第36話 役目と陰謀
五日目の夜。
黒椿家。
遅い夕飯を食べ終え義姉のシアと二人、食後のお茶を飲んで今日の出来事を語り合う。
「――ふふ。今度は海君の御友人も交えて夕飯を食べるのもいいですね」
今回遅くなった理由を嘘八百で伝えた結果、無償で信じ、何かよからぬことを考える義姉の横顔を見て回避すべき頭を回す。
罪悪感が…全て信じ込む彼女は嬉しそうだ。それが全部「嘘」なんて…言えないよね。
「んー、みんなシャイだし…シア姉さんが僕の義姉って知られたら色々と大変だと思うからちょっと厳しいかも」
もう大分慣れたタメ口で隣に座る義姉に遠回しに「無理」だと伝える。
「…そうでした。海君の学校生活について聞いてみたかったのですが…残念です」
わかりやすくへこたれる義姉に苦笑。
危ない、危ない。たとえ「黒椿家」の
話したことが全て「嘘」だとバレることが心労的にも一番きつい。
彼らに何を話しても「嘘」だと解釈されるのも容易に想像つくし。
「あ、もうこんな時間ですね。海君。久しぶりに――「姉」とお風呂に入りますか?」
壁掛け時計の時刻を見て視線を戻すとわざとらしく肩が触れ合うくらいに自然に近づき…しなを作った横顔で悪戯っ子のように舌をチロリと出し流し目を向けてくる。
その仕草は異様に色気があり思春期真っ盛り男子高校生の
「以前から二人でお風呂に入っているみたいな言い回しで言うのやめてね。ほら、ふざけてないでシア姉さんは入った、入った」
「冗談」「おふざけ」と解釈。
そんなことは本気で取り合わず。
「むー、海君のいけずです!」
「ハイハイ」
【十傑】の【黒聖女】と名高い大人の女性が実家では「子供」っぽいなんていう事実を知った暁には発狂モノだろうな。別の意味で。
彼女の姿が見えなくなったことを確認。肩の荷が降りたと言った様子で一息するとだらしなくソファーに待たれかかる。
「…しかしまぁ…「学校」の異変、ねぇ?」
そんなことを囁き「黒椿家」に戻る前、東と佐島の二人と交わした内容を思い出した。
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「敵の動向…本拠地に単独で潜入。アグレッシブな行動力。流石アタシたちのホロウ様ネ」
「ホロウ様だからな」
二人はそんな自分たちだけの間しかわからないような会話を交わし、語り合う。
「……」
なんの話?
東が【変化】で作り出した土のソファーに腰を下ろす蚊帳の外状態の涼は首を傾げる。
「ホロウ様」
「何かな?」
東に聞かれたので問い返す。
「もしアレだったら…増援を呼ぶけど?」
増援…なんの?
「俺は反対だな。他のメンバーを呼んでもかえってホロウ様の邪魔になりかねない。ホロウ様は自分一人だけで解決出来ると踏んだ。だからこそ…学生の姿で学校に潜入調査をしている」
いや、別に潜入調査なんて初めからしてないし元々学生だから…ただ「学校」か…やっぱりここ『探索者育成学校』で何かが起きてる?
「…そうネ。ホロウ様の考えを聞きたいワ」
んなこと言われても…わかることは二つ。僕のことを《探索者:ホロウ》だと信じ込んでいること。そして、『探索者育成学校』で何かが起きようとしていること。
そこから導き出せる僕が今取れる答えと行動は自ずと決まってくる…のかな。何を優先するか…そんなもの、決まってる。
「…少数精鋭で動く。ちーちゃんと佐島。そして、未だ寝てるあーちゃん。本来、僕一人で事足りる内容だ。ただ、今回は仲間が居るぶん個々が大々的に動ける。それを活かそうか」
佐島と意見は同じ。これ以上…訳のわからん連中の投入なんて誰が認めるものか。それが僕の知り合いだと周りに見られるなら尚更。
そも、学校で異変が起きているならその体で動けばいい話。彼らには体のいい駒になってもらうのもまた僕の平和を守るため。
そのまま、騙されてもらう。
「わかったワ」
「承知致しました。何なりと御指示を」
二人の了承を得、その言葉を待っていたと言わんばかりに立ち上がると廃ビルの開け放たれた窓から覗く月明かりを眺め、口を開く。
「…『邪教』の魔の手は刻一刻と迫る。奴等が姿を見せたその暁にはまとめて捕え、計画を阻止する。決戦の日時は――二日後」
『邪教』という言葉を思い出し、また引用してそれっぽく適当に語る。
ふっふっふ。訳のわからないことを語っている自覚はあるけど、出来る上司っぽくてなかなかいいのではなかろうか?
「…二日後…ちょうど武の式典――『天賦祭』がある日ネ。その日に…」
「生徒、教師は当然。観客として多くの来場者が訪れる。あえて多くの人が集まる場で騒ぎを起こし、混乱させる気なのだろうな」
「そうネ」
いや、知らんが? 全く、なにも。
マジで適当に話しただけなんだけど…?
勝手に進む話し合いに笑顔を貼り付けたまま脂汗を浮かべる。
そもそも『天賦祭』ってなに? 転校して間もないし、ほぼいじめ…マッサージされる毎日だったから何も聞かされてないんですけど…あぁ、もういいや。どうとでもなれ。
「ちーちゃんとあーちゃんの二人には当日まで学校に潜入して待機してもらう。役目は…当日、観客や生徒たちを守ってくれ。佐島。君には…君にしかできない特別な役目がある。君の今後を左右する物でもある――いけるか?」
真面目な顔で【ホロウ】という名前を最大限活かし、強制的に指示を出す。
話的に何か起きそうだし、人柱とは…少し違うけど佐島は僕の後釜を担ってもらう。
彼が本物の《探索者:ホロウ》だと人々に知らしめるため。これはもう、仕方ない。
そして僕は今度こそお役御免…ククク。
この作戦が失敗に終わっても「失望」という事実で【ホロウ】の株も暴落…グフフ。
「起きたらあーちゃんにも伝えるワ。ホロウ様の頼みだから背くことはないから安心してネ」
「ホロウ様の期待に応えるべく精進します」
「任せたよ」
『は!』
景気良く返事を返し、その場から消える。
涼の隣にいた辻も居なくなっていた。
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そんなこんながあり悩みの種は増える。
「…厄介ごととか面倒だなぁ…。妹や幼馴染は…流石に見捨てられない、か」
未だに詳細な内容はわからないもの危機が迫っていることはわかる。それで十分だった。
…今思い返してみると『邪教』が会話として普通に成立している件について…。
『探索者』や【虚】が『邪教』『悪神』を追っていることなどつゆ知らず。
∮
とある地下施設。
ある培養器の前に二人の男がいた。
「ほほほ。これはこれは…以前よりも順調に成長してますね。復活が待ち遠しいですねぇ」
黒のローブに身を包む怪しい人物は培養液で満たされる培養器の中にある“モノ”を見て。
「計画は順調。“コレ”が完全復活さえすれば我々の計画は一歩…いいや、かなり前進することになるだろう。待ち遠しい限りだ」
同様、黒のローブに身を包む人物は培養器に両手をつき、まるで我が子のように撫でる。
「計画は?」
「二日後。変わりない」
「ほほほ。左様でございますか」
「当日、我々の計画を邪魔する輩が必ず現れる。対策はしているが…」
「お任せください。私目が」
礼儀正しく一礼する。
「…悪神様に誓って」
「悪神様に誓って」
二人は怪しく嗤い合い、互いに首に吊るしていた逆十字架を手に誓う。
呼応するように培養器の液体がコポコポと泡立つ“それ“ ――大きな体躯を持つ“異形の体”は生命活動を開始するように脈立つ。
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