第26話 英雄のいま
【【十傑】と肩を並べ戦う。ルックスはアイドル級。【召喚】というスキルを所持する女性探索者。その名は――星見依瑠!】
「へー、彼女人気者じゃん。今じゃ時の人かぁ。そっかぁ…逃げてきて、よかった」
新聞片手に「今週のニュース」という見出しに目を通していた――名取海はつまらなそうに呟き、空いてる手をポテチ袋に突っ込む。
「チッ」
手にポテトチップの感覚を感じないことに苛立ちを覚え、袋を引き寄せ中身を見る。
案の定中身はスッカラカンで手は空を掴む。残るのはポテチのカス。
「…はっ。残るのは僕と同じ「カス」のみってか?…自虐ネタは控えよう…死にたくなる」
未だに彼女――星見依瑠と神崎冥を騙していたことに踏ん切りがつけられない海はさっきのように自虐ネタを口にしては落ち込む。
「…僕は「逃げた」。今更、彼女たちに見せる顔なんてあるもんか。やることはやったし…これじゃ堂々巡りだ。気分変えよう」
立ち上がると飲み物を取り出すために冷蔵庫に足を向け。
格好は全身緑色ジャージ姿で陰キャ感を否応にもなく醸し出している。
ピンポーン
「…何か頼んだっけなぁ?」
「無駄遣いするお金はないから何も注文してないと思うけど」と呟きつつ玄関に向かう。
ガチャ
「――突然の訪問すみません。名取海様…で、宜しかったですか?」
そこには黒服にサングラスといういかにも怪しい見た目をした大人の女性が立っていた。
瓶底眼鏡を付けず素顔を晒した海の童顔を見たせいか少し動揺が伺える。
「え、えぇ。そうですが…あなたは?」
「これは、大変失礼致しました」
一礼し、懐に手を差し込みー枚の紙…名刺を取り出し手渡してくる。
「私は、探索極棟監査支部、支部長の
サングラスで表情はわからないが微塵も慌てない様子からクールな女性だと感じた。
「ご、ご丁寧に…どうも」
…探索極棟監査支部…って、僕の「お願い」を承諾してくれた機関じゃなかったっけ…?
自己紹介を聞き、名刺を手に過去…三年前自分が契約を済ませた機関を思い出す。
「早速ですが、本日名取海様にコンタクトを取った本題に入ります…宜しいですか?」
まさか…僕がスキル無し――【
でもあの老人でも僕を見抜けなかったみたいだし…考えすぎかな…。
「あぁー、ここだと他の目もあるので…中で話しましょう。良ければ上がってください」
「…お邪魔します」
槇さんは周りを一度見回してからサッと室内に入ってきた。誰かに見られたら変な勘ぐりをされると思ったのかな?
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丸テーブルを挟んで二人は向かい合う。
何か飲み物を提供しようと思ったけど「お構いなく」とやんわりと断られた。
自分としては嬉しかった。冷蔵庫にコーラしかないし…この人が飲むイメージが…。
「では、私、槇からお話をさせていただきます。名取海様は三年前、私どもと契約した内容をお覚えですか?」
「…まぁ」
なんだそのことか。よかった…よくはないけど、それがなんだろうか?
「その契約について…白紙となりました」
「え?」
「説明不足でしたね」
困惑顔の海を前にして一度、咳払いを一つ。
「まず、名取海様は御家族と御友人に迷惑をかけたくないから…という名目で一人暮らし、そして私どもから援助を受けましたね?」
「ぅ、はい」
後ろめたい気持ちがあるからこそ返事は小さくなってしまう。でも、目は背けられない。
「実は、その援助…援助金は名取海様に内緒で御家族…名取家から出されていた物なのです」
「……」
まじかよ…。
その事実に頭が真っ白になる。
「私も全てを把握しているわけではありませんが、御子息様の意思を尊重した親御様の温情なのでしょう。そして、本題です」
彼女、槇は表情を真剣な物に変える。
うわ、なんか嫌な予感が…契約を白紙にするっていう前提でもう、最悪なんだけど…。
「名取家から受けていた援助が途絶えました。それは一年前からです」
「い、一年も、前からですか?」
「はい。名取家は名家であり、私ども探索極棟に沢山の恩賜を齎した実績があります。それは現在も続きます。ですので、今日までは様子を見ましたが…もちろん、私どもはその理由――御子息様への援助をやめた理由について名取海様の親御様に連絡を取りました。返ってきた内容は…聞きますか?」
そこで「聞かない」という選択肢はない。
「…聞きます」
「…わかりました。名取海様、貴方様を名取家から破門――勘当したとのことです。なので援助はなし。それ以上の理由は私どもでは、聞けませんでした。申し訳ございません」
深く、それはもう深く頭を下げる。
「い、いえ。僕の家の問題ですし…槇さんが謝る必要はありませんよ。なんとなく、予想はついていましたし」
最悪な一つの未来が確定した…勘当された理由は…思いつく限り何個もあるからなんとも言えないんだよなぁ。ただ、つうことは、だ。
「今、通っている学校は…」
「授業料が支払われれば、通えます」
「僕自ら別途お金を払わない限りここにはもう、住めないですよね」
「…そうなります」
名取海――改め海の人生――「完」!…とかふざけている場合じゃなさそう。
金、家もねぇ。学はあるけど【
お先真っ暗の現実を突きつけられこの世の終わりのような顔になり、その場で膝をつく。
「で、ですが…! 一応、1ヶ月の猶予はあります。その間はこの部屋を使っていただいて構いません。流石に、直ぐに追い出すのは…」
クールな対応を心掛けていた槇は親犬に捨てられた子犬のように打ちひしがれる海の様子を見て慌てて、まだ大丈夫だと
「あ、ありがとう、ございます!!」
顔を上げると天命を受けたように喜び、つい目の前の女性――槇の腰に抱きついていた。
「っ、きゃっ!」
クールな女性だとは思えないほど可愛い声をあげる。
天国と地獄の境目に立つ海にはそこまで配慮できない。
「槇さんありがとうございます! あなたは女神だ。僕の恩人です!!」
「あ、あのあの、海様…」
(か、かわいい。私が守ってあげたい…できるなら首輪をつけて永遠に…っていけないわ吏司。でもこの母性に訴えかけるような視線…)
自分の腰に抱きつく少年。その整った少年の童顔、態度に槇の心は掴まれかけていた。
名取海は知らない。世間で自分が「イケメン」の分類に入ることを。
幼馴染と実の妹により「伊達眼鏡」「サングラス」をつけることを義務づけられ、素顔を他人に見せたことがなかったことを。
「――って、ごめんなさい! 嬉しさのあまり周りが見えていませんでした!」
自分の状況を理解し、直ぐに離れる。
「ぁ」
離れたことに少し寂しそうな声をあげる。変質者のような行為から海は気づかず震える。
や、やば。嬉しさのあまり…訴えられる。は、はは…家なし無職前科犯とか、笑えねぇ。
「か、海…くん!」
「くん?」
その呼び名に疑問を覚えつつ顔を向ける。
「あ、あの、私も未来ある若者が路頭に迷うのは些か、いただけないと思っております。もし、あの、本当にどうしようもない状況になったら…この電話番号に連絡をしてください…っ」
早口で捲し立てそんなことを言うと名刺とはまた違う紙切れを押し付けるように渡し、何故か真っ赤にした顔を手で隠し去ってしまう。
「え、あの…行っちゃった」
すでに槇の姿は見えず、紙切れ手に黄昏る。
「電話番号?」
目を落とすとその紙には電話番号が記載されていた。
どういうことだ…? 頼っても大丈夫だという揶揄か?…いや、でもそれが本当でも人様に迷惑をかけるのは、ちょっと…。
「…直ぐに家を出れる、荷造りはしとこう」
1ヶ月という猶予のなか、自分は何をするべきか考えるべくまずはまだ住める部屋に帰る。
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少しして整理が終わると希望を捨てれず、固定電話から自宅――名取家に電話を入れてみた。
「――固定電話で実家に繋がらないってどゆこと?…僕避けの対策として電話番号変えやがったな…は、はん。別に、大丈夫だし?」
強がりを見せるが目は絶賛泳ぐ。
…そうか。フラグは建っていたんだ。
星見依瑠と交わした内容を思い出し、乾いた笑みを漏らす。
世界のピンチを救った英雄は、絶賛ピンチの瀬戸際に立たされていた。
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