二章 one week no campus

第31話 序章


 比べられることに、疲れてしまった。

 

 生まれてから今までずっと出来のいい「姉」と比べられた。

 なんでもできる「姉」は家族や周りの人に可愛がられ、大事にされる。

 「姉」がなんでもできるせいで「妹」の私は変な期待をもたれ、いつも――失望される。


 もう、うんざりだった。


 勝手に期待され、失望される。それはもう慣れた。でも、「普通」の何がダメなのか。

 私は「姉」ではない。同一視するな。姉妹だからという理由だけで、私は、私は…っ。


 世界が変わったあの日、希望など与えられず、奈落の底に落とされることになる。


 優秀な姉は誰もが羨むスキルを手に入れた。なのに私には何もない。

 世間では【無印ノーマ】と呼ばれ蔑まれ、人権などなく、無能として扱われる。


 そんな私に転機が訪れる。手を差し伸べてくれる人が現れた。

 私はその人――「彼」がいたから今日まで生きてこれた。

 だから私は「彼」のためならなんでもする。悪事にも手を染める。


 たとえ、実の姉だろうと――



 ∮



 中央に位置する『ダンジョン』区域。

 その区間の中でも政府――探索極棟本拠店から特に厳重にと指示され管理されている場所。


 『探索者特別監獄』。


 『探索者』専用の監獄。


 世界が変わりダンジョン、魔物が当たり前となり、大抵の人間がホロウの意思を継ぎ正義の名のもと『探索者』としてダンジョンを攻略し世界の安寧を守る。

 それとはまた別に違う思想を持つ人間が生まれる。それは己が「特別」だと思い込み自分が「正しい」と正当化し、犯罪を犯す人物。


 そう言った狂った思想を持つ人物たちを収監する施設。それが『探索者特別監獄』。




「――。釈放だ」


「…冗談、ですよね?」


 鉄格子越しに言われた看守長の言葉を理解できず――囚人、佐島大地さじまだいちは聞き返していた。


 髪はボサボサ、髭は自由奔放に生え、格好は見窄らしい囚人服。

 以前まで『上級探索者』としてイキリ倒しチャラついていた男の面影はない。


 『竜の峠』で起きた騒動の中心にして犯人。

 いくら【神姫】と【召喚士】二人のお言葉があり減刑されたからといっても罰は罰。

 佐島も同意して甘んじて処罰を受けていた。本来なら早くても10年は牢屋暮らし、のはず。


「冗談など言わん。理由はお前を釈放したいと口にする相手側に聞け。それにこれはの指示。つまり――佐島。お前を外の世界に出す理由がある…あとは自分で考えろ」


 看守長は牢屋の鍵を開けるとその場で佐島が立ち上がるのをただじっと待つ。


(…「運び屋」とか名乗っていた爺さんが俺を殺しにきた…ない話ではない。それか…は、考え過ぎか)


「…お世話になりました」


 開け放たれた牢屋から出て、まずは世話になった看守長に挨拶とともに頭を下げる。


「あぁ、達者でな」


 看守長も看守長で無愛想な顔に少しだけ、ほんの少しだけ笑みを浮かべ、見送る。


 看守長とそんな短いやり取りを終え、出獄。


 ・

 ・

 ・


 他の看守たちに激励の言葉、精密検査やらを受け、結局十分ほどして窓口までこれた。

 服装は収監される前着ていた物をクリーニングに出してくれていたらしく、それを着用。


「佐島。もう戻ってくるなよ」


「はは、そうありたいです」


 背中越しに最高権力者――矯正官にそんな笑えない冗談を言われ肩を竦めるだけに留める。


「ま、自分の罪を認め、反省している今のお前なら大丈夫だろう。これでも俺は人を見る目はいい方だ…と…今のはなんだ、忘れてくれ」


 雰囲気的に何か気の利いた言葉をかけようとして、自分では役不足だと気づき明後日の方角を見る矯正官。


「…瀬戸せとさんの期待を裏切らないように、生きますよ」


「おう。相手さんは、外で待ってるぞ」


「わかりました。お世話になりました」


「頑張んな」


 矯正官に背中を押されるように見送られながら、約一月ぶりの外に出た。




「君が噂の佐島クン?」


 外に出て直ぐに声をかけられた。


「あなた方は…?」


 その人たちが矯正官が言っていた「待ち人」だと認識はしているが見覚えのない顔ぶれに少し、警戒をしてしまう。


(一人は男…だと思うが、坊主頭に大柄な体躯。黒のスーツを着て…化粧を施す…早い話、化物かと…見た目で判断はダメだ)


 男女?から視線を外し女性に移す。


「……」


(もう一人は女性。肩まで伸ばした黒髪にキリッとしたまつ毛と凛々しい瞳。男女とは違い何も言葉を発しない、か)


「まあまあ。詳しい話は車内でしましょ。ここでは人目もつくからネ?」


「…わかった」


 男女が指差す黒のレクサスに乗り込む。


 ・

 ・

 ・


 車内にて。


「さて、まずはお互い軽く自己紹介しましょ。一番手はアタシネ。東千紘あずまちひろ。【変化】のスキルを持つ。親睦を深めるために愛称を込めて『ちーちゃん』と呼んでくれると嬉しいワ☆」


「…ウッ」


 キャピッと男女改め東千紘と名乗る…オカマにウインクをされた佐島は口元を抑える。


(耐えろ。初対面で「気持ち悪い」と思うのは流石に、どう考えても…失礼だろう)


「よ、よろしく」


 頰の筋肉を無理矢理動かしぎこちない笑みを浮かべる。SAN値が一気に削られた気分だ。


「あなたもあなたで無理に相手しなくていいわ。こんなカマ野郎なんて」


「もおー、酷いわ〜


「あーちゃん言うな」


「……」


 仲の良さそうな二人の会話を聞いたお陰か少し警戒心が解けた。常識人ぽい女性に感謝。


「…はぁ。わたしの名前は辻絢音つじあやね。スキルは【鎖】。あなたの返答次第だけど、私たち的には良好的な関係を望むわ」


 オカマとのやり取りで少し疲れたのか、ため息混じりに軽い調子で自己紹介を済ませる。


「……」


(オカマがインパクトありすぎて気にならなかった。けど、冷静になった今ならわかる。この二人、かなりの手練れだ。それに…自分のスキルを他人の俺に簡単に話す、何を考えてる?)


 政府、探索極棟に知られていることを除いて「スキル」というものは他者に簡単に際限なく教えるものではない。

 自分の存在証明、価値。また財産、事を有利に運べる「奥の手」「切り札」となりうる物。それは初対面ならなおのこと。


「色々と考察しているところ悪いけど。「問題ない」と理解した上で話した。なら、余計なことは考えずに、自己紹介したらどうかしら?」


 その言葉に一理あった。


「そうそう。こちらに争うつもりは毛頭ないワ。あ、別にアタシが禿げてるからってカケたわけじゃないからネ?」


「……」


「オカマは気にしないで」


 運転席でやけに綺麗な歯を見せサムズアップを取る姿に若干イラっとしつつ、辻絢音と名乗る女性を信用してみることにした。


「――俺の名前は佐島大地。色々と噂は聞くと思うが…元『上級探索者』の…犯罪者だ。スキルは【金剛】…こんな感じで、十分か?」


『……』


 目から伝わる無言の圧力。

 どうも二人はお気に召さないよう。


「他に、何か?」


 佐島の言葉に女性は深いため息をつく。


「腹の探り合いは苦手なのよ。いいわこちらもカードを切る。単刀直入に言うけど…【ウロ】…この言葉を知ってる?」


「!」


 【虚】。


 その言葉に聞き覚えがあった。


「わかりやすい反応、ありがとう」


「…【十傑】の【歌姫】や【黒聖女】が代表するホロウ様を慕う組織なんか比ではない…本物の宗教団体。まさか、実在するとは」


(俺も風の噂程度だが聞いたことがあった。ホロウ様に救われた彼らは《探索者:ホロウ》を盲信し崇拝する…過激派集団と)


「説明が省けて助かるわ。そこで、佐島大地。あなたに折り合って相談がある」


 彼女は一泊置くと口を開く。


「ホロウ様の行方を探すのを手伝いなさい。拒否権はない。命令と捉えてもらって構わない」


 雰囲気が変わる。それは社内の空気が一段と下がったように体感で感じた。

 今は何も口にしないが東と名乗ったオカマから無言の圧も感じる。


「……」


(どんなことを要求されるか、薄々予想はしていた。実際俺も――)


「「呪い」?「タロット」…って言うのかしら?まあ、仲間に占える子が居る。その子が佐島大地。あなたがホロウ様を探す「鍵」となると。そして、ホロウ様に際も近しい存在だと」


「佐島クン。アタシからもお願いするワ」


 太々しく話す彼女とは打って変わって紳士らしくオカマ…東は頭を下げて頼み込む。


「…俺は、贖罪をする機会を与えられた」


『……』


 二人の顔を見ることなく顔を伏せ、己の罪を語る佐島の様子を二人は黙って聞き入れる。


「本来なら死に行く定め。重い罪で罰せられる定め。なのに、俺はこうしてここに立つ」


 己の手を掲げ、血で汚れた、罪で汚れた…人々を殺めた醜い手を見つめる。


「生かされた意味、進むべき道。これから歩む時間をあのお方に全て捧げると…決めている」


 顔を上げる。

 その目には、決意の意思が灯る。


「俺で役に立つなら使ってくれ。多少なり役に立つだろう」


 警戒を解き、微笑む。


「じゃあ」


「あぁ、同行させてくれ。決して裏切ることはしない。この――【】に誓って」


 佐島が掲げていた右手のひらに――黒き炎。

 【黒炎】が灯る。


『!?』


 【虚】と名乗った二人は目を疑う。

 追い求めた主人、ホロウが使う【黒炎】。

 目の前で同じ物を使う存在に。

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