第30話 閑話 調査
「――では、私はこれで下がります」
《ホロウ様 愛》と刺繍されたはっぴを着た隊員は一礼して、部屋を後にする。
「ふぅ、名取海君、ね。冥さんが自ら探すくらいだから…ホロウ様の手掛かりになるのかな」
部屋のドアをしっかりと施錠するとそんな独り言を呟き、おもむろにテーブルに置いてあった黒鎧を纏う人物…ホロウが写った写真立てを手にうっとりと目を細め、頰を赤らめる。
「冥さんは慕っているけど、ホロウ様が関わるなら話は別。星見さんもホロウ様狙いと風の噂で聞くし…これは仕方のないことなの」
自分自身に言い聞かせるように話す女性。【ホロファン】創始者こと音瀬由仁は一歩間違えればストーカーとして訴えられるような行為について正当化して。
話は数時間前まで遡る。
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突如、『竜の峠』に訪れた異常をホロウが見事納めてから少しして、由仁のホロウへの信仰心、愛情、熱情、憧憬は高まる一方。
そんなある日、由仁が自室に居ると虫の知らせのように由仁の心を早立てる気持ちが湧き上がり、“それ”に従うように行動。
今まで“それ”は何度か起きた。全てがホロウに繋がるもので由仁は【ホロウ様サーチ】と安直な名を名付け、活用している。
『――本当にここなの?』
『クンクン…うん。微かに、ホロウの匂いがする。リルの証言もあるし、確かめるべき』
『…わかった。でも、ホロウが私たちよりも年下の…高校生だったなんて…いこう』
『(コクリ)』
隊員たちに外出の断りを入れて知らせ…意思に従うように足を進めるととある顔見知りの女性たちがある建物に居た。
(…冥さんと、星見さん…? ここは…学生寮でしょうか。誰かを探している? 名取海? ホロウ様が、高校生?)
冥の察知がかからず、二人に見つからない程度の好物件を探し当てた由仁はその建物の影に隠れて二人の会話を盗み聞きしていた。
自分のスキル【声麗】で耳を強化しているため、直接その場に居るかのように聞こえる。
(…む。星見さんがインターホンを押したようです。誰が出てくるのでしょうか。本当にホロウ様でしたら、その御尊顔を観れるのでしょうか…はっ! こんなことなら、対ホロウ様ようにメイクを完璧にしてくれば…あら、あの方が…ホロウ様…???)
由仁の目にはタンクトップ姿のぽっちゃりとした体型の男性が映る。
『へ、へへへ。ど、どうかしましたか? あ、もしかして俺の真価に気づいた――』
『あはは〜間違えました〜』
男性が二人に何かを話しかけた瞬間、依瑠が頭を下げてその場を後にする。
(どうやら、お目当ての相手ではなかったようですね。次は、どう動くのでしょうか)
少しワクワクとしつつ二人の動向を見守る。
場所を駅前の喫茶店に移して。
『…なんとなく、こうなるんじゃないかと思っていた。名取海がホロウなら私たちを察知して事前に逃げている可能性はある』
(一理あります、ホロウ様ですからね。簡単にその素性を明かすようなことはしないでしょう。そこもまたミステリアスで素敵です)
二人を追いつつ急拵えで帽子、マスク、サングラスを買って変装した由仁は二人から一番離れた席に着き、二人を監視。
『名取海という人間は存在しない。厳密には存在していた。現状、名取家の御子息は名取海ではなく――
(名取海…さっきも出てきた人物名ですが…何処かで聞いた覚えがあります。それに、名取尚。わからないことだらけですね)
『それは、なかなか…謎が深まるね。その名取尚って子は…何をしてるの?』
『『探索者育成学校』に通ってる』
『うーん。私たちの目で直接、確かめることができればいいんだけど…』
『…極棟に掛け合ってみる』
二人はそんな会話を終えると、飲み物を飲んで店を後にする。
「……」
(『探索者育成学校』、ですか。そうですね。本当にホロウ様が名取海又は名取尚という高校生なら通っていてもおかしくありません。ホロウ様の正体が学生なのは…完全なる見落としでした。私もこうしてはいられませんね)
「先程、話した通り進めてください」
「わかりました。では、私はこれで」
【ホロファン】隊員の中でも特に信頼を置く人物に『探索者育成学校』に通う生徒――「名取海」及び「名取尚」について調査をお願いすると隊員と別れ、部屋に入る。
『探索者』御用達、【十傑】専用マンションに隊員に送ってもらった由仁は自分たち【ホロファン】だけで調査することに決めた。
理由は幾つかあるが、探索極棟本拠店に依頼を出して冥たちに嫌な勘ぐりをされないための処置だったりする。敵に回したくはない。
それが事のあらまし。
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「さて、結果が出るまで私は待機かな。今日の夕ご飯はどうしようかしら――っ!?」
その時、また感じた。
脳に直接電流を流されたような感覚。
それは先程よりも強く、濃密に。
「…行かなくちゃ」
写真立てをそっとテーブルに戻すと隊員たちに知らせる事なく、単独で動く。
∮
由仁はとある河川敷まで来ていた。
「夕焼けが綺麗ね」
身バレすると大騒ぎになることは理解しているので変装は施している。
先程の不審者変装姿のため、その姿で河川敷を歩き回り、徘徊する姿は少し不気味に映る。
「ところで、ここにホロウ様が居るのかしら?…あれは」
通り過ぎる通行人に不審な目を向けられつつ、前方に見覚えのある背中を見つけた。
「黒椿さん…?」
由仁の目には買い物袋を片手に歩く私服姿の黒椿が映る。
『きゃっ』
声をかけようかどうかと迷っていると悲鳴が上がり、そちらを見ると黒椿が倒れる瞬間。
「あ、コケた」
石に足を取られたのか転ぶ黒椿を見て肩を落としつつ、足を向ける。
(黒椿さん、鈍臭いからなぁ。あんなに大きい胸を持つから下方の視界が見えないんじゃないかと思っちゃう。仕方ない…え?)
やれやれと思いつつ足を向けた時、由仁の視界に何かが早く動く姿をとらえた。
『大丈夫ですか? これ、落ちましたよ』
黒椿の向かいにはいつの間にか誰かが立っていた。その手には転んだ時に飛び散った柑橘類が収まり、空いた手を黒椿に向ける。
『あ、ありがとうございます。凄いですね』
(…馬鹿言わないで。「凄い」なんてものじゃない。あの短時間で散乱した果物を全て拾って何事もなかったかのように振る舞う。【声麗】で強化している私の目でも…追えなかった)
その事実を理解した上で背中に冷たいものが走る感覚を覚える。
『そうです。自己紹介してませんでしたね。
『――一ノ瀬涼。今夜は、御相伴になります』
「――ッ!?」
「一ノ瀬涼」。
その名前を聞いた由仁の鼓動は早くなる。
聞いた覚えなどない。なのに気になる。
遠くなる二人の背中を見つめ、その背中が見えなくなった頃、ようやく息を吸えた心地。
「…また、調べることが増えてしまいました。一ノ瀬涼…彼は、私の、知り合い?」
考えても考えてもわからない疑問に脳がショートし、一度自宅に帰ることに。
こうして「名取海」「名取尚」。
そして――「一ノ瀬涼」という人物の素性を調べることに。
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