第12話 決意と挑戦


 それは依瑠が目標を決めてから早くも二週間程が経ったある日の出来事。


「私、決めた」


 とある喫茶店「ゆきしろ」にてチョコフラペチーノを飲んでいた依瑠が突然、声を上げる。


「…なにを?」


 向かいの席で抹茶フラペチーノを美味しそうに飲んでいた冥は顔を上げると不思議そうな目つきで友人に問い掛ける。


「決まってるよ! レアメタルゴーレムを倒して、ナナシに「一人前」って認めさせる!!」


 チョコフラペチーノ入るプラコップ片手に立ち上がる依瑠の姿はさながら不老不死の聖水を探し当てた探索者の如く。

 当然のことながら依瑠の大きな声は店内に響き渡り、周りの視線を集める。


「動く時が来た。応援してる」


 無表情を少し綻ばす。そんな友人の顔を見て微笑み返し、窓――外を見る。ジト目で。


「誰が“ご主人様”で“自分がどんな存在”か、わからせないと」


 少し落ち着きを取り戻した依瑠が着席と共に目を向ける窓の外、そこには…見目麗しい女性達に囲まれるナナシの姿。


「同意。絶対、鼻の下伸びてる」


 依瑠に習って窓の外を見る冥の顔は能面のようになんの感情も浮かんでいない。


 二人は無言で手元にあった飲み物に口をつけて、憐れな愚者を見て呪詛の念を込めて送る。


 ・

 ・

 ・


 うっ、なんか、よくない気配が…。


 女性に囲まれ、対処に困り果てる。無下に扱うのは簡単だ。しかし自分は『使い魔』。その行いは主人に向かう。なので自分の意思ではないもの女性達と親密に言葉を交わす。


「ナナシ様! あの、お婆ちゃん助けてくれて、ありがと!」


 内心、怯え震えていると真下から声がする。


「…君は、あぁ」


 真下を見ると紙袋を手に持つ少女が居た。


 この子、以前助けた子…だよね。


 以前、とある交差点で信号待ちをしていた人々に居眠りトラックが突っ込む事故があった。それは沢山の被害を…与えることはない。たまたま近場を一人で探索していたナナシの手でトラックも信号待ちをしていた人々も無傷。

 その中に今目の前にいる少女が居た。運悪く少女の連れのお婆さんはショックで倒れた。その時に額を強打してしまい、直ぐにナナシが処置を行ったが今は病院で念のため入院。


「お婆さん、無事で何よりだ」


「あ、えへへ〜」


 少女の頭を撫でる。少女は撫でられたことに気づくと気持ちよさそうに目を細める。


 この世界は変わった。ダンジョンができて魔物が現れた。けど、危険はそれだけではない。身近な危機がある。忘れがちだけど、ね。


『羨ましい〜』


『子供にも優しいナナシ様、素敵です…』


『あぁ、その位置、変わってほしい…』


 …できれば僕の周りぐらいは何も変わらないでほしいものだけど。


 女性達の黄色い声に若干頰を引き攣らせつつあることを閃き、撫でるのをやめる。


「ぁ…わぁ!」


「大したものではないが、お婆さんの見舞いに行く時にでも持って行くといい」


 右手に集めた微小の黒炎から花を作りそれを手渡す。


「ありがとうございます! あ、私も、お母さんが、ナナシ様にって…」


 満面の笑みで花を受け取った少女はそれと引き換えに持っていた紙袋を渡してくる。


「ありがたく頂戴しよう」


「うん! あ、あのね、私、まだナナシ様とお話ししたいけど…」


「お婆さんのところに、顔を出すんだろ?」


「うん! ナナシ様、ありがと!!」


 少女は快活に笑うと元気に駆けていく。



「――他人の趣味にどうこう言うつもりはないけど…犯罪だけはやめなさいよ。どうせ取り締まるの私達なんだから」


 危なっかしいく駆けていく少女の背中を目で追っていると近場から冷徹を含んだ声が聞こえる。それもその声はこの頃よく聞くもので。


「……」


 うっわ、暇人かよ。


 こちらも嫌そうな顔を微塵も隠すことなく無言で振り向く。そこには世間から【十桁】と呼ばれる【歌姫】と【黒聖女】が立っていた。

 【歌姫】は腕を組みその美しい顔を強張らせて何故か好戦的な態度を見せる。

 【黒聖女】は何処かソワソワとした様子で【歌姫】こと由仁の背中に隠れるとナナシの顔をチラチラと見ては、隠れる。

 その背後には二人の親衛隊と思われる人達が何人かいた。周りにいた女性達は遠巻きにナナシと【十傑】のやり取りを見ている。


「何か言ったらどうなの? 図星?」


「まさか、呆れて何も言えないだけだが?」


 煽られたので煽り返す。


「…ほんと、あなた生意気。私は【十傑】なのよ? もっと敬いなさい。そしてあなたよりも数億倍素晴らしいホロウ様を慕いなさい」


「くだらん」


 なんで自分で自分自身を慕わなきゃならんのか…絶対に嫌だね。ましてや“ホロウ”なんて負の遺産、御免被るンゴ。


 何故かあの――【暴君】と会ってからこの二人に絡まれるようになったナナシ。

 実際は色々と気に食わないナナシの正体を掴もうと陰で動く由仁とナナシとお近づきになりたい黒椿だったりする。

 それがいつしか出会ったら嫌味を言う中になってしまい、互いに引けない状況に。


 あぁ、この人が「歌音ユニ」ちゃんのガワだとは…僕も声が好きなだけだから本体はどうでもいいんだけど、実際会うと…。


「今、あなたから不遜な気配を感じました。喧嘩を売られたように感じました。なんですか? やりますか? その喧嘩買いますよ?」


 右拳を突き上げ睨んでくる。


「売ってない。それに買わん」


 なんでこの人こんなに好戦的なの? 世間では「麗しの歌姫」とか呼ばれてるんでしょ? この会話全てで台無しだよ。


「あ、あ、あにょ、ナナナ様!」


「…なんだ」


 「ナナナ様」ではないけど、僕に話しかけたんだろう。そういえばこの人も居たか…。


 由仁から視線を外し声のした方向に目をやる。そこには由仁と同じ【十傑】の一人【黒聖女】こと黒椿が居た。

 西欧の整った貌、桃色の髪が美しく、この場の誰よりも大きな…胸元に目が釘付けになる。


「あ、あ、あ、えっと…ほ、ほんじ、本日は、お、お日柄も、よ、よよよ、よく。あ、貴方様と会えた、こと、が、か、か、かかかっ…」


 何かを伝えようとしてそれは続くことなく真っ赤にした顔のままフリーズ。


「……」


 こわいこわい。


 そんな美人さんを見て理解不能。


「もう、普段みたいに話せばいいのに…ま、いいわ。あなた」


 由仁はポンコツになった友人?に呆れ、その顔を真剣な表情に戻すとナナシと向き合う。


「?」


「この頃【超難関ダンジョン】の一つ『竜の峠』で異常事態が起きているわ。本当はあなた如きにこんな話をしたくないけど…冥さんがあなたに固執してるし、彼女に伝えたくてもあなたのそばに居る。だから、一応、伝えとくわ」


 ナナシの耳元でそんなことを囁くと黒椿の腕を掴んで背を向ける。


「…私達が調査をすることになると思います。本当は冥さんに着いてきてもらえると心強いのですが…問題ないでしょう。一応、あなたの口からその旨を伝えておいてください」


 外行きの丁寧な口調に戻す由仁はナナシの返事を待たず踵を返すと去っていく。


 異常事態ねぇ。“ホロウ”関連の話も大分聞かなくなったしホロウとして関わるのは…やめとこう。彼女達なら【十傑】と呼ばれるくらいの実力を持つ『探索者』だし問題ないでしょう。


 それよりも、だ。


『ナーナーシーーー???』


 背後から押し寄せる怒気や畏怖、狂気を孕んだ視線空気にどう対応をすればいいか、悩む。

 


 ∮



 初心者御用達ダンジョン階層主部屋にて。


「ふふん! 道中の魔物は雑魚だったね! レアメタルゴーレムだってきっといける!」


 フンフンと鼻息荒く自信満々に歩く依瑠は目の前に聳え立つ大きな扉の前で止まる。


「油断大敵。他の魔物と同一視、危険」


「あはは、わかってるよ。景気付けに口にしただけだよ〜ネガティブよりはマシでしょ?」


「…なら、いい」


 二人はそんな些細な会話を交わす。


「……」


 やる気があるのは何より。ただ、僕の見立てでは攻略は…。ま、勝負ごとはその時の運で左右する。僕が居るわけだし無茶もできる。存分に今までの修行?の成果を発揮してほしいよ。


「ナナシ!」


「…見届けよう」


「うん!」


 声援を受け取った依瑠は扉を押す。

 そんな依瑠の後にナナシと冥も着いていく。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る