第43話 お昼の部
生徒会室。
午前の部が終わり司会進行役の仕事疲れからソファーに腰掛ける名取尚の姿があった。
「尚兄、お疲れ様!」
そんな疲れた様子の兄に冷えたペットボトル飲料を差し出す妹の――空。
「ありがとう…生き返る〜」
「オジサンくさいよ〜」
手渡された飲み物をがぶ飲みし、机に空きペットボトルを置き、声をあげる兄に対し苦言。
「許してくれ。それに…今は空しか見ていないから、問題ないだろ?」
「ぇ、う、うん。えへへ」
兄の言葉に頰を少し赤らめた空は照れ臭そうにしながら隣に座り、肩を擦り寄せ――
「――私も、居ますが?」
「!!」
生徒会室の扉付近から聞こえる声――桐崎亜沙の声に空の肩は跳ねる。
「…あ、亜沙ねぇ」
そこにはジト目を向ける姉の姿。
「安心して。どうせ…ナオ君がまた臭い台詞を吐いて…空ちゃんを誑かしたんでしょう」
ドスドスとわざと足音を立てて尚と空が座るソファーまで近づき…尚の頰を引っ張る。
「っ、痛い。イタイイタイ!!」
無情にも頰を引っ張られた尚は涙目で講義をするも、亜沙はやめる様子はない。
「あ、あはは〜」
二人の様子を見て「いつも通り」と内心暖かい気持ちになりながら見ていた。
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「それで? ほら、ナオ君。私に何か言うことはないのですか?」
腕を組み、鬼の形相を浮かべる亜沙。
「え、えっと…空を誑かしてすみません」
生徒会室の床に正座させられた尚はボソボソと怒りが治ることを信じて謝る。
「他は?」
「え?」
「ハ?」
「ひっ!?」
ドスの効いた声に怯える。
「すみません! すみません!! 亜沙様『天賦祭』「探索科」の部「優勝」おめでとうございます!! 流石、亜沙様です!!!!」
惚けようとして睨みつけられ一瞬で撃沈。尻に敷かれる尚は亜沙には勝てない。
「亜沙ねぇ。尚兄もしっかりと反省しているみたいだし、ね?」
「…空ちゃんがいいなら」
「助かった〜」
「…ナオ君?」
勝手に顔をあげ、リラックスした声を出す愚か者をキッと睨む。
「!?」
「ぷっ」
そんな「いつも」のやり取りを見ていた空はついに決壊し…おかしそうに笑い出す。
『……』
今朝から少し調子が悪そうだった「妹」の晴れやかな顔を見た二人は互いの顔を見合わせ、気づかれないようにほっと胸を撫で下ろす。
「…うん。ウィークリーも済ませたことだし…『天賦祭』午後の部について僕はちょっと先生に呼ばれているから、少し席を外すよ」
正座から立ち上がると制服のほこりを払い、二人に聞こえるように伝える。
「お昼は?」
「そんなに時間は取られないと思う。戻ってきたら食べるかな」
「じゃあ、用意して待ってるね!」
「僕も出来るだけ早く帰ってくるさ。二人のお弁当、楽しみにしてるからね」
二人にウィンク一つ。
「…自信作だから楽しみにしててください」
「私も腕に縒りをかけたよ!」
二人は想いを寄せる相手に「楽しみにしている」と言われたことで頰を赤らめつつ満更でもない様子でその背中を見送る。
「期待してる。じゃ」
そして、生徒会室を後にする。
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『探索者育成学校』――地下施設。
「――やぁ、ノア」
とある部屋に入るとたくさんの培養器が迎える。それらは気にせず最奥にある部屋に足を運ぶ。そこには培養液で満たされる一際大きな培養器があり、近くにいた人物に声をかけた
「尚弥様、お疲れ様です」
そこには培養器の中にある“モノ”を見て手を当てていた少女――黒椿ノアが居た。
桃色の髪を揺らし、振り返ると普段見せることのない微笑みを携え、一礼し迎える。
格好は「運び屋」と名乗った老人が着ていたような黒いローブにその身を包む。
「性が出るね。ところで、お昼だけど…お姉さんたちと会わないのかい?」
「…ご冗談を」
鉄仮面を顔の上から装着しているのではないかと疑いたくなるほど表情一つ変えず答える。
「許してくれ、悪気はないんだ」
「気にしてませんよ」
「そうか。それで、親和性はどうかな?」
「同化…とまではいきません。ですが適合率は70%を切りました。この調子でいけば予定通り――“コレ”の力は、我が物に」
愛しい我が子に触れるように培養器の中にある“モノ”を容器越しに優しく撫でる。
「流石、俺の優秀なノアは違う」
「ありがたき御言葉、頂戴致します。ですが…口調が戻っていますよ?」
「おっと、これは失敬。今の僕は――「名取尚」だったね」
指摘され口調を
「尚弥様の方はどうですか?」
「こちらも順調。僕のシナリオ通り動いてくれてるさ。二人のおままごとに付き合うのは…そろそろ飽きてきたけど、ね」
「…悪いお方です。そんな尚弥様も素敵ですが」
培養器から離れたノアは尚――尚弥に向けて自然な仕草でしなだれかかる。
「知ってる」
それを受け入れ髪を軽くとく。
「僕たちの野望はもう時期、現実となる」
「はい。尚弥様が考える「新世界」。新しい人類に選ばれた「彼ら」は運がいい」
培養器の中に入る“モノ” ――赤黒い体躯に欠けた角が生えた異形のもの――「鬼」を見て。
「我らの栄光。未来、正義はここに」
『悪神様に誓って』
二人は声を合わせると互いに首に吊るしていた逆十字架を手に誓う。
∮
トイレ個室内。
「――ほぅ、奴らにまだ動きはないか」
一ノ瀬涼は相変わらず便器に跨りながら…相手、腹心ポジションに何故か居座る佐島とトイレ扉越しに会話をしていた。
「はっ。こちらもホロウ様――」
「戯けぇ!」
「ハッ! 申し訳ございません!!!」
突然の叱責に土下座をする勢いで跪く。
佐島は…涼の手で既に調教済み。
いや、勘違いしないでもらえるとありがたいけどただ単に佐島を脅し…言い聞かせただけ。
ほら、絶対の信頼を寄せているみたいだから遊び半分で「僕の命令に背いたらその【黒炎】を取り上げ、死んでもらう」って言ったんだ。
そしたら彼。自分が何か間違いをしたと思ったらしく喉を切り裂こうとして…流石に止めたよね。まあ、ほぼ…調教か。
遠い目をする。
「りょ、涼…の命令通り学校内を調べたところ…「核」と思しき物体を二つ見つけました」
「「ホロウ」ではなく「涼」」と呼べと命令された佐島は不承不承と言った様子で。
「下手に触れなかっただろうね?」
「御安心を。そのような粗相はしておりません。只今二人に「核」を見張らせております」
「…適度な様子を見て切り上げるように。見張りでこちらの計画、存在を相手に知られては元も子もないからね」
「はっ。そのように二人に伝達します」
左耳に嵌る小さな機械――「インカム」に触れ、涼の言葉に従う。
いやー、でも…適当に「この学校にはある措置を担う「核」があるだろう。僕には全てお見通しだ。奴ら――『邪教』の狙いは『探索者育成学校』と来場者を巻き込み「デスゲーム」を企てることっ!」とか意気揚々にほざいて…「この学校に「核」が一個か二個、三個くらい…あるかもしれないから探し出せ!」とか曖昧に言ってさ…本当にあると思わなくない?
トイレに近付いてほしくないから吐いた口から出まかせ――「嘘」なんて言えない。
またまた遠い目になる。
ゲーム脳になってたから仕方な…くはないな。直前までやっていた携帯ゲームと同じ内容のことを適当に話しただけなのに…解せぬ。
「僕はまだ調査…
色々と、策は講じたつもりだ。本当に…『邪教』と呼ばれる存在が影で暗躍しているなら…何もなく杞憂に終わればいいんだけどね。
「は!」
(流石、ホロウ様だ。長丁場の「トイレ」に入るという無害な姿を装い…敵を欺き試練に挑む…お見それしました!)
勘違いは加速し、佐島は感動していた。
涼が聞いたらこう言うだろう。
『試練ちゃう。ただの――う◯こだ』
「ホロ――りょ、涼。お昼ご飯がまだと思いましたので、コチラを作ってきました」
その言葉と共にドアの隙間からスッと平らの箱…巾着に包まれた弁当がスライド。
「お手隙の合間でよろしいのでお食事をお摂りください。では、俺はこれで」
そう言うと佐島の気配は消える。
「…うん、嬉しいけど」
その弁当箱を見て、波が少し落ち着いたのでズボンを上げると弁当を取り、開ける。
パカっ。
「…冷凍食品じゃなくて本格的なやつきたー」
手の込んだ手作り弁当に内心、引く。
いやいや、嬉しいよ。もちろん。たださぁ…君は僕のおかんかて。
※手を洗って美味しくいただきました。
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