第15話 イレギュラー
【十傑】の由仁と黒椿が中心として先鋭を集め【超難関ダンジョン】の一つ『竜の峠』に挑もうと作戦を練っていた同時刻。
「――それは、本当ですか?」
由仁はスマホ片手に眉間に皺を寄せ美しい顔を強張らせていた。
『あぁ、僕も信じたくはないが…事実だ。【超難関ダンジョン】でも【最難関】と呼ばれる…『魔境』。魔物達の動きが活発だと報告がある。常在している『上級探索者』からの連絡だから、ほぼ確定だろう。すまないが…』
【十傑】の一人【博士】鍵崎の申し訳なさそうな声がスマホ越しに聞こえる。
「…わかりました。黒椿さんも一緒にいますので急いでそちらに向かいます」
『頼む。こちらは既に上級者以上の『探索者』を総動員して『魔境』を包囲している。もちろん、他の【十傑】もいるし、近隣住民の避難も済ませている。後は君達の到着だけだ』
「…『竜の峠』の対応はどうします? 今のところダンジョンに挑んだ『探索者』の被害だけで落ち着いていますが根本的な原因がわからない以上、いつ『魔境』と同じようになるか…」
『そちらは、苦渋の決断だが【神姫】一人に任せよう。彼女なら僕達も安心して任せられる』
「…わかりました。私の方から直接伝えます」
『ありがとう助かるよ、では』
そんな言葉を残して通話は切れる。
(冥さん一人…心配はしていないけど…あぁ、ダメだな。【十傑】になったのにホロウ様の助けをまた借りたいと願っている。ホロウ様だってお忙しい身。以前のようにはいかない。私達がなんとかしなくちゃ…)
「由仁様」
「えぇ、一年前の再来は必ず防ぎましょう。大丈夫、あの頃より私達も成長している。ホロウ様の手を借りなくともこの世界を守れると証明しなくては、いけないわ」
「
二人は同じ思いのもとまずは連絡を伝えに【神姫】――冥の元に向かう。
一年前。
『竜の峠』と同じ【超難関ダンジョン】の一つ。人々から『魔境』と恐れられるダンジョン。
そのダンジョンで異常事態が発生。日々欠かさずに魔物の間引きをしていた…なのに日に日に増量されていく魔物の数。
おかしいと思った時には手遅れ。ダンジョンから地上へと魔物が溢れるという現象―― 通称『
『
そんな『
∮
場所は西区、探索極棟西北部支部に移る。
「有馬さん、ただいま! 今日も換金お願いします!!」
ダンジョン探索から帰還した依瑠は元気よくカウンターにいる女性職員に声をかける。
「お疲れ様です、依瑠さん。【神姫】様もナナシ様もお疲れ様でございます」
女性職員は依瑠の顔を見て頰を綻ばせ、その後ろにいる冥とナナシにも軽く会釈を返す。
この女性職員は依瑠とナナシが『使い魔』契約をした時立ち会った職員だったりする。
「今回は少し少なめです!」
依瑠はナナシから受け取った魔物の素材が入る布袋をどさりと音を立てカウンターに置く。
「…これで少しですか…依瑠様なので仕方ありませんか…」
あくまでも「少し」と豪語するカウンターに置かれ布袋から溢れる魔物の素材量を見て若干頰を引き攣らせ、直ぐに表情を戻す。
「…清算しますので少々お待ちください」
「お願いします!」
「承りました…【神姫】様。後で少しお時間をいただいても、よろしいでしょうか?」
女性職員は布袋を両手で掴み、重そうに抱えながら依瑠の横にいる冥に話を振る。
「?」
「探索極棟本拠店から、通達があります」
「…わかった。別室で聴く」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
そんな短い会話を交わす。
「何かあったのかな?」
女性職員の遠ざかる背中を見て隣の友人に興味本位で話しかけ。
「なんとなく、予想はついてる。多分、依瑠やナナシにも同伴してもらうと思う」
「そうなんだ」
「あまり気負わなくて大丈夫」
きな臭い内容じゃなければいいけど。少し引っかかるとしたら…音瀬さんが以前話していた『竜の峠』…。あくまでも、予想の範疇だ。
近くで二人の会話を拾い、一人考える。
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時は進み。
西区、探索極棟西北部支部内個室にて。
「――支部から話は聞いている。『竜の峠』は任せて。あなた達は言われた通り『魔境』に行って。私も早く終わらせて、向かうから」
由仁と黒椿から話を聴き終えた冥は極棟側から事前に話を受けた後ということもあり普段と変わらない無表情で指示を出す。
彼女が腰を下ろすテーブルには由仁や黒椿の他に依瑠やその『使い魔』のナナシもいた。
「わかりました。お願いします」
「任せて、こっちにはナナシも居るし百人力」
由仁の話を軽く受け取り、右横に座るナナシに向けて小さく微笑む。それは信頼の証。
「…体もだいぶ鈍っていたところだ」
腕を組むナナシはお面越しに不敵に笑う。
「…あなたの存在は気にいらないですが…その力は認めています。よろしくお願いします」
「な、ナナシ様! よろしくお願いします!」
二人は律儀に頭を下げる。
驚いた…黒椿さんはまだしも…
「ふん、せいぜい死なないように抗え」
演技モードのナナシは皮肉げに語る。そんなナナシのいつもと変わらない態度を見た女性陣は顔を見合わせて苦笑いを作る。
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二人が出発した後『竜の峠』とはどれほど恐ろしい場所なのか冥自ら依瑠に教える。
「『竜の峠』はレアメタルゴーレムが居た初心者ダンジョンとは比べ物にならないほど凶悪な魔物が存在する巣窟。できれば少しでも安全な
「私も同感だ。主人には荷が重いだろう――それは“リル”が居ても、だ」
冥に続いてナナシは依瑠の右耳にある“金色のイヤリング”を見て話す。
「うん、わかっている」
金色のイヤリング――リルのパスが繋がる代物を撫でる依瑠の目は真剣。
「けど。いかなくちゃって私の勘が訴えかける。お荷物なのはわかっている。でも、『竜の峠』には何かがある。迷惑なのは承知で言います。私も、どうか連れて行ってください…!!」
そんなことを依瑠は頭を下げて伝える。
「…ナナシ」
冥は考える。友人を説得して安全地帯に居て欲しい思いとその意思を尊重したい思いの二つが入り混じる。どちらが正解なのか。
「…仕方ない。主人の意志を尊重するのもまた『
「ナナシ!!」
そんな彼女の笑みを見て頷く。
何も悩む必要はない。普段通り何事もなく終わらせてその異常を取り除こう。
話がまとまった三人は、少数精鋭ながら異常の発生元――『竜の峠』に挑む。
∮
『竜の峠』???内。
「――感じる、感じるぞ。依瑠、お前が近いうちにここに来ると」
黒色の鱗に覆われた顔、衣服の上からドラゴンの羽と尻尾が生えた異形の体。
そんな変わり果てた人物――佐島大地だったモノはその爬虫類独特の目を細める。
「人を食べたことで得た知性。魔物を食べたことで会得した力。俺はまだ成長する。ふ、ふふふ、依瑠。後はお前を俺のものにすれば…」
考えも何もかも人とかけ離れた怪物はその理想を目指して進む。その背後には無惨に食い散らかされたさまざまな竜種の亡骸が並ぶ。
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