第22話 ホロウ


「…うそ、だよ」


 スネルシャークに囲まれた状態で見た。自分の『使い魔』が殺された瞬間を。


「――っ」


 目を覚さない友人を庇うように覆い被さる。


(負けるな、負けるな! 私はただ信じる。だって約束してくれたんだ。ナナシは私を護るって、私のナナシは――負けない…っ!!)


「依瑠」


「(ビクッ)」


 自分にかけられた声に肩が震える。


「邪魔モノは消した。さぁ、俺と一緒にコイ」


「ッ」


(やだ、やだやだ。怖い、怖いよ――)


「いやだ!!」


 目の前の怪物に怯え、その手を拒む。


「…お前タチ、その女から離れろ」


 少し苛ついた雰囲気を漏らしつつ依瑠の周りにいた魔物達に声をかけ、退けさせる。


『……』


 魔物達は指示に従い離れる。それは支配下にある現しなのだろう。


「依瑠、俺ハお前が好きだ」


「!?」


 その唐突な告白に顔を上げ、目を剥く。


「お前ヲ俺の伴侶にする。だから生かした。お前はオレに選ばれた。ソレでも俺の言葉を拒むト言うなら…残念だが――」


 佐島が片手を掲げると近くの地面からナナシを襲った物と同種の無数の手が出現。


「――「躾」、トいう名の教育を執行する」


「ひっ!?」


 それを見て怯える依瑠。それでも友人を守るためにその場から一歩も引かない。


「ク、ククク。安心シロ、殺しはしない。お前が俺に相応しい伴侶になるためノ儀式、体ヲ弄るだけだ。初メハ苦しいと思うが、時期快楽を得気持ちよくなル。さぁ、俺と一つニなろう」


 無数の手は触手のようにウネウネと動き、ゆっくりと、ゆっくりと依瑠の元に近寄る。


〈 御主人様に寄るな、穢らわしい!! 〉


 近づく無数の手を光が覆い、消し去る。依瑠を守るように光の塊――リルが顕界。

 しかし、その姿は先程力を使い果たしたせいか満身創痍でフラフラと頼りない。


「…邪魔を、するナ」


 顔を顰めた佐島は無数の手を依瑠ではなく、リルに向けその身を呆気なく拘束。


〈 ッ、ぐぅっ… 〉


 抵抗敵わず、動きを封じられる。


「リル!」


 叫ぶが、助けられる余力などない。


「そうカ。邪魔モノはまだ居たな。まずは、全て消してから、俺たちの楽園を作ろウ」


〈 ァッ――っ!? 〉


 リルを掴む無数の手は力を強め、地面から這い出た無数の手が依瑠に守られる冥の元へ。


「やだ、こないでっ!!」


 自分の『使い魔』が苦しむ姿を涙を流し見て、友人をも苦しめようとする無数の手から守るために泣き叫ぶ。


(私は、強くなっても何もできない。結局は誰かの助けがなくちゃ何も。ねぇ、お願いだから、私の全部をあげるから――助けてよ)


「――ナナシっ!!!!」


 左手薬指に嵌る指輪に額を近づけ願う。


「無駄だ。奴ハ死んだ――」


 不敵に笑う佐島。その言葉に無数の手のスピードは早め――黒い炎に焼かれ消え去る。


 その時、二人の間に一陣の風が吹き荒れる。


「勝手に人を殺さないでもらえるかな」


 冥を守り蹲る依瑠を背に庇う形で陽炎のように現れるナナシ。その手にはリルの姿がある。


「…死んだはずノ貴様が何故――」


 余裕の表情から驚愕の表情に変えた佐島は狼狽える。その様子を見ておかしそうに笑う。


「決まっている。貴様を消すため。先、口にしただろう? もう忘れたか?」


 そこには佐島を煽るナナシの姿がある。その身は無傷で健全だ。先程、腹を貫かれブレスで消された面影など残さない。

 早い話…先程までの光景が全て幻覚であったかのように感じざるを得ない。


「…ならば、次こそは確実にコロス」


 佐島の言葉に呼応し、地面から無数の手と無数の亡霊達が出現。それはナナシに殺到。


「貴様に“次”はない」


 襲いかかる亡者達は――近づくこともできず黒炎で焼かれ、一瞬で灰になる。


「なっ――!?」


(黒い、炎。黒い炎…っ。そんなはずない。ナナシは違う。ありえない)


 亡者達を消し去ったを二度、見た佐島は嫌な予感を感じ、後ずさる。


(黒い炎。目の錯覚じゃない。今までそんなもの使っていなかった。あなたは一体、誰?)


 目の前で繰り広げられる圧倒的な力の差、そして自分の『使い魔』の力に依瑠も唖然。


(…嘘だ、間違いだ。ありえない。俺は、俺が一番、誰よりも強い。俺こそが最強だ――)


「――死ねッ!」


 嫌な予感を振り払うべく、自分の今出せる力を右腕に凝縮させ、全てを消し去る一撃。


「無理を言うな」


 腕を真正面から片手で受け止め、握り潰す。

 そこから黒い炎が溢れ、吹き荒れる。


「ァ、あぁがッァ!?」


 腕を潰され、焼かれ叫ぶ。ただそれはおかしなこと。痛みの遮断に成功し克服したはず、なのに久方ぶりに味合う痛み、熱さが佐島を襲う。


「己が一番強くなれたという愉悦感に浸れた時間は、楽しめたか?」


 佐島の腕を離すと黒き炎は腕を伝いやがて黒炎はその身を燃やす。


「私は思う。最初から最後まで自分を「強者」だと信じ込む愚者の鼻を明かすのはさぞかし楽しいだろうと。そして…断然たる「弱者」をぶちのめすのはなおのこと、最高に」


 ナナシが扱う力、それは黒い炎。

 この世界の誰もがテレビの報道や新聞で見て、一度は聞いたことがあるモノ。


 それは正しく――【黒炎】。


 自ずと出てくる単語――《探索者:ホロウ》。


「あ、ァ、あ、アァ…」


 再生せず燃え続ける自分の腕、体など気にすることもできず、目の前に現れた「謎の人物」の姿を見て、恐怖を覚え顔を青ざめ。


「――な、何故、痛みが和らがナイ。治らない。ナオ、強まる…っ!?」


 ようやく自分の身に起きていることを理解し、永遠に燃え盛る黒い炎を見て脂汗を流す。


「……」


 プライドを自尊心を粉々にする演出をするためだけに「やられた」演技をした。

 彼女たちが感じた同等、それ以上の「絶望」を与えるためだけにくだらない劇を演じた。

 でも、おかしいな【黒炎】など――【焔〈黒〉】を人前で見せるつもりはなかった。


「消えろ」


 片手を振るう。


『――っ』


 懲りずに目の前に現れた亡霊たち、そして初めからいた魔物たちは跡形もなく消え去る。


 消えず、劣らず、今も尚高まる…心の内からグツグツと煮えたぎるような烈火の如く湧く久しぶりに味合う感情。

 この感情を言葉にするなら、そうだな…「怒り」という言葉が最も…相応しいだろう。


「遊びは、もうやめにしよう」


 それは相手に伝えるように、また己自身に言い聞かせるような声音。

 直後、空間を覆う圧。そして膨れ上がる力。ナナシの体から吹き荒れる嵐のように渦巻く静かな怒り――黒炎の奔流。


「――理不尽にその道を絶たれ、未来を奪われた人々の悲嘆。安寧を護るべく、私が代行者となり今日、この日をもって貴様を裁く」


 辺りを覆い尽くすほどの黒炎の嵐が落ち着きその中心に黒いマントを翻す鎧を纏う存在。


「――我が名は、ホロウ。この世の悪を裁定し、人理を守る守護者となる者」


 その日、この日を得て、ホロウは顕界した。


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