第40話 閑話 記憶の断片*空・亜沙サイド
名取家
空の部屋。
「――空、また“悪夢”を見るようだったら僕を呼ぶんだよ。落ち着くまで側に居るのも兄としての責務…可愛い妹のためだからね」
空の兄、尚は優しげな瞳で可愛い寝巻き姿の妹の体調を労い、心配そうな様子を見せる。
「うん、尚兄ありがとね。それで…いつも心配かけてごめんね…?」
「気にしないで。お兄ちゃん、だからね」
部屋を後にしようとしたところ、服を掴んでことで動きを止め、心配顔で上目遣いに見つめてくる妹の頭を撫でる。
「…ふぁ」
(なんだろう。さっきまで不安で胸が締め付けられるような感覚で一杯だったのに尚兄に触れられると…フワフワして…気分がいい…)
「大丈夫そうだね」
目を細めリラックスした妹を見て微笑む。
「じゃあ、明日は『天賦祭』があるし、生徒会の仕事で忙しいと思うから早く寝るね。空も健康面も含めて…過度な夜更かしはダメだよ?」
「わかってるよ〜」
「うん、じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、尚兄!」
元気よく話す彼女の顔を見て「コレなら安心だ」と部屋を後にする。
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「…今日は尚兄にも言われたし、早く寝よ」
ベットに腰掛けていた空は布団の中に体を滑らせ、毛布を被る。
(今日も、悪夢…「夢」は見るのかな…)
目を瞑りそんなことを考えていると睡魔に負けたのか意識は海底に沈むように落ちていく。
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いつも決まって私は「夢」を見る。
それは多分、幸福な「夢」。
『○兄! またこんな、えっと…えっちなタイトルの小説買って…バカ! ヘンタイ!!』
中学の頃の制服を着込む空は衣服がはだけた女性が映る表紙の小説を手に――○○に怒る。
それは「名取尚」ではなく、自分が知らない相手。なのに、懐かしい気持ちになる。
『…うっさいな。ただのラノベじゃないか。その絵師さん人気なんだぞ。まさか――貴様、絵師を馬鹿にしているな?』
椅子に座る…〇〇は呆れたような顔を向け、突然、目を釣り上げて怒る。
『ち、違うし! ○兄がヘンタイでどうしようもないから注意してるだけでしょ!』
『ンンー? あれあれ〜もしや空さんや。あなたコレを官能小説かなんかだと思ってる?』
『ち、違うもん!』
顔を赤く染める空は否定するが、それに付け入るように…〇〇は顔をニヤニヤとさせ。
『おや、おやおやおや? 顔が真っ赤だよ? やっぱり君はコレを官能――痛っ!』
『はい、空ちゃんをいじめるのもそこまで。全く、〇〇君は…』
空の窮地に駆けつける亜沙。
『あ、亜沙ねぇ〜』
『よしよし。私が来たからもう大丈夫ですよ』
『…ふんっ』
胸に
そんないつも通りの日常。
それはもう訪れない日常。
だって、それは――
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「――ハッ」
空は勢いよく起き上がる。
「はっ、はっはっ。はっ…」
荒い息を吐いて額に触れる。
その額には大量の脂汗。
カーテンから差す月明かりが空の顔を照らす。
「ぁ、私は、また…」
いつからか毎晩見るようになった「夢」。
出てくる登場人物は度々変わるがその中心にいつもいる…「誰か」。
その「誰か」の顔はモヤで隠れ、名前もわからず、いつもいいところで夢は終わる。
「あなたは、誰なの」
額から零れ落ちる脂汗とは別。瞳からポロポロ流れ落ちる雫を指で拭き、訪ねる。そんな答えなど返ってくるわけもなく。
「……」
ベットから立ち上がり、勉強机の上に飾っている――写真立てを手に取る。そこには『探索者育成学校』に入学した時両親に撮ってもらった自分と亜沙、兄の尚が写る一枚の写真。
「…違う…っ」
気づいたらそんなことを口にし、自分の発言に目を開き、慌てて口を抑える。
「…違くなんか、ない。私の家族はお父さんとお母さん。そして…尚兄。亜沙ねぇと亜沙ねぇの両親が居る当たり前の、暮らし…なのに、なんで、こんなに、心が…苦しいの…っ」
写真立てを胸で抱え、その場に蹲る。
思い出したい記憶。
忘れてはいけない記憶。
なのにそれはいつもあと少しのところで霧となり四散して消える。
「…助けてよ――兄」
声にならない言葉を発し、瞳に涙を溜めたままベットに寄りかかるように気を失う。
∮
桐崎家
桐崎亜沙。
私は、「夢」を見る。
それはとても――忌々しいもの。
だから、無理矢理、閉した。
なのに、何故かその「夢」は毎晩見る。
「夢」だから内容は忘れている。
だから、問題ないのでしょう。
なのに、それはいつも私の心を惑わす。
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・
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『ち、違うし! ○兄がヘンタイでどうしようもないから注意してるだけでしょ!』
『ンンー? あれあれ〜もしや空さんや。あなたコレを官能小説かなんかだと思ってる?』
『ち、違うもん!』
〇〇君の家に行くといつも騒がしい。
ただ、それは別に嫌なものではない。
私にとっては日常で、とても楽しいもの。
ただ、妹を救うのも「姉」の勤めです。
『おや、おやおやおや? 顔が真っ赤だよ? やっぱり君はコレを官能――痛っ!』
心を鬼にして…〇〇君の頭を叩きます。
ほんの、軽くですよ。
『はい、空ちゃんをいじめるのもそこまで。全く、〇〇君は…』
彼にジト目を向けます。
『…ふんっ』
不貞腐れた彼は、可愛いです。
あ、そう言えば伝えることがありました。
『〇〇君。
『…忘れてた』
その意味を理解し「忘れた」と口にした〇〇君は青い顔になり立ち上がります。
外に出る支度をしているのか大慌てです。見ているこちらは楽しいですね。
『…亜沙ねぇ。何かあったの?』
『うーん。実里さんに今日の夜ご飯の買い出しを頼まれていたらしいです――〇〇君が』
『あー、○兄。早く出かけたほうがいいよ。今の時刻は…18時…』
『言われなくてもわかってるわっ!』
準備を済ませた彼は部屋から出ようとして、一度引き返すと顔だけを出す。
『…忠告だ。勝手に僕の部屋を漁るなよ! わかったな! 漁ったら、許さんからな!!』
そんなことを凄い剣幕で伝えると早足に部屋を後にし、階段を下っていく音が聞こえます。
『…空ちゃん』
『わかってるよ、亜沙ねぇ』
空ちゃんと顔を見合わせた私たちは笑います。おそらく、周りの人が見たら…。
『〇〇君(○兄)の性癖チェックを始める』
怖がるくらい暗い顔を作り部屋を探索します。
それが、〇〇君の部屋を訪れた時の、日課。
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早朝。
カーテンから朝日の木漏れ日が漏れ。
鳥の囀りが聞こえる。
今日もまた役目を終えなかった携帯。
目覚ましをオフにし、起床。
「――気持ち悪い」
気分がそぐわない時は大抵…“あの夢”を見た時、自分の胸に手を置く。
「――
毎朝の、日課。
心を己のスキル――【氷結】で閉じる。
「これで、問題ないですね」
一瞬にして気分を変えた亜沙はベットから起き、伸びをする。
「きっと、空ちゃんも私と同じ…あの、思い詰めた顔を見れば…私と同じく心を閉ざすことが出来たらいいのですが…他の人に【氷結】を使うのは、あまりにも危険すぎます」
(ただ心配無用でしょう。空ちゃんの側にはいつもナオ君が居る。ナオ君に撫でられる空ちゃんの顔はいつも晴れやかです。ふふっ。ナオ君は空ちゃんの「特効薬」のような存在ですね)
二人の関係を考え、微笑む。
「私に雑念…邪魔なノイズは必要ありません。私には家族とナオ君。空ちゃんたちが居れば…今日は『天賦祭』でしたね。準備しましょう」
「夢」のことなど全て忘れ去り、今日の『天賦祭』の成功を祈る。
※作者です。
サプライズ投稿で一話投稿しました💦
どうしてもこのお話は早目に投稿したかったので…「彼女」たちの苦しみ。諸悪の根源の「黒幕」…全てひっくるめてハッピーエンドにするお話がようやく、始まります。
今回も拝読ありがとうございます。
次話は変わらず水曜日投稿できると思います。
※19時以降になりそうです🙇♂️
拝読はもちろん。応援、コメント、星。執筆の励みになっております。
もし続きが気になる、面白いと思ったら高評価(応援や星様✨)をいただけるとやる気に満ち溢れます💪
ご指摘や意見、誤字報告もとても助かっておりますのでお気軽にどうぞ。
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