第20話 決別の刻


「ガッ、ウ、ガガガッ、ッ――」


 地面にひれ伏す佐島は立ちあがろうともがくもそれは意味をなさず。


「……」


 冷酷な瞳で見下ろす。


「依瑠、ごめん」


「な、何が? ねぇ、冥。何が起きてるの?」


 振り返ることなく友人に謝罪。


「私は佐島大地を――殺す」


 その謝罪の意味を理解できず聞き返すも、変えってくる言葉は時に無情。


「――」


 その一言に返す言葉が見つからず。


「あなたは悪くない。その願いに応えられなかった私の弱さが生んだ結末。恨むなら恨んでくれて構わない。ただ、こいつは――消す」


 多くの説明を語ることなく、返事を待つことなく今ももがき怨嗟を込めた瞳で睨む佐島を他所に手に持つ太刀を静かに納刀。


「――“月詠”、力を貸して」


 直後太刀は微かに揺れ、佐島がひれ伏す頭上に極小の黒き月が浮かぶ。


「潰れろ」


 言葉に呼応するようにその黒き月明かりは輝き、輝きが増すにつれて佐島の体は圧迫され。


「――っ」


 グチャリ


 ケーキが地面に落ちて潰れたような小気味良い音を奏でミンチになった肉片と血溜まりが生成。佐島だったモノを見て――目を背ける。


「あ、あぁ、あ、あぁ…」


 その光景を青ざめた顔で見て、体を震わせる依瑠の瞳には飛び散った血が付着し、頰から滴る血で汚れた友人の顔。


「『竜の峠この』ダンジョンの異変。原因は、排除した。念の為階層主部屋に行くけど…くる?」


「や、やだ、やだ。違う、冥――」


 依瑠の目には映る。血が滴る友人の顔――と、友人の背後で蠢く肉片。


「…ごめん」


 それに気づかない冥は違う捉え方をして。


「違うの、後ろ!!!!」


「え?」


 異形と化した佐島だった生物に勢いよく吹き飛ばされ、壁に背中を叩きつけ…倒れる。


 ・

 ・

 ・


「――かはっ」


(…油断、した)


  背中を壁に預けグッタリとする冥は吐血を吐き、復活した佐島を見上げる。


「あ、あ、アァ、アガ…こ、殺す…っ!」


 人と竜の中間――正しく“竜人”のような見た目に変わった佐島は唸る。醜く変わり果てた見た目は竜以前に別の生き物に見える。

 肥大化した右腕に先よりも漆黒で鈍色に輝く破壊の塊を溜め、放出するべく構える。

 

(…さいあく、何本か骨、折れたかな…っ)


 片手で押さえる脇腹から熱せられた鉄の棒を押し付けられたような感覚と遅れてやってくるジンジンとする痛みに顔をしかめる。


(月詠の力は負荷が強すぎるから長時間の使用、連発はできない。だから切り札として使ったつもりだったけど…)


 【月詠】


 それは仮の名で別名【魔剣・ツクヨミ】。武器としての性能もさることながら「重力」を操る力を保有している魔剣の一つ。


「…大丈夫、まだ、動ける」


 体の重力を和らげて重力操作で折れた骨を補強し、無理やり立ち上がると背後にいる依瑠を守るべく立ち塞がる。


「シ、ねっっ!!」


 冥とその背後にいる依瑠諸共消す勢いで破壊の玉は放たれる。それは猛スピードで進む。


「ゼロ、グラビティっ」


 近くまで迫る破壊玉を見て呟く。すると破壊玉は動きを止めたかのように緩やかに時を進む。その玉に左手を添える。


「っ、リターン」


 破壊玉は時が逆戻りするように佐島の元に向かう。それに連動するように冥も駆ける。


「ガアッ!」


 自分の元に戻る破壊玉に対して同種のもので相殺した佐島の首を太刀で切りつける。

 格段と硬くなった首は既に柔な攻撃では刃が通らず刃が途中で止まる。

 それを見越して首を切り落とすではなく、刃を反転させ首の皮をスライドさせるように背中下方に走らせ、近場の腕を斬り飛ばす。


「効く、カッ!」


「知ってる」


 傷を負った側からすぐに再生した首。飛ばされた腕を再生させ無造作に振るう。

 それを華麗に回避すると今度は肉薄するべく接近し、刃を交える。


「痛みも、何もカモ、超越した身。もはや、貴様の陳腐な攻撃など、痛くモないわっ!!」


 その身から溢れ出る破壊の衝動に駆られるように腕を振るい、鉤爪で、翼で、時には尻尾を使い暴れ回る。それは次第に冥を追い詰める。


「…そう。でも、関係ない、私たちは勝つ」


 振るわれる猛攻を受け流し、避け、計算通り懐に入り込み――また太刀を鞘に納刀して佐島を重力で地面に縫い付ける。


「んグッ!?」


 倒れはしないがその身にかかる重力の負荷に動きを阻害される。

 いかに再生できようが重力の耐性を持たない佐島は動きを封じられた。


「次は――切って、切って切って切って切って切って切って切って切って切って、切り刻んで――肉片も残さず、消し尽くす」


 この時を待っていた。最強たる力、能力を手にして傲慢にも自分の力に溺れ、自信過剰になり周りが見えなくなり、油断するその時を。


 太刀に黒いモヤ――「重力」を纏わせ。


 一閃、首を落とす。


「…無駄、ァッ!――な!?」


 再生する肉片を妨害する重力。


「――」


 再生した肉片を無心で切り落とす。


 それを右腕、左腕、右足、左足、胴体、下半身――と何度も何度も、繰り返す。


 剣技、流派など関係ない。ただがむしゃらに切って切って切って切って切って切って切って切り刻む。それは己の体力が持つまで永遠に。


「――っ。コレ、クトっ!」


 疲れが見える顔を隠すことなく最後の力を振り絞り、微かに蠢く肉片を集め、あてやすい宙に浮かせて準備が完了した――依瑠に託す。


(切り札は切った。奥の手はまだ、ある)


 ・

 ・

 ・


〈 御主人様、今です!! 〉


 その場から冥が退避したことを感知したリルは主人に声をかける。その声に反応して依瑠の構えた片手剣から眩い輝きが溢れる。


(我儘だった。冥はそれをわかっていて了承してくれた。でもわかる。もう、大地君は私の知ってる大地君じゃない…紛うことなき私たち人の、敵…っ。冥は決断の時間をくれた、なら)


「――私はもう、躊躇わない!!」


 友人の期待に応えるべく、今度は自分が自分の過去に終止符を打つべく、決断を下す。


 それは決別の刻。


「――星よっ!!!」


 迷いなき眼で幼馴染を見据え、星の熱量を含んだ光剣を、振り下ろす。


 光剣から吹き荒れる光の奔流は宙に漂っていた佐島だったモノをまとめて包み込み――壁に呑み込まれるように衝突。

 そこには血溜まりの跡は残るもの、佐島の肉片や再生できるようなモノは見当たらない。


「――っ、冥!!」


 「勝った」と確信した依瑠は嬉しさのあまり無意識に足を早める。

 力を全て使い果たし、その場で倒れる憔悴しきった冥の元に。


「冥、やったよ!」


「やれば、できる」


 薄く微笑み返し、無理して立ちあがろうとして駆け寄った依瑠に体を支えられる。


「ただ、どうしよう」


 震える手を見て自分の状態を見て嘆く。


「回復…とかは無理そうなの?」


「一応、常備はしている。けど、これは月詠…力を使いすぎた反動からくるモノだから」


「ナナシ、待った方がいいよね」


 自分一人では何もできないとわかっている依瑠は最初から最後まで役立たずだと自分を卑下する。それを感じ取った冥が手を伸ばす。


「依瑠は、よく頑張った。依瑠が居なくちゃ、私は勝てなかった。だから、落ち込まないで」


 悔し涙を瞳に浮かべ堪える友人の頬を優しく撫でる。


「…うん。ありがとう。あのさ、思うんだ。私の違和感はおそらく…」


「十中八九、佐島大地が居たから。私も女だからわかるけど、女の勘は、結構当たる」


「ふふっ、そっか」


「そう。以前、他の女性にデレデレしていたナナシの顔も容易に思い浮かぶ」


「ナナシには、お説教だね」


『ぷっ』


 二人はお互い話題の的であるナナシの話に花を咲かせ、空気が緩和し気が緩む。


「ダンジョンの異変二人で解決しちゃったね」


「ナナシ、使えない」


「これは頑張ったで賞でナナシに何かしてもらわなくちゃ、だね!」


「採用。私の「お願い」も残って――っ!?」


 和む二人の元――冥の首に何かが飛来し、それは壁まで冥の体を攫う。


「っ、冥!!」


 直ぐに立ち上がって友人の元に駆け寄ろうと足を向ける…が、その足は止まる。


「トカゲの尻尾切りヲ、知ってるカ。意味は異なるが、ハこうやって使う」


 冥の首を掴む――鱗で覆われた黒色の手からイヤに聞き覚えのある声が聞こえ、手から手首、腕、胴体――再生された佐島がいた。


「お、まえ…っ」


 壁に背をつけ宙吊りにされた冥は自分の首を掴む佐島を睨み、その腕を掴むが抵抗できる力などもう残っていない。


「そ、そんな…」


 光景を見せられた依瑠は気の緩みも吹き飛び、「絶望」という言葉だけが脳裏に過ぎる。


「ソうだ、その顔。俺ハその絶望した顔が見たかった! 怯え、苦痛、恐怖…それラ全てが俺の心を潤す。俺ノ飢えを満たす!!!」


 狂ったように叫び、嗤う。


「貴様はココで死ぬが敬意を払い感謝はしよう。俺の最大にしテ最高地点まで成長させてくれた、微々タル礼だ。楽に殺してやろウ」


 左手で冥の首を掴んだまま、残りの右手を冥の心臓部に添える。


「ソノ力は死してなお俺の一部として生き続ける。喜べ。ソして絶望しロ。貴様は俺に勝てやしない。斬れない殺せない潰せない殺せない。無駄な抵抗、オ憑かれ様でした。【神姫】様」


「やめてぇーーー!!!」


 何もできない依瑠は自身の未熟さを呪い、それでも自分の声なら届く…止められると淡い期待を願い叫ぶ。しかし、その腕は――


 ドゴンッ


 それは突然鳴り響いた。依瑠が立っていた近くの地面が物凄い音を奏でて裂け砂飛沫と共に何者かが姿を見せる。

 その異変に気づいた佐島の手も止まり、楽しみの邪魔をした相手に顔を向ける。


「キ、さまは――貴様はっ!!」


 乱入者――狐のお面をつけた謎の人物、ナナシの存在を認識した佐島は狂ったように叫び、首を掴む冥を投げ捨て、駆け寄る――


「どけ」


「グアッ!?」


 見向きもされないまま無造作に蹴られ、壁を貫通し彼方後方へ吹き飛ぶ。

 その行方など気にも留めず地面スレスレで冥の体をそっと腕に抱き寄せた。

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