第29話 無印
午後十時。
教会の子供たちの介抱を終えて。
子供たちのアレルギー反応、体調共に問題ないと判断した二人は寝室に寝かしつけ、手暇になった海はソファーでゆっくりしていた。
「涼君、お手伝いありがとうございました」
ゆったりモードの海の元に黒椿がおぼんに乗ったマグカップを持ってやってくる。
一つは海の近くのテーブルの上に置き、もう一つはその隣に置き、ソファーに腰掛ける。
「…せっかく仲良くなれたのに…これで手遅れになったとか聞いたら…後味悪いので。僕も、余計な事言いましたし」
マグカップから立ち上る白い湯気を見て。
浅慮な自身の発言を思い出してしまう。
「ふふ、そうですか。早とちり…でしたね?」
「ぅ。大変お騒がせ致しました」
「いえいえ。万が一ということもありますので、あの子たちは
「…ですね」
目を細めながら優しい眼で話す彼女の横顔を見て、同意。
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き、気まずい。どんな会話をすればいい? そもそも会話を広げた方がいいのか…。
黒椿さんもなんか対面のソファーじゃなくて隣に座ってくるし、フローラルのかほりが…。
「涼君」
「ひゃい!?」
変態的な考えに耽っていたところ突然かけられた声に過剰に反応をしてしまった。
「突然こんなことを言われるのも困ると思うのですが…家出、だったりします?」
「……」
バレテーラ。いや、見りゃわかるか。外見は未成年だし提供された料理を爆食いし、あんな大きなリュックサックを背負っていたんじゃ…。
思い当たる節がありすぎた。座るソファーから顔を見せる自分の所有物…大きなリュックサックを見て諦めたように苦笑いを作る。
「あ、ごめんなさい。無神経でしたね。
「気にしてませんよ。事実なので」
嘘をつくことなく認める。もちろん、嘘を突き通すことなど造作もないこと。
しかし、海の中でこの人には本音で話しても大丈夫だと思い始めていた。
「ただ、黒椿さんが口にした家出…とは境遇的に少し違うと思います。難しいですね」
「無理に聞きません。それよりお話をしてくださったことに嬉しく思います。話せないのも色々と事情があると思うので、仕方ありません」
「ありがとうございます」
「いいえ♪」
二人は本音で語り合うと笑い合う。
なんだが少し距離が縮まったように感じた。
「あ、あのですね。それで、提案なのですが…涼君がもしよろしければ…」
「あー、多分、迷惑になるのでそれはお断りします。ごめんなさい」
頭を下げて、断る。
十中八九、この教会で一緒に暮らそうとかの…そういった類の話だろうね。
嬉しいさ。嬉しいけど、僕の立場上、そして彼女――黒椿さんの立場上、ね。
「君が――【
「……」
暫し無言に。
「拓人君…涼君と仲がいい男の子です。その子が口にしていました。“涼にいちゃんは【
拓人と呼んだ少年の口調を真似て話した黒椿は海の手を取り、真剣な面持ちで目を見る。
「何があったのか
「絶対、迷惑になりますよ」
「気にしません」
「必ず、後悔するでしょう」
「君を助けたことで後悔するなら、
海の手を握ったまま両手を合わせると目を瞑り、祈る。その姿は厳粛なシスター。
「……」
その言葉、伝わる強い意志。本気で語っているのだと理解できてしまう。
はぁ、こんな見ず知らずを助けるとかどうかしてる。本音なんてこれっぽっちも話さない僕を。いつか、騙されるよ。
ただ、なんだ。仕方ないか。彼女は教会のシスターで世間では【黒聖女】とか呼ばれる聖人、聖職者。それが当たり前なのだろう。
「――名取海」
「え?」
聞かない名前に戸惑いを見せる。
「僕の本名です。今は色々あって姓はないのでただの「海」となります。さっき話した通り、僕自身の家族関係で色々ありましてね、それは僕個人――名取家の問題なので話せませんが。こんな嘘つきな僕でも、一緒に暮らせますか?」
嘲笑ったような顔――それは自分の本性を曝け出し、相手を試すような行為。
「
ニッコリと笑い、やんわりと受け入れる。
即答かよ。
やりずらいな。
明後日の方向に顔を背け、頰を掻く。
・
・
・
「――海君。君が【
彼女は少し心配そうな顔で話す。
この世界はどうしても比べたがる。
【
【
「理解してます。それに、彼らはこんな僕でも対等に扱ってくれます。話していればわかる。黒椿さん、あなたもそうだ。ただ、【
「はい、決めました」
目を瞑って何かを考える仕草をしていた黒椿は目を開け、海に顔を向ける。
「海君。
「………はい?」
発言の理解及ばず、素で返答を返していた。
∮
???室内。
豪華な装飾を施された赤色のソファーに顔立ちが整った白髪の少年が腰を下ろしていた。
その両隣にはこちらも美麗美女の少女が二人、少年を挟む形で腰を下ろす。
「――昨年から『探索育成学校』に「普通科」――【
目を通していたとある資料から顔を上げた少年は二人に問いかける。
「空はどうでも良いカナ〜。【
自分の茶髪をイジイジと弄っていたギャル風美少女は興味なさげに。
「私は賛成です。役に立たず、使えない、塵芥の【
息を吸うように毒を吐く大和撫子のような黒髪に美少女と呼べる少女は吐き捨てるように。
「亜沙ねぇは辛辣だね〜」
「普通ですよ、空ちゃん」
少年を間鋏に少女たちは楽しそうに話す。
「尚兄はどうなの?」
「はい、ナオ君はどう思いですか?」
二人は話を止め、少年に問う。
「もちろん。僕も賛成さ。これで【
爽やかに微笑む。
「今後は彼らの力も必要になる時が訪れるだろう。その時のためにも彼らには少しでも強くなる意味がある。役割は大事だからね」
そんなことを紳士的に話す。
「さっすが、私のお兄ちゃん! 考え方カッコいい!!」
茶髪の少女は少年の片腕に抱きつく。
「素晴らしい考えかと。私もナオ君の意向を尊重します」
黒髪の少女は控えめに洋服の裾を摘む。
「ふふ。僕のことを慕ってくれる可愛い妹と素敵な彼女がいる僕は幸せ者さ」
「か、可愛いだなんて、もう!…って、私も尚兄の彼女なんだけど!!」
「…空ちゃんは「妹」止まりですよ」
「違うもん! 彼女だもん!!」
二人はそんな可愛らしい喧嘩で盛り上がる。
「あぁ、そうそう。今度「普通科」に転校生が来るそうなんだ。知ってたかい?」
二人のやり取りを楽しそうに眺めていた少年はふと思い出したように二人に話す。
『?』
「その様子じゃ知らないようだね。その子――下の名前が「海」と言うらしいんだけど…」
『誰(ですか)?』
少年が話し合える前に少女たちは声を合わせる形で食い気味に答えた。
「…どうでも良い話だったね。忘れてくれ。まあ、近いうちに転校生が来ることは頭の片隅にでも置いとくと良い。実際は、「普通科」だから会うこともないと思うけど、ね」
二人の反応を見た少年は薄く笑う。
茶髪の少女――
黒髪の少女――
実の「兄」であり「幼馴染」である少年。そんなことも全て忘れてしまった二人は、心の内に密かにある少年への憎しみだけが、伺えた。
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