第五夜 窓から首ヒョコヒョコ女

これは私が社会人になり、東京都国分寺市に住んでいたころの、二〇一八年前後のときに体験した話だ。


国分寺駅北口を降りてから、アパートまではわりと距離があり、駅まで、余裕のあるときは徒歩、普段はバスを通勤に利用していた。

その数年の間、春から初夏にかけて頻繁に、連雀通りのケヤキ公園近くを通ると、白いフリルのついたワンピースを着た長身の女が辻に立っているのを目撃していた。時間帯は問わず、朝方見かけるときもあれば、日が暮れてからのこともあり、一日のうち朝と夜両方の時もあった。ただ、頻度としてはかなり多く、週三~四回程度は目撃していたように思う。女性の体格はかっちりとした大柄なタイプで、身長も高く格好も相まって目立つため、普段から印象に残っていた。


とある日の深夜、帰りが遅くなった私は本数の少ないバスには乗らず、徒歩で国分寺駅から帰宅することにした。その日は仕事が長引き、確か二十三時を回っていた頃のように思う。国分寺駅北口を出て北に歩き、連雀通りに入ると、いつものようにその白い服を着た女性が、いつもの辻に立っていた。わざわざ街灯のない電柱の下にたっているので、不気味だなと思って通り過ぎようとしたが、その日は珍しく今までその場所を動いたことのなかった彼女がすっと移動し、辻から住宅街の道に入っていったのである。


珍しいこともある。そう思って興味が沸いた私は、女の後をこっそりとつけてみることにした。とはいえ、国分寺周辺の住宅街は道がとても入り組んでおり、ばれないように、かつ見失わないように女を追跡するのには骨が折れた。見失ったかな、と思って住宅街の角を曲がったとき、私ははっと驚いて建物の陰に身を隠した。


明かりの漏れるアパートの一階であった。女は格子の上から首を上下させ、顔をヒョコヒョコと出し、格子の上からアパートの窓の中を覗いていたのである。

上からヒョコヒョコと覗いたり、顔を横にして横の隙間からヒョコヒョコを覗いたり、それをしばらく繰り返し、電池が切れたように止まったかと思うと、また次の部屋に移動してヒョコヒョコと覗く。女はそれをひたすらに繰り返していた。


私はあっけにとられながら、これは危ない光景かもしれない。そう思ってその場を動けずにいると、アパートの最後の部屋をヒョコヒョコし終わった女は、やはり電池が切れたかのように動きを止めて、それからしばらくして、くるり、と私の方を振り返ったのである。


心臓が止まる思いをして、私は咄嗟に建物の陰に身を隠し、そして全力で走って家まで逃げ帰った。こちらの方が暗い場所にいたから、顔は見られていないはず。でも、もし見られていたら…? つけられていたら? ここは二階だけど、あの女はヒョコヒョコしに来るのだろうか。もしあの女と通勤時に遭遇したらどうすればいい?

そんなことを考えながら眠れぬ夜を一夜過ごした。


********


結局あの女は、私の顔は覚えていなかったようで、通勤時にすれ違ったりしてもこちらに興味を示すこともなく、危害を加えてくることもなかった。ただ、夜中に女がヒョコヒョコしていた近辺に近づくことはやめ、それ以降女の後を追いかけようとも思わなかった。


類似の話で二〇一九年に窓から首ヒョコヒョコ女という八王子の怪異がなんJで掲載されるが、似たようなものを国分寺でも見たな、と思ったものである。

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