第十夜 神隠し
これは、私が幼いころに体験した話である。このお話を語るには私の家族構成をお伝えしておく必要がある。私には十歳離れた長男、九歳離れた次男がおり、間に、私が生まれる前に亡くなってしまった姉がいる。
この『姉』は、オカルティックな場面で本当に危ない経験をしそうになったとき、たまに助けてくれる事がある。おそらくこの体験その一つだと思われる。
私の地元の墓はとても大きく、お盆前、お彼岸前は、総出で掃除するのが常であった。ただし、当時小学校くらいであった私たち子どもはある程度掃除が終わって遊び出してしまう。それはお盆の近い夏の日であったように思う。
あらかたの掃除が終わって、大人たちが大掛かりな墓の掃除と補修などを続ける中、子供たちはめいめいに墓地の中を走り回って遊び始めた。一方で私は草刈りしたものを藪の方へ捨ててきてほしい、と言われて、縛ってまとめられた草や枝などを墓地のゴミ捨て場、藪の方へ持って歩いていた。ミーン、ミーン、とセミの鳴く、灼熱の夏の頃であった。
私は墓地の端の方にある、藪の奥に草の把を投げ入れた。がさがさ、と音がして、束は奥に消えていった。ジジッ、と、その場にいたセミが驚いて飛び立つ音が聞こえ、さて戻ろうかと思ったそのとき、藪のわきに、草木に覆われた、通り抜けられそうな道があったのである。その入り口はつる状の植物によって門のようにかたどられていて、ふと、子供が通ってみようと興味を示すには十分なものであった。
そのとき、いつのまにかあれだけうるさく響いていたセミの音がびたりと止み、無音となっていたこと、そして、あれだけの猛暑が一瞬の間に和らいで、ひんやりとした涼しい空気が漂ってきていたことに気づくべきだったかもしれない。私はその蔓でできた門をくぐり、その奥へと進んだ。初めは森の中を歩いているようだったが、そのうちに開けた草原に出てた。そこはどこまでも広く吸いこまれるような青い空が広がっており、その空の色を見ていると、だんだんと意識が解けていき、ここではないどこかへ行ってしまいそうになった。そしてそれが当然のことのようにも思えた。そのときであった。
『だめだよ。M 』
Mとは私の名前である思ってほしい。私の意識が遠のきそうになったそのとき、後ろから手のひらをぎゅっと握られた。私の意識はそこで引き戻され、振り向くと、私よりだいぶ背の高い、高校生くらいの女の人が立っていた。日差しを避けるためなのか、つば広の麦わら帽子を被っていたため、影になった彼女の表情がどのようなものか伺い知ることはできなかった。
『ここは危ないから、帰ろう』
その人はぐい、と私の手を引っ張ると、元来た道を引き返した。どれだけの時間を歩いていたかはわからない。草原を通り過ぎ、古い街並みを通り過ぎ、廃墟を通り抜け、暗いトンネルをくぐったところの先、空の色はもう夕暮れ時の墓場の、藪のあたりに私は立っていた。セミの声もうるさいくらいに響いていた。そしてそこには、今まで私の手を引いてくれていた女の人の姿はおらず、私はなぜだが急に、どうしようもない寂しさに襲われて、わーん、わーんと声を上げて泣いた。
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あのとき私はどこに迷い込んでいたのか、それは全く見当がつかない。とにかく、泣いていた私はそれまで私を探し回っていたという大人たちに保護されて、無事家に帰ることができた。
それ以前に、いつだったか、地元の占い師のようなものに見てもらう機会があったときに、
『あんたには、女の霊が憑いているね。近しい人なんだろう』と言われたことがある。多分それは亡くなった姉の霊なのだと思うし、本当に危ない目に遭ったりしながら今までわりと生きているのは、彼女のおかげなんだろうと思っている。
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