第二十四夜 馬鹿囃子

これはつい最近のこと、墨田区で本所七不思議巡りをしていたときのことである。


本所七不思議とは、江戸時代の頃から本所のあたりで噂された怪談で、当時のいわゆる都市伝説に近いと言える。落語の演目としても残っていたりする。ちなみに本所七不思議は代表的なものが九つ、細かいものを合わせると二十以上ある。

本所とは、だいたい今の両国、錦糸町、押上、吾妻橋あたりのエリアことを指し、葛飾北斎などが住んだ地域とされる。本所は江戸から見てちょうど隅田川を渡ったところにあたり、川、つまり彼岸を越えるということから、そういう怪談が生まれたのかも知れない。


そんなこんなで、私たちは本所七不思議をモチーフにしたとあるゲームの聖地巡礼で、つまりは本所七不思議巡りをしていた。作中のモデルになった場所を探しつつ、実際の怪談の場所も探索する贅沢コースである。


片葉の葦、落葉なき椎、おいてけ堀、送り提灯を消化して、他のスポットも回った私たちは、区役所通りのあたりで食事をとった後、もう日もとっぷり暮れてしまったので、夜の部の探索に出ることにした。残るのは、馬鹿囃子、足洗邸、津軽の太鼓、灯無蕎麦、送り拍子木である。


区役所通りから最も近いのは、馬鹿囃子、今でいう本所中学校のあたりに出現したとされる怪異だ。この怪異は、囃子の音がどこから聞こえてくるのかと思って音の方向へ散策に出ても、音は逃げるように遠ざかっていき、音の主は絶対に分からない。音を追っているうちに夜が明けると、見たこともない場所にいることに気付くという、そんな感じの怪異である。


昔の資料などから調べて、多分この道に出たんだろう、という通りを調査しているときに異変は起きた。

馬鹿囃子など聞こえない、しんとした夜の通りである。


すうっと風が吹き、私の隣を抜けたかと思うと、くるくる、と、私の左手薬指が燃えるように熱くなり、思わずその風を払いのけた。見れば薬指の中程が、火傷のようにぷっくりと赤く腫れている。動物が引っ掻いた跡のようにも見える。


『たぶん触られたね』


同行者は言った。馬鹿囃子は狸囃子とも言われ、狸が

起こしているのではないかという説もある。私はどっちでも構わないが、霊障が出たのはやられたなという気持ちと、やっぱり怪異はいるかもしれない、という想像を掻き立てるにはいいものだった。


残念ながら、残りの怪異をめぐってもこの霊障しか受けることはできなかった。ただ、シンパシーの合う人が行けば何かが起こる可能性は高いので、ぜひ興味がある人は行くといいと思う。


なお、受けた霊障がの火傷はしばらく赤く爛れていたが、三日もしないうちに綺麗さっぱりなくなってしまった。霊障とは概ねそのようなものである。

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