第24話 変化


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「――俺たちの、勝ちだ」


 それは『魔境』近くにいたとある『探索者』が最初に目にし、口にした。


 『探索者』の言葉に近くにいた同業者数人が訝しげな顔を向け、理解する。


 【超難関ダンジョン】が数多く存在する始まりのダンジョン跡地「ホロウホール」がある禁足地区域。北区…『竜の峠』から立ち登る黒い炎柱を見て人々は「勝利」だと確信した。


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「――【十傑】の皆様、テントから出て空を見上げください!!」


 息を切らした状態で入ってきた【歌姫】率いる隊員の一人が、唐突に【十傑】たちが集まっていたテント内に入ってくる。


「ハァ? 自分の身分も弁えず勝手に入ってきて俺たちに指図とかふざけ――」


 その団員に難癖つける蘆屋。


です!!」


『!?』


 ただ、その一言で空気は変わる。


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「…本当に、ホロウ様が…」


 誰よりも早くテントの外に飛び出した【歌姫】こと由仁は空を見上げ、その立ち昇る黒炎柱を見てほぅと息を漏らす。


「…ケッ」


 恋する乙女のように頰を染めた由仁の横顔を見て、蘆屋は不機嫌に。


「……」


 黒椿は纏う衣服が汚れることを厭わず、地面に膝立ちになると両手を重ね祈る。

 他の【十傑】たちもそれぞれ喜び、勝利を祝い周りにいた『探索者』たちに声をかける。


(…ようやく理解した。違和感は解消した。『魔境』は囮で本命は『竜の峠』。それを初めから見抜いていたホロウ様は役に立たない私たちの尻拭いで、納めてくださった…)


 全てを理解(謎)した由仁は一層ホロウに対し想いを増し、信仰する。


 『魔境』に集まっていた『探索者』たちは興奮冷めぬなか、【十傑】の指示を受け撤退の準備を始め、近隣住民たちに伝える。


 「ホロウが全てを納めた」、と。


 

 ∮



 『竜の峠』、地上。


「…瑠、依…っ」


(誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。あぁ、でもなんだかまだ眠い。あの暖かい黒い炎の余韻に浸りたい。できるなら、ずっと――)


「…!…依瑠!!」


「――わっ!?」


 耳元で聞こえた大きな声に飛び起きる。


「め、冥? おはよう??」


「…まだ寝ぼけてる」


 寝ぼけ眼で辺りを照らす夕焼けと異なる言葉を発する友人にジト目を向ける。


「え、寝ぼけてるってあれ、私たち何を――」


「ホロウの手で『竜の峠』は崩壊した。それで私たちは地上に戻ってきた。思い出した?」


「! ナナシ――じゃなくて、ホロウは?」


「……」


 依瑠の言葉を聞いて首を振る。

 その仕草を見て周りを見渡す。


「……」


「私が目を覚ました時には、もう居なかった」


「――っ」


 その話を聞いて直ぐに胸がズキリと痛み、悲しい気持ちが溢れる。


「私は探す。絶対」


「! わ、私だって! 「ナナシ」と名前を偽って、私の『使い魔』と騙したことも許してないし!…ね、寝巻きだって見られたし…」


 「添い寝」を思い出し今になって恥ずかしくなった依瑠は尻すぼみになる。

 あの時は自分の『使い魔』でありお酒の力で酔っていたからこそあんな大胆な行動に出れたが今思い返すと、死にたくなる。


「ホロウは英雄なんかじゃない。私たちから見たら詐欺師。もはや犯罪者。捕まるべき」


「そ、そうだよ! 絶対にとっ捕まえて…お互い色々話して、本当の意味で仲間になろう」


「決まり」


 友人の言葉に同意して小さく頷く。


「ただ、はある」


「え、置き土産…?」


「うん、着いてきて」


「わ、わかった」


 背を向け歩き出す友人の後を着いていく。


 ・

 ・

 ・


「……」


 冥に案内されるように導かれ、その場に向かい見た。依瑠の目に映る――とある人物。


「運命を変える。そんなことできるわけないと思っていた。でも、ホロウは違う」


 冥と依瑠の目の先には紺色のコートをかけられて規則正しく寝息を立てる、佐島の姿。

 その姿は「異業種」のような見た目ではなく、依瑠がよく知る「人」の姿でそこに居た。


「きっと、ホロウは初めから殺すつもりなんてなかった。初めから全てを「助ける」為に動いていた。だからこそ、彼は英雄と呼ばれる」


 聖母のような顔で微笑む。


「…ありがとう、あり、がとう」


 依瑠は膝を折り、地面にうずくまり――「家族」を守ってくれたことに涙を流し、たった一人の「家族」が生きていたことに感謝する。


「……」


 そんな依瑠の頭を優しく撫でる。


 「運命」を捻じ曲げる。


 ホロウ…名取海は初めから自分の力を信じていた…訳ではない。それは赤竜と対峙した時たまたま気づいた。言わば偶然の産物。

 赤竜に対しパイルアンカー――黒炎で作った物質をその身に突き刺し、運び屋と名乗る老人が発した言葉を見逃さなかった。

 自分の「黒炎」なら洗脳を解ける可能性がある。なら機会を狙って全てを助ける。人を喰らい異業種となった相手でも元に戻せるのではないか?そんな賭けの元勝負に出た結果。


 彼女たちは名取海ホロウの本心など全て把握できない。ただ、その優しさに救われた。



 ∮



 騒動から一月と経った。


 人々の間ではホロウがまた地球を守る為に一人、脅威と戦っていたことが判明。

 今まで姿を表さなかったのは【十傑】でも知り得ない情報を辿り皆んなを巻き込まない為に一人悪意と戦っていた…と話が広まる。


「――では、星見様の『使い魔』ナナシ様とホロウ様のご関係は、無関係だと?」


 女性ニュースキャスターが隣の席に座る――依瑠に話を振る。


「はい。ナナシは私の『使い魔』です。今は力を使い果たして姿を見せられませんが、ホロウ様との関係が無関係なのは、事実です」


 胸を張ってその事実をテレビを通して発信。


 『魔境』に押し寄せた脅威より『竜の峠』に現れた脅威――佐島大地の異形体の方が危ないと知られた今その地に居て無事帰還し、ホロウと顔を合わせただろう一人、星見依瑠はテレビのワイドショーのゲストとして出演していた。


「…僕には『上級探索者』の皆んなが『魔境』に挑む中、星見さんの元にホロウが姿を見せるのは少し出来すぎている話に見えるよ。やっぱり隠したいだけで星見さん。貴女がホロウの身を匿っているんじゃ――」


「違うと、言ってる」


 「探索研究者」と名乗る若い男性が依瑠に詰め寄った話を振る中、依瑠の隣の席で静かにしていた――ゲストの神崎冥が話に割り込む。


「!」

 

 その威圧感に口を噤む若い男性は反論できず、すごすごと引き下がる。


「ホロウは『探索者』。この世界の脅威に今も立ち向かう。こんなつまらないことに時間を割く暇があるなら、本気で探す為に努力するべき。貴方達を見てると、ただネタにできることを探しているだけにしか見えない」


『……』


 その圧と本質をつく言葉に会場にいた人々は何も言えず、不穏な空気が流れ。


「は、はい。では、【今週のホロウ】。今回のゲストは【神姫】神崎冥さんと【召喚士】星見依瑠さんでした〜!」


 女性キャスターは見逃さない。横目でカンペが出ていることを確認すると、ディレクターの指示を仰いで締める。

 今回放送の【今週のホロウ】は生放送のため変えがきかない。ただ【神姫】を怒らせたことでテイクツーなどできるはずもなく、微妙なおわり方をする回として語り継がれる。




 この世界には『ダンジョン』意外に一つ人々の耳に伝わる。それは『邪教』という名。そして…『悪神』という存在。

 『竜の峠』内でホロウが溢した言葉であり、【十傑】や『探索者』たちが「ホロウだけに無理はさせられない」という思いから自分たちもその組織について追う。


 今回『竜の峠』内で活躍したと思われる【召喚】というスキルを扱う星見依瑠は『中級探索者』の資格を得、【召喚士】と命名された。

 星精霊リルという『使い魔』。人々の間で知られるナナシという謎の『使い魔』をその身に従える強さとしては妥当なものだった。

 また、今回の騒動の原因、佐島大地は自分から過ちを認め自首した。ただ『邪教』に操られていたこと、【神姫】と【召喚士】が間に入ったことで減刑される。


 世界は人々が知らぬ間に変化し、変貌する。


 ホロウ――名取海が適当に口にした『邪教』『悪神』という言葉がそう遠くない未来に現実になるとは当の本人も思いも知らなかった。

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