第32話 青春は苦い記憶


 『探索者育成学校』


 世界各地に「ダンジョン」が現れ、「魔物」といった存在が当たり前となった現代。

 世界の脅威に立ち向かう存在――次世代の『探索者』を育成する機関。

 スキル所持者【討伐者スレイヤー】が多く住む西区、探索極棟本拠店も近くにある区域。


 昨年から各分野で「優秀」な【無印ノーマ】を一般生徒として受け入れる姿勢に発展。

 それは深い溝となってしまった【討伐者スレイヤー】と【無印ノーマ】を繋げるという意味合いを込めて。



 ∮



 転校して、五日目の出来事。



「――今日はこのくらいで勘弁してやるわ。いくぞお前ら」


 『探索者育成学校』「普通科」指定の制服に身を包んだ男子生徒は足蹴にしていた男子生徒から足を退かせると他の仲間に声をかける。


『ウェーイ』


 生徒たちはボロ雑巾のように転がる男子生徒を見て、笑い、写真を撮り、去っていく。


「……」


 男子生徒は蹲ったまま動かない。

 その姿は“いじめ”による痛みから立ち上がれないようにも見える。


「後輩くーん、息してる〜?」


 何処から現れたのか、初めから近くにいたのか彼らが去った後姿を現した女子生徒は心配した様子で蹲る男子生徒に声をかけた。


「……」


 しかし、反応はない。


「…後輩くん?」


 女子生徒は顔を少し曇らせ、その紅色のサイドテールをピコピコ揺らして側によると…蹲る男子生徒の肩を引っ張る。


「……」


 男子生徒は無言で携帯ゲームをプレイ中。

 そんな…いつも通りの後輩に呆れ果て。


「あのさあ、後輩くん。君、自分の状況理解してる?」


「ちょっと話しかけないでください。今、いいところなんですから」


 画面から顔を離すことなく返答。


「……」


 後輩の携帯を無言で没収。


「あ、ちょっと!!」


 携帯を取り上げられたことでようやく反応を見せる。ただしそれは携帯を取り戻すため。


「君、いじめられてるんだよ?」


 手を伸ばして携帯を奪還しようともがく男子生徒の手をひらりひらりと避けながら告げる。


「? いじめ? 何のことですか?」


 携帯奪還を諦めて女生徒の話を真面目に聞き、初めてその単語を聞いたような間抜けな返事を返す後輩相手にこめかみを痙攣させる。


「…いや、だから。君が同級生にいじめにあってる…で、いいんだよね?」


「違いますけど?」


 天然なのか無関心なのか特に気にした様子のない後輩に頭を抱える。


「…同級生の子たちに蹴られたり殴られたり…暴力振るわれてるでしょ。それがいじめだよ」


「あはは〜マッサージですよ〜」


「…それ、本当に思ってる?」


「マジ。大マジです。だって彼ら――“ほら、ココが気持ちいいんだろぉ?”とか“今日もお前の腰の骨ポキポキ言わせてやるよぉ”とか言ってマッサージしてくれるんですよ?」


「……」


 後輩の考えが理解できない。


「ほんといつも助かってます。携帯ゲームをすると画面を見る頻度が高くなり自然と猫背になってしまうので持つべき物は無料で自主的にマッサージしてくれるマッサージ機同級生ですね!」


「……」


 哀れみの帯びた視線。そこには「この子どうにかしないと」と言う想いが伝わる。


(…制服、汚れてるじゃん…)


 そこであることに気づいた女子生徒はこれならこの後輩も気づくだろうと指摘することに。


「後輩くん。ほら、制服に靴の跡とかついてるしこれはやっぱりいじめだよ。マッサージだったら靴は脱ぐでしょ?」


「あぁー、新手のマッサージですか。今流行ってるんですかね。靴式マッサージ」


「…制服に靴の跡とかついていたら家の人に言われない?」


 違うアプローチを試みる。


「言われると言うか喜ばれます」


「なんで!?」


 そこでついに女子生徒の冷静さは欠け素でツッコミを入れてしまう。


「実は僕、お恥ずかしながらぼっちでして」


「…知ってる」


「そんな僕なんで学校で制服が汚れるほど友達と遊んでいるって家の人は思ってくれて嬉しいんです。ほんと、彼らには助かります」


「もう、好きにすれば」


(この子、メンタルどうなってるの…)


 ジト目で諦めたように肩を落とす女子生徒はそれ以上は何も言うことなくトボトボと疲れた様子で屋上の階段を下っていく。


 ふっ、勝った。


 そして今日も――名取海改め一ノ瀬涼は絡んでくる先輩女子の撃退に成功。


 いやね、いじめ…らしきモノに甘んじているのは理解しているさ。

 でも実際痛くないし、マッサージになっているのは確かで助かってます。

 いじめの理由になった大元の原因は先輩が五割。残りが…なんだ?


「…残念な話。ほんとに、制服の汚れを見てが喜ぶんだよなぁ」


 苦笑い一つ浮かべ、帰りの支度をする。


「…って、携帯奪われたままなんだけど…」


 ようやく気づいた涼は身支度を整えると急いで女先輩を追いかける。


 黒椿家の「養子」という扱いになった海は何故か『探索者育成学校』に通う羽目に。

 海が考えた「一ノ瀬涼」の名前になっている理由は「黒椿」だと騒ぎになり目立ちすぎるからという黒椿…の両親の配慮だったりする。


 海が黒椿家の養子になり学校に入りいじめの標的になるまで話は少し遡る。


 ・

 ・

 ・


『海君。わたくしと家族になりましょう♪』


『………はい?』


 そんな会話から三日。


 黒椿家本家にて。


「娘から話は聞いてるよ。私たち黒椿家は君を歓迎しよう。ようこそ、海君」


 白髪混じりの黒髪に年齢を感じさせない大柄な体躯。美丈夫――黒椿章くろすあきらは向かいのソファーに座る海に微笑みかける。


「あなたのお家ともすこーしお話しさせていただきました。契約…言質も取っています。養子として迎えることになったけど…本当の息子のように振る舞っていいからね?」


 黒椿の父親、章の隣に座る温和な雰囲気を醸し出す薄い桃髪の御婦人――妻の黒椿くろすミアは海の顔を興味津々にチラチラ見る。

 どうやら息子ができることが相当嬉しいらしく、遠回しに「息子になりなさい」という熱烈なアピールをしてくる模様。


 初対面のイメージは二人とも温和で話しやすそうで、何よりも優しそう。


「えぇーと…」


 即座に「YES」と答えられない内容に困り果て、藁にもすがる勢いで…隣に座る諸悪の権化こと黒椿に助け舟を出すべく視線を移す。


「(グッ)」


 視線を感じ取り、満面な笑みでサムズアップ。


 黒椿さんのイメージが…厳粛な雰囲気が台無し本当はかなりお茶目な人なのかもしれない。

 んなことより、だ。これは外堀も埋められているということなのだろう…はぁ。


「…よろしくお願いします」


 半ば諦め、これからの未来に不安半分、期待半分といった様子で承諾。


『(パァ)』


 無言で笑顔になる三人。


 聞いた話では黒椿家には女性しか生まれず、男の子に恵まれなかったそう。

 そこで黒椿が信頼し、それも美男子かつ心優しそう(イメージ)な少年はもってこい。


 こうして「名取海」改め「黒椿海」となる。

 外では目立つので海が口にした偽名の「一ノ瀬涼」を名乗ることに。

 何故か「一ノ瀬涼」の戸籍も作られていたことに黒椿家の本気度が伺えた。


 怖いから調べないけど。


 そこから『探索者育成学校』に通うという話はトントン拍子に進行。


「――海君。一週間後から『探索者育成学校』に通えますよ!」


 教会で子供たちとトランプで遊んでいるとやけにご機嫌な様子の黒椿がシスター服に身を包んだ状態で現れたと思うと、そんなとても大事なことをしれっと平然に口にする。


「…ゐ?」


 手元にあるジョーカーババを手に悩むなかそんなことを言われたものだから反応が遅れ、間抜けな顔をしつつ、訝しげな顔になる。


「シスター。もしかしてだけど…にいちゃんに伝えていないんじゃない?」


 対戦相手の少年による良心的なフォロー。


「!」


 少年の言葉を聞いた黒椿は絵に描いたように口元に手をあて…驚く。


「ご、ごめんなさい!」


 聞いた話によると喜ばせたいあまりか直前まで独断(黒椿家の力と自分の力をフル活用)で『探索者育成学校』「普通科」に通える準備を進めていたらしい。

 本当はもっと早目の段階で伝えるはずが、サプライズしすぎた様子。愛されるドジっ子。


 この、天然さんめ。


「そ、その…海君が中卒だと何かと不都合だと口にしていましたので…それに、『探索者育成学校』の出だと色々と優遇もされると聞きます。それは「普通科」とはいえです。あ、あと! 同じ学校に通う妹さんと幼馴染さんとお話し出来る機会が作れればなぁ〜と思って…」


 叱られた子犬のように目を伏せ、時折りチラチラとこちらの反応を伺う。

 

「…いいです。怒ってませんし、ここで僕がどうこう言っても取り消しは…難しいですよね?」


 「妹」と「幼馴染」というワードを自覚しながらスルーして話を進める。


「そ、そうですね。色々と審査があると聞きます。その点、海君はスムーズに審査を通り、なんと何も問題なく『探索者育成学校』「普通科」の生徒としての権利を手に入れました!」


 「義姉として誇らしいです」と豊満な胸を張って喜ぶ姿はエr…微笑ましい。


 墓穴、掘ったな。これはあれだ。前通っていた通信制学校のデータがそのまま反映されてるな…どうせ【無印ノーマ】判定だから碌な仕事先がないと思って頑張りすぎた結果か…はぁ。


 名取海という少年は「目立ちたくない」「頑張りたくない」という理由で怠ける。実は地頭がよく、物凄く優秀な人間。

 普段のような生活を行えば今回のようにはならかったが、全て裏目に出てしまう。


「安心してください。わたくしが信頼を置く優秀な人物に海君の学校生活のサポートを頼んでいますので、仲良くしてあげてくださいね」


 なんか、嫌な予感がする。

 「何が」とは上手く言えないけど。


「…ちなみに、それは誰か聞けます?」


「当日までのお楽しみです♪」


「…さいですか」


 まだ学校にすら顔を出した訳ではないのに最先不安だけが残る。

 

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