第9話 和解


 『上級探索者』こと【暴君】と謎の『使い魔』ナナシの決闘が終わり、意識を取り戻した【暴君】を検査入院という形で病院へと送り届けた【十傑】の由仁と黒椿はロビーに居た。


「――今でも、信じられません。あの男性は死が間近にあった…はずですが、一命を取り留めた。それも、現段階の検査の結果では“問題なし”と、なります…助かったことに神に感謝をします、ですが、どこか腑に落ちません」


 ソファーに座る黒椿は真剣な面持ちで対面に座る由仁を見る。


「それは私も同感です。現状の医療技術はおろか、私達――「治療」のスペシャリストでも治せない物をああも簡単に…そんなこと、神、ホロウ様以外…少し、調べる必要がありますね」


 こちらも真剣な面持ちで思考の海に揺蕩っていた由仁は顔を上げる。


(って、なんで黒椿さんの頰は赤いの?)


 その時何故か黒椿の頬が赤くなっていることに違和感を抱く。


「…差し支えなければ私も、お手伝い致します。少し、あの、ナナシ様に興味もありますので」


「……」


(あぁ、そういう。ふーん。へー)


 理由を理解して頬をニマニマとさせる。


「あら、【黒聖女】と名高い純真にして純潔の化身、椿ナナシああいう男性が好みで?」


「ふぇっ!?」


 黒椿は図星だったようで素っ頓狂な悲鳴をあげてしまう。そんな彼女に加速させる鬱憤。


「ま、いいのではないですか? 誰が誰を好もうとそれは一個人の考え、尊重します。ただ、ホロウ様を慕っていると口にして他の男性にうつつを抜かすのは淑女として、どうかと…」


「べ、別にわたくしがナナシ様を好いているということではありません! そう言った恋愛脳の考えに直ぐに持っていくのはおやめください!!」


 由仁の発言に意を唱えた黒椿は頬をこれでもかと真っ赤にさせて立ち上がる。その声はかなり大きく、周りの視線を集める。


「…ん、んん。それに、ホロウ様はこの世界を救ってくださった神に等しい御仁です。ですので、恋愛対象にすること自体不敬です」


 周りからの視線、自分の発言を理解した黒椿は一呼吸起き、冷静に話を進める。


「それって、あなたの考えですよね?」


「はい、ですからわたくしは以前から再三口にしているように、は御座いませんので、あしからず」


 普段の黒椿スマイルに戻った黒椿は先程のように慌てることなく対処する。


「…というよりも、由仁様がナナシ様を意識しているのではないのですか?」


「は?」


 目を吊り上げ、淑女があげてはいけないドスの効いた声を発した素の由仁を他所に、川面が揺れるが如く小さく微笑む黒椿は続ける。


「いえ、由仁様が先程口にしたようにホロウ様でしたらあのようなケガは苦もなく簡単に処置してしまうでしょう。ナナシ様は同じことをしました。ですので、似た者同士――」


「ありえないわ」


「……」


 黒椿同様、立ち上がった由仁は正面から黒椿を睨みつけ堂々宣言。


「ホロウ様はあのような“ダサいお面”はつけない。何よりも女性を侍らせない。一途に誠実に私だけ一人を愛してくださる。それがホロウ様よ」


 自分が描く理想のホロウ像を語る由仁。そんな由仁に対して「あの狐様のお面、私は好きですよ」と小さくこぼす黒椿。


「英雄、色を好むと言いますよ?」


「それはただただ、不誠実で優柔不断なだけ」


「そうですか。では、由仁様は…」


「ホロウ様一筋の私にそれを聞く?」


「これはこれは、大変失礼致しました」


「……」


 微塵も申し訳ないと思っていない様子の黒椿を見て由仁はジト目を向ける。


「はい。このお話はお終いです。この場に居ても皆様の迷惑になりますし、落ち着ける場所でナナシ様について考えましょう」


「…そうしましょう」


 色々と言いたいことはあるものそっと心の奥底にしまい、黒椿に合わせる。


 

 ∮



 冥に案内される形でこじんまりとした喫茶店にナナシ達は来ていた。今は個室に居る。


「――というわけで、ナナシは私の『使い魔』です。ちゃんと契約の代物もあるので!」


 女性二人は軽い自己紹介を済ませると語る。自分達がナナシのどんな存在なのかについて。


 冥から「昔馴染みの知り合いにしてその刀に見合う女性になったら一緒に行動を共にしよう」…というプロポーズばりの内容を聞いた依瑠は怯むも自分もまだ負けていないと、語る。


 左手の薬指に嵌る愛の結s――二人が「主従」という「」を見せながら。


「ゆ、指輪…羨まs――ズルい。でも、私だってナナシとの太刀愛の結晶はある」


 有利に立っていたと錯覚していた冥は度肝を抜かれ、それでも果敢に立ち向かう。


「……」


 そんな二人を…二人にサンドウィッチ状態に挟まれたナナシは無心を貫く。


 え、なに、この二人僕のこと好きなの?…じゃなくて「ナナシ」だけど…所詮作り物の存在だしフィードアウトする予定だからもし「ナナシ」が好きでも応えられないんだけど…。


「…って、生意気なこと言ってごめんなさい」


「どうして、謝る?」


 依瑠の唐突な謝罪に首を傾げる。そんな冥を見て苦笑。


「ナナシが私の『使い魔』なのは事実です。でも、それを理由に独占するつもりはありません。あれなら、ナナシの契約――」


「それは不要」


「ですが、私が【召喚】をしたことでナナシは私の『使い魔』に。ナナシも自分は『特別』と言っていますし、何か理由が…」


「そう、何か理由があるはず。私達には計り知れない物が、意地悪だから教えてくれないけど」


 膨れっ面の顔でナナシを睨む。


「…ナナシ、優しいのか優しくないのかわからない時があるから」


「ほんと、そう」


 二人は互いに意見が合い目で通じ合う。


 険悪なムードになって刃傷沙汰とかの流れになる…と身構えてたけど、なんだか大丈夫そう。それどころか僕にヘイトが…。


「うん、決めた。私、依瑠とナナシと行動する…名前呼び大丈夫?」


「え、えぇ?!? だ、大丈夫ですけど…あの、【神姫】様が私達と?」


「そう。それと、私は「冥」で大丈夫。多分、年齢も近いだろうし、だからタメ口で。他人行儀はノー。もし守れないならナナシを私一人で独占する。依瑠の入る余地なんて作らない」


「そ、それは…わかり…わかった。よろしく」


「よろしく」


 ナナシを間に置き、握手を交わす二人。


 うんうん、平和が一番。でもさ、僕を間に挟んでやる必要性あった?絶対ないよね。


「あ、冥。あの、契約をした初日だから…」


 頬や耳を真っ赤にさせると少し言いにくそうに。その言おうとしていることを理解した冥は眉間に皺を寄せて小難しそうな顔を作る。


「…絶対に、通らないといけない道?」


「あ、あはは。私も恥ずかしいよ。初めてだし、でも、異性の『使い魔』は、ね?」


「…私も同伴する。それが最低条件」


「…わかった。うん」


 話を終えた二人は…チラチラ見てくる。


「? なんだ?」


「え、えっとね。ナナシもわかっていると思うけど、私、が、頑張るね!」


 握り拳を作り湯気が出そうなほど沸騰間近の真っ赤な顔でそんなことを言う。


 はて? 全然話についていけないわけだけど。それは『使い魔』として聞き返すのはダメな気がする。それもなんか嫌な予感も。


 その違和感に悩む。


 “頑張る”? それに“恥ずかしい”や“初めて”…ふむ、なるほど?


「…その心配は無用だ」


「え、で、でも。私達にとって大事な――」


「無用だと言っただろう? それに忘れたか、私は『特別』だ。この意味がわかるな?」


 特別。それは(以下省略)。


「じゃ、じゃあ」


「主人は自分の身だけ案じていればいい。なに、私が触媒も無く個々で顕現していることが証拠だ。それ以上の詮索は不要」


 「同居」なんて絶対にしたくない。僕の正体がバレるリスクもあるし、男女が一つ屋根の下なんて、そんな…やらしい。


「流石、紳士。堅物仮面は違う」


「悪口と、捉えても?」


「否定、褒め言葉」


 ジト目の冥に対して首を傾げる。


「…うぅ、なんか、一人、意識して、馬鹿みたい。は、恥ずかしいよぉ…」


「ナナシだから、仕方ない」


 赤面した顔を手で覆う依瑠に対して慰める冥。そんな二人を見て居心地が悪いと感じた。


 あぁ、早く頼んだ上天丼こないかなぁ。


 その後、届いた天丼をナナシに食べさせようと二人の乙女が奮闘したのは別の話。

 なお、ナナシは素顔を見せるわけにはいかないため目にも止まらない速さで食事を終える。


 

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