第二十五夜 時空のおっさん 二人目

私がおそらく二度目に時空のおっさんに出会ったのは、大学生の頃であった。(高校の先生の話もあったが、あれは時空のおっさんの定義とは少し外れると思っている。時空のおっさんは体験者の『知らない人』であることが多いからだ)


大学のとあるサークルに入っていた私は、秋の天気の良い日にサークル棟で飲み会をすることになった。大学のすぐ近くに住んでいた私は、当然のように参加させられた。サークル棟は二十四時間開いているので、深夜でも人気はとても多い。軽音部なんかは朝から晩まで、さらに朝までギターやドラムの音が鳴っていたと思う。


その日も、サークル棟は変わらず賑やかであり、私たちも部室で二十人くらいで飲んでいた。ちょっとするうちに人もぼちぼち帰り始め、深夜零時を回った頃だったろうか、屋上に登って星を見ながら飲もう、ということになった。

サークル棟の屋上には外から、金属の避難梯子を登ることで行き来することができる。何となく全員行くようなノリになったので帰りにくく、私も酔いながらふらふらとついていくことになった。帰りたかったのは星は一人静かにぼーっと見ていたいので、誰かと一緒に天体観測のようなアオハルっぽいことを当時は非常に苦手としていたからである。


屋上に登って勧められたお酒を手に取り、他のメンバーがきゃいきゃい騒いでいる中、少し離れてお酒の缶を開けたとき、私はその異変に気づいた。


『カシュッッッッ』


プルタブを開ける音は異様に反響し、長く長く耳元に残った。冷静になってあたりに気を配ってみると、サークル棟、そしてその周辺からは、屋上のメンバーの話し声以外物音一つ聞こえて来ず、誰の気配もしなかったのである。不夜城であるはずのサークル棟が、である。


そしてサークルメンバーの笑い声は、その静かなサークル棟一帯にわんわんと反響する。これはやばいかもしない、と思った私の酔いはとうに覚めてしまって、努めて冷静にあたりを見回してみると、ふとおかしなことに気付いた。


サークル棟は真ん中が吹き抜けになっているロの字型、二階建ての構造だが、そのサークル棟の吹き抜けの明かりが異様に青い。その青さに吸い込まれるようにあたりは静まり返っていて、秋口にしても突然、異常に周囲の気温が下がったように感じた。


たぶん、私たちはたまたまかもしれないが、よくない場所に迷い込んだ。そう判断したそのとき、下から『オーイ』という呼び声がした。『ヤバい』と先輩が呟き、みんな静かになる。しぃぃん、と耳鳴りがするような静けさのあと、『降りてきなさい』と野太い声は言うので、揃って屋上から降りることにした。


そこには見慣れない警備員のおっさんが立っており、『学生証を見せなさい』と言った。先輩が『忘れました』と言ったので全員それに倣うと、『もういい。こんなところには来ないように』と言って、おっさんはライトで私たちの帰る先を照らした。


私たちは青白いサークル棟の灯りが灯る中、まとめて外に送り出された。『誰かの家で飲み直そうぜ』そう言って一団が大学の外へ向かって歩き出す中、私はこの不思議な体験をどこかでしたことがある、と思った。そう、あれは明け方の小学校で!


そう気付いたとき、私は一団から抜けサークル棟へと引き返していた。案の定、誰もいなくて静まり返っていたはずのサークル棟からは、軽音部のギターやドラムの音、部室で語らう喧騒が聞こえ、人の気配に溢れている。そしてやはり、吹き抜けを照らすサークル棟の灯りは赤色灯で、そしてあたりを見回っても、やはりあの警備員風のおっさんはいなかった。


ときおり明滅する赤色灯に照らされながら、あのおっさんのようなものに、確かに昔会ったことがある、と確信した。それが時空のおっさんと呼ばれるものと知るようになるのは、まだもう少し先のことである。

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