第45話 反撃の狼煙
午後の部「普通科」生徒の試合も終盤に差し掛かり――「決勝」に進む生徒が出揃った。
『「普通科」の試合も残るところ一試合となります。スキルがなくとも闘える。どの生徒たちも「武」に相応しいそんな闘いを魅せてくれました。最後の試合を彩るのはこの二人だ!!』
司会の言葉に二人の生徒がリングに上がる。
『まず、一人目は――この生徒! その力は『探索者』と肩を並べるほどの「剛力」の持ち主。対戦相手を尽く勢いで捻じ伏せる猛者―― 「普通科」三年二組代表――
ボディービルダーのような大きな体躯の持ち主。近衛は着ている赤色タンクトップを脱ぐ。
その完成された類い稀ぬ肉体の美を観客、会場中に見せつけるようにポーズを披露。
「マッチョ、いけ〜」
「力で粉砕だ!」
「私を抱いて〜」
観客から歓声が上がる。
『そして、その相手はこの生徒!!』
そこには内股を解いた一ノ瀬涼が緑のジャージから――制服に着替えた姿で立つ。
『正に、快進撃。あらゆる期待をある意味で凌駕する男。その名は――「普通科」二年二組代表――一ノ瀬涼。言わずもがな…今回の『天賦祭』きっての「ダークホース」!!』
涼は軽く片腕を上げる。
「今回も面白い闘いを魅せてくれ〜!!」
「卒業したら『探索者』になれよ! 【
「眼鏡、外して〜」
対戦相手の近衛を上回るほどの熱量。
涼も観客からたくさんの声援を送られる。
「はは、参ったね」
みんなの「期待」に応えたい。
そんな思いのもと軽く流して闘うこと二戦。
当初予想していたことを覆し、思いの外みんなに好意を寄せられて悪い気は起きない。
この試合は僕も望んでいたものでもある。
対戦相手――近衛を睨む。
「(ニヤ)」
相手も視線に気づいたようで卑しくニヤついた笑みを向けてくる。
『それでは試合を開始します。二人とも最後の試合に恥じぬ闘いを!!』
二人は互いに睨み合う。そうこうしているうちに司会により試合は始まる。
「よお、一ノ瀬。俺はよぉ〜お前と闘いたくてずっーと、ウズウズしてた」
初めに仕掛けたのは近衛。
煽るように話しかけてくる。
「奇遇ですね〜実は僕も同じなんですよ」
それを煽り返す。
「…「まぐれ」で勝ち進んで良い気になっているようだが…忘れたか?」
「はて? 覚えがありませんね??」
惚ける涼の顔を見た近衛は憤怒の顔になったかと思えば、嘲笑を浮かべ笑い出す。
「くははっ。これは傑作だ。「運」で勝ち進んだのを自分の実力だと思っている奴の
それは「己が涼をいじめていた」ということを公言するような言動。
「おい、あいつ変なこと話し出したぞ」
「あいつが話したことが本当なら…一ノ瀬は近衛にいじめられていた…のか?」
「一波乱、起きるか」
会場からもそんな困惑気味の声が聞こえる。
「そうだ! 会場のみんな聞いてくれ。一ノ瀬涼という人間は雑魚でクズでカス! 【
「……」
反論することなくただ、俯く。
「彼は…何も言わないぞ?」
「事実なのか…」
「だとして、今は関係ないだろ」
「見ていて気分が悪いわ」
観客から近衛を非難する声が聞こえる。
・
・
・
「…珍しいですね。シアさんが可愛いお義弟君が…馬鹿にされているのに冷静でいるの」
多少…近衛という生徒にイラッとしつつ一番怒ってもおかしくない人物が普段と同じくにこやかな微笑みで話し合いを見ていることに意外だと感じ、つい聞いていた。
「
黒椿が向ける視線の先を追う。
・
・
・
『――涼にぃ頑張れ〜!!!!』
「!」
会場から大勢の子どもたちの声が聞こえた。それは聞き馴染みのある声。振り向くとそこには…教会で仲良くなった子どもたち。そして、義父と義母が居て「涼にぃ頑張れ」と描かれた大きな横断幕を持って応援していた。
あぁ、頑張るとも。
その熱意に想いに背中を押され顔を上げる。
「言いたいことは、それだけか?」
顔を上げた涼は――「殺意」を込めた目で睨み、地獄の底から出したような低音を発した。
『!』
その声は近衛本人に向けたもの。
なのに「圧」を目の当たりにした会場全体から悲鳴が上がるほど濃密な「怒り」を見せる。
「ふ、ふんっ。なんだ、怒ったか?」
「まさか。別に、怒ってなんてない。僕はポジティブ人間だ。自分が何を言われようがめくじらを立てることはない。でもさ――」
涼の体から視覚で視認できるほどの白く淡い蒸気のようなもの――「闘気」が溢れ出す。
「大切な「家族」を馬鹿にする奴は許さない。たった一人の「友人」を泣かした奴は、許さない。近衛淳二。お前は、絶対に」
「…っ」
この学校――『探索者育成学校』に来てから初めて「怒り」を見せる姿に近衛は恐れる。
知っていた。「近衛淳二」という生徒が…“操られていない”つまり――自分の「意思」で「自分」や…「三鷹」をいじめていたことを。
それは「目」を見ればわかる。そんな奴が自分の「家族」を笑いものにし、自分の「友人」をいじめたと知って黙っている方がおかしい。
それに――
僕だってさ、やられっぱなしで終わらない。
今までの分、これからの分、返礼しよう。
「――調子にのるなぁ! テメェは、おとなしく俺の足元に這いつくばればいいんだよぉ!」
パシッ。
怒声を高々とあげ唾を飛ばして殴りかかるその迫る拳を軽く受け止める。
「は、離せ!…うおっ!?」
言われた通り手を離すとバランスを崩して後方によろけて、転倒。
情けない姿を晒す近衛を上から見下ろし――腰を下げ、弓なりに右腕を引く。
「「殴る」ってのは――こうやるんだよっ!」
「ひっ!?」
右ストレートを近衛の顔スレスレで止める。
「ッ、ンゴッォァォォァ!?!」
それは暴風となりコンクリートで作られたリングを削り――直撃せずとも勢いは劣らず、近衛の巨躯を軽々と持ち上げ場外に吹き飛ばす。
「少しは賢くなっただろ、低脳」
会場通路の壁にクレーター状にめり込む近衛に向けて親指を下に向ける。
『……』
その光景に威力に会場にいた人々はみな、目を丸くし、何が起きたのか信じられずにいた。
『――しょ、勝者――一ノ瀬涼! 「普通科」『天賦祭』優勝者は…一ノ瀬涼です!!!』
観客と同じく茫然としていた司会の名取尚が気を取り直し「勝者」の名を告げる。
『す、スゲェーーーーー!!!!』
遅れて会場中から歓声が響き渡る。
少し、熱くなりすぎた…。
自分の行動に反省しつつ、退場用通路に体の向きを変えて歩く――
ズブリっ
「――っ。は、ぇ?」
胸元から獣のように太い腕が生える。
グチャリ
不快な音を立てて涼の体は崩れ落ちる。
「ハ、ハハハ。言っただロ? オマエは俺の足元でクズらしく這いつくばればイイとっ!」
突如として現れ、血溜まりの上に倒れるどう見ても瀕死状態の涼の頭を足蹴に、ゴミでも扱うが如く動かない涼を場外に蹴り飛ばす――近衛淳二の面影を残した赤黒い体の化物が居た。
それは本当に突然だった。
突然すぎて誰もが声も悲鳴も上げられない。
あの【十傑】ですら事態を把握できず。
「――只今を持ってして『天賦祭』を閉会とします。今より俺――
リングに上がり、化物と肩を並べた――「天堂尚弥」と名乗る男…元「名取尚」が宣言。
それは始めから仕組まれていたシナリオを読み進めるかのような自然な動作。
『――ッ』
涼の倒れる姿…流れが変わった事態の把握をした【十傑】と依瑠が動きを見せる。
己の力を全て使い瀕死状態の涼が居るリングに駆け寄り治療を施す――
「まぁ、待て。そう焦るなよ。これは忠告だ。無闇矢鱈に動こうとしないほうがいい。君たちはいいが…他の観客はどうかな?」
『…ッ』
会場に目を向けると観客の至る所に「天堂」と名乗る男の近くにいる怪物と酷使した存在が何体も現れ、観客の人々を人質にとられていると状況に立たされていると。
「利口なのは嫌いじゃない。まずはルール説明をしようか。ルールは至ってシンプル。制限時間内に「俺」を倒せば君たちの勝ち。おっと、直ぐに行動をするのはナンセンスだろ?」
「――っ」
動こうとした冥を見て鼻で笑う。
「まだ説明の途中だ。それに、俺に傷を負わせた時点で君たちの敗北は確定する。あぁ、嘘と思うなら試してみればいい。親切心で話した俺の気持ちを踏み躙るならご自由にどうぞ」
『……』
反論をしない彼女たちを見て薄く笑う。
「疑うのも困惑するのもわかる。だから説明するさ。この学校――『探索者育成学校』には俺たちが秘密裏にとある「装置」を設けた。その装置は会場の至る所に張り巡らされ分岐していてね、並の「格」しか持たない一般人は――」
「な、なんだ。か、体が…」
「おい、どうしたんだよ!! こんなところで倒れていたら俺、たち…っ」
「ち、力が、抜ける…」
「だ、誰か、助けて――」
会場に居合わせた観客の中から徐々にその場に崩れ落ちる人々が続出。
そんな混沌とする会場を見て
「――こうなる」
ニターと不気味に微笑む。
「この場に居合わせた時から装置と運命共同体となる。それすら気づかない間抜けな「格」の低い人間は生命を吸われいずれ死に絶える。俺を攻撃したらどうなると思う?…そのダメージはフィードバックし観客は死ぬ。「運」がよければ周りにいる化物のような「魔物」になれる。君たちのように「優秀」で「格」が高い人間は生き残る。要は――「選定」だ」
意気揚々と語る男は両手を広げる。
「安心してくれ。救済処置も設けてるさ。それは装置を制御するコアとなる「核」を壊すこと。「核」は全部で三つ。簡単な話…「核」を探し出し三つとも壊せば「装置」の起動は止まる。単純明確だろう? ただし――この状態から全ての観客を守りながら戦い、誰か一人は俺を止める。他の人員は「核」の破壊!!」
『……』
その内容を聞いた人々は打ちひしがれる。
それは「無理」だと理解したから。
「そう。正攻法では無理、無謀。俗に言う「クソゲー」だ。君たちは俺が用意した『デスゲーム』の
『……』
誰も【十傑】ですら決断はできない。
「ククク。なら、こちらから選択肢を出そう。一つ、無理を承知で俺の『デスゲーム』に参加する。二つ、俺の指示に従い――『邪教』として行動を共にする「仲間」になること。選択肢は無いに等しいと思うが?」
『……』
「…ダンマリか。俺も暇ではない。これ以上俺の時間を奪うと言うなら――」
決断を拒む【十傑】たちを見て眉間にシワを寄せ苛立つ男は手を掲げ――
「――ならば、三つ目の選択肢を僕は選ぶ」
その瞬間、会場を埋め尽くす【黒炎】が観客、怪物全てを包み込む。
「!」
『!!』
その何者かの乱入に男――天堂尚弥と【十傑】たちは声のする方角を見る。
そこには先程…「胸を貫かれた」ことが「夢」だったかの如く何事もなかったかのように威風堂々と立つ一ノ瀬涼の姿。
血溜まりはとうに消え失せ、足元に黒い煙が散漫し、それは次第にリングに広がる。
「あぁ、くだらない会話に付き合う暇はさらさらないよ。三つ目の選択肢――それは、“全ての人間を守る” 。さぁ、始めようか」
一ノ瀬涼の合図と同時…周りに散漫する黒煙から姿を現す灰色のローブを纏う三人。彼らは主人に従うように背後に陣取る。
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