第11話 悪の芽と狙われた心


「――くそっ」


 月明かりが照らす室内。男は一人、病室の個室ベットに横たわる。


 男の名前は佐島大地さじまだいち。世間では【暴君】と呼ばれ最も【十傑】に近い人物と言われている。

 星見依瑠の幼馴染でもあり心の奥底では依瑠のことを好きな自分がいるはずなのに気恥ずかしくて言葉にできない口下手な男性。


「…わかっている。全て、自分で選んだ。たとえそこに他者の入れ知恵があったとしても…」


「ほほほ。随分、憔悴していますねぇ」


「!」


 悔いていた時、それはドア付近から聞こえた。その聞くに耐えないしゃがれた声。


「お前、は」


「はい。以前お会いしましたねぇ。確か、“ナナシ”という『使い魔』のことを貴方様にお教えした時、だったと思いますが…?」


「っ!」


 とぼけたように話す人物――黒いローブに身を包む背の低い老人に怒りのあまり手を出しそうになるもの、抑える。


「…どうやって入ってきた」


「ほほほ。そう怪しまれると悲しいですねぇ。まぁ、正規で入ってきましたよ。一応」


(気味の悪いジジイだ。くそ、それに、なんだこのざわつく感覚は…以前も感じたが…このジジイは何か、嫌な感じがする…)


「俺に、何の用だ?」


「話が早くて助かります。流石【暴君】様――」


「そういうのはいい。要件を話せ」


「左様ですか」


 そう一言話すと雰囲気を変える。


「佐島様。力を、欲しくありませんか?」


「力、だと?」


「はい。今回は相手の『使い魔』が上手でした。それはとても災難なこと。しかし、私は佐島様ならもっと、いえ、誰よりも強くなれると確信をしております。それは老いぼれの願望のようなものです。佐島様は、どうですか?」


「はっ、簡単に強くなれれば血の滲む鍛錬も毎日の研鑽もしていない。あまり、俺を馬鹿にするのも大概にしろ、老害が」


 その顔を強張らせるとベット近くに置いていた護身用の片手剣を握る。


「ほほほ。そんな滅相もない。私は佐島様に期待しているのです」


 そんなことを宣う老人はローブの懐から紫色の風呂敷に包まれた卵サイズの球体を取り出す。


「これは『因子珠』といいます」


「…聞かない名前だな。魔道具か?」


 布から取り出された赤黒い球体を見て一言。


「左様でございます。因子――つまり、“魔物の因子”を取り込み、それを己が服用することでその力を身に宿す物です」


「魔物の、力」


「人や階層主以外ならなんでも、です」


(魔物の力を自分の物に…か、馬鹿馬鹿しい。そんな上手い話何処にある。あったとして、宿主にどんな副作用があるのかも定かではない。俺は【鑑定】など使えないからわからんが…本能がそれを拒む。やはり、何か――)


「佐島様は強くなりたくないのですか? 『因子珠』さえあれば簡単に。貴方の想い人である星見様も守れる。あの厄介な『使い魔』など不要だと自分の力を示せる。さぁ、どうです?」


「依瑠も…」


「そうです! それに、今頃『使い魔』という肩書きを使って星見様を襲う…なんてことも。星見様はお美しくなりました。あの『使い魔』も男、卑しい感情を抱くのも――」


「それはダメだ!」


「……」


 佐島の言葉に老人は言葉を止める。


(ダメだ、ダメだ。依瑠は俺の…たった一人の幼馴染だ。両親を亡くして、一人になったあいつを守れるのは俺だけ…依瑠の隣に立つのは、俺だけなんだ。誰も、近づかせない…っ)


 佐島は老人の話す言葉を鵜呑みにしてしまい「依瑠を守るのは自分」という考えに陥る。


(ほほほ。ようやく、私の洗脳が効いてきましたか。やはり心に穴がある人間は操りやすい…しかし、おかしいですねぇ。以前お会いした時にかけたはずでしたが…まぁ、いいでしょう。これでこの男は、私の思うまま)


 妖しく目を光らせる。そんな老人の違和感を感じることもできず、佐島は洗脳される。


「…この話を持ってきたと言うことは、既に魔物の目星もつけているのだろ?」


「もちろんです。【超難関ダンジョン】の一つ『竜の峠』。そこに住み着く番人「イヴィルドラゴン」。かの竜種はその凶暴性、凶悪性、そして暴飲暴食の権化から何もかもを喰らう化物として有名です。佐島様もご存知ですよね?」


 それは佐島も聞いたことがあった。「イヴィルドラゴン」。あの【十傑】ですら手をこまねいている魔物の一つ。老人の話す通りその凶暴さで数多くの『探索者』を苦しめた。その一番の由縁が他と逸脱とした「再生能力」。


「「イヴィルドラゴン」は階層主ではありません。ゆえに、取り込める。そしてその暁には奴めが持つ「再生能力」も佐島様の物になり得るやもしれません。佐島様の保有するスキル…耐えれば耐えるほど硬さを増す【金剛】と「イヴィルドラゴン」の「再生能力」が合わされば、向かうところ敵なしでしょう」


「一度、俺も挑戦している。その時は他の仲間もいたが、完膚なきまでに、負けた…」


「ほほほ。今回は戦う必要はありません。ただ「イヴィルドラゴン」に近づき、この『因子珠』を翳せば事足りることです」


「…いいだろう」


 佐島は欲に塗れ、その提案に乗る。


「取引、成立ですね」


 老人の手により『因子珠』は渡される。



 ∮



 老人から『因子珠』を貰い受けた【暴君】こと佐島は取り巻きのハーレムを連れて【超難関ダンジョン】『竜の峠』まだ来ていた。


「――大地様、本当に動いても大丈夫なのですか? 心配です」


『私達も、心配です』


 取り巻きの一人が口を開くと周りにいた女性達もつられて佐島の顔色を伺いつつ話す。


「問題ない」


(ふん。俺の心配をする暇があるなら少しは俺の役に立て。『竜の峠』に連れてきたのもこいつらが“使えるから”に過ぎない)


 内心、毒を吐く。


(依瑠の気を引くためだけの引き立て役だと気付かないこの馬鹿女達には、笑えてくる。少し、歯の浮いた言葉を囁けば、俺の思う通り)


「…ここから先は竜種の巣窟だ。俺がいるから安心だが、念のため各自気を引き締めろ」


『はい、大地様!』


 佐島の声に応える女性達。


 佐島一行は「イヴィルドラゴン」の住処、最下層にある階層主の部屋に向かう。


 ・

 ・

 ・


 マッピンガー(地図作り専門『探索者』のこと)が作った安全な正規ルートを進む佐島達は多少の怪我を負いつつも目的地に辿り着く。


「お前ら、怪我とかは大丈夫か?」


「は、はい! しかし、今から「イヴィルドラゴン」に立ち向かうと思うと…」


「安心しろ。俺には秘策がある。それにお前らは俺の近くに居てくれるだけで、心強い」


『大地様…』


 女性達は頰を赤らめトロンとした目を信頼をおく佐島に向ける。そんな視線を浴びた佐島はアイコンタクトを取ると階層主部屋を見る。


「グルルルルッ」


 そこには黒い鱗に覆われた正に「ドラゴン」に相応しい面影を持つ生物が居た。

 その立ち位置は階層主の部屋を守る番人。

 初めから侵入者佐島達に気づいていた「イヴィルドラゴン」は唸り声を上げ涎を垂らす。


「――俺が前に出る。お前らは俺のサポートだけをしてくれ。くれぐれも戦いが終わるまで邪魔をするな前に出るな、いいな?」


『は、はい!』


 緊迫する中、リーダーの言葉に頷く。


「…補助をよこせ」


「は、汝の身を守りたまえ、【障壁プロテクト】」


「その身に風の加護を、【空速エアリアル】」


 防御と速さ面の補助を受けた佐島は前に出る。他の回復要員達は言われた通り待つ。


「ふぅ…ガアッ!」


 佐島の姿を捉えたイヴィルドラゴンは開始早々首を後方に引き――黒色のブレスを吐く。


「【金剛】!」


 その咆哮攻撃を予想していた佐島は自分の身を黄金の膜で覆うとそのスピードと鉄壁の防御を信じてイヴィルドラゴンの懐に飛び込む。


(はは、ここまできたら、俺の勝ちだ!)


「食らえ、オラっ!」


 嬉々として持っていた球体――『因子珠』を翳す。すると黒色の光が辺りを照らし――


「ぐ、ッォォオオオ」


 苦しそうに唸り声をあげるイヴィルドラゴン。その身に似つかわしくなく縮こまる。そして、佐島が持つ『因子珠』に吸い込まれていく。

 数分かけて、その巨体を吸い込む。油断せず、最後までイヴィルドラゴンの巨体が消えたことを確認した佐島は、嗤う。


「は、はははっ! 俺の、俺の勝ちだ!」


『え、え、え?』


 一人喜ぶ佐島を置いて何も知らされていなかった取り巻きの女性達は終始困惑。


「これを服用、するか――飲めばいいんだろ」


 高揚感と達成感から愉悦とした顔をした佐島は後先考えることなくその球体を取り込む。


「なんだ、別に何も変化など――っ!?」


 突如としてカッと熱くなる体。そして次第にやってくる途方もない激痛。


(っ、があっ。く、苦しっ。吐かなく、ちゃ、あ、くそ。あいつ、あの、ジジイ。俺を、嵌めたのか…がっ、あぁ、あぁぁァッガッ!?)


 本能では「吐き出せ」と叫ぶが吐くことは愚か喋ることもできず、ただ喉を手で掻きむしる。


『大地様!?』


 突如苦痛の悲鳴をあげ、脂汗を垂れ流して地面にのたうち回る佐島を見た取り巻き達は暫しの間ぼーっと立っていた。ようやく事態の危うさに気づき、血相を変えると急いで近づく。


「大地様! 大丈夫ですか!?」


 近づいた取り巻きの一人が意を決して言葉を投げかける。


「……」


 すると、さっきまで苦しんでいたのが嘘のようにすくっと立ち上がる。そのことに安堵した取り巻きの女性は一歩、近づき――


「カブッ」


「ヘ?」


 自分の首元に大きく肥大化した口で齧り付く佐島の姿に理解が追いつかず、声が漏れる。


「だ、大地、様…?」


 首から熱さが段々と広がる。それすら忘れるほどの驚きと恐怖から恐る恐る目を向け。


「――」


 その女性が見た最後の景色は整っていた容姿が醜く爛れた顔。そして人間とは思えない鋭利で太い歯が並ぶ口が自分の顔を――


 ブシュッ。


 果物が破裂したような音だけが響く。


『……』


 他の取り巻き達は現状が理解できず、たださっきまで話していた女性仲間を貪り喰らう佐島だったモノを遠目で見て、震える。


 肉を引き裂き、肉を喰らう咀嚼音。爛れた口元に血をべたりと塗りたくり、血を吸う姿は到底人間とは思えず、異様。最後には骨を砕くボリボリボリという音が聞こえ、止む。


「あ、アァ、ァ、あぁ」


 残骸には目もくれず、化物は背後にいた女性達獲物を見てニタリと嗤う。そこには生前あった佐島の面影など何一つ残らない。あるのは溢れ出す食欲とある人物を怨む狂気的な殺意。そして己の伴侶となるべき女性への執念だけ。


「ガッキャァぁっ!!」


『キャッァァァーーーっ!!!?』


 歪な鳴き声をあげ、逃げ惑う女性達に愉しそうに嬉しそうに、襲いかかる。


 ・

 ・

 ・


 なんの抵抗もできず貪り喰われた女性達の残骸を尻目に今もまだ残骸を漁り喰らう佐島…だったモノを遠くから眺める老人の姿がある。


「ほほほ。これは素晴らしい結果ですねぇ」


(しかし、理性を無くし、呑まれましたか。予想はしていました。どうせ数あるうちのモルモットの一人にすぎません。あとは、この化物が『探索者』にどのような影響を及ぼすのか見もの…愉しみですねぇ。えぇ)


 悪辣とした笑みを作る老人はローブを翻し、その場を後にする。

 後に残されたのは本能の赴くままに魔物も人も見境なく襲う化物ただ一人。


 悪の芽は、やがて悪夢となり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る