第34話 謎の三人


 全速力で走って数分。


「…どうやら撒けたみたい」


 感じていた気配がなくなったことに安堵しつつ近くにあった自販機を影に隠れる。


 さっきのは…学校の生徒? いや、それにしてはやけに俊敏な動きで洗練されてた。それに、わざわざ学区内まで僕を襲いにくるか…?


「どうでもいいか。早く帰んないと…ところで、ここどこだろう?」


 見回すと自分がいる場所は工場跡地だと気づく。周りには崩れかけのビル、屋根がない廃墟など人の気配は感じられない建物の数々。


「幽霊とか怖いし帰ろ――「ボゴン」っ!」


 一歩踏み出した瞬間、地面から自分の顔目掛けて鋭利な尖端が突き出す――それは「鎖」。


 気配がなかった…本当に幽霊だったり?


 空中にジャンプした状態で考える。


 ボゴッ、ボゴ、ボコッボゴッボゴッ!


「…悠長に考えている暇は、ないと」


 地面から生えた無数の鎖を見て肩を落とす。


 その鎖は涼目掛けて殺到し――


 ・

 ・

 ・


「ダァー、なんなんだよ、ほんと!」


 近場の廃ビルに逃げ込んだはいいが追ってくる鎖の大群から愚痴を吐きながら逃げる。


 廃墟だからと言って人に見られる心配がないとは限らない。だから出来るだけ誰の目にも留まらないビルを選んだけど…誘われた?


「…もう、いいわ」


 無数の鎖に追われ、それから逃げている時点で「誰かの目に留まる」などと言う甘い考えは捨て、周りに無理に配慮することなく…右手に極小の黒炎を生成し、それを黒剣に変成。


 キキキィッーーー


 甲高い音を立ててブレーキをかけ、無数の鎖に対峙し――黒剣を、垂直に一振り。


 ジャリン


 無数の鎖は木っ端微塵に砕け散る。

 破片はキラキラと光を反射して舞う。


「たく、晩御飯が遅くなるでしょうが」


 とはいえ、近くにさっきの鎖を操る術者が居るわけだ。そいつを叩いて口封じをしないと…僕の日常ライフが壊される。


「…そうは、問屋が下さないと?」


 砕け散った無数の鎖の破片は空中で舞っていた。それは意思を持つように一つに集まり、大きな鎖となり、涼の行く手を阻む。


「再生待ちとか、復活待ちとか飽きたんだよ、こちとらさぁ。だから――逃げるんだよ!」


 面倒臭いのは関わるだけ、無駄!


 鎖とは真逆に駆ける。

 それを追随する鎖。


 ・

 ・

 ・


「うおっ!?」


 柱と柱の間をジクザクに走り柱に巻きつけて撒こうとするも生き物のように多彩に自在にクネらせ柱を躱す。先ほどよりも一段と速度が上がった鎖は涼の頰スレスレを通過。


 マジで、生き物かて!


「にゃろうっ!」


 ギャリン


 通過する鎖に対して黒剣を振るう。

 その一撃で鎖は壊れる…ことなく弾かれるだけで直ぐに標的を狙い――攻撃を再開。


 んなくそっ。速度もそうだけど強度も威力も段違いに、上がってる…っ。


 距離を取るためその場から後方へ後退。


「…これで、どうだっ!」


 右手に持っていた黒剣を投げやりの要領で持ち――右肩に力を振り絞り、投げる。

 投下された黒剣はマッハスピードを超え、光の速さまで到達し――鎖と衝突。


 シャッン


 衝突した黒剣は鎖を裂き、砕く。


 あの黒剣には赤竜にぶち込んだパイルアンカーと同じ「全ての事象を消す黒炎」を込めた。普通なら、これでおしまい。


「術者本人が何本も連続で鎖を出すなら話は変わるけど、あの制度の物を作るとなると中々難しく、負担だろう。これで終わり――っ」


 地面が、足が、沈む…。


 足を動かそうとした時、それは起きた。

 まるで底なし沼に落ちたように沈む足。


「――舐めるな」


 腰に力を入れ、足を無理矢理地面――の壁を突き破るべく逆に押し込む。


 ドゴンッ


 沈むなら破壊すればいい。

 かなり荒技だが、抜け出せた。


「――っと」


 階層を下り地面に足をつける。


「…あんたが黒幕?」


 顔を上げたそこには涼を待ち伏せるように立つ灰色のローブを纏う謎の人物。


「……」


 ダンマリ、ね。


 どう出るか出方を伺っていると謎のローブはおもむろにしゃがみ、手を地面につける。


 一体、なにを――っ!


「――これは…っ!」


 突如、地面が隆起し涼を襲う。


「メテオ――」


 ローブの人物は地面の隆起に釣られて宙に体を浮かせた涼の元にいつの間にか肉薄。


「! しまっ――っ」


 隆起アレは陽動で、接近コッチが本命か…っ。


 隆起した地面に気を取られ、一歩遅れた。


「スマッシュ!」


 その剛腕から繰り出される攻撃は衝撃波となり涼の――クロスさせた腕に衝突。


 ドゴンッ


 硬い物質がぶつかり合った音が響き渡る。


「――っ!」


 おっ、も――。


 予想だにしなかった威力に吹き飛ぶ。

 腕で受け止め、自ら後方にジャンプすることで直撃は避けれた。しかし威力は凄まじく。


 っ、たぁ。油断してたってのもあるけど…久々に「痛い」と感じた。


 痺れる腕を振り、痛みを緩和させつつ空中で回転して速度を緩め――


「――敵は、一人じゃないのかよ…」


 何処からともなく現れた「鎖」に空中に浮いたまま体を縛られ固定される。


 こんなもの――


 鎖を解こうともがく。そこに周りの地面や壁、天井、柱が隆起し伸びてくる物質に二重に固定されたことで身動きが完全に封じられる。


 あの背の高いやつの能力が…“物を操る”何かか…。そして二人目、いまだに姿を見せないやつが“鎖を操る”…おいおい、まだいるのか。


 背の高いローブが地面に手をつけるところにまた二人の同色のローブが現れた。

 一人は地面に手をつくローブを守るように、もう一人は前に出る。


「――竜偽換装「隻腕」」


 前に出たローブは何かを囁く。

 次にローブ――右腕が大きく盛り上がり。


「…冗談だろ?」


 その嫌に懐かしい…を見て声を漏らす。


「――黒砲」


 驚く間も無く、さらに度肝を抜く光景。


「…嘘だよな、おい」


 竜の腕から放出される。

 自分に迫る――【黒炎】を見て。


 ボワッ


 【黒炎】は直撃し、涼を呑み込み、辺り一面を砂埃が舞う。

 

 ローブ三人衆は警戒解くことなく、砂埃が晴れるのを静かに待つ。


『……』


 少しして砂塵は晴れ。

 そこには誰もいない。


『!?』


 突如、後方から小さな悲鳴が上がる。

 背後に目をやると黒いモヤのような物質が巨手となり二人を捕らえる。


「いやー、うん。何処の誰かは知らないけどさぁ。人様に迷惑かけるの、やめてもらえる?」


 いつの間にか背後を取られ、黒いモヤで捕らわれる二人の真横に“それ”はいた。

 あれだけのことをされた人物とは思えないほど和やかに、自然に振る舞う。

 無傷はもちろん、着ている制服にすら焦げや汚れは一切見当たらない…一ノ瀬涼の姿。


「僕もさ、弱い物いじめは嫌いなんだ。君たちが襲った理由を簡潔的に話せば、少しは苦しませずに…楽にしてあげよう」


 体から微粒子レベルの黒炎を放出。


 自分の能力がバレている。

 素性が知られたかもしれない。

 なら口封じ、それ即ち――「死」。


「まず、お前。その力をどこ――」


「試すような行為、申し訳ありません!」


 勢いよく――土下座するローブ男。


「…は?」


 その行為に唖然としてしまう。


 よく考えると「黒炎の手」で捕らえている二人はこれといった抵抗を見せない。


「…この姿ではわかりませんよね」


 何故か下手に出るローブ男はそう言うと目深まで被っていたローブを脱ぐ。


「! お前、は…」


 その顔を見て、驚きを覚えた。なんせ。


「貴方様に身も心も救われた愚者――佐島大地、此処に馳せ参りました。もう一度お会いできたこと、心から光栄に思います」


 そこには「佐島大地」その人がいた。


 “生きている”とは風の噂で聞いた。

 『探索者』専用の牢獄に入ったからもう一生出会うことはないと思っていた。

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