第16話 罠


 北区、禁足地区域。


「っぅ」


(初心者ダンジョンなんかと比べものにならない…これが、【超難関ダンジョン】…)


 北区の禁足地区域と呼ばれる上級者以上御用達のエリアに足を運んだ依瑠一行。

 平然と歩くナナシと冥と違って耐性がない依瑠は漂う空気に気圧され青い顔で蹲る。


「無理しないで。一度、引き返す?」


「う、ううん。大丈夫。ありがと、冥」


 肩を貸してくれる心配顔の冥にお礼を言いその足で立ち上がり、ナナシと目を合わせる。


「大丈夫。大丈夫だから。私が選んだ道。だから、お願い」


「…危険だと判断したら安全な場所に移す」


「ありがと」


 なにが彼女をこうまで掻き立てるのか…大丈夫とは言えど、全然平気そうじゃない。


 から元気と呼べる依瑠の顔を見て悩んだ末、本人の意志を優先に尊重する。


「冥」


「わかってる。依瑠の体調も考慮して最短で異常を排除する」


 二人は頷き依瑠の体調を気遣いながら【超難関ダンジョン】の一つ『竜の峠』に入る。


 ・

 ・

 ・


「…おかしい」


 それは『竜の峠』の低層に足を踏み入れて直ぐ冥が発した言葉。その顔は険しい。


「何か気になるなら、話せ」


 足を止めたナナシは冥におぶられる依瑠に一度目線を向け、戻すと顔色を窺う。


「魔物が少なすぎる」


 それは、僕も思った。何度か他の【超難関ダンジョン】にも足を運んだことがある。そこでは大体しっきりなしに魔物が襲ってくる。

 それはホロウの姿でも関係なく。本能的な行動なのかはたまた…今は関係ないか。


「おおかた、原因は異常を起こした何か。気配からして魔物が居ない…というわけでもない」


「警戒は、怠らない」


「その心掛け――(グチャ)」


 遠くから何か柔らかいモノが地面を這いずる音が聞こえた。それは冥や依瑠の耳にも聞こえていたようで、依瑠は冥にしがみつく力を強め冥は空いている右手で太刀を強く握りしめる。


「あ、ァァ…」


 遠く――通路の影からナニかが這いずる。それは蛇の頭と鮫のような魚の体を持つ半魚人を彷彿とさせる魔物、スネルシャーク。

 その魔物の体皮は紫色と毒々しい見た目で、見た目通り体内に猛毒を所持する。

 ただ一つ、違和感がある。魔物の体は至る所が負傷しており、這いずった後には血の痕が続いている。どう見ても瀕死の状態。


 …他の魔物にやられた? あの魔物がどのくらいの強さかはわからないけど、『竜の峠ここ』に居るくらいだ並の魔物じゃない。それに、あの鋭利な刃物で斬られたような傷。


「…あれはスネルシャーク。『竜の峠ここ』の強さは中。瀕死の今なら依瑠でも倒せるレベル」


「い、いやー私、ヘビ苦手で…ごめんなさい」


 冥の言葉に首をブンブンと振る依瑠は申し訳なさそうにおんぶされながら拒否。


「苦手なら、仕方ない」


「ごめん…」


「私が、仕留めよう」


 二人の会話を聞き、一歩前に出たナナシは警戒をしながら右手を白刀の鞘に置く。


 星見さんもこの空間に慣れたからかだいぶ体調も良さそうだし、このままいこう。


「――いくぞ」


 ナナシは白刀から手を退けると何もなかったかのように足を進める。


「え、でも、まだ魔物…」


 這いずったままこちらを凝視するスネルシャークを気味悪そうに見ていた依瑠は一人ハテナマークを頭に浮かべる。


「…ううん。している」


「で、でも、ほら――」


 冥の言葉に意を唱えた依瑠。次の瞬間スネルシャークは体が細切れになり粒子となる。


「――」


「全然、刀を抜いた素振りすら見えなかった。ナナシは本当の、化け物」


 冥は呆れ、依瑠は自分の『使い魔』が“本当に強い”のだと実感した。


 いやいや、化け物じゃないからだけだから…。


「無駄口を叩いている暇が――っ」


 内心、納得いかず振り向きざまに声をかける。そんな当たり前の行動。そこに違和感があった。自分が足を置く床。何か――


『ナナシ?』


 二人は言葉を止めたナナシを不思議そうに見て。床が赤く光る光景を目の当たりにした。


「――直ぐに戻る」


 赤い光に呑まれるナナシ。


『な、ナナシーーーっ!!?』


 その光景を見た二人は駆け寄ろうとして。


「問題ない」


 自分達に向ける手のひら、ナナシの真剣な眼差しを見て足を止める。


 ・

 ・

 ・


「め、冥。ナナシが…」


「ナナシを心配するなら自分の身を案じて。依瑠の身は私が守るから心配は皆無だけど」


 心配顔で見つめてくる依瑠に微笑む。


(おそらく、ナナシを呑み込んだ床は何かしらのトラップ系統の罠。ただ、それはやけに不自然。魔物が現れて、ナナシが倒して、床に呑まれるまでの流れが出来すぎている…っ)


 そこである疑惑を立てた冥は自分の背から降りていた依瑠の右手を掴む。


「走る」


「わ、わかった。でもなんでこんな…」


「これは罠。私達とナナシを分断させる」


 二人が駆けようとした、その時。


『き、き、きき、キシャッー』


 進んだ先の通路から通路を埋め尽くすたくさんのスネルシャークが現れる。


「そ、そんな…」


「……」


(『竜の峠ここ』の魔物が徒党を組む…ありえない。スネルシャーク関わらずこの地の魔物は自が強く、たとえ同種の魔物でも徒党なんて…)


「わ、わぁ!? 後ろにもたくさん…」


 依瑠は苦手&恐怖が押し寄せ震え上がる。


(…そういうのは、後。今は魔物を残滅する。そして、ナナシと合流することが最優先)


「依瑠、私から離れないで」


「う、うん。でも、この数は…」


「安心して」


 握られる手を緩く握り返す。


「私、強いから」


 冥は依瑠の手をそっと離し、息を吸うように鞘から刀身を抜刀。刀身は闇夜を思わせるほど綺麗でその神秘さに目が奪われる。


「私の進む道にあなた達は不要。邪魔をするなら――斬る」


 自分の身の丈よりも大きい太刀を両手で持つ冥はその瞬発力を最大限に生かし――前方に居るスネルシャーク魔物に斬り込む。


「はっ」


 相手が反応をするよりも早く薙ぎ払う。その一振りは冥が所有する【神速】の恩恵を受け、何よりも速く、鋭く、広範囲を巻き込む。


『があっ!?』


 一振りで前方に居た魔物達の大半は吹き飛び、残っていた魔物達は一斉に飛びかかる。


「無駄」


 迎え打つ冥は相手の攻撃が届く間に一振りで一撃で屠る。その神速の一撃は相手の急所を的確につきその命を奪う。

 前方に居た魔物達が粒子となり消えたことを確認した冥は今まさに依瑠を標的として襲い掛かろうとしている魔物達に体を向ける。


「はー、っ!!」


 中腰になり息を吸い込むと右足を一歩前に出し、太刀を水平に構えたまま、突撃。


「――無心流、冥禔――」


 魔物達の間を縫うように駆け抜ける。


「――縫隙ほうげき


 全てを斬り捨てた冥は、刀を鞘に納め。


『――ッ』


 魔物達は碌に何も出来ず、粒子となって散る。


「す、すごい…」


 狼狽えていただけで何もできなかった依瑠はその“神技”とも呼べる冥の鮮やかな殺戮劇を見て茫然とした顔でほぅと息を吐く。


「引き返すより、このまま進んだ方が効率的。依瑠、このまま進む」


「は、はい!」

 

 現実に戻ってきた依瑠は肩を跳ねさせて冥の元に駆け寄る。友人相手に眉間に皺わ寄せ。


「敬語、禁止」


「あ!」


 意味を理解した依瑠は口を抑え、そんな依瑠を見た冥は一瞬頰を緩め、先を見据える。


 ・

 ・

 ・


「――っと」


 トラップ――転移から抜け出したナナシは地面に足をつけると周りを見渡す。


 ここは…薄暗いな。薄暗い? まさか――


 以前、「一人前」になるために初心者ダンジョンに依瑠が挑戦する時見た光景。

 気づいた時にはボッボッボッと壁のトーテムに火が灯り、辺りを照らす。


「ほほほ。お会い出来て光栄です、ナナシ様」


 視界が開くとやけに耳障りなしゃがれた声が聞こえた。


「……」


 老人?


 そこには黒いローブを纏う小柄な老人の姿があった。


「お初にお目にかかります。私は…“運び屋”とでも呼んでくだされ。お分かりの通り、あなた様をこの場に呼んだ者で御座います」


 老人は恭しく下げていた頭を上げるとその妖しく光る瞳をナナシに向ける。

 

 

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