第21話 受け継がれた意思


 間に合った。間に合った。よかった本当に。星見さんに渡しておいた指輪の機能が役に立った…大丈夫。星見さんも、神崎さんも無事だ。


 腕に抱く気を失っている冥の存在を確かめ、後方で立ち尽くす依瑠の姿を確認して安堵。


「な、なし、ナナシ、ナナシ、ナナシっ!!」


 緊張の糸が決壊した依瑠は涙を流し自分の『使い魔』の元に駆け寄り抱きつく。


「おっと」


「遅い、遅いよ。ナナシ、怖かった…っ」


 子供のように嗚咽を漏らし泣く依瑠の頭を赤子をあやしつけるように軽く手で撫でる。


「心配かけた。もう、大丈夫だ」


「うん、うん」


 頭を撫でられながら腰に顔を押し付ける依瑠は何度も、何度も頷く。


「応急処置は済ませている。これなら命に別状はないだろう。任せて、大丈夫か?」


「…うん任せて。だからナナシ、勝ってきて」


「承知した」


 気を失っている冥を依瑠に託したナナシは主人の願いを聞き入れ穴が空いた壁を見据える。

 直ぐに鈍色に輝く漆黒の塊が飛来し、目障りな羽虫を払うように軽く腕を払って弾く。


「小細工、通じるとでも思ったか?」


「ただの挨拶ダろ?」


 無傷の佐島は下卑た笑みを浮かべ現れる。


 結構、本気で蹴ったつもりだったけど…あれか、コイツもあの赤竜と同種か。


 崩壊した壁と無傷を気取る佐島を見て再生待ちだと判断し、瞬時に白刀を構える。


「…俺を、覚えテいるか?」


 それは唐突な質問だった。その意味を理解した上であえて忘れたふりをする。


「さぁ。私に貴様のような醜い知人は存在しない。居たとしても…直ぐに忘れる」


「そうか、そう、カ――シネ」


 冥と対峙した時よりも更に速くナナシの元に近寄ると肥大化した鉤爪で切り裂く。


「遅すぎて欠伸がでる。私を殺したいなら、それ相応の力を示せ」


 素早く振るわれた鉤爪を納刀したままの白刀で受け止め――るだけで留まらず切り砕く。

 冥の攻撃を防ぐほどの硬度と耐久力を持つ鉤爪は呆気なく砕かれた。


「なら、期待に、応えてヤル」


 鉤爪を破壊された佐島は特段驚くことなく腕で圧死させるべく叩きつける。


「脆い」


 その腕を切り飛ばし、返しの水平斬りで胴体を真っ二つ。

 それも瞬時に再生させた佐島は気にすることなく自分の再生力、成長力を信頼し突き進む。


「貴様ノ力と、俺の成長力、どちらが上カ試す――っ!?」


 話の途中で首を切り落とされ、一瞬動きが鈍った佐島の胴体に裏拳をあてる。


「軽口を叩く暇があるのは結構。ただし、相応の力を示せと口にしただろ」


 首を切断され、腹に風穴を開けた状態で一歩、二歩とよろけて欠損部分を再生。


「…それは、悪いことヲした。しかし、なぁ? その調子で俺を殺せるかナァ?」


 これまでの戦況からナナシの攻撃でさえ瞬時に再生をさせる自分の体に自信を持った佐島はやられても再生し、強化される自分自身に酔いしれ傲慢に、大胆な挑発。


「おかしな質問をする。、ではない。貴様が私に消されることは確定事項」


 その挑発に乗ることなく、鼻で笑う。


「…コロス」


「やってみろ」


 馬鹿にされたことを知り顔に青筋を浮き上がらせて怒り狂う姿を見て、白刀を肩で担ぎ、人差し指をクイクイと動かして挑発。


 ・

 ・

 ・


「ウガァッ!!」


 醜く肥大化した腕をその大きさとは比較にならないほど俊敏に動かして憎しみを込めて標的を押しつぶすために振り抜く。

 その攻撃はナナシに当たることなく地面を貫きクレーター状にするだけに留まる。


「力みすぎだ」


「ンガッ!?」


 無防備の顎を蹴り上げ。


「単細胞」


 宙に浮いた胴体に回し蹴り。


「ぶはっぁ!!?」


 無様に吹き飛ぶ佐島は空中で体勢を立て直し、憤怒の顔で睨み。


「シャッァ!!」


 飛びかかる。


「少しは学習しろ」


 その場から動くことなく、斜めに体を移動させ伸びる腕を避ける。


「おっと、肘が滑った」


 ちょうど良い位置に来た画面目目掛けて肘打ちをお見舞い。


「グベッ!?」


 顔面が陥没し、動きが鈍った所に打撃。

 空気を殴った瞬間パシュッという音を鳴らして空弾が生成。それは佐島の肩に着弾。


「――っ!」


 空気の塊は佐島の右肩に風穴を開ける。


「立ち止まっている暇はないぞ」

 

 目にも止まらぬ速さで、六撃。


「――」


 胴体に風穴を七箇所開けた佐島はその場で痙攣を起こし、少しして再生を開始。


 …この世界に無駄な努力などない。これは彼女たちの功績。諦めず立ち向かった証なのだろう。それは、確かに受け継がれる。


 佐島の負傷した体。それは既に再生し完治していた。ナナシの目には明らかに再生速度が遅くなっていることに気づく。


「――お」


「黙れ」


 何かを叫び攻撃を仕掛けた佐島の腕を掴み背負い投げの要領で投げ、叩きつける。


「っ、カッハッ!?」


 その勢い劣らずバウンドして跳ねた背中を無造作に蹴り抜く。


「ゥギィッ!?」


 抵抗敵わず水平に吹き飛び、顔面から直にダンジョンの壁に直撃。

 

「っぅ。は、ハハハ…効かンなぁ」


 むくりと立ち上がり薄ら笑いを浮かべる。


「は」


 相手の一部分を見て鼻で笑う。


「鼻血、出てるぞ。なんだ、唯一個性であった再生能力はもうお終いか?」


「!」


 その発言を聞いた佐島は鼻を手で触り、手につく血を見て、歯軋りをする。


「オ、おのれ…っ!」


 自分の力に依存して慢心が生んだ結果。なのに人のせいにする姿を見て肩を竦める。


「貴様が軽んじた彼女たちの戦いは奮闘は無駄にはならない。彼女たちの努力は実を結んだ」


 一歩、踏み出す。


「ぐっは!?」


 白刀の柄でみぞおちを強打。


「もはや、限界だろう?」


 あまりの痛みに耐えきれず蹲る。


「っ!? ごはっぁ!!?」


 立ち上がろうとして突然の眩暈で倒れ、口から胃の内容物を吐き出す。


(あ、ありえない、ありえない…。この俺が、完全なる生命体になった俺がこんな『使い魔』如きに敗れ、膝をつくことなど、絶対に…っ)


 それでもナナシの言う通り膝が笑い自分の意思に関係なく動かないことは理解していた。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


(…隙をつきなんとか俺の攻撃を当てられれば…クソッ。化物、ガァッッ!!)


 ただ「認めたくない」というその一心で目の前にいる敵対者を殺すべく模索し――


「……」


 あることを思いついた佐島は俯き、嗤う。



 ∮



「…やっぱり、ナナシはすごい…っ!!」


 二人の戦いを遠目で見ていた依瑠は気を失った友人を膝に寝かせた状態で興奮していた。


「冥にも見せてあげたかったけど…私たちの努力は無駄じゃなかったよ。ナナシの助けになってるんだ。これなら、勝てるよ」


 規則正しく寝息を立てる友人の前髪を手で整えて、戦況に目を向ける。

 自分の元に悪意ある何者かが近づいていることなどつゆ知らず。



 ∮



「――潔く諦めて、死ね」


「俺にかまってて大丈夫カナぁ」


「なに?」


 白刀でその首を切り落とす寸前、意味ありげな言葉に手が止まり反応が一歩遅れる。


「きゃっーー!」


「!」


 依瑠と冥が居る後方から悲鳴が聞こえた。急いでそちらを見ると蛇と鮫が融合したような魔物――スネルシャーク三体に囲まれていた。


「――アハっ」


(油断、したな)


「っ」


 二人の元に駆け寄ろうとした時、自分の足に違和感を抱く。よく見ると地面から生えた無数の手が足を掴み、行動を拒む。


「死してナオ、俗世への執念、怨念を募らせる死者たちの残党。そいつラの理念は生きとし生きる生者を憎むこと。そして――」


 亡霊のような魔物たちは地面からその姿を現し、足、体、口とまとわりつく。


「――『竜の峠この』ダンジョンそのものガ俺の手であり足でもある。ソノ亡霊どもは俺の駒として動き、そノ溢れ出る憎しみト悲しみを原動力として、生者を生け捕ル」


「――」


 亡霊たちにまとわりつかれたナナシは身動きを封じられ、動けない。


「オレもお前を過小評価していた。タダ、お前も俺を侮っタ。それがコノ結果」


 肥大化した鉤爪を鋭利な刃物のように尖らせ、無抵抗のナナシの腹部を突き刺す。


「っ!?」


 腹を貫かれたナナシの腹部から血が滴り落ち、地面に血溜まりを作る。


「そして、コレが結末」


 裂けた口を最大限まで開け、鈍色に光り紫色の輝きを放つブレスを溜める。


「認めよう。お前は、ツヨイ。ただ、結果ガ全てのこの世界においてハお前の、負け、だ!」


 腹部から血を流し、亡霊にまとわりつかれ動けず苦悶の顔を作るナナシに対して、ゼロ距離でブレス――最大火力の咆哮を放つ。


 ・

 ・

 ・


「…ク、ククク。俺の天下だ。あぁ、なんと素晴らしいのか、なんと心地よいのか…ッ!!」


 砂埃消えた晴れた空間には地理一つ残らない。その何もない空間を見て完全勝利を確信した佐島は、両手を広げせせら笑う。

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