい話なのだから。


「御託はいいから、こいよ」


 手のひらをこまねいて相手を挑発する。


「この場には僕ら二人しかいない。会場を包む僕お手製に作り変えた「結界」で「外」に出られない。優しい僕は教えてあげよう。「結界」の解除法は一つ。それは僕を倒すこと。お前が行うことは自ずと決まるな?――その「正義」とやらを僕を退いて証明してみせろ」


「ならば、簡単に倒れてくれるなよ!!」


「――っ」


 スキルを扱えない…と天堂は無抵抗の海相手に自分の【白炎】を火炎放射器のように全力で放出し、吹き飛ばす。

 【白炎】の直撃を浴びた海は抵抗敵わず後方に吹き飛び、壁に身体を強打する。


「そうだ。それでいい。お前は俺の攻撃を防げない。俺の攻撃を避けれない。お前は己のスキルを十全に扱えない。何故ならば――」


 自分の完全なる「有利」な舞台。

 そして、相手の「不利」な姿を見てニイッとその端正な顔を意地汚く歪める。


「俺が「観客」というカードを握っているからお前はただ俺に暴虐の限りを受ける。だから言ったんだ! 自分以外を「犠牲」にし「コア」をお前自身が破壊するのが…一番、何よりも得策だと!! もう、全てが遅いがなっ!!」


「…「理解」、した。やはり…お前がこの学校――『探索者育成学校』の生徒、教員を操る…「黒幕」だった、のか…」


 天堂の言葉に耳を貸すことなく、制服はところどころが燃え、目に見える擦り傷を負いながら、立ち上がり…その真意に辿り着く。


「…ほぉ、気づいていたか」


「始めは、予想だった。確信を持てたのは、ある友人との出会い」


 彼が…三鷹君が勇気を出して僕に話してくれたから全てのピースは揃った。


「…なんとなく解る。お前のスキルは「洗脳」「幻覚」…そう言った作用を引き起こすのが…“本質”なんだろ」


 少し「ピリッ」とした。

 僕を「操ろう」としたね。


「…そこまで解るのか」


 少し驚いた顔を見せるもそれは一瞬。卑しく笑う天堂は海の心を揺さぶる言葉を投げる。


「…まぁ、いいだろう。そうだ、俺のスキルで『探索者育成学校』を陰から支配していた。お前の可愛い「妹」も愛しい「幼馴染」も――大切な「両親」も全て、何もかも、全部っ!」


 両手を広げ、卑しく叫ぶ。

 それは相手を挑発する行為。


「お前の「妹」は「幼馴染」は優秀だ。そんな彼女たちも今は俺の言うことを聞くただの道具。名取海。お前のことなどなに一つ忘れ――…さぞかし、悔しいだろ?」


「…別に」


 ぶっきらぼうに返す。


 なんで、拳を強く握る?


 違和感を覚えた。


「…強がりはよせ。本当は悔しくて悔しくて…たまらないんだろ?」


「全然」


 真顔で首を振る。


 おかしいな、なんで、奥歯を噛み締める?


 違和感を、覚えた。


「根本的に間違ってる。妹や幼馴染がお前みたいなクズに操られるのはかなり、結構…残念極まりない話だ。けど、我儘な彼女たちが僕のことを忘れてくれたのはラッキーだと思った。どうせ知らないと思うから教えるけどさ――僕が一人暮らしを始めたきっかけは彼女たちが鬱陶しいから。逃げるために僕は、一人を選んだ」


 聞かれてもいないのに何故か、自分の身の上話を語っていた。それは「時間稼ぎ」をするためなのか…はたまた本能的に――


 そうだ、そうだ。彼女たちがこんな奴に操られるのは…「心底残念」だ。

 だけど、もう彼女たちの「傲慢な我儘」に振り回されることはないし、安心だ。

 でもさ、なんでこの「モヤモヤ」は消えない。どうして、こんなにも…。


「なら、彼女たちがどうなってもいいと?」


「いいや。何があろうと彼女たちが僕の「妹」「幼馴染」という事実は覆さない。彼女たちを嫌いになんてなれるはずがない。こんなどうしようもない僕を…自分のことのように、自分よりも何よりも大切にしてくれる、彼女たちを」


 そんな言葉がスッと口から出ていた。


 あぁ、本当はわかってる。ロクデナシの自分が側に居たら彼女たちは前に進めない。

 何もかも忘れて自分たちの人生を楽しんで欲しい。だから、僕は…逃げた退いた

 当時は…今もだな、良かれと思って、彼女たちが変われるように、そう思った。


 なのに、こうして言葉に出すと…なんだよ、ほんと…気持ちを偽るのは中々、どうして…。


 …ただこれだけは言える。に居たら彼女たちは――「幸せ」になれない。


「悪い。今の全部「嘘」だ。だから、返してもらうよ。借りも、何もかも、全部」


 真剣な眼差しで敵を見据えて睨む。


「――っ。それは無理だ。ここでお前は終わる。何もかも救えることなく、何もかも取り戻すことなく、道半ばで、夢半ばで!!」


 天堂の声に呼応し周りに白炎纏う矢尻が数十本も生成され、矛先を――海に向ける。


「警告だ。ガードをするな。避けるな。全て耐えてみせろ。彼女たちを俺から取り戻したいなら生半可な「覚悟」で、挑むなっ!!」


「!」


 すどどどどどどどどっ。


 【白炎】から生成された矢尻は的確に海の元へ殺到し、その刃は容赦なく突き刺さる。


 砂塵が晴れる。

 

「――っ。言われ、なくとも」


 そこには…制服の至る所に穴を開け、額から血を流し…血が滲む腕を片腕で支え…それでも立ち上がる海の姿があった。


「…認めよう。意思は固く。彼女たちへの想いは確か。しかしそれじゃあまだ弱い。スキルを使えない雑魚相手に使うのはどうかと思ったが…認めてしまった。なら、仕方がない」


 何か一人でブツクサと囁き。身に纏っていた【白炎】を縮小し、右腕に纏うだけに留める。


「俺の。お披露目するのは名取海…お前が二人目だ。光栄に思え」


 …「もう一つ」?


 その意味が気になりつつ額から流れた血を拭き取り、相手の動向を探り――


「…って、訳だ」


 天堂尚弥の片腕――左腕から這い出る…を見て冷や汗を流す。


「――二つ目のスキル――それは【瘴気】。誰一人として到達できなかった二つのスキルを持つという「神」に選ばれたとしか言えぬ、業」


 【白炎】とは別に左腕から地面に垂れ流れる腐敗の煙は闘技場を侵し、蔓延する。


「…ッ。ゴホッ、ガハッ!?」


 突如感じた身体の異常に膝を折る。


「いかに【黒炎】という万能のスキルを使えようが内側――「人体」から侵す【瘴気】は肉体を蝕み、腐らせ、壊す」


 これは、まずい…っ!


「…ゴフッ!?」


 立ちあがろうとして血を吹き出し、倒れる。


「諦めろ。既に侵食した【瘴気】は俺が止めない限り治らない。ただ、惜しいな。名取海。お前が万全な状態――【黒炎】さえ使えていればこんな結末は迎えなかった。本当に残念だ」


 【白炎】の攻撃を受けてもゾンビの如く立ち上がる異物がようやく自分の目と鼻の先で倒れる姿に愉悦の冷笑を向け、ゆっくりと近寄る。


「確か――“全ての人間を守る”。そして“優位に立てた”…だったか?」


 靴越しに頭を強く踏む。


「んぐぅっ」

 

 ギリギリと上から圧力をかけられる。痛みに唸り声を上げて、耐える。


「あの余裕は何処にいった? 俺を小馬鹿にした生意気な口は動かないなぁ? お前が倒れたら「結界」が解かれるよなぁ? 彼女たちは永遠に俺の物になってしまうなぁ?? なぁ、舐めた口を聞くんじゃねぇよ、雑魚がァッ!!」


「――っ!?」


 頭を蹴り上げ、宙に浮いた顔を拳で殴り、それを追撃する――白炎の大剣は…胴体に突き刺さり、会場の壁に宙吊りにする。


「あ、あぁ、ぁ…」


 胴体に突き刺さった大剣を抜こうとして、力が入らずぶら下がる。


「使うなよ、スキルを使うなよ! いいや、使ってもいい。【黒炎】を使ったと判断した瞬間、一人残らず観客を殺してやる!! お前が稼いだ時間。守り抜いた人々。丹精込めて考えた計画は台無しだ。他でもない、名取海。お前自身で全て破綻させる!!! 愉しいなぁ!」


「それは、よかったな」


「!」


 【瘴気】で侵された身体。

 立ち上がる余力など残らない。

 なのに、大剣を抜き、立ち上がる。

 揺らがない――「意志」。


(…俺が、怖気づく…? ふざけるな。スキル…【黒炎】を使えるならいざ知らず。今の何もできない無抵抗の、無能如きに――っ)


「――その目を、ヤメロォっ!!」


 右手に纏う【白炎】と左手に纏う【瘴気】を合わせ――最大威力の白炎を放射。


 ズジャアッ


 紫色の瘴気を帯びた白炎は直撃した。

 会場の壁を貫通し、虚空に消える。

 立ち上がれるわけがない。


 なのに――


「い、いや、やめない、ね」


 己の足で立ち上がり、傷口から流れ落ちる血痕を引き摺りながら、天堂を睨む。


「…何故だ。何故、そこまでして立ち向かう。身体は侵され、体はズタボロ、心身ともに疲弊し、致死量を超える血を流す…まともに動けるはずがない。なのに、何故、動ける…っ!」


 その姿を見て後ずさる。


 誰がどう見ても満身創痍の肉体。

 なのに決して倒れまいという信念。

 折れることのない彼女たちへの想い。

 色褪せることのない勝利への渇望。

 全ての人間を守るという憧憬。


 天堂尚弥は「畏怖」した。


「…はっ、何故も、へったくれも、ないさ。ただの――「意地」だ」


 霞む視界、気を抜けば倒れそうになる体。

 それらを維持して、立ち向かう。


「「計画を挫く」「全ての人間を守る」「これ以上、誰一人として死者を出さない」…自分で決めたことだ。こんなところで諦めて、どうするよ。僕は――何度でも立ち上がる。お前という人間をできるなら、何度でもっ!!!」


 「意地」だけで立ち上がる。

 己が掲げた「意地」を遂行する。



 

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