第10話 約束の先に


 あれから数日と経ち、【十傑】No.2【神姫】神崎冥と共に行動をすることになった依瑠一行は初心者御用達と言われる『ダンジョン』区域の一つに来ていた。


「――はぁっ!」


 片手剣片手に対峙するリザードマンに向け、水平に気合い一閃。


「カッ!?」


 その一閃はリザードマンの胴体を裂く。


(――っ、浅い。なら――)


「――と、どめ!」


 痛みで体を仰け反らすリザードマン。油断せず手元に戻した片手剣の刃を胸に突き刺す。


「――ッ」


 声無きリザードマンの体はポシュッという音をあげその身は粒子となり消える。


「わ、わわ、勝てた…いたっ!」


 新しい装備、赤色の軽装に身を包む女性、依瑠は己の勝利を確信した。その喜びを味わう前に気が抜けて情け無くその場で尻餅をつく。


「…ナイス、ファイト」


 締まらない勝ち方をした依瑠友人の元に藍色の軽装に身を包む冥が近寄る。


「冥!」


「ん」


 座り込む依瑠に手を貸すと起き上がらせて無表情の顔を少し綻ばせる。


「ありがとう!」


「なんも」


 そのお礼を快く受け取る。


「私、どうだった?」


「上出来、だと思う。最初より立ち回りもよくなった。逃げ腰もなくなった。最後まで集中する、ではなく…“最後こそ集中する”。それもできていた。太鼓判、あげる」


「やったー!」


 宿敵の相手でもあるリザードマンの討伐、そして格上&憧れの『探索者』冥に褒められた依瑠は喜ぶ。そんな気心知れた会話をする二人。


「……」


 百合百合しい。素晴らしい。いや、実際は百合…ではないけど、こういうのでいいんだよ。


 遠くから二人の会話を拾い見ていたナナシこと名取海は違う意味で感動をしていた。


 神崎さんの言葉通り、うちの主人…星見さんはよく動けたと思う。まだ「格」も上がって間もないのに。それもひたむきに努力して、それでいて諦めない彼女の――


「――無粋だろ、散れ」


 魔物の気配を察知したナナシは腰に吊るす刀の鞘に触れ――一瞬で抜刀。


『――っ』


 細切れに刻まれた魔物達は自分の「死」を理解できずに生涯を終える。


「ナナシ!」


 そんなナナシと魔物のやり取りなど知りもしない依瑠は忠犬の如く駆け寄る。


「見事だったぞ」


 いや、ほんと。そんな彼女を邪魔する奴は死ねばいい。死んだけど。


「えへ。あ、一人前?」


 一瞬にやけた顔を戻して確認をとる。


「…まだまだだな」


「ちぇっ」


 喜びも一瞬、否定された依瑠は拗ねる。


「それは仕方ない。依瑠は強くなった。けど、それは初心者に毛が生えた程度。一人前と呼ばれたいなら、このダンジョンのボス――レアメタルゴーレムを倒したら。ね、ナナシ」


 二人の元に来た冥は訳知り顔で話を振る。


「…うむ」


 と、言われましてもそのレアメタルなんちゃらなんて存じませんが…ま、神崎さんが言うならそれで「一人前」なんだろう。知らんけど。


「むー! あ、約束忘れてないよね!?」


「…なんのことだ?」


「もう、とぼけないで! 私が一人前になったら「願い事」を一つ叶えてくれるって!!」


 プンスカ怒る依瑠を見て目を伏せる。


 覚えてるけど、それ、半強制じゃん。


 その経緯を思い返す。


 ・

 ・

 ・


 【神姫】御用達の喫茶店からなんとか(二人からのあーん攻撃)を避け続けて探索極棟西北部支部に戻った時のこと。

 依瑠とナナシの『使い魔』契約を結んでくれた探索極棟役員の勧めで支部の空き部屋にで住むという話に。


『――え? ナナシは一緒に住まないの?』


『理解不能。三人で住む。安く済む』


 二人に不審な目を向けられる。


『……』


 う、うーん? その話は済んだのでは?


 先程、話がまとまったはずだと理解しているナナシは逆に不思議に思う。


『先程、話を済ませたのでは…』


『え、そんな話一度もしてないよ?』


『同意。ナナシは何かと勘違いしてる』


 どうやらお互い話に食い違いがあるよう。


 なんか、面倒臭そうだし話を戻すのは得策ではない。それよりもこの話題を消化しよう。


『…『人』と『使い魔』であろうと異性。無闇に同じ屋根の下で暮らすのはどうかと。主人に渡した指輪さえ付けていれば私は直ぐに駆けつける。冥も居ることだからそれも緩和した』


 【十傑】ランキング二位神崎さんも居ることだし僕の出番はそうそうない。『使い魔』としてできるだけ側にいるようには努めるけどさ。


『宿代の面も支部側が負担してくれると聞いただろう? よって、私は好きにさせて貰う』


 はい、これで話は終わりね。もう夜も遅いし久々に外での活動もしたし…お家帰りたい。


 彼女達に背を向け、立ち去る。


『ナナシは、私達と住みたくないの?』


 そんな切なげな声が聞こえる。一度足を止めて横目で確認をすると星見さんが涙目だった。


『あーあ、泣かせた。悪いんだ。責任取れ』


『……』


 なんか、神崎さんはそれに乗って煽ってくるし…めんどくせぇ…仕方ない。


『…私には心に誓った女性がいる。本当は話す予定ではなかったが…これで私が主人達と住めないことは、わかるな?』


『え、えへへ。そんな、心に誓った女性だなんて…』


 何故か俯いた状態で自分の左手薬指をさすさすと摩りデレデレとデレる星見さん。


『不公平。私にも婚約指b――指輪を渡すべき』


 修羅のような顔をし、殺意を向けてくる神崎さんは太刀の鞘を掴んで臨戦体制だし…。


『落ち着け。まず、私の心に誓った女性は主人ではない。そして、主人に贈った指輪は婚約指輪ではない。冥も武器をしまって…待て、何故、主人は私にナイフを向ける…』


 殺意を沈めほっと胸を撫で下ろす冥に対してデレデレとしていた表情も一変、目のハイライトを巧みに消した依瑠は亡霊の如く悍ましくナイフ片手でにじり寄る。その姿はホラー。


 あぁ、もう。


『…はぁ。主人。「一人前」になったら“願い事”を一つ叶えよう。主人が「一人前」になれば、同じ屋根の下の暮らしも…検討しよう』


『…わかった。冥だってナナシの試練に応えたんだもんね。私も主人として頑張る!』


 まだ全部を全部納得が言ったような顔はしていないもの、渋々ナイフを懐にしまう。


『その意気。私は依瑠が「一人前」になるまで待っててあげる…友人だから』


『ありがとう!』


『ん!』


 二人は戯れつく。その光景は微笑ましい。


 いや、なんか神崎さんにも「願い事」を叶えることになってんですけど…。ま、いいや。


『…では、私はこれで――』


『で、心に誓った女性って誰?』


『その話、詳しく』


『……』


 いつの間にか片腕ずつ掴まれていたナナシは身動きが取れない(無理に振り解けば二人に怪我を負わすのは目に見えているため)。


 あぁ、人生は、無情なり。


 言葉巧みに逃げようとするが逃がせてもらえず、最終的には「逃げる口実」だとゲロリ解放された。解放された時に「次、ふざけた嘘をついたらもぐから」と言われたのが恐ろしい。


 ・

 ・

 ・


「――覚えている。自分の発言には責任は取る。ただし、「一人前」になったら、な?」


「よろしい!」


 ナナシの口から言質をとった依瑠は隣にいた冥と何やら二人でコソコソと話し合う。


 約束は、守るよ。その間にナナシナナシでなくなった時は…。この話題は今、考えるものじゃない。それよりも…星見さんは強くなれる。その工程は確実に組まれている。


 依瑠の『使い魔』となった時から“あること”に目を付けていたナナシは“それ”が近いのではないかと一人、思う。

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