第二十一夜 長崎県雲仙某ホテル

これは、私が中学生くらいの頃に体験した話だ。父、長男、当時の長男の彼女(現在の奥様なので、今は義姉に当たる)と私とで、長崎の雲仙、天草あたりを旅行した際の話である。


雲仙でひととおり観光をして、温泉などに入った後、私たちは予約していたホテルに入った。このホテルも割と歴史がある、雲仙の中では有名なホテルである。部屋割りは、長男と長男の彼女、父と私で広めの和室に通された。お風呂と夕飯の後、父は一通り酒を飲み、いい気分になっていたように思う。


しかしながら、寝室の襖を開けたとき、観光地気分は一変した。開いた襖から鳥肌が立つような強烈な冷気が吹き込んできたかと思うと、怪異が出るときにたまに感じるびりびりとした、変な圧のようなものを感じたのである。えー、まじで今日ここで寝るの? と一瞬思ったが、当時から幽霊の類は好きであったのでどんとこい超常現象な気もしていた。ただ、おそらくこの部屋に出るものは、絶対によくないものであろうことは容易に想像できた。私は一応父に言った。


『今日ほんとにあの部屋で寝る? お父さんはこっちの部屋で寝たほうがよくない?』

『?? はあ? じゃあお前がこっちの部屋でで寝ればいいだろ』


父はその、おそらくいかにも出そうな感じを察していなかったようだし、そうなると父の布団を、隣の出なさそうな部屋に移動させるのも難しい。まあいいか、と思って、私はとりあえず私の布団の四隅にファブリーズをして、それから敷布団の下に自分で描いた魔除け用の札を仕込んだ。当時からオカルトなどに興味があった私は、魔術や呪術の札のはいくらか描ける。ただそのとき持っていたのがテトラグラマトン(五芒星の中と周りにいろいろヘブライ語とかを書いたやつを)を羊皮紙に写した奴だったので、正直日本の幽霊に効くかどうかはわからないな、というところだった。


父は旅館によくある、寝室の横の、冷蔵庫や椅子と机なんかが置いてある窓のところでウイスキーをもう一杯やるようだった。私は付き合いきれないので、早々に眠りにつくことにした。その部屋は寒いなあ、と感じていたので、毛布も出してきてしっかり目に毛布と布団を被った。少しばかり何か出ないかな、と期待はしていた。


……が、朝、暑い、と感じで私は目を覚ました。どうやら私の眠りを妨げるような怪奇現象は起きなかったみたいだ。ただびっしょりと汗をかいていたので、浴衣を整えて、温泉でも入りに行こうかと思って布団から出ると、部屋の明かりがこうこうと灯され、父が窓際で震えていた。


『……?? どうしたの??』

『お前、よくあんなところで眠れたな。起こそうと思っても近づけないし』


父曰く、寝ようと思って電気を消したあたりで、部屋がガタガタと地震のように震え出し、飛び起きた。私を起こそうと思ったがなぜか見えない壁のようなもので近づけないし、襖を開けて逃げようと思ったが強い力に阻まれて開かなかった(らしい)。

仕方なく電気をつけ、ガタガタと揺れる部屋と強烈な家鳴りに恐れおののきながら、一番影響が少なかった窓際で夜明けまでウイスキーをあおっていたのだそうだ。それで揺れが収まった後、私が起きてきたらしい。父の話を一通り聞き終えた後に、いつからかわからないが部屋の温度が普通の快適なものに戻っていることに気づき、父が開かないと言っていた襖はさらりと開いた。


何か痕跡はないか。と思って辺りを見回した私は、なんとなく私が寝ていた布団に違和感を持ち、掛布団と毛布をめくってみた。すると敷布団のシーツがなぜか真っ黒に染まっており、ただ私の着ている浴衣にはその黒い何かはついていなかったので、その黒い何かはどこからきたものなのかわからなかった。


もしかしたら素人作業がこの部屋のモノを怒らせたのかもしれないし、それをしていなかったら私も同じ目にあっていたかもしれないな。と思ったがその部屋の気配はすでに消えてしまっているのでどうしようもない。仕方なく私はべっとりとした汗を流すために、朝から温泉に入ることにした。父が一人にするなとか何か言っていたが、アルコール臭かったので相手にするのも面倒だったので放っておくことにした。温泉から帰ってくると、父は別室で酔いつぶれて寝ていた。


********


後から調べたことには、私たちが宿泊したホテルはわりと『出る』ことで有名なホテルだったそうだ。それならもっとちゃんと準備していったのに、と思いながら、今の今までそのホテルに再度宿泊する機会には恵まれずにいたりする。

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