第28話 教会


「――涼君。が住むお家は、ここです」


「…教会?」


 彼女、黒椿さんに案内されてきた場所は街の中心にある綺麗で立派な佇まいの教会だった。


 …って、“私たち”? 何か、意味深な…。


「皆さーん、帰ってきましたよ〜」


 海が一人、その違和感を考えるなか黒椿は教会の扉を開け、声をかける。


『シスターシア、お帰りなさい!!』


 教会の中から姿を見せる子供たち。


 あぁ、そういう。そうだよな。教会だ。身寄りのない子供たちが居てもおかしくない。


 三年前の出来事、地上に現れた魔物の発生。それは沢山の悲劇を生んだ。

 一番は、無慈悲に無秩序に無情に…誰かれ構わずその命を奪う魔物たちの虐殺行為。

 親を失った子供たちは孤児院、教会に引き取られたと聞く。それが今、目の前の光景。


「シスター。あの人、新入り?」


「ちげーよ。シスターの彼氏だろ!」


「シスターの彼氏にしては覇気がないよね。眼鏡も全然似合ってないし」


 小、中学生くらいの少年少女たちは言いたい放題。子供たちを見て黒椿は困り顔。


「…僕は彼氏でも新入りでもないよ。黒椿さんとはご縁があってね。今日は晩御飯を御相伴してもらうことになったんだ。よろしくね」


 似合ってないと言われた瓶底眼鏡を外し、出来るだけ温和な声を出し、話に加わる。


『……』


 子供たちは静かになる。

 海の顔を見て固まる。

 女子に関しては頰が赤らむ子もいて。


 あ、あれ? 醜い顔すぎて失神させた?


 異なる解釈をした海はこのままでは目を腐らすと、瓶底眼鏡を慌てて掛け直す。


「あ、あの。涼君は、その眼鏡はいつも付けているのですか?」


「? まあ、僕のアイデンティティみたいなもんなので」


 醜い顔を隠すにはちょうど良いからね。


「そ、そうなんですね。あの、子供たちには…特に女の子には少し、刺激が強いので眼鏡は外さないでいてもらえると、助かります」


 その頰は女の子たちと同様少し赤らむ。


「了解です」


 フッ。また僕の醜い顔の被害者を出してしまった。五年前にも同じ過ちを犯し、妹と幼馴染になぶり殺しにされかかったのは…忘れよう。


 変な空気になってしまったが、海が眼鏡をかけてから少し経つとまた賑やかになり、教会内で食事を頂くことに。


「涼君は好き嫌いはありますか?」


「え、えっと…野菜類全般、苦手です」


 子供っぽいと思いつつ事実なので話す。


「ふふ。そうですか。では、お野菜は少なめでたくさん作りますね。遠慮はなしですよ?」


 そう言うと子供たちの中に海を一人残して黒椿は何処かに行ってしまう。


 黒椿さんは…厨房かな。彼女が自ら調理をするのかな…シスターが作る料理、なんだか背徳的な響き…そーと、チラリ。


『……』


 さっきから向けられていた視線に我慢できず顔を向けると顔が明るくなる子供たち。


 はいはい。僕は話し相手になりますよ、と。


「ふふん、僕の武勇伝を…聞くかい?」


『聞く!』


 嘘99%事実1%の作り話を披露。


 子供たちには大変ウケました。まる。


 ・

 ・

 ・


 食堂に集まり。


「はぐっ、あぐっ、うま、あむ、んん〜!」


 提供された豪華な食事の数々に舌鼓を打ちつつ食べ進める。

 「遠慮せず」と言われたことを馬鹿正直に受け取り、周りの視線など気にせず。


『……』


 食べる様子を見た黒椿たちは食べる手を止め、今も爆速で美味しそうに食べ進める男性…海の食事風景をぽかーんとした顔で見ていた。


 うまい、うますぎる…! ちゃんとした調理が施された料理がここまで美味しいとは…今まで食べてきた野草なんてうんこだよ、うんこ。


 お下品な発言をしつつ、食べる。


「――おかわりっ!」


 食べ終わると、シチューが入っていた空の器を黒椿につきつけていた。


『……』


 ん、あれ?


 そこで周りの異変にようやく気づく。


 や、やべ。久しぶりのちゃんとした食事が嬉しすぎて実家と同じく――おかわりなんてしてたわ…少しは遠慮しなくちゃ(多分違う)。


「あ、あ、あっと、これは違くて…料理が美味くて、ついつい。あはは…」


 器を持つ手を下げ、余所余所しく発言。


『……』


 まだ、無言で驚いた顔をする黒椿たち。


 あぁー、もしかして乞食だと思われた…?


 そう思った瞬間、自分の行動全てが恥ずかしくなり、居た堪れない気持ちになる。


「にいちゃん、そんなにお腹空いてたの?」


 隣に腰をかけていた少年に声をかけられた。


「え? う、うん」


 聞かれた内容に頷く。


「ふーん。料理、本当に…美味しかった?」


 少年は自分の目の前に置かれる手をつけていないハンバーグを横目に聞いてくる。


「…美味しかったよ。こんな美味しい料理が食べられる君たちが羨ましいほどに」


 もっと質素な生活をしていると思っていたけどそうでもないみたい。ま、それは大変喜ばしいことだから良いんだけど。


「〜〜〜!」


 少年と話していると遠くから小さな悲鳴が聞こえた。そちらに視線を向けるとおぼんで顔を隠した黒椿さんの姿が見えた。


「?」


「気にしなくていいと思う。もしよければ、俺の料理もあげようか?」


 少年は気にしなくていいと伝えると自分の席に置かれた料理を譲ってくる。


「いや。嬉しいけど…君の分が…」


「遠慮しないで。俺たちは稼いだお金で食べてきてるからそこまでお腹空いてないんだ」


 少年は人懐こい顔で笑う。


 …その歳で「稼ぐ」?


「あ、ありがとう。ただ、一つ質問。君たち、働いてるの?」


 その質問に少年は答えることなく、他の少年少女たちに顔を向け、頷き合う。


「うん。俺たちは孤児だけどこう見えてシスターシア…【黒聖女】様率いる――【ナナシ教】の団員だからね。お金は稼いでる方さ」


「へ、ヘェ〜」


 【ナナシ教】?…ナニソレ、シラナイ。


 黒椿が【ホロウ教】を立ち上げていることは情報を調べた時に知った。

 ただ、【ホロウ教】から【ナナシ教】などという団体名に変わったなど初耳である。


「あ、その顔は知らないね。なら、教えてあげよう。本当はホロウ様に従える【ホロウ教】だったんだけど…シスターシアがナナシ様――」


拓人たくと君?」


「(ビクッ)」


 楽しそうに話す拓人と呼ばれた少年は遅れて聞こえた冷たい呼び声に肩を揺らし、黙る。


「涼君、気にしないでいいですからね?」


「……」


「…涼君?」


「え? あ、ハイ」

 

 あ、危ない、危ない。偽名、忘れそうだった。そうだわ、僕の名前涼だわ、涼。


「おかわりはちゃんとありますので、涼君は心配せずに。拓人君は自分の分を、残さず、しっかり、感謝を込めて…食べてください、ね?」


「は、はい!! た、食べます! 食べさせていただきます!!」


 温和な声に隠れる圧。その圧に背中を押される形で目の前の食事に泣きながらがっつく。


「他の皆様も、ですよ?」


『は、はい!』


 圧に支配された子供たちは言われた通り…海に無理矢理譲ろうとしていた料理を食べる。


 うんうん、食べてきたと言ってもせっかく作ってくれたんだし出されたものは残さず食べるのがマナーだからね。それにしても…泣くほど美味しいか。わかるよその気持ち。


「涼君、シチューよそいますよ」


「ではお言葉に甘えて」


 空の器を手渡し、並々に盛られた――若干紫色がかったシチュー?が入った器を受け取る。


「あ、あの。つかぬことをお聞きしますが、涼君は…シチューの味付けはどう思います?」


 チラチラと様子を見ながら聞いてくる。


「…そうですねぇ。旨みの中にあるピリッとする後味がとても刺激的でいいと思います。紫色のスープもどんな物を使用しているのか気になりますね。あ、おそらく、独創的な調理方法だと思うので、無理して聞きはしませんが」


 シチューの感想を聞かれたので自分が思ったことをペラペラと語る。

 料理を褒められたことで黒椿は暗い顔から光が灯り満面な笑みに早変わり。


「う、嬉しいです。あの、わたくし実は料理を覚えてまだ日が浅くて…ですので、涼君にそう言っていただけるとやる気が出ます。他の子はどうにもわたくしの味付けがダメなようで…率先して食べてくれないので、悲しかったです」


 黒椿さんの視線を追うと料理を食べていた子たちがその場でうつ伏せになっていた。

 …反抗期かな? それか、黒椿さんの言う通り味付けがダメとか…僕は美味しいと思うけど。人によって好き嫌いはあるか。


「ちなみに。味付けとか、聞いても? それでみんなの好き嫌いがわかるかもしれないので差し支えなければ、教えて欲しいです」


「いえいえ、全然。塩酸とか使ってます」


 彼女は自信満々に言い放つ。


「……」


 聞き間違えかな? 塩酸? 塩酸ってあの?…いや、絶対聞き間違いだ。クエン酸の間違いだろう。危ない。失礼になるよな。


「入れすぎると結構酸っぱいですよね。量によっては舌にピリッとくると言いますし、今度作るときは量を減らしてみてはいかがですか?」


 あれ? そもそもの話シチューにクエン酸って使ったっけ?…使うところは使うか。

 隠し味に柑橘系…レモン汁とか入れると酸味と爽やかな風味がついて美味しそうだし。


「や、やってみます!」


 いつの間にメモ帳を取り出したのか何かを書き記す。


 勉強熱心だね。僕も人伝だから事実とは少し異なる内容かもしれないけど…ま、いっか。


「も、もしかして、味覚障――」


「?」


 拓人と呼ばれた少年が何かつぶやく。そのつぶやきを聞くために視線を移すと白目を剥き口から泡を吹いて倒れていた。


 む。この症状…アレルギーか?(違う)。


「わかりました。黒椿さん、アレルギーです」


「あ、アレルギー…!? 考えもしませんでした。検査して献立を変えなくては…」


 青い顔を作ると慌て出す。

 そんな彼女に冷静に指摘。


「その前に中毒で発作を起こすと危険なので」


「そ、そうですね。わたくしが治療致します。涼君には申し訳ありませんが…子供たちをソファーに寝かせてあげててくれませんか?」


「了解です」


 こうして夕飯をご馳走になったあと子供たちの世話をすることになり…流れで一泊、泊まることになった。


 テーブルの真ん中にあったダークマターみたいな見た目の…タルトかな? 食べてみたかったなぁ。そんなことより治療が優先か。

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