第33話 転校デビュー失敗
転校初日。
「普通科」二年二組。
「――今日からみんなと二年間共にする新しいクラスメイトの紹介です。一ノ瀬君、お願いね」
「う、うす」
女担任に指名された転校生――『探索者育成学校』制服に身を包む一ノ瀬涼は黒板の前に行くと緊張した面持ちでクラスメイトを見回す。
こうして学校生活をするのは約三年ぶりか…異様に緊張する。既に帰りテェ…。
「い、一ノ瀬涼です。こんな時期の転校?ですが、みんなと仲良くできると…嬉しい、です」
ボソボソと小さな声量で話し…俯く。
あぁ、終わった。これじゃ陰キャだ。
クソ、なんでみんな僕の顔を凝視する…。
「はい、一ノ瀬君に何か質問したい人はいますか? 挙手をして発言お願いします」
勝手に質問コーナーへ移行。
先生? 生徒の自主性は何処に? それ、一歩間違えればパワハラですよ?
内心、羞恥。
外見涙目の涼は地獄へ。
「はい、以前まで通信制に通っていたと聞くけど、本当なのか?」
いかにも陽キャと言った感じの生徒が発言。
「…ま、まぁ」
余計な質問を…陽キャェェぇ。
質問をした同級生に敵意を向ける。
やはり、イケメンとは相入れない。
『通信制とか』
『ダサ』
『ニートじゃん』
クラスメイトに言いたい放題。
「(涙目)」
事実なので言い返せないのもまた辛し。
「はい。一ノ瀬君が橋の下に住んでいたと聞きました。本当なの?」
美少女と呼べる顔立ちをした女子生徒は可愛い顔でそんな恐ろしい質問を投げる。
「い、いやー? どうだろう。あはは」
なんで知ってるんだよ!
愛想笑いでここは誤魔化す。
『俺も見たぞ』
『あぁ、あのダサ眼鏡男は一ノ瀬だ』
『浮浪者ww』
またまた、言いたい放題。
「(ガチ泣き)」
このクラス、もう、きらい。
「僕も質問」
涼のように瓶底眼鏡をかけたいかにもガリ勉と呼べる印象の男子生徒が挙手。
もういいよ。何? 僕のライフはとっくのとうにゼロだよ。これ以上なにを望む?
「君は『探索者育成学校』「普通科」に通える実力を持つはず、なのに入学前の学力テスト…学科では赤点ギリギリ。実技はダメダメ…何をしにきたの? ここは格分野で活躍できる優秀な生徒が集まる学校。何か不正した?」
ガリ勉の発言でクラス内はざわめく。
『俺もそれ聞いた』
『一発合格なのに逆不正レベルで何もできない無能とか』
『ハンマー投げも出来ないらしいよ〜』
『そんなのもう、無能オブ無能じゃん』
ヒートアップする。
「(絶望)」
入学前の試験があるなんて知らなかったから仕方ないじゃないかぁ!
目立ちたくないから手を抜いて適当に済ましたら逆に目立つと思わないじゃないかぁ!
そもそも、普通の学生はハンマー投げなんてしないしできないわ、ボケァ!!
ポキッ
内心発狂し、心が折れる音を聴いた。
「はいはい、そこまで」
騒がしくなった生徒たちに静止の声をかけたのは女担任。
あなたがこのクラスの「良心」か。
「無能君…じゃなくて一ノ瀬君は今回は不調だったのよ。みんなも邪険にしないであげてね」
「……」
いや、あなたが一番邪険にしたよね、いま?
女担任に恨み辛みの視線を送る。
それはあえなくスルーされ。
「時間も無駄に浪費したし、一ノ瀬君はどこか適当に空いている席に座って。早く」
「え、えぇ」
なんかこの担任、さっきと打って変わって適当ってか明らかに嫌悪感露わに邪険にし出したんですけど…空いてる席ってどこだよ…。
見回すと窓側の一番後ろの席、要は特等席が空いていた。
特等席じゃないか。
ニヤニヤといやらしい視線を向ける男子生徒、嫌悪感を露わにする女子生徒の視線を掻い潜りようやく特等席へ。
「…ふぅ」
ため息とともに席に着く。
転校初日、それも朝からもうやる気は皆無。
『うわ、あいつ黒椿様の隣に座ったぞ』
『おいおい、あいつ死んだわ』
『そは絶対領域だから空いてるのに』
『常識知らず』
『「床」があるだろ』
冷静かつ正確に周りの会話を拾う。
そして、何よりも気になった一言を確かめるべく…隣の席に視線を向ける。
「気安く見ないでくれる。不快だから」
そこには「姉」と同じ桃色の髪をポニーテールにした勝気そうな見た目の美少女。
容赦なく降り注ぐ「毒」という名の言葉。
鋭利な刃物となり繊細な
「……」
無言で顔を戻し、前の生徒の背中を見る。
拝啓、シアお義姉様
どうやら、貴女が用意した信頼を置く優秀なサポート要員は僕のことが「不快」なようです。
「終わった」と頭を抱える。
…シア姉さんに優秀な妹さんがいるのは聞いたことはあったけど…『探索者育成学校』指定の寮から通っているとは聞いてはいたけど…なんでそんなに敵対心、向けるかな…。
こうして「最悪」と言っても過言ではない転校デビューを果たした。
校内では「無能オブ無能」や「底辺」「ザコ」「変態」という異名が広まる。
∮
転校して三日目の放課後。
空き教室にて。
「オラっ!」
「あんま、調子乗んなっ!」
「無能がっ!」
殴られ、蹴られる。それは当たり前。
物を隠され、悪口を言われるのも当たり前。
こうして暴行を受けるのも…当たり前。
「……」
男子生徒――一ノ瀬涼は数人の男子生徒にサンドバッグとして扱われていた。
それは転校してから毎日のように。生徒たちは狂ったように涼を嬲り、痛めつける。
「…やり返すこともできないか」
「反応がねぇからつまんねえな」
男子生徒たちは自分たちの鬱憤を晴らすため無抵抗の涼に暴力を与える。
まともに反応を見せないことに鬱憤は晴れるも「つまらない」と吐き捨て見下す。
「…もういいや、いこうぜ」
「そそ、時間の無駄」
「あ、散乱した掃除道具は片付けとけよ。底辺のお前にはちょうどいい仕事だろw」
「お、それいいな。どうせクズの家族もクズなんだろ。コイツ諸共「掃除」でもするかww」
「言いすぎだろw」
『ぎゃはははっ』
優秀な生徒が集まると言われる『探索者育成学校』には向かない品のない笑い声をあげる男子生徒たちはその場を後にする。
残されたのは掃除道具入れに頭から突っ込み制服を汚し、無様に倒れる涼の姿。
「…終わったかな?」
まったく、よくもまあ…飽きずに似たような罵倒をしながら暴力を振るえる。
彼らにはレパートリーという概念がないのか、はたまた…ただ馬鹿なのか…。
何事もなかったかのようにむくりと立ち上がると制服についた埃を落とし、伸びをする。
「あーあ。こんなに掃除道具散乱させて。自分たちで汚くしたなら片付けろよなー」
そう言いつついつものように片付ける。
「君、やり返さないの?」
「?」
掃除をしていると背後から聞き覚えのない女性の声が聞こえた。
振り向くと紅色の髪をサイドテールにした美少女が扉の近くに立っていた。
ネクタイは青色…先輩か。
「見たところ平気そうだよね。彼らに抵抗することだってできたと思うんだけど?」
近くまで来るとまたまた、質問。
「やり返したところで、何も変わりません」
「…先生とかには?」
「話になりませんでした」
とっくのとうに伝えている。
意味の無さない時間だったけど。
淡々とその回答に答えをだした。
「…君は、それでいいの?」
「いえ。願うならこんな何も生産性のない稚拙で幼稚なことをしないで優秀者らしく振る舞ってほしいものですね。多分、無理ですが」
皮肉げにまた彼らを小馬鹿にして嘲笑うかのように。その姿から無抵抗に暴力を振るわれる人間ではないことは明白。
なのに何もせず、彼らの思い通りにされる後輩がわからず、何故だか異様に…気に食わない。
「ま、彼らにも色々と事情があるのでしょう」
「…事情?」
返答を頷きで返し、机の横に立てていたホウキとちりとりを手に取る。
「『探索者育成学校』。自他とも認める「優秀者」が集まる学校。【
持っていたホウキを【
「三日間。非常に短い時間です。でも、その短時間で理解するには十分すぎた」
落としたちりとりを拾い、ホウキとちりとりを掃除道具入れに入れ、振り向く。
「差は埋まることなく、互いに歩み寄ることなく、認め合うことはない。自分たちは「下」の存在。なら自分たちよりも更に「弱い」存在を目の敵にするのは必然なのかもしれない。現に今、彼らは「黒椿ノア」という少女に近づいた害虫を排除するという…御大層な名目を立て、自分たちの心を、地位を、立場を守るため…不満の吐口として僕という「無能」を叩く」
「――っ」
悲しそうな表情の反面、ニターと笑う口元を見た女先輩の背筋に寒気が走る。
「…そういう君は、少し、楽しそうだね」
そんな自分の内心を悟らせないように話す。
「まさか。僕は悲しい。「差別」と「区別」の分け方もわからない彼らに。ですが、それを理解しようとしない彼らにも原因があり、そんなクソみたいなことでしか「生」を実感できない彼らに同情しますがね。ただ、それも自分の身を守るための一種の防衛本能。暗示のようなものなのでしょう…難しい問題ですよ」
「君は?」
「自分、頑丈が取り柄なので」
細い腕を持ち上げて真顔で即答。
「ぷっ。何それ」
緊迫した空気の中雰囲気を突如変えて話す後輩の姿を見て緊張が解け、ひとしきり笑った女先輩は笑い涙を指で払うと悪い顔を向けた。
「
「……」
先輩の態度に嫌そうな顔を隠さず向ける。
「もっと喜びなよー美人な先輩だよー?」
「あ、間に合ってるんで結構です」
「素直は時に残酷なんだよぉ〜?」
それが女先輩――上代蒼との出会い。
転校してから三日と経ち、この学校…『探索者育成学校』で唯一話せる生徒。
その先輩が理由でもっといじめが過激になるとはこの時は思いもしらなかった。
・
・
・
回想おしまい。
「――上代パイセンが前生徒会長とか知ってればあんな厨二チックな会話なんてしないわ…いじめられてる光景を美人に見られてテンパった際に出た口から出まかせなんて…言えない」
今になって羞恥心が芽生え校内から自宅――黒椿家に向けていた足が自然と早まる。
「……」
そこでふと周りがやけに静かだと思った。
誰もいなくても車が走る音、小動物の鳴き声、工事の音…何かしらは聞こえる。
柱の影、誰かいる。
早足で歩きながら周りに神経を集中し、何者かを発見。ただその何者かは何故か自分を尾行しているように間隔を開けて着いてくる。
ストーカーとか、誰得なんだよっ。
路地を曲がったところで、全速力で駆ける。
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