第六夜 内階段の幽霊
この話をするにあたっては、まずは私の実家の構造を理解していただきたい。それと私の実家は、よく幽霊の出る家だった。
私の実家は二階建てで、玄関は一階、家の中心から見て南東にあたる敷地の門をくぐってすぐにあり、一階の勝手口は玄関を通り過ぎ、庭を左手に見ながら突き当りを右に折れた奥、家の中心から見て西側にある。二階に行くには門をくぐって玄関まで行かず、右に折れ、右手に庭を見ながら突き当たりを左へ。家の中心から見て北側に当たるじめっとした狭い壁際を通ると、通りの方、東側へ向けて上る階段がある。
二階へ上ると、東側の外廊下を通っていて外の広場が見えるので、そこを右に折れると勝手口が一つ。また、外の広場を通り過ぎて、西の方に向かうと、家の中心から見て南の方角にもう一つの勝手口がある。そして、広場を西の突き当りまで抜けると西側はまた外の廊下があり、そこを北へ向かってたどっていくと、その角に東へと向けて屋上へとのぼる階段がある。
ややこしい説明になったが、玄関が一つと勝手口が三つ。外に配置された階段は北側に配置されていた。屋上へ行くまでは家の外周をぐるぐると回っていかないといけない造りだ。一階には父方の祖父母が、二階には父母と孫世代が住む三世帯住宅であった。
これだけでも変な作りなのだが、私の家には封印された内階段があった。一階の玄関を上がって、祖父の書斎を右手に過ぎて廊下を歩いたすぐ、そこに謎の扉があって、物置になっていた場所であった。内階段はそこから東へとのぼって北へ曲がっており、その行きつく先の二階から見ると、板で埋められて実際に階段があるのかどうかわからなくなくされていたのである。これは私が生まれてからそうで、小学校入ってすぐくらいの頃になぜかその部分だけリフォームし、内階段の封印は解かれて、中を通って一階と行き来できるようになった。幽霊が出るのはその内階段である。
内階段を上り、家の北面に衣裳部屋兼廊下を歩くと、左手に兄である次男の部屋があり(勝手口は次男の部屋に繋がっている)、次男の部屋を通り過ぎると右手にトイレ。廊下の突き当りの扉を開けると私の部屋だった。そこからは室内に廊下はないので、次男が家の中を移動するときは必ず私の部屋を経由することになっていたのでたいそう迷惑していたのだが、それはこの際おいておくとして、問題はその内階段である。
この内階段は昼夜問わず、トン、トン、トン、トン、と、人ののぼってくる音がして、気配もする。そして板張りの廊下をぎし、ぎし、と歩き、私の部屋の前まで来たかと思うと、しばらく立ち止まり、私の部屋ではなく隣のトイレに入って扉を閉める。そして出てこない。たまにジャーッと水が流れることもあった。
もちろん階段を上ってくる音、廊下を歩いている音、トイレに入る音、その音がするときに私の部屋の扉を開けて正体を確認しようとしても誰もいない。
父に聞いてみると、『いろいろ事情があって(あの階段は)閉じていた』とだけ言ったが私の部屋の、内階段へと続く扉の上には、絶えず塩の入った袋が下がっており、何かが入ってこないようにしているということは明白であった。
とはいえ、特に何もしてこない霊なので、三年もすれば慣れるようになった。夜勉強していたりすると、ギシ、ギシ、と廊下の音を立てるし、トイレに入っては水を流したりするのでとても気が散る。なので十歳を超えたあたりから、集中を途切れさせられたりすると『うるさい!!!!』と扉を開けて怒りを表現することにした。
するとしばらく出てこなくなるのだが、しばらく日を置くとまた出現する。けれどとある日、その幽霊の行動は違った。私の部屋の前まで来て、いつものようにトイレに入ったかと思うと、カツン、と、扉の鍵を閉めたのである。そしてジャーッっと水が流れたが、水は一向に止まる気配はなかった。
さすがにトイレの水流しっぱなしは水道代がかかるので、何とかして止めなければならない。そのときは昼間のできごとで、家には私しかおらず、トイレは中に誰もいないはずなのに鍵がかかっており、扉を叩いても鍵は開錠されない。
仕方なしに、私はトイレの裏手に回り、半開きのトイレの窓から、その外の、人の通れないコンクリートの格子の隙間を通してホウキの柄の先端を差し込んで、昔よくあった左右にスライドして鍵をかけるタイプの鍵の端に引っ掛けて開け、戻って開いた扉からトイレに入って流れる水を止めた。
そのときさすがにこの霊のめんどくささに頭にきた私は、廊下にドン、とホウキの柄を打ち付けて、『ふざけんな! いらんことばかりして! 次やったら○○してやるから覚えとけ!』 かつてない剣幕で怒った。その勢いに反省したのカ、しばらく霊は現れなかった。
が、一週間くらいしたら普通に再出現したので、ほとぼりが冷めるのを見計らっていたのだと思った。ちなみに私に対してはそんな感じの霊だったのだが、次男はその霊のことをたいそう怖がっていた。今はもう実家を出て久しいのだが、あの家には次男だけがまだ残っている。あの霊もまだ出るのだろうか、と少し懐かしく思うことがある。
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