第8話 再会


「う、うっく…っ」


 瓦礫となった民家から身体中から血を流し満身創痍のチャラ男が肩で息をして出てくる。


 耐えたか。ま、耐えてもらわなくちゃ困る。一応有名みたいだし…ただ、背中をそっと押しただけで瀕死なのは…目を瞑ろう。


「何か言いたそうだな? まさかここにきてを出したから卑怯と言いたいか? あぁ、構わん。所詮敗者の戯言。ただ、誰も――を出さないとは一言も言っていない。そんなこともわからない能無しは赤子からやり直せ、負け犬」


「て、テメェ…」


 チャラ男はなけなしの威勢で睨む。


(くそ、くそ、くそっ。化物が。んなのわかっている。負けは負け。何もできずに負けた俺は敗者だ。でも、こんなの、こんなもの、認めねぇ。俺はあのトロールの攻撃を防げる頑丈さを持つ【金剛】のスキルを持つんだぞ…っ)


 流しすぎた血、そして折れた骨。目眩のする視界、壮絶な痛みがチャラ男を襲う。


「な、ナナシ! もういいよ! 勝負は着いたよ!! これ以上やったら大地君が…」


「主人、それは違うな。奴は主人の体目的で挑んだ。に。それは万死に値する行為。人の世界ではわからんが、我々『使い魔』の世界で勝負とは、命のやり取りだ」


「そ、そんな…」


 己の言葉を曲げる気がないナナシに依瑠は項垂れ、その場に居合わせた人達は固唾を飲み、当の本人、チャラ男は青い顔をして、震える。


 冗談だし殺すわけないじゃん。僕、善人な『使い魔』(でもない)。


「さぁ、遺言は?」


 腰にあった刀を抜き去り、振り上げる。


 殺すつもりはないけど、最大限に恐怖を植え付けて金輪際こんなしょうもないことをさせないために、危ない芽は事前に摘む。これ鉄則。


「お、お願いです。俺が、俺が悪かった。頼むから、助けて――」


「ならば、死ね」


「ヒイッ!?」


 刀を振り下ろす――フリをして――


 キンッ!


「!」


 振り下ろした刀を誰かが弾き返す。その状況に少し驚きを見せたナナシは(ありがたい)邪魔をした人物を見る。


 少女…女性…? どうあれ、その大きな太刀で防いだのか。全く本気じゃないとはいえ、止めるどころか弾き返すとは、やるなぁ。


「みつけた」


「?」


 みつけた? 何を? ん?


「……」


 その意味がわからず首を掲げると遠くから自分に向けて飛来するナニか。それを目で捉えて、刀で地面に撃ち落とす。


 何これ?


 溶解した地面を見てまた困惑。



 ∮



 ナナシに向けて攻撃魔法を放った。


「う、うう、嘘です!? わ、私の摂氏千度を超えるマグマの火球を、撃ち落とした…」


「事実だ。僕達は迂闊に近づかない方がいいだろうね。それに、彼は――【神姫】の客だ」


 怯える安達に対して釘崎が答える。



 ∮


 

「な、な、なんで【神姫しんき】様が…」


 はい? しんき?

 

 背後から聞こえた言葉を反芻する。その言葉を漏らした依瑠を見ると跪いていた。


「ナナシ、久しぶりっ」


 とりあえず目の前にいる小柄な女性を見ると、抱きつかれそうになったので回避。


「……」


「…酷い」


 転んだ女性は無表情でむくりと立ち上がるとまたこちらににじり寄る。


 え、何この人、怖い。


 女性に向ける言葉ではないもの至極真っ当な感想。


「…それ以上、近づくな。私に女を切り捨てる趣味はない。その男を助けにきたのなら、速やかに回収をして、視界から失せろ」


 銀髪女性の背後にいるチャラ男を見て吐き捨てる。


「ん? そんな奴、知らない」


 横目でチャラ男を見た女性は直ぐに興味をなくしてナナシに目線を移す。


「……」


 チャラ男、哀れすぎんか?


「…私も暇ではない。何が目的だ」


「ナナシを捕まえにきた」


「…ほぉ」


 まったく、訳がわからないね。そもそもこの人、誰問題なんだよね。


「…ナナシ、さっきからおかしい」


 いや、あなたには一番言われたくない。


「私だよ?」


 太刀を地面に置くと両手を広げる。


「…知らんな。そも、私に貴様のような知り合いは居ない」


「がーん」


 口で「がーん」って言う人初めて見た。無表情なのがまた薄気味悪さを引き立てるよ。


「…神崎冥。ナナシに救われた。二年前。この刀も、私の目も、命も、私は、救われたのに」


 そう途切れ途切れに口にすると女性はその綺麗な銀色の瞳から涙を流す。


「待て、何故泣く。私は、本当に――」


 …二年前? 刀?…待って何か思い出せそうだ…。


 一人悲しそうに泣く女性少女を見て、過去――二年前のある出来事と重なり。


「…あの時の、【神速】か…」


「思い、出してくれた、の?」


「断片的、だがな」


 涙を目に溜める女性――神崎は顔を上げる。そんな女性の顔を見て、思い出した。


 ・

 ・

 ・


 二年前。


 ダンジョンができてから一年足らず。忙しなく動く人々とは無縁の男、【無印ノーマ】と診断された名取海は暇を持て余していた。

 『ダンジョン』は警察や自衛隊に監視されて簡単には入れなかった…ただし名取海は除く。

 謎の戦士プレイをしながら暇つぶしに探索をしていたダンジョンでたまたま魔物に襲われかけていた少女のような見た目の女性を助けた。


『私は神崎冥。あなたの、名前を教えて』


『…私の名前は、ナナシだ』


 唐突な質問にその時適当にでっちあげた仮名『ナナシ』と名乗る。

 卒業したはずの厨二病がぶり返した時期でもありカッコつけたかったのかもしれない。


 女性、神崎冥とそんな出会いをした。何故か懐かれてしまい逃げる口実でたまたまダンジョンの宝箱から出てきた刀を手渡す。


『お前のスキル【神速】は使い方次第で化ける。鍛えればいずれ私も超えられるだろう。この刀をくれてやる。私と行動を共にしたいのなら、その刀に見合う人間になれ』


 そんな適当なことを言い放ち、別れ際に「自分は生まれながら盲目」と聞いていたのでお節介ついでに治しておいた。


 そして、今、二人は再び邂逅する。


 ・

 ・

 ・


「あの時は、本当にありがとう。私、あれから頑張った。まだ、ううん。全然、ナナシには遠く及ばないけど、少しでも追いつこうと、日本の『探索者』ランキングの二位になった」


 そう言い放つとない胸を張る。


 「『ナナシ』という名の人物が現れた」という情報を役員から聞いて直ぐに会議をほっぽり出して駆けつけたという経緯はある。


「…頑張ったな」


「へへっ。全てはナナシと会うため」


 褒められ嬉しさから頰を綻ばせて地面に置いていた太刀を抱き寄せる。


「そうだ、月夜も十分扱える」


?」


「これ、


 満面な微笑み(無表情)で腕に抱く太刀を見せて。


「は?」


 その言葉に思考が止まり、暫しの放心。


 …落ち着け。その太刀は恐らく僕があげた物で確定だろう。よって彼女と僕の子供ではない。当初出会った時から不思議ちゃんみたいな雰囲気あったし、ここは適当に流すか。


「そう――」


「ナナシ! それはどういうこと!?」


 彼女との会話方法を見出していると右腕にふにゃんという柔らかな衝撃が加わる。


「しゅ、主人?」


 さっきまで跪いていたはずの依瑠がそこに居た。それも血相を変えた危機迫る雰囲気で。


「いや、どうも何も――」


「あなた、ナナシのナニ?」


「……」


 口を挟む暇もなく、不機嫌を隠す様子がない冥がナナシの左腕に馴れ馴れしく抱きつく依瑠に食ってかかる。


「私は星見依瑠。ナナシの“ご主人様”です!」


 胸に手を当て、堂々と宣言。


「…その言葉、聞き捨てならない」


 その目を鋭く研ぎ澄まし、睨む。


 剣呑な雰囲気を醸し出す二人の間で何故か火花が散る。



「わ、わたくしの【闇】の治療効果が薄い…このままでは…」


 二人に板挟み状態にされている他所――瀕死の【暴君】の近くに二人の女性がいた。

 【歌姫】こと由仁とシスター服に身を包む清楚な見た目の女性【黒聖女】黒椿の姿がある。

 二人は他の【十桁】同様冥の「師匠」であり「思い人」を一目見るために興味本位で着いてきた。そんな二人は今、命の灯火が消え掛かっている男、【暴君】の治療の最中。


「――由仁様」


「…ダメね。私の“癒し”も効き目が薄い…」


 軽い熱唱後、目を開けた由仁は首を振る。


「そ、そんな…」


 由仁の言葉に黒椿は項垂れてしまう。



 そんな二人の様子を遠目で見て、動く。


「……」


 …チャンスだな。


『…ナナシ?』


 メンチを切り合っていた二人は無言で由仁と黒椿の元に足を向けたナナシを見る。


「どけ」


「なっ!? あなたまさか、トドメを…」


「好きに捉えろ」


 何故か初対面なのに敵意を向ける由仁の言葉に適当に答え、【暴君】の胸元に手を置く。


 ここだ。ここしかない。この場でこのカスを治して――トンズラしよう。


 そんなどうしようもないことを考えるナナシを他所に掲げた手から暖かな光りを放つ。


「…っ、けほっ、けほっ!?」


 ヒューヒューと息も絶え絶えだった【暴君】は突如その命の灯火を燃やし、息を吹き返す。


『……』


 その「奇跡」と呼べる光景を見た由仁や黒椿、他の人々は唖然とその場で立ち尽くす。


「ナナシ、助けてくれたの?」


「気が変わっただけだ」


 浅く息を吸って吐く【暴君】をゴミでも見るような目で見ると視線を外し。


「それよりも、主人」


「な、何かな?」


「食事に行くのだろう?」


「え?」


「違うのか?」


「あ、いや、違くないけど…」


「なら、早く行くぞ。もはやこの場に用はない…建物の事も気にするな。その阿保が壊したことにすればいい。初めから誰も居ない事もわかっている。よって何も気に病むことはない」


 【十傑】や周りで遠巻きに見ている民衆の視線などどこ吹く風の如く、あくまでもマイペースにことを勧める。


「行かないなら、私は先にこの場を離れる」


「あ、私も行く! 行きます!」


「…私も、色々と聞きたいことがある」


 一人、背中を向けて歩き出すナナシに慌てて依瑠が駆け寄り、続いて冥も着いていく。

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