第23話 望んだ結末


「ソ、そんな、馬鹿ナ…」


 燃える己の身など忘れ、目の前の絶対的強者に畏怖した。


「主人。いや――


「は、はい!!」


 黒鎧を纏う存在、絶対的強者ホロウに声をかけられた依瑠は戸惑いつつ返事。


「今まで騙していて、すまない」


「――え」


 振り向くと割れ物を扱うようにその手に包んでいたリルを解放し、頭を下げる。


「ナナシは私が模した空想の存在。元々、お前の近くで危険な余波を感じた。そこで私はお前の『使い魔』になり捜査を始め、行き着いた。悪き神に踊らされる傀儡に」


「悪き、神?」


 ナナシが「空想」の存在だという事実に困惑しつつ、気になったことを口にした。


「この世界で異常が多発している。それはダンジョンとは異なるもの。ダンジョンを生成した神、悪神の介入。私はそれにいち早く察し、事態を収集すべく動いた。そこで目をつけたのが、佐島大地。星見依瑠、お前の幼馴染は悪神と繋がる人物、「運び屋」から異端の力を受け継いだ。佐島大地はただ力を受け継いだ末端。情報など持ち合わせないだろうがな」


「じゃ、じゃア、俺は…」


「…使い捨て――相手からすると貴様は程のいい実験体モルモットと言ったところだろう」


 話を聞いていた佐島相手に――何故か反応をしてしまったため、適当に返す。


「待って、でも…神様って言うくらいだから普通なら優しい存在なんじゃ…」


「「普通」なら、な。ただそれは物語の空想、御伽話の世界の話。人の心に刷り込まれた言わば「幻想」だと言えよう」


 ホロウは語りかけるように告げる。


「神が人の味方だと言う理想は捨てろ。神は直接人間を助けたか?…否。神は無慈悲に試練を与える。今回の現象――『ダンジョン形成』のように。それは生死を問わない」


『……』


 現実的ではない話の内容に二人は何も返せず、全てを知る存在に耳を傾ける。


「だとして、人が死んでいい理由にはならない。人の世界を壊す理由にはならない。そこで私はこう結論づける。神はいる。それは心優しい善神などではない。悪き神、悪神。それに連なる組織。仮に名付けるなら…『邪教』と」


 シリアスな展開、シリアスな顔で――厨二病全開で訳のわからないことを語る。


 …仕方ない。もう、仕方ないでしょ。ここまで来たら後戻りはできない。

 星見さんに負い目はあるけど…自分は代行者そういう存在だと理解してもらおう。


 表面上は堂々に話す。しかし、実際の内面は黒炎で燃やされる佐島と同じくらい冷や汗、脂汗を背中に流しもはや着ている衣服は汗でグッチョリ。そんな事実などに出せない。


「――佐島大地。貴様も被害者なのだろう。ただし、その行った罪は消えない。貴様が殺めた人々は二度と、帰ってこない」


「…っ。返す言葉も、ナイ」


 ん? あんれ?


 さっきと打って変わってやけにしおらしい反抗的じゃない態度に首を傾げそうになる。


「俺は、どうかしてイタ。力を手に入れ、慢心し、人々を喰らった。この手で何人もの命を殺め、奪っタ。俺は、俺は…っ!!」


 黒炎で燃えながら苦しそうにしながら自分の燃える手のひらを見て、その過ちに嘆く。


「……」


 急激な変化、態度に警戒を高める。


「…安心してクレ。俺の心にモウ迷いはない。破壊の衝動はない。操られていた…のだろう。それは俺ノ迷いが産んだ結果。ホロウ、頼む。俺が、俺デなくなル前に…」


 「殺してくれ」


 そんな言葉がその目から伝わる。

 瞳に映っていた憎しみ、怨嗟は消し去り、悲壮に暮れる表情。


 彼にも色々と事情があるのだろう。なら、望み通り楽にしてあげよう。


「星見依瑠、お前は…」


「…大地君――彼の言う通りにしてあげてください。私ももう、友人が、幼馴染が苦しむ姿は見たくありません。お願いします」


 冥を支えながら立ち上がった依瑠は軽くお辞儀をして、運命に委ねる。


「――承知した」


 右手を前に出し、手のひらに極小の黒炎を宿す。それは形を成し、黒剣に変成。


「ホロウになラ、最後をお前のような英雄の手デ終えれるなら、本望だ」


 その身を焼かれ、ところどころ炭化した顔で笑う。そこにはもう悪意などなく、憑き物が落ちた顔。純粋な微笑みだけがやけに目につく。


「……」


 常日頃、思っていることが僕にはあった。


 己が放てる最大出力の黒炎を解き放つそれは空間を埋め尽くし、夜空のように全て塗り潰す。


「――」


 黒剣の柄を両手で掴み正眼の構えから左右の肘を張って垂直に持つ。


 なんで「運命」なんかに従わなくちゃならない。それはただの過程であり、それが辿る道だという決めつけが、一番、嫌いだ。


「――貴様の罪、私が清算しよう」


『!』


 黒剣から溢れる黒炎。押し寄せる熱…心地よい炎の温もりに目を剥く。

 漏れる黒炎は何かを傷つけるためではなく、その場にいる全てを癒す波動となる。


「最後の餞、受け取れ」


 左足を前に、垂直に構えていた黒剣の剣先は後ろ、自分の横に剣を構え。


「救済なきものに慈悲はなし、その罪を認め、その身を業火に焼かれ、朽ちよ――っ」


 腰を落とし、駆ける。

 彗星の如く。

 黒剣から尾を引く黒炎。


 敵として刃を交えようと本質として憎むことはない。そこに意義が、大義があるなら尚更。


「――依瑠ノことを、お願い、シます」


 癒しの黒炎を受け、痛みが和いだ顔を綻ばせ、最後の願いを口にした。


「――馬鹿が。お前が、幸せにしてみせろ」


 その願いを汲み取ったホロウは告げ。


「それは――」


 その意味を理解する間もなく、黒炎纏う黒剣は佐島の胸に引き寄せられるように導かれ。


「――悪竜、死すべし――」


 黒剣を胸に突き刺す。


「――っ」


 突き刺した状態から刃を振り抜く。


「――凶星絶剣・黒炎焔バルムンク


 患部から溢れ出る黒炎は佐島に痛みを与えることなく身を包み込み、その勢いは衰えることなく強さを増し天に天にと、燃え上がる。


「…祈ろう」


 燃え上がる黒炎の柱を尻目に手に持つ黒剣を一度払い黒炎と共に黒剣を消す。


 僕はさ、こう見えて結構我儘なんだ。バッドエンドなんてクソ食らえ。物語も現実もハッピーエンドじゃなければ意味がない。

 それを成せる力があるなら振るおう。たとえその運命が既に確定していたとしても。


 最後の最後で神様だって予想していなかった結末を迎える。きっと、そんな運命の鼻を明かすような行為はさぞかし、楽しいだろうね。


 黒炎に照らされながら、思う。



 ∮



「……」


 依瑠はホロウと佐島の戦いを最後まで静かに見届けた。その目に映るのは黒き炎に燃え消え去った友人であり幼馴染の姿。

 両親亡き今、自分と一番時を過ごし、話し、笑い、語り合った人の最後を目に焼き付ける。


「――っ」


 その目には、顔には…。


「…依瑠、泣いてる、の?」


「!?」


 自分の下から声が聞こえた。それは膝枕をされていた友人の声。


「め、い。目、覚ましたんだね」


 頰を伝う涙を手で払い、胸から押し上げるその感情がなんなのかわからないまま無理矢理微笑み、意識を取り戻した友人の顔を見た。


「ん。終わったんだね」

 

「…うん、ホロウのお陰で」


 黒炎の柱に顔を向ける依瑠につられるように冥も微動だにせず黒炎の柱を見上げる黒鎧を纏う存在、ホロウを見た。


「私、まだまだ弱い」


 ホロウに向けていた顔を戻すと自分の顔を片手で覆う。そんな友人の髪を軽く撫でる。


「ねぇ、冥。私、強くなるよ」


「…私も、もう、負けない」


 彼女たちは同じ目標を掲げ、誓う。

 己の弱さを知り、悲観することなく、あの強大な背中を支えられるような存在になろうと。


“エラー エラー まもなくダンジョンはします ダンジョン内に居る探索者の安全を考慮して地上へ送還します エラー エラー”


 そんないつの日かに聞いた機械的な音声と共に視界は真っ白に染まる。

 二人は最後まで手を繋ぎ、遠うのく意識の中、また三人で出会えるようにと願う。

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