vision:ⅩⅩⅢ 過去からのSign~聖なる夜に告げる夢~

忘却された過去の記憶。

その夢が語るのは

これから訪れる事の前兆か?

それとも、何かのSignか?


未だ見えぬ未来の行く末に、

茨の棘があらんことを―――。


――――――――――


夜が明け、今日はクリスマスイブ。

教会では朝から近隣の村人達が集まり、賑わっていた。


こんなにも早くからこれほどの人が集まるなんて、滅多なことでは無いとは思ってはいるが、今年は状況が違う。

教会へ避難して来た村人も一緒になり、いつも以上に賑わった状況になっているのだった。

とりあえず私は仮宥愛たちを探し、何か手伝うことが無いか聞こうとしたが、なかなか会えず仕舞いでいた。

ようやく姿を見かけることが出来たのは、昼頃になってからだった。


「お疲れ様です。だいぶ賑わっているみたいですけど、何か手伝うことはありますか?」

「ありがとうございます、千紗都さん。すみませんがちょっとだけ、コレを配るのを手伝ってもらえますか?」

「わかりました。………って、コレは蝋燭ですか?」

「はい、この蝋燭に火を灯して、皆で祈りを捧げるのです。祈りの儀のことは聞いてますか?」

「美彩さんから聞きました。でも実際まだよく分からないこともあるので、とりあえず他の人がしていることのを見て、同じことをすれば良いのですか?」

「そうですね。千紗都さんは初めてなので、皆さんのすることを良く見て、それを真似してもらえれば大丈夫です。そんなに難しいことはないので、きっとすぐに出来ますよ」

「わかりました。じゃあ、この蝋燭を配ったら、またきますね」

「お願いします」


そう言って仮宥愛から仕事を任されて、教会へ訪れた人たちに蝋燭を配り、渡された分がなくなる頃には、だいぶ日が傾いてきていた。

その後仮宥愛に全て配り終えたことを告げ、次は何をすれば良いのかと聞くと、「そろそろ儀式の準備をするので、蝋燭に火を灯して待っててください」と言われた。

そして、日が沈みかけた頃。

皆が蝋燭に火を灯し、その時を待っていた。


そして宵を告げる鐘が鳴り響き、仮宥愛が正装に身を包んで壇上へと姿を現した。

その手には聖書を持ち、荘厳なる雰囲気を漂わせていた。


仮宥愛が壇上に立つと、聖書を開き、祝詞を唱えた。



【Puer divinus, gratia plene, Domnus tecum】

(めでたし、聖寵充満てる神子、主御身と共にまします)

【Gratis tibi ago pro felicitate,quam nunc habuisti】

(今とこれまでの幸福に感謝を)

【Gratis tibi ago pro labore tuo nunc et in preaterito】

(今とこれまでの苦難に労いを)

【Benedictite vitam novam, natam in tempore, quo simul sumus consumpti】

(共に過ごす季節の中で、新たの産まれた命に祝福を)

【Gratis agimus tibi, quia perseueras ut luceant tuo luminus】

(光を照らし続けるあなたに、われらは感謝いたします)

【Ora pro nobis nunc et in hore mortis nostrae】

(われらのために、今も臨終の時も祈り給え)

【Amen】

(アーメン)



祝詞を言い終えると、仮宥愛は持っていた蝋燭を天に掲げて。

すると皆、仮宥愛に続き【Amen】と口にしてから蝋燭を天に掲げていく。

皆が蝋燭を天に掲げて暫くしてから、仮宥愛が「みなさん、ありがとうございます。祈りを………」と告げると、皆が目を閉じてそれぞれの想いを神に祈っていた。


私もそれを真似して、【Amen】と告げて蝋燭を天に掲げ、目を閉じて神に祈りを捧げた。


―――どうか、皆が幸せでいられますように………。


その後祈りを捧げた者は教壇前のテーブルに蝋燭を置くと、皆それぞれに仮宥愛に挨拶をし、帰路についた。


「それでは、我々も館に戻りましょうか」


皆を見送った仮宥愛が声を掛けて館へ戻ると、何やら良い匂いがしてきた。

厨房では従者達と共に未遊夢と未幸姫、そして奏音も一緒に食事を作っていた。

今日はどんな宴になるのやらと、僅かに期待している自分に気付いて。


―――クリスマスイブにこんな気持ちになるのは、いつぶりだろう………?


もう随分と昔の頃、パーティをして皆で笑い合っていた頃が懐かしくて。

でも、もうそれは永遠に来ない夢物語だったと諦めていた。

それでも今こうして、また今日という日を楽しんでいる自分に、何処か後ろめたさもあって。


(私、笑ってていいのかな………?)


ふと、また不安な気持ちが顔を出して。

無意識に表情にも出てしまっていたみたいで、仮宥愛が心配そうに声を掛けた。


「千紗都さん、大丈夫ですか?」

「あ………、すみません。何でも、ないです………」

「そうですか?なんだか少し憂鬱げな表情でしたが………。また話したくなったら、いつでも聞きますからね」

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですので………」

「わかりました。では、もう少ししたら夕食の用意が出来るそうなので、それまで部屋で休みますか?」

「はい、そうします」


そう言って私は部屋に戻り、扉を閉めてそのまま佇んでいた。


(いけない、また心配かけちゃうところだった………。本当に、もう大丈夫だと思ったんだけどな………)


はあっと大きく溜息をつくと、窓の外を見つめた。

外は薄らと雲が広がっていて、教会の明かりがぼんやりと浮かぶように見える。

そのうち雪が降ってくれば、ホワイトクリスマスになる。

昔はそれが楽しみで、いつも窓の外を見ては雪が降らないか、ずっと待っていたこともあった。


楽しいはずの思い出が蘇っては、もう戻れないと悔やんで。

気付けばまた大きく溜息をついていて、窓が白く曇っていた。


それから暫くして、仮宥愛が夕食の準備ができたと呼びに来て、食堂へ行くと既に皆が揃っていて。

テーブルの上にはおいしそうな食事が並んでいて、ほどよく良い匂いが漂っていた。

皆が揃ったことで仮宥愛が「神への感謝を」と声を掛け、皆が「豊かな恵みに感謝と祝福を」と告げ、『いただきます』と言うや否や、一斉に食事に手を伸ばしていった。


彩り野菜のシーザーサラダにこんがり焼けたローストチキン、いちごがたっぷり乗ったケーキにブッシュドノエル。

他にもいろいろな食べ物が溢れんばかりにテーブルに並べられていて、笑顔で頬張っておいしそうに食べている姿を見て、皆が心から楽しんでいるのを感じられた。


それに今日は美彩も調子が良いみたいで、皆と一緒に食堂へ来ている。

すると、奏音がふと思い立って、バイオリンを部屋から持ってくると、その音色に合わせて未遊夢と未幸姫が歌を歌う。

演奏を終えると、皆が盛大に拍手を送り、満足そうに笑う未遊夢達。


そうして、クリスマスイブの夜はあっという間に更けていく。

食事を終えて部屋に戻ると、従者の人たちが暖炉に薪をくべていた。

今夜もだいぶ冷え込みが厳しくなるので、暖かくしてお休みくださいと告げて、部屋を後にすると、私はベッドに腰掛けた。


暖かい部屋にふかふかの枕に整えられたベッド。

温かい食事に優しい住人達に囲まれて。

これ以上の幸せなんて無いかも知れない。


「………」


そっと目を閉じて、今までの出来事を振り返ってみた。

ここに来てまだ半月も経っていない。

けれど、この短い間にいろんな事があって、いろんな事を知って。


(本当にこのまま、此処に居ても良いのかな………?)


ふと、また一時的な不安が頭を過ぎって。

こんな気持ちばかりでは、せっかくのクリスマスイブの楽しみが台無しになってしまうと、頭を振って。

でも、どうしても考えてしまう。


―――もし、このまま此処に居られるのなら………。


そんな都合の良いことなんて、出来るわけないよね………と、自分にそう言い聞かせていた。

そもそも、私がここに来たことに関して、まだわからないことがたくさんある。


私がこの世界へ飛ばされた、本当に理由。

元の世界では、どういう状況になっているのか?

私が居なくなったことで、親友の有希那が心配しているのでは………?

それに、元の世界に帰る方法さえも、未だにわかっていない。


(そもそも私、元の世界に帰れるのかな………?)


そう考えて、改めて今までのことを振り返ると。

今のこの世界のことを知るのに必死で、帰る方法をしっかり調べてなかったことに気付いた。

それとなく調べてはいたが、どれもはっきりしない架空の伝承しかなく、これといった手がかりはまだ掴めていない。

こんな状態で本当に元の世界に帰れるのだろうかと、不安を抱きつつ、不意に襲ってきた眠気に逆らえずに、気付けば私は眠りについてしまっていたのだった。


ふと気付けばそこは深い森の中。

私はたったひとり、森の中を彷徨っていた。

辺りを見渡しても、何処も同じような風景ばかりで、私は次第に心細く感じて。


いつの間にこんな場所へ来たのだろうか?


彷続けているうちに森の奥へ奥へと来てしまったのか、辺りは薄暗く樹海のような深い森へと姿を変えていた。


「………」


ふと、誰かの声が聞こえた気がして。

立ち止まり、辺りを見渡しても誰の姿も見えなくて。

けれどその声は、次第にはっきりと聞こえるようになって。


「………千紗都」


自分を呼ぶ声がはっきりと聞こえた瞬間、いつの間にそこに居たのか、一人の少女が目の前に立っていた。

だが、差し込んだ陽射しの逆光ではっきりと見えなくて。

頭の片方にリボンを結んだ、ショートヘアの少女と言うことはシルエットでわかったが、その表情まではわからない。

誰だろうと首を傾げると、少女はどこか悲しそうな声で呟いた。


「私のこと、もう覚えていないんだね………。でも、それは仕方のないこと。今の千紗都には、私を視ることは出来なくても、私はいつでも、千紗都の傍にいるから………」


少女がそう呟くと、どこからともなく目を開けていられないほどに強い風が吹いて。

一瞬だけ目を閉じ、再び目を開くと、そこには既に少女の姿はなかった。

その直後には目を覚まし、ベッドに横になって眠っていた姿に気付いた。


先ほどの少女がいったい誰なのか、思い出せはしなくとも、何処か懐かしさを感じていた。


―――さっきの夢、それにあの子………。

―――私、どこかで会ってる………?


いつか遠い昔に、会ったことがあるような、そんな感覚が私の中を渦巻いて。

それがいつだったのかが思い出せなくて、ぼんやりと頭を軽く振って、手を当てた。

そしてふと、窓の外へと視線を向けると、薄らとだが雪が降り始めているのが見えた。


その頃、仮宥愛は教会でまた明日行われるミサの準備をしていて、結翔は医務室に篭もって薬の調合をしていた。

美彩も部屋に戻り植物たちに寝る前の水を与えて、未遊夢と未幸姫は奏音に子守歌を歌ってもらい、夢の中へ。


皆がそれぞれ、想い想いにクリスマスイブを過ごして、夜が更けていった―――。


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煉獄の森~EZAM~ 結城朔夜 @sakuya_yuhki

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