第19話 人の身を捨てた怪物


「…【神姫】様ですよね。あの、助けていただいたことは感謝します。ですが、依瑠…幼馴染との会話を邪魔してほしくない――」


「黙れ。口を開くな、耳障りな声をあげるな」


 好青年を思わせる爽やかな笑みをこぼして話す佐島相手に容赦のない言葉を放つ。

 口悪くキツく言うのはチャラチャラした見た目が依瑠に相応しくないからではない。


(…こいつから漂うこの異様な量の血の匂いは何? 私の鼻がいいから?…そんなわけあるか、気持ち悪いっ。それに…)


「…『魔境』に『上級探索者』が集まっているはず。なのに佐島大地、お前が居ることはおかしい。そして、隠す気ある? 殺気ダダ漏れ」


 眼光鋭く男を睨む。


「…アースドラゴンと戦っていたら殺気も漏らしますよ。ここに俺が居るのだって依瑠が『竜の峠』に挑むと聞いたから来たわけ――」


「嘘」


「……」


 その一言で佐島は押し黙る。


(依瑠が私達と行動を共にすると決めたのはついさっきのこと。知っているわけがない。仮に私達が行動を共にしているから『竜の峠ここ』に来ると予想をつけたとしても…)


「あまり、私を甘く見ないでくれる。お前が数日前、病院から失踪したことは知っている」


 【十傑】の冥は探索極棟支部からその話を聞きあの日、依瑠の元に現れナナシに軽くあしらわれた男。その男が失踪したと耳にした時から何か嫌な予感はしていた。


「それは、どういうこと?」


 無言を貫く佐島に変わり、依瑠がその真意を確かめるべく聞いてくる。


「佐島大地。ナナシに敗れた後病院で検査入院を受けたが突然姿を消して失踪。なのに今この場に佐島大地がいる。どう考えても不自然」


「そんなことが…大地君?」


 信用している冥の話を真実だと捉えた依瑠。それでも幼馴染の意見は聞こうと尋ねる。


「あはっ」


「大地、君?――ひっ!」


 言葉ではなく笑い声で答えた幼馴染の顔を見た依瑠は悲鳴をあげ、冥の背後で震える。

 佐島の顔は歪み、目は虚で口が裂け、到底“人”と呼べるような容姿をしていなかった。


「…なんでバレるかなぁ。依瑠を囮にして【神姫】――お前を殺そうとしたのに…なぁ?」


 気味の悪い笑みを浮かべた佐島に異変が起きる。人の肌…だったものが炭化し黒ずんでいく。黒ずみは膨張し、先戦ったアースドラゴンに似た竜の特徴――「鱗」が頰に現れる。


「お前は、何者?」


「俺は『上級探索者』佐島大地…いいや、もう。そうだなぁこの世の全てを超越した生物、とでも呼んでくれ」


 黒い竜種の翼が衣服を裂き露わとなり、背後には同色の尻尾のようなモノが蠢く。

 その異様な容姿、異質な存在感を目で見て、肌で感じた冥は警戒レベルを上げる。


「リル、依瑠を守って」


〈 は、はい!! 〉


 危機を感じ、姿を見せていたリル相手に愉悦に浸る佐島?に注意を向けながら指示。

 全てを把握したリルは自分が出せる全ての力を注いで依瑠主人の身を守ることだけに集中。


「依瑠、わかってるよね」


「っ。わかっている。わかってるけど…」


 光の膜に囲まれた依瑠は冥の言葉を聞き、歯噛みする。そんな友人に残酷な一言を贈る。


はもうじゃない。あなたの知るじゃない。倒さなくちゃ私達が――殺される」


 友人の言葉を聞き、守ってくれるリルの温もりを感じ、向かいで狂ったように嗤う幼馴染を見て、選択を迫まれて、出した答え…それは。


「…お願い、冥――っ」


「ほんと、お人好し」


 予想はついていたこと。だからこそ深いため息をつき、それが難しいとわかっていても友人の応えに応えるべく力を高める。


「腕の一本二本は誤差の範囲だから、許して」


 最後に一言、お茶目なセリフを残し駆ける。


 


「その腕、もらう」


 目にも止まらぬ神速のスピードで駆ける冥は今も尚狂い嗤う佐島の右腕に刃を走らせ――


 ボトリ。


 そんな軽い音と共に佐島の右腕が落ちる。


「あらら、腕取れちゃったよ、酷いなぁ」


 自分の腕を切り落とされたにも関わらず表情一つ変えず、近くにいた冥を見てニタァと嗤う。


「っ!」


 ゾクリ


 気味の悪さに追撃をできず、一時退避。


(痛みを遮断でもしてる? 腕を落とされたのに反応も微々たるもの――は?)


 色々と考察するも自分の目にした光景を見て呆然と立ち尽くす。それは依瑠も同様。


「知ってるか? 人は日々、成長する。ただ俺は違う。その成長プラスαダメージを受ければ受けるほど、成長する強くなる。切られてもこんなふうに再生も可能だ。俺は、完璧で完全なる不死身の生物に生まれ変わった!!」


 切断されたはずの佐島の右腕は再生されていた。それは言葉の通り、元通りに。


(【不死身】? 佐島大地のスキルは【金剛】だったはず。そんなスキルなんて所持していない。人は一つのスキルしか保有できない…でも、ハッタリとかじゃない。現に、今…)


 焦りと不安から冷や汗が頰を伝い武器を持つ手が緩むも、直ぐに意識をリセット。


「…関係ない、斬る」


 迷いを振り払い、腰を落とす。


「はは、【十傑】の強さ、見せてくれよ!」


 最強と最恐は交差する。




「シャッ!」


 初めに攻撃を仕掛けたのは佐島。予想を遥かに上回る俊敏さで獣の如く近づき黒曜石のように変異した鋭い鉤爪を冥の喉笛に突き立てる。


「甘い」


 それをわざと引き寄せてから余裕で交わし振るわれた腕を気にせず胴体を横一文字に切り付け、返しの上段切り。

 相手が“人”ではなく“化物”だと認識したため殺さない程度に容赦なく。


(――刃は通る。けど、何か…)


「気づいたか?」


「!」


 攻撃の手をやめ、一旦離れて様子を見る。


「サービスだ教えてやろう。【神姫】お前は強い。ただし、その強さも所詮は人の領域に過ぎないもの。俺は先話した通りダメージを蓄積すればするほど、強くなる」


 自身の漆黒の翼を広げ告げる。


「つまりだ、ダメージを与えていたお前の攻撃はいずれ魔物の体と同化した俺には通用しなくなる。それどころか俺の成長の手助けをするだけに終わる。こういうふうになぁ!!」


 先程よりも速く、鋭く、重い一撃。


「止められてるけど?」


 その一撃を表情変えずに刃で受け止める。


「すぐに追いつく」


「…そう」


(「人」とか「魔物」とか生物である限り限度、限界はある。今は自分の強さに震蘯してるから…最大まで油断させる)


 ・

 ・

 ・


 あれから二人は目にも止まぬ速度で己の武器をぶつけ合い、数合と刃を交える。


「しっ!」


 佐島の腕が横薙ぎに振るわれる。それをバックステップで躱し、背後に回り込み一撃。


 キンッ


「おいおいその程度かぁ?」


 簡単に鉤爪で止められたことに、顔が歪む。


「……」


 返事を返すことなく鍔迫り合いの要領で押し、二人の刃はチリチリと火花を散らす。


 神崎冥には違和感があった。それは自分の目に相手――佐島大地の弱点、すなわち“急所”が見えないこと。それは焦りに変わる。


(この短期間で私のスピードについてくる、ね。呆れを通り越して不気味)


「オラっ!」


「くっ!」


 力任せに押されたことで冥の体は弾き飛ばされ片膝をつく。


「こんなもんかぁ【十傑】ってやつはよぉ?」


「……」


(…弱点が見えない。衰えず増す力。疲労のない顔色。私の体力だけが消耗する…限界を待っていたけど…ちょっとピンチかもしれない…)


 友人の願い。それを律儀に守り殺さず生かす。その方法を遂行したが雲行きが怪しい。


「諦めろ、【神姫】」


「……」


 攻撃の手が緩んだことに内心安堵しつつ呼吸を整える。耳など貸したくはないが体力を少しでも回復させるチャンスは逃せない。


「お前ももう理解しているだろ、俺に勝てないと。ここまでの道のり…全て計算された結果。お前の体力を消耗させるための。残念だが人である以上疲れを知らない今の俺には届かない」


(この『竜の峠ダンジョン』は俺の支配下にある。ダンジョンの地形、魔物全て。【神姫】を殺しその力を取り込むため邪魔な『使い魔』を排除できたのはデカい。さて、そろそろ潮時だろう)


 武器を交え【神姫】に勝てる、力を自分のものにできると確信した佐島はトドメをさすべく右手に漆黒の塊を生成させ、肥大化させる。


「め、冥!!」


 後方から聞こえる悲鳴と呼べる友人の声を聞いた冥はホゥと小さく息を吐き、肩を落とす。

 その仕草はまるでこの勝負を諦めるようなものでその背中はやけに小さく見える。


「…お前の言う通り、諦める」


「そうか。では――っ!?」


 諦めの言葉に冷酷かつ無慈悲に右手を向ける。その直後、佐島の体が傾き膝をつく。


を、ね」


 自分の周りの空間をその“力”で歪ませ、さっきまでと雰囲気を変えた冥は情け無く地面にひれ伏す佐島にゴミを見る目で見下す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る