第14話 誓い


 レアメタルゴーレムを倒したことでダンジョンコア――帰還ポートがある小部屋に入った依瑠達は地上に戻った。

 初心者御用達のダンジョンを攻略し、新たな『使い魔』(本物)を召喚した依瑠は晴れて「一人前」になり、色々と話をしなくてはいけないと考えナナシを無理やり連行して自分達が住む部屋、探索極棟の借り部屋に。


「――リルちゃん、聞かせて。どうしてナナシのことを「兄様」って、呼ぶの?」


 一通り話し終え、お茶休憩を入れて少しすると依瑠の口から今回の一番の目的が聞かれる。

 冥はもちろんのこと、あのナナシの視線も宙にふわふわと浮かぶ光の塊リルに注がれる。


〈 私が、そう呼びたいからです。他は…ナナシ様が私より先に召喚された『使い魔』――先輩、兄、のような存在…だから、です 〉


 悩むことなくリルは皆の脳内に直接話す。


「え、そうなの? てっきり『使い魔』の世界で二人が兄妹だからーとか思っていたけど…」


「召喚される前にナナシに強要されたと思っていたから、安心した」


 依瑠と冥はそんな感想を漏らす。


「……」


 いやね、星見さんの感想は理解できる。でも、神崎さんの答えはちょっと物申したい。僕に対する彼女のイメージは如何様か…。

 ま、それよりも、だ。本物の『使い魔』に『使い魔』だと思われていることに草すら生えないんだけど…え、もしかして僕って『使い魔』だった?(今世紀最大の謎)。


〈 あ、あの…ダメ、でしたか…? 〉


 無言のナナシに対し、おずおずと尋ねるリル。光の塊なので表情はわからないが顔色を窺っているように思えなくもない。


「…好きにしろ」


 ふっ、どうせ君の「兄様」も少しの間。器の大きい僕は許そう。


 そっぽを向いて本音と建前どころか、本音だけを漏らす。


〈 あ、ありがとうございます! 今後ともナナシ兄様の「妹」として頑張ります! 〉


「…そうか」


 うん、素直。でもね、星見さんのためだけに頑張れば良いから、僕の「妹」とかいうクソどうでもいい立ち位置は忘れてよろし。


「よかった、二人とも仲良しだね!」


「兄妹中は、良好」


 二人の頷く顔を見てまた厄介なと思う。


「じゃあ、話も済んだことだし…約束、ね?」


「…お手柔らかに、頼む」


 できれば忘れて欲しかったけど…そんな都合のいいことは起きない、か。


 約束なので依瑠の「願い」を叶えることに。


 ・

 ・

 ・


「…はぁ」


 依瑠と冥が住む仮屋の扉の前で一人、ナナシは待機していた。


 いやだとか面倒いとか思っちゃダメだけど…「添い寝」はハードルが高すぎる。そもそもなんのためにそんなこと…他の「願い事」じゃないだけマシ、なのかなぁ。


 依瑠の口から紡がられた言葉、それは「ナナシと添い寝をしたい」というお願いだった。


「ナナシ」


 背後から見知った声が聞こえる。そちらを振り向くと無表情で淡い水色の寝巻き(ウサギ柄)を着た冥がナナシを見上げていた。


「む、冥か。どうした…っ。まさか、お前も一緒に「願い」を――」


「んーん、違う」


「では?」


 首を振る冥に安堵し、理由を尋ねる。


「ナナシに伝えとくことがあった」


「…聞こう」


「ん、依瑠を一人にしないであげて。守ってあげて。ナナシ、あなたにしかできない、から」


 真剣に、それでいて何処か寂しそうに。


「…どういう意味だ?」


「ごめんなさい。私の口からはこれ以上言えない。でも、どうか依瑠を拒まないで」


「よくわからんが、頭の片隅にでも置いとく」


「それでいい」


 そう言うと冥は小さな背中を向ける。


 星見さんを一人にしないで、ね。まさか僕が『使い魔』をやめることに気づいている…?…いや、そんなヘマはしていない。じゃあ…。


「あと、隣の部屋で待機しているから、変なことはしないように。もし手を出したら――」


「するか。私をなんだと思っている」


 神妙な面持ちで殺気を滲ませる冥相手に呆れを含んだ言葉を返す。


「一応、釘は刺しておく。お姉さんだから」


 無い胸を張る冥は警告を伝えると本当に隣の部屋に入っていく。


「…お姉さん?」


 素でそんなことを呟いていた。


『な、ナナシ…入ってきて、いいよ』


 不可解な内容に理解できず、ちょうどお姫様から声がかかったので今は一旦考えるのを後回しにし、ノックをしてから部屋に入る。


 ・

 ・

 ・


「あ、いらっしゃい? こんばんは?…えへへ〜こんな夜遅くにナナシと会うの初めてだから、なんだか緊張しちゃうな…」


 ピンク色の寝巻きを纏う少し大人っぽい見た目の依瑠は薄く頰を赤らめる。


「…そう緊張するものでも無い。時間だけが違うだけで普段から顔を合わせているだろう」


 通常通り装うナナシは近くの椅子に座る。


 イヤイヤイヤ、緊張するに決まってるじゃん。女性の部屋に2人っきりで入ったのなんて何年振りか…神崎さんの可愛い寝巻きでドギマギしていたってのに、星見さんの格好は刺激が強すぎる…僕じゃなきゃ、二度は死んでるね。


 内心緊張全開のナナシは己の精神を全動員して冷静を保つ。


「ナナシは大人だね〜あ、そういえば外で冥と話していたよね、なに話していたの?」


「…取り留めもない…世間話だ」


「えぇー本当にそれだけぇー?」


 やけにグイグイくるな。


「…少し、胸の話題になってな。冥は自身のスタイルに自信がないらしい。だから「寝る子は育つぞ」とアドバイスをしただけだ」


 ごめん、神崎さん。ただわかってくれこれも星見さんに秘密にするための処置なんだ。


 本心を隠し、適当なことを話す。


「あはは、なにそれ〜」


 おかしそうにケラケラと笑う。


 普段から子供っぽいとは思っていたけど…今日はやけに…って、あれは…。


「…主人、酔ってるな?」


 テーブルに並ぶワインの瓶を見てその答えに導いたナナシは咎めるような目を向ける。


「えぇ〜酔ってないよ〜」


 酔っ払いはいつもそう言う。

 

 左に、右に揺れる依瑠を見て確信した。


「ナナシも、飲む〜?」


「結構。一応、私は『使い魔』…護衛のようなもの。その私が酔っ払ってどうする」


 実際は物理的に飲めない(未成年だから)だけだけど、この言い訳なら妥当でしょ。


「そっか〜ダメかぁ。じゃあ、代わりにベット…いこっか?」


「……」


 考えるな、考えるな。なんか「いやらしい」と思ったのは僕が童t…危ない、危ない。自分で爆死するところだったよ(ほぼ、爆死)。



 ∮



 寝室にて。


 二人背中を向けてベットに横になる。


「ね、ナナシ」


「なんだ、眠らないのか」


 素直に眠ってくれるとありがたいけど。


「せっかくの添い寝なんだから早く寝たら勿体無いじゃん!」


「…そうか」


 お酒も入ってるし時期、眠るでしょ。


 その間だけでも話し相手になる。


「ナナシは、家族っている?」


 唐突な質問だね。


「いる、が。ここ数年は会っていない(自分から消息を絶った)」


「仲、悪いの?」


「そういうわけではない」


 答えずらい内容…仲はいいと思うけどここ数年僕の我儘で会っていないし…呆れられて親子の縁を切られたりしてて、なんてね。


「主人は、どうなんだ?」


「あー、私、両親いないの」


「…悪い、失言だった」


 うお、地雷踏んだ…。


 特大の地雷を踏み気まずい雰囲気に。


「あ、そんなに気にしないでいいよ。元は私から話題に出したことだし、私も吹っ切れているし、なんせ、大人だからね!」


 そんな彼女の声を背中越しに聞いて。


「…無理しなくても、いいぞ」


 表情を見なくてもわかる。彼女の震える声を聞いて、そんな言葉が口から出ていた。


「…あはは、冥にも直ぐにバレたけど…嘘、下手みたい…うん、本当は悲しいし、全然吹っ切れてない。大人なのに、ダメだなぁ、私…」


 ワントーン落ちた声を漏らす。その声はどこか寂しそうで辛そうな声量。


 どんな言葉をかけたらいいんだろ…こんな時は…いや、全て余計なお世話になりそう。


「…本当はね、話す予定なんてなかった」


「……」


「普段、お話ができないことをお酒の力を借りてお話をしたかった。ただそれだけだったんだけど…ね、ナナシ。私の話、聞いてくれる?」


「…子守唄程度でもいいなら聞いてやる」


 演じて話すのはできるけど嫌味しか出ないのは…僕も根が腐ってる。今更だけど。


「ありがと。あのね、三年前、地上に魔物が現れた。その時、両親は私を庇って亡くなっちゃった。今になってこんなことを思うのも筋違いだけど。私は、私の両親を救ってくれなかったホロウが――心の底から、憎い」


 彼女の物とは思えない程冷ややかな声。それは本心だと、本当に憎んでいるのだと思えた。


「わかってる。わかってるよ。ホロウは英雄。救世主。ホロウが居なければ私達は皆んな、死んでいた。でも、もう少し、あと少しでも早くホロウがダンジョンをクリアしていれば、両親は、私の両親は…ごめんね、性格悪いね」


 そんな言葉を口にしたっきり言葉がやむ。


 彼女の言葉は正しい…とは言えないけど間違っているとも言えない。正当化したいため、自分の心を守るために“何か”を“恨む対象”として憎むのは…ごく当たり前のことだ。

 自分が可愛い、自分は悪くない。あいつが悪いから自分は正しいべきだ…僕だって何度も思ったこと。エゴと言われようと自分自身を守るためには仕方のない処置なのかもしれない。


「憎めばいい」


「え」


「言葉通りだ。私も“ホロウ”という言葉はよく聞く。聞く限り、そいつは力があるのに全ての人を守れなかったのだろう?…ならばそいつの怠慢だ。それに、私もそいつは…好かん」


「ナナシは、優しいね」


「なんのことだ」


 本当に、嫌いだからね、僕…あぁ、でもそうか、神崎さんが話していたことって…。


 体を反転させる。すると依瑠も同じことを考えていたのか目と目が合う。


『……』


 二人は見つめ合う。互いの心音が聞こえるほどの距離と錯覚。状況に心が早鐘を鳴らし、その状況を脱したのは…ナナシ。


「…主人は、死なない」


 そっとベットから抜け出し、己の胸に手を置くとそんな言葉を紡ぐ。その立ち姿は主人に忠誠を誓う騎士を彷彿とさせる。

 窓から差し込む月明かりがちょうど狐のお面を照らし、幻想的な空間を作る。


「…っ」


 息を呑む、そんな彼女にお面越しで伝える。


「誓おう。星見依瑠。あなたをこの命と引き換えにでも、必ず守り通すと」


 「ナナシ」という人物を演じ、星見依瑠という女性の『使い魔』になった時点で決まっていた。僕は偽物だ。僕は嘘つきだ。

 愚者は騙し続けて、彼女の前から消えよう。それが最善な結末。神崎さんに言われた内容は全て叶えられるかわからないけど。


「うん、信じてる…」


 瞳に涙を貯め、ナナシの顔を信頼を込めて見つめる依瑠はベットの端に腰掛け囁く。


「任せろ」


 きっと、僕は地獄に落ちるだろう。


 彼女の涙溢れる綺麗な瞳から注がれる信頼の眼差し、それを受けて再度、誓う。


 その日はなにも起きることなく夜は更ける。

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