第27話 目標と偽名
「――本当にここなの?」
とある建物の前に三人の人影があった。女性は隣――宙に浮く光の玉に問いかける。
〈 はい。兄様と同じ雰囲気を持つ男性――名取海さんはここに 〉
光の玉――星精霊リルは一段と輝くと二人の脳に直接語りかける。
「クンクン…うん。微かに、ホロウの匂いがする。リルの証言もあるし、確かめるべき」
小鼻を揺らし匂いを確認していた女性――神崎冥は隣に立つ女性――星見依瑠を見る。
「…わかった。でも、ホロウが私たちよりも年下の…高校生だったなんて…いこう」
『〈(コクリ)〉』
二人は頷くとその後に続く。
依瑠が代表として思いを込めてインターホンのスイッチを押す。
ピンポーン
小さな音が響く。
少しして、足音が聞こえる。
「居留守は使わないみたい」
「私たちの顔を見てドアを閉めようなら――ドアを壊してでも中に入る」
「その意気」
物騒な会話をする二人は今か今かと待つ。
依瑠は左手薬指に嵌る指輪を撫でて。
冥は月夜を抱く力を強めて。
リルは素顔を見れることにワクワクとして。
ガチャリ
「ぇ、【神姫】様と【召喚士】様…?」
部屋から顔を出したのはタンクトップ姿のぽっちゃりとした体型をした男性だった。
もちろん…ホロウでもなければ誰の知り合いでもない。
『……』
二人は顔を見合わせ、リルを見る。
〈 だ、誰ですか? 〉
困惑した様子のリル。
その発言は二人の脳に確かに響く。
目の前の相手はホロウではないと。
「へ、へへへ。ど、どうかしましたか? あ、もしかして俺の真価に気づいた――」
「あはは〜間違えました〜」
男性の言葉を遮り、頭を下げ立ち去る。
・
・
・
「リル?」
「私たちを、騙した?」
建物から離れた三人は近くの喫茶店に入り、依瑠と冥の二人からリルは睨まれる。
〈 だ、騙してません! 本当に名取海という男性とホロウ兄様の雰囲気は似てました。それに、あの人は、名取海さんではありません 〉
「…だよね。解ってはいたけどホロウと会えなかったことでムシャクシャしてた。ごめんね」
〈 あ、いえ。私も、残念でありません 〉
素直に謝る主人に対し許し、ホロウ本人と会えなかったことに肩を落とす二人。
「…なんとなく、こうなるんじゃないかと思っていた。名取海がホロウなら私たちを察知して事前に逃げている可能性はある。それに」
手元にあるアイスコーヒーを一口飲む。
「名取海という人間は存在しない。厳密には存在していた。現状、名取家の御子息は名取海ではなく――
「【十傑】権限で調べたからその情報は確か」という言葉に依瑠は難しい顔を作る。
「それは、なかなか…謎が深まるね。その名取尚って子は…何をしてるの?」
「『探索者育成学校』に通ってる」
これまた事前に調べていたことを口にする。
「うーん。私たちの目で直接、確かめることができればいいんだけど…」
〈 その、『探索者育成学校』?に私たちが赴いてみることは、不可能なのでしょうか? 〉
「…極棟に掛け合ってみる」
二人に疑問を投げられた冥は「多分大丈夫だろう」という考えのもと軽く了承。
今後の目標が決まった三人は「ホロウを見つける」ということを諦めることなく進む。
∮
一方その頃。
三人の想い人、海はというと。
「空が、青い…」
言葉とは真逆の夕焼け沈む河川敷にいた。
草っ原に体操坐りで腰を据え、傍に荷物全てを詰め込んだリュックが鎮座している。
探索極棟監査支部、支部長の槇吏司が口にした1ヶ月経たず、二週間で自宅を後にした海は「家なき子」となり地域を転々としていた。
金はない、家もない。ただ力はある。サバイバル技術や野食の知識などない海はなんとか浮浪者のような生活水準に落ちながらも暮らす。
「まじでこれからどうしよう」
顔を隠すためにかけていた瓶底眼鏡のフレームの位置を直して一人、つぶやく。
あれから、名取家に顔は…出していない。槇さんに「勘当」されたと言われ、固定電話すら繋がらない時点で自分の居場所がもうないのは目に見えている。そんな望み薄な希望にすがるくらいなら初めから諦めた方がマシだろう。
「お母さん、今日はハンバーグがいい!」
「そうね。じゃあ、特別よ?」
「うん!」
仲の良さそうな親子の会話が海の耳に入る。
ぐ〜
「…お腹、空いたな」
お腹の音に釣られるようにポケットの中に手を入れる。
「…5円…。これでどう生活しろと?」
ダンジョンに無断で入っている時点でその発言は無駄だが、犯罪など犯したくない。
元より【
槇から受け取った電話番号は例外だが。
「…さて、と。日も暮れてきたことだし、野営の準備しなくちゃ」
夜の帳がチラホラと見えてきた空を眺め、立ち上がると体を伸ばす。
伸びを終え、草っ原から土手の道に上がり商店街の方に足を向けた。
「きゃっ」
ん?
足を向けたちょうどその時、後方から女性の声が聞こえたため、自然と目が向かう。
そこには買い物袋を落とした女性がいた。自分の足元に転がってきたジャガイモを拾う。
「大丈夫ですか? これ、落ちましたよ」
目にも止まらぬ速さでジャガイモ以外の果物類も拾い上げた海は不自然にならない程度に微笑み、空いた手を女性に差し出す。
「あ、ありがとうございます。凄いですね」
無警戒で海の手を取り立ち上がった女性は驚いた顔でお礼を伝えてくる。
「あはは、慣れてるので」
軽く腕を引っ張り女性を立ち上がらせると腕を離し集めた手荷物を手渡し、内心見ず知らずの女性にお礼を言われたことに照れ臭くなりそれを払拭するべく頰を掻く。
って、この人胸大きい…ゲフンゲフンっ。
頰を掻いた時に視線を下に移した。助けた女性の…豊満なお胸が目に入ってきたのだ。
「? 大丈夫でしょうか?」
咳き込む姿を見て下から顔をのぞいてくる。そんな女性の視線から逃れるように目を逸らす。
「あ、あぁ…コホン。気にしないでください。それじゃ、僕はこれで」
胸を見ていたことで咎められでもしたら面倒臭いので早足で立ち去る。
「あ、待ってください」
無視、無視だ海。反応したら豚箱だ。
ぐ〜
「……」
空気読め、腹ァッ!!
恥ずかしさからその場で足を止めてしまう。
「もしかして…お腹、空いてますか?」
「……」
「あ、あの。もしよろしければ何かご馳走させていただけませんか。その、お礼も兼ねて…」
無言をどう捉えたのか、何やら熱心に話しかけてくる。流石にそれを全て無碍にできず。
「…迷惑にならないなら」
「はい。全然迷惑ではありませんので今からお家に招待しますね♪」
そんな元気な声が返ってくる。
「そうです。
女性は買い物袋を両手で持ち、その特徴的な桃色の髪を風に靡かせて告げる。
「……」
僕は、馬鹿か。逃げることに注視して全然相手の容姿を確認していなかった。
おっとりとした口調はそのまま。普段着ているシスターの服ではなくカーディガン羽織る私服姿に…知り合いだとは思いもしない。
相手が【十傑】の一人【黒聖女】こと黒椿シアだと気づかなかった。ナナシに見せたオドオドとした雰囲気がなかったのも理由。
「ふふっ。一応【十傑】の一員ですが今は一般市民です。あなたのお名前も、聞いても?」
「…あ、えっと」
やばいな。「名取海」と名乗るのはなんかダメな気がする。偽名を使うか…無難なモノで。
「――
形式上、自己紹介をし、お辞儀をする。
その名前は昔好きだったアニメの主人公から借りた偽名。
瞬時に思いつく名前がそれしかなく、仕方なく答えるしかなかった…という一面もある。
クソォ、僕はどれだけ偽名を騙ればいいんだ…(ほぼ、自業自得)。
「一ノ瀬涼君。とっても良い名前ですね〜」
「…ありがとうございます」
若干、引き攣った頰を隠して応える。
…僕が「ナナシ」だなんてバレるはずないし一度きりの招待だ。一週間ぶりのちゃんとした食事にありつけるんだから、喜ぼう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます