第三夜 送り提灯
これは私の祖父が実際に体験した話である。
戦後まもなく、祖父は若いころ、町の方に物を売りに行った。取引が長引き遅くなってしまい、辺りはすっかり日が暮れて夜になってしまった。
町の方から祖父の住む家に帰るには、峠を一つ越えなければならない。その峠の辺りは薄暗く、街灯や、家の明かりの一つもない。しかもその日は月もない新月の晩だったのだという。心細く思いながら夜闇の峠道を歩いていると、ふと、後ろのほうでぼんやりと何かの明かりが揺れたような気がして振り向くと、数メートル後ろに青白い人魂がゆらゆらと漂っていたのである。
悪い妖怪だったら困る。そう思った祖父が無視して歩き出すと、青い人魂は一定の距離を保ってついてくる。立ち止まると人魂も止まる。歩き出すとまたついてくる。この繰り返しだ。このままではらちが明かないと思った祖父は、腹を決めて振り向くと、青い人魂に向かってこう言い放った。
『お前が悪い幽霊なら、今すぐ目の前から消えて欲しい。しかし、もしお前が良い幽霊ならば、この明かりのない夜、道も見えずに苦労している。だから家までの帰り道、どうか転ばぬよう足元を照らしてはくれまいか』
人魂はしばらく逡巡するように漂うと、すうっと祖父のもとへと移動し、ゆっくりと高度を落として足元近くでとどまった。そして祖父を先導するように、人が歩くのと同じ速度で先へと進み始めた。青い人魂は、道を誤ることもなく峠を抜け集落に入り、とうとう祖父を家まで連れて帰ったのだという。
家に着くと人魂はふっと消えてしまい、帰りの遅い夫をたいそう心配していた祖母に、祖父はその青い人魂のことを話した。世の中には良い幽霊もいるものだ。そう言って祖父母は、峠道の人魂が出現した場所と、消えた家の前に、後日お供え物をしたのだという。
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