第39話 天賦祭前夜


 天賦祭前夜


 赤焼けの空の下、放課後の屋上。

 待ち人を待つため一人夕焼けに照らされる。


「――聞いたよ。君、『天賦祭』の「普通科」代表メンバーに選ばれたんだって?」


 「彼女」が顔を見せるだろうという確信を得て屋上で黄昏ているとやはり、現れた。


「先輩は?」


 声の方角…背後に視線だけを向けるだけに留めて元から決めていた質問を投げる。


「私は出ないね〜か弱き乙女だよ? そもそも闘いなんて野蛮なことしないさ〜」


「はっ」


「鼻で笑ったね?」


「気のせいですね」


 そのいつもと変わらない軽口。雰囲気、態度を見て苦笑を漏らす彼女――上代蒼。


「同級生相手にさ、反撃を一度もしなかった君が闘えるの? 「普通科」「高校生」と言っても…ほとんどの生徒は武術経験者だよ?」


「もしかして、心配してくれてます?」


「そりゃ心配もするよ。君は私の玩t ――可愛い後輩だからね!」


 この人普通に僕のこと「玩具」って言おうとしたぞ…。


 出来もしない口笛を吹き明後日の方角を見ては取り繕う女先輩を見て、肩を落とす。


「心配はご無用でしょう。なんせ――ふんっ。僕の上腕二頭筋も「闘い」に喜んでいる」


 肩を落とすのも数秒。余裕の現しとして振り向くと…力こぶ(小)を作り…ドヤ顔。


「うーん、その細腕じゃポッキーみたいにポッキリ折られそうで頼りないかな?」


 細腕を見ての率直な感想。


「…なんとかしますよ。出るからには僕だって負ける気はないので」


 腕を下ろし、挑戦的な笑みを溢す。


「おー、後輩君がいつにも増してやる気だ。空から槍でも降らないといいけど」


「上代先輩」


 すっとボケて空を見上げる彼女の名を呼ぶ。


「何かな?」


「先輩は今の状況がおかしいと思いますか?」


「質問の意図がわからないな〜」


 ニコニコと微笑むその笑みに悪意はない。


「とある生徒たち以外。生徒、教師関係なく…この学校は支配下にある。前生徒会長の貴女なら何か知ってるんじゃないですか?」


 頰に小指を当て可愛く小首を傾げる先輩を見て、真剣な面持ちで――確信に迫る。


「……」


 質問に無言となる先輩を他所に気にすることなく言いたいこと、自分が思ったことを淡々と言葉にしていく。


「これは僕の推測…妄想に過ぎません。今まで暴力を受けた僕だから気づいたのかも知れない。彼らの目は虚だった。まるで同じことを命令された…のように」


 “違和感”に気づいてはいた。だからその“違和感”を確かめるべく抵抗せずに暴力を受けた。そして…三鷹君との会話で確信を得た。

 “操られている”。だから僕や三鷹君…“操られていない”生徒に強く当たる。これが真実なら佐島たち【虚】が『探索者育成学校』に来た理由もその「黒幕」を潰すため…ピースは揃う。


「…君の話す通り。もしも…この学校が何者かに支配されていると仮定して考えよう。君は何ができる? ただの【無印ノーマ】の君に?」


 普段感じていたポワポワとした雰囲気は身を潜め、ナイフのように鋭く尖った刃を向けられる感覚。そんな彼女の圧に当てられながら怖気づくことなく、真っ直ぐ目を見て告げる。


「この手で、黒幕をぶん殴る」


 握り拳を作り、即答。


「ぶん殴…え?」


 その発言に戸惑いを見せる。


「先輩。僕が【無印ノーマ】だからと言って少し下に見過ぎですよ。この世界がおかしくなってから…何もしてこなかったわけじゃない。大切なモノを守れるくらいには僕も鍛えた」


「へー、じゃあ」


 そう言うと涼の近くに数多の赤い刃が宙に生成され、矛先を向ける。


「これが、先輩のスキルですか」


 横目で自分を囲む真紅の刃を見渡す。


「そ、可愛いでしょ〜たださぁ? コレを簡単に凌げるくらいじゃないと君は役不足だ。さあさあ、避けないと――死んじゃうよ?」


 彼女の声とともに空中に固定されていた十数個ある真紅の刃は容赦なく涼に降り注ぐ。


 先輩から感じる。それは「敵意」などではない。僕をこれ以上この話題に関わらせないため…実力行使をしてでも止める…上等だよ。


 やろうと思えば簡単に避けられた。それをあえて避けることなく目と鼻の先まできた刃を指と指で受け止め、己の武器として構える。


 コンマ、0.1秒。


 残り数は――26。


 一閃。


 「弾く」ことよりも「破壊」することに特化した一撃、一閃、最大の力で壊す。

 跡形もなく、原型を残すこと、余すことなく…全ての刃を撃ち落とす勢いで、粉砕。


「…防ぐ形になったけど…セーフですよね?」


 その片手には赤い刃を持ち、無傷。


「…っ」


(…「死ぬ」なんて脅し文句を使った。当たれば「痛い」ではすまない傷を残す。それをこうもあっさりと…あの短時間で初めに自分の近くに着弾した刃を手に持ち替え、次に被弾する刃より速く動いて…他の刃を弾いた?)


 目で追えなかった。

 ただ、そうとしか言葉にできない。


「君、何者?」


「やだなぁ。僕は一ノ瀬涼。転校生であり、先輩のマイフレンドじゃないですか?」


 持っていた真紅の刃を握力だけで潰して呑気に自分の自己アピール。


「生意気な後輩だね」


「その方が可愛げはあるでしょ?」


 どう返しても無駄だと思ったのか頭痛を起こす額を手で押さえて、やれやれと首を振る。


「…はー。黒幕とかはわからない。けど、この学校は君の言う通り私と君を含めた数人以外操られている。私が君に近づいたのは一つ、この時期に転校してきたこと。二つ、操られていないという点が気になったから」


「それだけですか。使えないですね」


「(ムカ)」


「うおっ!?」


 前触れもなく目の前に現れた赤い刃に驚く一方、体を少し斜めにするだけで避ける。


「…チッ」


「先輩?」


 舌打ちを耳で捉え、問う。


「え? どうかした?」


「……」


 明らかな攻撃行為に今は目を瞑る。

 無駄な押し問答をしている場合ではない。


「一つだけ忠告します。僕が黒幕と接触してどうしようが先輩は邪魔しないでくださいね?」


「いいよ。君が出来たらの話だけど」


「言いましたね?」


「なんなら、君がこの学校を救った暁には私がなんでもしてあげよう」


 胸を張って堂々宣言。


 「どうせ君には無理だろうけど」そんな遠回しな嫌味がエコーとして聞こえてくるほど。


「言質取りましたから」


 懐ポケットから取り出した携帯の画面を見せる。そこには点滅する赤い録画のマーク。


「…うへぇ、用意周到だこと」


 後輩の先を見越しての行動にウンザリとした顔をして、その顔すらメシウマというように涼しい顔で携帯をチラつかせる。


「僕の専属メイドとして無期限無償無収入で雇うんで覚えててくださいね。人には見せられないようなドエロいメイド服も着させてやる」


「え? 後輩君、もしかして私のこと…」


 後輩の言葉を間に受け、少し頰を赤らめると本心を探るように顔を盗み見る。


「今から先輩の主人になって先輩をコキ使えると思うと嬉しくて夜しか眠れませんね」


「……」


 そこには邪な考えではなく、ただ単に「道具」としてコキ使おうという魂胆丸見えの後輩。淡い思いは消え…ジト目を向ける。


「じゃ、先輩はもう用済みなので帰っていいですよ。僕は明日の『天賦祭』に向けて…学校中にありとあらゆる罠を仕掛けて対戦者を戦闘不能に追い込む試行錯誤をするんで」


 彼女に背中を向けると屋上から「祭」という名前が相応しい装飾が施された校庭を見渡す。


「いや、場所は『武道館』だし意味ないよね。それに「罠」は普通に反則行為だから」


 冗談だと思いつつ、つい反応してしまう。


「あれ? まだ先輩居たんですか暇人ですね」


 一度振り向き、シッシッと手を振る仕草。


「……」


 無言で真紅の刃を飛ばす。


「うほぉっ!?」


 それを悲鳴を上げながら――難なく避ける。


(串刺しにするつもりで攻撃したのに…あぁ、なんでこんなに苛立ってるんだろう、私)


 一度冷静になり、深呼吸一つ。


「まあ、ほどほどに頑張りなよ」


「うぃーす」


 振り向くことなく手を振る能天気な後輩に不安になりながらため息を吐く。


(…後輩君、「彼」は――強いよ。君は普通の【無印ノーマ】と比べると格段に強い。でも、君じゃ勝てない。…だから、無茶だけは…)


 言葉が口から出そうになって無理矢理胸の奥に引っ込め、その場を立ち去る。


 ・

 ・

 ・


「彼女――上代蒼は佐島を魔物にした連中と同じなのかね〜今回の事件に関わっている気もしないでもないけど…さてさて、どうなるか」


 彼女――上代が去ったあと、茜空から夜の帳が下り暗闇が空を覆うなか、囁く。

 その言葉は誰に聞かれるでもなく冷たく流れる夜風に流されていく。


 遅れて背後に三つの黒い影が揺れる。


 

 ∮



 帰宅後。


 黒椿家ではなく、教会にて。


「海君! 明日行われる『天賦祭』の勝利願いを込めて晩御飯、奮発しました〜」


 黒椿家に着いたと同時に教会に連行された。

 どうやら風の噂とやらで明日の『天賦祭』「普通科」に出ることを知っていた。

 そこには明日の勝利を願ってテーブルに並べられた色とりどりの美味しそうな料理の数々があり…教会の子たちの姿は見当たらない。

 

「…みんなは?」


 空席を眺め、目を泳がす義姉に問う。


「え、えーと。みんな夕飯を済ませてしまったそうで…ささやかですがわたくしと海君二人の食事会になります…いやですか?」


「いやじゃないよ。今日は少し静かだなぁくらい。お腹空いたから頂こう」


「! はい!!」


 二人は軽い会話を交わしながら夕飯を取る。


 拓人君たち逃げたな…。


 海は知っていた。というより教会の子どもたちの中で仲が良い拓人という少年に聞いた。

 どうやら黒椿が作る料理は「メシマズ」らしく、調味料も普通のものではないらしい。

 海は体が丈夫(「格」が他の人より上がっているから)なのかどうもしないが…前回「クエン酸」を「塩酸」と聞き間違えたのは間違えではなく、本当に――「塩酸」だったらしい。


「か、海君。お魚の煮付けのお味はどうですか? しっかりと“醤油”を使いましたので…」


 緊張を孕んだ声、少し強張った顔で…今まさに魚の煮付け?を口に含んだ海に質問。


「うん、美味しいよ。シア姉さんは調味料さえ把握できれば凄腕の料理人になれる素質を持っているからね。結婚できる方が羨ましいね!」


 変な空気にしたくないから適当に煽てる。

 なお、味は美味しいのでこの煮付けの色が…でもきっと「しょうゆ」なのだろう。


「そ、そんな…結婚したいだなんて。毎日ご飯を作ってくれだなんて…わたくしは…」


「……」


 んー、のトリップか。


 気にせず、箸をすすめる。


「――はっ!」


 戻ってきたみたい。今日はやけに長かったね。いつもの乙女ゲージ満タンの妄想が捗ったようで何よりです、ええ。


 意識を取り戻したようにハッと我にかえる義姉を見て毒々しい色のスープを啜る。


「忘れていました。今日は特別なデザートの用意をしています。少し待っていてください」


 立ち上がるとキッチンの方向まで歩いていく。そんな彼女を見て箸を置く。


「デザートか…青い…プリンパフェ。パンケーキ…という名のハンバーグ。自我を持ったように動き出す…マフィン…うっ。今日は何が出るのか…「特別」とか恐ろしすぎる…」


 今まで食後のデザートとして出た黒椿シア特製魑魅魍魎スイーツを思い出し、脂汗を作る。

 一応、難なく苦もなく食べれる海だが…その見た目がある意味、特殊で奇天烈すぎる。


「お待たせ致しました」


 そうこうしているとクロッシュ…所謂銀色の丸い蓋が被さったナニかを手に持ってくる。


 以外と、大きいぞ。


 ゴクリ…。


 不安と緊張から唾を飲む。


「では、じゃじゃーん! 今日は海君が以前から食べたいと仰っていた――です! お召し上がりください〜」


「う、嬉しいなぁ!!」


 ふ、ふーん、へー。アップルパイねぇ。アップルパイかぁ…こんなにだったっけ?


 そこには教会に来て晩御飯をいただいた時、興味が湧いた――ダークマターアップルパイ


「あ、焦がしていないので安心してください」


「……」


 出来れば「焦げた」と言われた方が安心できたなんて口が裂けても言えない。


「さあさあ!」


 目を輝かせ、「早く食べろや!」と言うように笑顔で催促してくる彼女に押され…一口。


 毒味をさせられている気分だ。


「…パクっ」


「ど、どうですか…?」


 表情は変わり、心配そうに。


「…普通に、美味しいよ」


 おかしい…今回ばかりは「不味い」とシア姉さんのために口にするつもりだった。なのにこのアップルパイ。僕が今まで食べてきた物を悠に遥かに超えて…美味い。


「(パァッ)」


 満面な笑みに輝く彼女の顔。


「あー、ただ義父さんや義母さん。教会の子たちに振る舞うには少し…いや、かなり…改良が必要だね。味はいいよ。見た目がね」


「ふふ。海君はわたくしの料理を独占したいんですね! 可愛いお義弟君です!」


「(違う)」


 お花畑と言わざるを得ない彼女の解釈違いの勘違い言葉に頭を抱えたい気持ちを抑え、今は明日の『天賦祭』に向けて頭を割く。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る