第二夜 時空のおっさん 1人目

このお話も、私が小さいときに実際に体験したお話である。


当時小学校の一年生だった私は、宿題として出されたプリントを学校の机の引き出しに忘れてしまった。それを夜になって気付いて、どうにかして宿題を提出しなければならないと思い、学校に取りに行くことにした。ただ、小学校一年生が夜中に外に出るわけにはいけないから、朝まだ誰も登校しないうちに、という算段とした。


私は親が起きてくる前に家を出て、まんまと学校に忍び込んだ。とはいえ子供のすることだから、せいぜい朝七時くらいのことである。だから本来であれば、学校にはすでに先生の一人くらい来ていてもよさそうなものだけれど、教室の鍵は全て閉まっており、職員室にも誰もいなかった。あたりは静まり返っていて音一つなく、そのとき学校にいるのは私だけであるような気がした。しかし、教室が閉まっていてはプリントを回収することはできない。私が教室の前で考え込んでいると、突然背後から、『オイ!』と声をかけられた。びっくりして振り向くと、そこには作業服を着た用務員と思しきおじさんが立っていた。


『こんなところで何をしているんだ』というおじさんの問に答えられずにいると、『ここに入っていろ』と言って、私を外階段の横にある、もとは物置だったような、外から鉄格子の戸が閉められるコンクリートの空間に入れられた。その空間はその学校の中でも謎のスペースであり、よくどろけいの牢屋として使われている場所だった。おじさん鉄格子の扉にどこからか取り出した南京錠をかけ、そのままどこかへ行ってしまって、私は一人残された。


しーん、と、物音一つせず、静まり返った朝方の学校である。空は異様に青かった。私は息を殺しながら、こんなところを誰かに見つかったら、とそんなことを考えていた。しかし見る見るうちに時間は過ぎて、もう一時間くらい経ったように感じたころ、それでもまだ学校は静まり返っており、人っ子一人誰の姿も見当たらなかった。さすがにもう誰かが登校してきてもいいはずの時間である。


何かがおかしい。この学校は、何かおかしい。そう思ったそのとき、先ほどの作業服のおじさんが現れ、がちゃがちゃと南京錠を外した。私が牢屋から出ると、『こんなところに、来ちゃいけないよ。早く帰りなさい』とおじさんは言った。私はその言葉の通りに怖くなって、脱兎のごとく駆け出して家に逃げ帰った。不思議なことにその帰り道、私は誰とも出会わなかった。



慌てて親に報告しようとしたが、両親はまだすやすやと眠っていた。時計を見ると、時刻は七時十五分を回っていないところだった。当時学校へは徒歩五分程度のところに住んでいたから、学校の中にいたのは十分にも満たないことになる。あんなに長い時間閉じ込められていたはずなのにおかしい。そうは思いながらも、いつものとおり朝食のトーストとカフェオレ、コーヒーを準備したあたりで両親が起きてきた。早朝に体験した不思議な出来事を説明しようかと思ったけれど、プリントを忘れたことをとがめられるのが嫌だったので、そのまま黙っていることにした。



********



後日、よくよく思い出してみると、学校には私がそのとき見た用務員さんは存在せず、全くの別人であった。さらに、そのときあった用務員のおじさんの顔は、なぜだかどうしても思い出せない。今思うと、あれは昨今の実話怪談に語られる、この世ではないどこかの場所に迷い込んだものの前に現れる、『時空のおっさん』だったのではないかと思う。

なお、別の時空のおっさんにはその後も何度か遭遇しているので、またどこかで後述したい。

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