第二十二夜 次男の部屋にいたおっさん

私の実家の間取りについては、第六夜で説明した通りなのだが、おさらいすると、内階段から登ってきてすぐ左手が次男の部屋で、廊下の突き当たりが私の部屋の扉に続く。外階段から上がってきた場合は外の廊下を折れて右手すぐが次男の部屋の勝手口になっている。ちなみに次男は田舎にしては珍しく、外出時は勝手口に鍵を閉める癖があった。


その日、私が自分の部屋で本を読んでいると、次男の部屋の勝手口が開き、閉じ、鍵を閉め、どこかへ出ていく音がした。あぁ、次男は外出したんだなと思って読書を続けていると、三十分ほど過ぎた後だろうか。次男の部屋でガサガサ、という誰かが動く音がした。次男が帰ってきた気配はないけど、おかしいな。


そう思って次男の部屋と私の部屋を隔てる襖(とても怖いことだが、次男の部屋と私の部屋の襖は、次男の部屋側から板を打ち付けられ直接は行き来できなくなっていたのだ。もちろんやったのは次男である)に集中すると、やはり何者かがいそうな気配がある。


まあ、やっぱり次男が帰ってきたのかもしれないと思って、そういえば貸した五百円返してもらっていなかったなと思って(次男に貸したお金が返ってきたことなどないのだが)、一応催促しておこうと私は内階段へ続く廊下を通って次男の部屋へ向かった。コンコン、とノックをしたが、返事はない。


『お兄ちゃん、帰ってる?』


声をかけたが、返事はない。ドアノブを回してみると、どうやら鍵はかかっていないようだった。次男は気分によって家の中側の鍵はかけたりかけなかったりだけど、もう帰ってきているのだろうか?


『開けるよー?』


一応そう断って、次男の部屋の扉を開けた。次男の部屋は酸っぱくて酒臭くてタバコ臭いので、私はその匂いが苦手だった。内階段の部屋の光が真っ暗な次男の部屋の中を照らしたとき、するとそこには、次男の部屋の真ん中に、知らないおっさんが正座しながら俯いて、こちらを向いて座っていたのであった。


『ーーーーー!!!!!』


私は声にならない叫び声を上げて、いったん勢いよく扉を閉めた。そして反射的に内階段の廊下に立てかけてあった長ボウキを手に取った。知らない人が家に上がっていると思っての咄嗟の行動だった。


今、二階には私しかいない。次男の部屋を避けて外から回って逃げてもおっさんに待ち伏せされる可能性があるし、内階段を通って一階に逃げ、祖母がいれば助けを求めることはできるかもしれないが、おっさんが襲ってきたとして祖母を連れて逃げ切れる自信はない。内階段廊下の窓から外に飛び降りて、外階段を回って降りることも考えたが、おっさんが一階に降りてきて先回りされたり、祖母が危険に晒されたり、最悪家に火をつけられたりしたら困る。


戦うしかない。


私は勢いよく次男の部屋の扉を引き開け、ホウキを振りかぶって踏み込もうとした。けれど、次男の部屋には先ほどのおっさんの姿はどこにもなく、次男の部屋の電気を灯しても、やはりおっさんの姿は見当たらなかった。外階段側の内鍵も閉まっていたので、物理的な何かがいたわけでは無さそうだった。


次男がまた変なものを連れ込んだな。そう思った私は内階段側の扉を閉めて、外階段へと続く扉を開けて、持っていたホウキで兄の部屋を一通り掃いて、外へとホコリを掃き出した。たぶんこれでおっさんも外に行ったろう。そう思って勝手口を閉め鍵をかけたとき、その扉をコンコン、とノックする音がしたが、私は無視して自分の部屋へ戻って行ったのだった。



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