第44話 ダークホース
午後に舞台は変わり。
「普通科」ブロック別、四試合目。
他の三試合は終わり、この試合で四つに別れたブロックの勝者は出揃う。
『――ブロック別、四試合目。次の対戦相手は彼らだ! 初めに姿を見せた彼は「普通科」三年一組代表――薙刀の使い手…
ノリノリな司会の言葉に青いチャイナ服に身を包む細身の男子生徒は片手を挙げる。
堅物そうな見た目、強面の顔。その手には説明でもあった通り「薙刀」を持つ。
『そして、その相手は――あぁと、すみません。参加者がまだ到着していないと連絡がありました。少々、お待ちください』
少し慌てた様子を醸し出す司会の言葉に観客から心配や、不満の声が上がる。
「逃げたんじゃないか?」
「相手生徒「無能」とか呼ばれてるそうだ」
「察し。逃げたくもなるよね」
「可哀想だけど不戦敗でいいんじゃない?」
そんな声が会場から聞こえる。
・
・
・
「――し、シアさん?」
由仁は恐る恐ると言った様子で…隣に座る…黒い微笑みを絶やさない黒椿に声をかける。
お昼に何かあったのか、冥と依瑠は青い顔で震えていて使い物にならない。
「なんでしょうか? 別に怒っていませんよ。ただ、
顔を向けることなく、早口で捲し立てる。
そこから確実に「激おこ」だと感じられた。
(ほ、ホロウ様…もうホロウ様じゃなくてもいいから…一ノ瀬涼君。お義姉さんの堪忍袋がはち切れる前に早く、きてください〜)
内心慌てふためく。
そんな会場を小馬鹿にするかのように、選手入場通路からリングに向けて歩いてくる生徒。
・
・
・
その姿を見た会場からまた声が上がる。
「お、おい。誰か来たぞ」
「対戦相手の生徒かな?」
「なんか歩き方も変だし、大丈夫なのか?」
観客の視線の先には…緑のジャージを着た内股で歩く男子生徒――一ノ瀬の姿があった。
『大変お待たせ致しました。只今リングに上がった生徒が凛選手の対戦相手――「普通科」二年二組代表――ダークホース…一ノ瀬涼選手です。遅れた理由は、体調が優れないということで休憩室で休んでいたそうです』
本調子ではないのか青い顔、何故か内股で弱々しく手を挙げる。
な、波は脱した。薬も飲んだ。大丈夫。
それでも「出るかもしれない」という恐怖から内股はやめられない。
『少しアクシデントはありましたが、選手が出揃ったことですので、試合を開始します。二人とも恥じぬ闘いを!!』
司会の言葉で闘いの火蓋は切られる。
“恥じぬ闘い”って言うか、もはや“恥”しか僕には残らないわけだけど。
せめて“恥の上塗り”をすることなく、普通の一般生徒らしく振る舞おう。
「フッ、一ノ瀬。逃げたのかと思ったぞ。「無能」と呼ばれる貴様にも多少のプライドがあるようで感心した。ただし、手加減はしない」
相手の男子生徒は薙刀を持ち替え臨戦体制。
「…どうも」
なんか知らんけど「認められた」みたい?…どうでもいいや。先輩には悪いけど、早めに、出来るだけ可及的速やかに…終わらそう。
「…俺を舐めているのか、一ノ瀬?」
「エ? いや、舐めてませんが…」
唐突な怒り心頭な様子の先輩に困り果てる。
「ならば、構えろ」
無茶言わんでくださいよ、ほんま。
言われた通り
「…僕の戦闘スタイルがこれです。先輩こそ…無駄話ししないで、挑んできたらどうですか?」
内股で腰に手を置くという…神聖な闘いの場には到底相応しくない態度。
「貴様…っ」
今のどこに怒るところがあったの?
沸点が低い先輩に笑いそうになりながら我慢して、尻の穴の緩みを防ぐ。
(…いいだろう。その舐め腐った態度。俺が直々に――矯正してやろう)
「ならば、その状態でコレを避けてみろ!」
動かない涼に対し、素早い身のこなしで駆け寄ると――薙刀を横に薙ぐ。
「――なっ、いないっ!?」
(何処だ。やつは、何処に行った…!)
周りを見渡し、下方から何者かの気配を感じとり――下を見下ろす。
「!?」
そこには…横に寝っ転がる一ノ瀬涼の姿。頰に手を置き、リラックスしたようにリングをソファーだというかのように寝転ぶ。
(――バカな。いつ、やつは動いた? 俺のこの目でも捉えることは敵わなかった…)
一度、涼から大きく距離をとると相手の不自然な行動に得体の知れない不気味なナニかを感じ取り、額から脂汗を流す。
あぁ、この体勢ちょっと楽かも。
「――キェー!」
和むのも束の間。「迷い」を振り払った凛は鬼の形相で烈火の如く勢い薙刀を突き刺す。
「ッ、消えた…っ」
また忽然と姿を消した涼を見つけるべく、くまなく目を皿のようにして周りを見渡す。
なのに、今回は見つからない。下方にもいない。リングは限られた範囲なのでそれ以外に逃げることは「
そこで会場に居合わせた『探索者』からざわめきが起きていることに気づいた。
「…あいつ、どうやって動いた?」
「ダメだ。俺も見えなかった…」
「あんなの、瞬間移動じゃねえか」
「寝てたのに、なんで気づいたら――」
その言葉を聞いた凛は頭上に意識を向ける。
「…ありえない」
意識して頭上に「感覚」を向けるとわかった。自分の頭の上に“それ”は居る。
今まで気づくことのないくらい自然に…一ノ瀬涼は凛の頭上に足を置き、立っていた。
『寝てたのに、なんで気づいたら――“相手の頭に乗ってるんだよ”』
観客の言葉を聞かなければ気づかない。
「(ブッ)」
そして、それは突然凛を襲う。頭上から何か音がした。と思えば――
「――み、見事」
パニック状態に陥った
「…おっと」
崩れ落ちる凛から軽くジャンプして退く。
やめてくれ…何も「見事」じゃないわ…全然締まらない勝ち方だし…勝ち方にこだわりはないけど…「屁」は論外でしょ、普通に考えて、常識的に考えて…死にたい…。
会場のみんなはどうやって「一ノ瀬涼」が相手選手を倒したのか理解していないのがこれ幸い。何もかもが理解されたくない本人は司会の言葉を聞く前に急足でその場を離れる――
トイレへGO。
・
・
・
「――やつは…一ノ瀬涼は反則などしていない。完全なる俺の力不足…「完敗」だ」
意識を取り戻した凛にリングまで上がってきた名取尚が詳細を聞くと、そんな言葉が返ってきた。彼の晴れやかな顔から嘘はない。
「――わかりました。では、最後のブロックを勝ち進んだのは――「一ノ瀬涼」!!」
そう解釈するしかなかった名取尚は凛の言葉を信用し、マイク越しに宣言。
『ワッーーーーー!!!!』
今日、いや――『天賦祭』始まって以来の大きな歓声が会場内を埋め尽くす。
「普通に強いじゃねえか!」
「誰だよ「無能」とか言ったやつ」
「アレだろ、自分たちが「無能」だから腹いせに相手に押し付ける典型的な嫌がらせだろ」
「どうなってるのアレ? 気づいたら相手の頭上に立つとかカッコいいんだけど!」
「まるで、ダークホースだ」
たくさんの、それはもうたくさんの観客から「好意」的な声援が寄せられる。
早くも「面白いもの」を見せ――自分を「無能」だと蔑む彼らに「下剋上」を果たす。
『…っ』
とあるクラスメイトたちはその光景、出来事を目の当たりにし…下を向き冷や汗を垂らす。
「――一ノ瀬君。しっかりと観てたよ。君は弱くなんかない。まるで【
会場の端っこで試合を観戦していた――
・
・
・
「観ましたか! 観ましたか由仁様!!」
「み、観ていたわ。しっかりと。シアさんのお義弟君…普通に凄いわね」
上機嫌に興奮してこちらの肩をバシバシ叩いてくる黒椿に対し若干引き気味に答える。
「流石、海君です。ただやはり照れ屋さんですね。そこも可愛くて魅力ですが、
お昼、「お昼休憩」を摂るという「約束」をすっぽかされた怒りも冷めたようで由仁は内心、安堵した。
「……」
多分「違う」と思いつつ野暮なことは言わず。
(…やっぱり。あの身のこなしは…ホロウ様。以前、シアさんが落とした果物類を拾った時から違和感は抱いていましたが…ミツケタ)
【声麗】で最大限強化した目でも追えない速さ。そんな芸当ができる人物など極わずか。
よく当たると自画自賛する「勘」のこともあり…ほぼ、ほぼ、確信を得た由仁は微笑む。
「……」
(一ノ瀬涼君…あの子は「ホロウ」だ。あの戦い方、避け方、相手を挑発する手口――「ナナシ」…もう、絶対に逃がさないから)
その目で「戦い方」を直に見た依瑠は確信をし、はやる気持ちを抑えるべく指輪に触れる。
「…?」
(…うん。「一ノ瀬涼」「名取海」が「ホロウ」だということは既に知ってるけど…お尻を押さえてた…怪我?)
「一ノ瀬涼」「名取海」を「ホロウ」だと疑わない冥は違う観点で一人、首を傾げる。
※作者です。
本日も、拝読ありがとうございます。
次話は日曜日、投稿できると思います。
少しふざけました、許してください。
明日の投稿分で話の展開はかなり動く予定です。少しでも早く提供し、楽しんでいただけるよう頑張って執筆作業をします。
※15時以降になりそうです🙇♂️
拝読はもちろん。応援、コメント、星。執筆の励みになっております。
もし続きが気になる、面白いと思ったら高評価(応援や星様✨)をいただけるとやる気に満ち溢れます💪
ご指摘や意見、誤字報告もとても助かっておりますのでお気軽にどうぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます