vision:ⅩⅩⅣ 福音と祈り~始まりの終音~

いつか願った、温かく安らげる場所


それを手にした時

これ以上にない幸福と

このかけがえのない刻を想う気持ちと

いつまでも続いて欲しいという

新たな願いは

やがて音を立てて知らせる


それが、始まりの終わりを告げる音だと

気づく頃には、もう遅いのかもしれないのに………



――――――――――


そしてまた夜が明け、今日はクリスマス。

何やら賑やかな声がした気がして、目が覚めた。

ベッドから起きて顔を洗っていると、どうやら外からその声が聞こえてくるようだった。

何を騒いでいるのだろうと、窓の外の様子を窺うと、一面雪景色に変わっていて。

避難してきた子供達が大はしゃぎで、雪遊びをしているのが見えた。


いつでも何処でも子供は元気いっぱいだなと、微笑ましく想いながら眺めていたが、次第に寒さで身体が冷えそうになってきたので、カーディガンを羽織った。


朝食をもらおうと食堂へ向かい、扉を開けると既に未遊夢と未幸姫が食事を摂っていて。

今日は随分と早くに起きてるなと感心していると、二人は食べ終えると同時に急いで食器を片付けていた。

何処か急いでいるような気もして疑問に思っていると、奏音が顔を出し二人を呼ぶと一緒にエントランスへ向かっていった。


「おはようございます、千紗都さん。どうかしましたか?」

「あ、仮宥愛さん………おはようございます。奏音達がどこかに行くみたいですけど、何かあるのですか?」


後から来た仮宥愛が声を掛け、三人は何処へ向かったのか聞くと、「ああ、それは………」と思い出したように話してくれた。


「あの子達なら、今日の式典で聖歌隊をするので、その準備で教会に向かったのでしょう。そういえば千紗都さんには言ってなかったですね」

「聖歌隊か。ってことは、奏音も一緒に歌うの?」

「奏音さんは伴奏者としての参加ですよ。聖歌隊は10歳までの子供が集まって聖歌を謳います。式典は正午からなので、是非聞いてあげてください」


そして、仮宥愛と一緒に朝食を摂り、彼もまた式典の準備に教会へと向かっていった。


式典の時間まで部屋で休もうと、廊下を歩いているときにふと窓の外に視線を向けると、外は薄らと雲が覆っていて、チラチラと雪が舞い始めていた。

朝方、外で遊んでいた子供達の姿はもうなく、代わりに子供達が作ったであろう大小様々な雪だるまが並んでいるのが見えた。


それを見てふと、子供の頃に自分も雪だるまやかまくらを作って遊んでいたなと思い出して、思わず笑みがこぼれた。


それから正午近くになったので教会へ向かうと、昨日と同様に多くの村人が集まっていた。

祭壇に前には数人の子供たちが皆同じ衣装に身を包み、時間になるのを待っている。

やがて正午を告げる鐘が鳴り響くと、皆一斉に静まると同時に、奏音が弾くパイプオルガンの旋律が響いてきた。


そして、その音色に合わせて子供たちが声を揃えて聖歌を歌う。


♪~

Held in the arms of the beautiful Mother

(麗しき御母の腕に抱かれ)

A child granted a peaceful sleep

(安らかな眠りを与えられし子)

Nurture a healthy mind

(健やかな心 育みて)

Those who live together, the sound of harmony.

(共に生ける者等 調和の音色)


Play and resonate into eternity

(奏で 響け 永遠へと)

Continue praying, into the sky

(祈り 続け 宇宙-そら-へと)

Send it back to the Mother.

(届け 御母に 還したまえ)

♪~


歌い終わるとたくさんの拍手が沸き起こり、子供達は皆満面の笑みを浮かべていた。

その姿はどこまでも純粋で清らかな印象を与えて、聖なるこの日にふさわしい光景だった。

それから仮宥愛が再び祝詞を唱えて、【Amen】と口にすると、皆もそれに続き【Amen】と唱えた。


そして式典が終わり、子供達はみなそれぞれの家族の元へと戻っていくのを見届けて。

私は未遊夢達を探していると、不意に後ろから服の裾を捕まれて。

え?っと思い振り向くと、未遊夢と未幸姫の姿があった。


「何しているんだよ、千紗都姉ちゃん。ちゃんと僕たちの歌、聞いてくれてた?」

「うん、聞いてたよ。すごくきれいな歌声だったよ。思わず引き込まれちゃうくらいだったよ」

「へへっ、すごいだろ!一杯練習したから、絶対うまく歌える自信はあったんだ」

「う~!頑張った!」

「そっかそっか。二人とも良く頑張ったね、お疲れさま」


そう言って二人の頭をそっと撫でると、無邪気に笑う彼らを見て、心が癒されていく感覚がした。


それから未遊夢達は着替えるために奥の部屋に行くのと引き換えに、仮宥愛が着替えを終えてでてきた。


「仮宥愛さん、お疲れさまです」

「お疲れさまです、千紗都さん。子供達の聖歌はいかがでしたか?」

「すごくきれいな歌声で、思わず引き込まれちゃうくらいでした。未遊夢と未幸姫も、すごく頑張ってて良かったです」

「そうですね、たくさん練習をしていましたから。うまく歌えてて二人とも満足でしょう」


そう言いながら着替えを終え、聖歌隊の子供達と一緒に談笑している未遊夢達の姿を見て、穏やかな表情を浮かべる仮宥愛。

そんな光景を見て、私はふと結翔の姿が見えないことに気づいて。

どこにいるのだろうかと、辺りを見渡すも、どこにも姿が見えない。

それに気づいたのか、仮宥愛は「おそらく、美彩さんの世話をしてると思います」と言って、皆に一言挨拶をすると一緒館へと戻った。


館に戻り食堂へ向かうと二人が何やら作業をしていた。

何をしているのかと疑問に思っていると、仮宥愛が声をかけた。


「お二人とも、お待たせしました。どこくらい進んでいますか?」

「仮宥愛さん、お疲れさまです。もう出来上がっているので、渡すときにもう一度温めるだけです」


どうやら作業は順調に進んでいたようで。

私は何を作っていたのかと聞くと、未遊夢と未幸姫それに奏音にも、頑張ったご褒美として、ハーブと蜂蜜入りのミルクティを作っていたらしい。


「味見してみます?」


美彩にそう言われて、「いいの?」と尋ねると、「たくさん作ってるので、大丈夫です」というので、その言葉に甘えて、一口飲んでみた。


「………おいしい。それにいい香り」

「ふふ、でしょう?香りは控えめだけど、リラックス効果抜群になるように、結翔君が配分してくれたからね」

「そっか。きっと二人も喜ぶと思うよ。一生懸命歌ってたから、喉もカラカラだろうからね」

「ですね」


結翔は照れ隠しなのか顔を背けて、そんな話している間に、未遊夢達も戻ってきた。

早速二人にハーブ入りにミルクティを飲ませると、「おいしい!」と大喜びで、皆その微笑ましい光景に笑みを浮かべていた。


その後昼食の宴の準備が整ったと使用人から声が掛かり、皆で教会の大広間に行くと、既に村人達がたくさんの食事が並んだテーブルを囲んで食事をしていた。


「僕、お腹ぺこぺこだよ~。早く食べよう!」

「う~!いっぱい食べる!」

「はいはい、慌てない慌てない。ゆっくりでいいから、いっぱい食べようね」


大はしゃぎの未遊夢と未幸姫を奏音が落ち着いた声で促すと、「「は~い」」と元気良く返事をする二人。

それから皆で村人達と談笑しながら食事を摂り、クリスマスの式典も宴も終わり、皆がそれぞれの家路についた。

私たちも館に戻りエントランスに入るや否や、使用人達が綺麗に包装された包みを持って出迎えてくれた。

それを待ちわびていたかのように、「早く早く!」と急かし、その包みを受け取る未遊夢達をみて、そう言えばと思いだした。

たぶん、あの包みの中身は未遊夢達へのクリスマスプレゼントなのかもしれない。

大喜びではしゃぐ二人は、早速中を開けて何が入っているのかを確認する。


「あ!これ欲しかった図鑑だ!!」

「う~!新しいお人形!!」

「二人ともよく頑張ったからね。ご褒美のプレゼント、喜んでもらえたかな?」

「うん!仮宥愛兄ちゃん、ありがとう!!」

「ありがとう!」

「ふふ、どうしたしまして。さぁ、今日はもう疲れたでしょう。お部屋で少し休みますか?」

「うん、じゃあそうする。奏音姉ちゃんも、千紗都姉ちゃんも、またあとで!」

「う~、また!」

「は~い。ゆっくり休んでね」


そう言って部屋へと走りながら去って行く二人を見届けて、私と奏音は顔を見合わせて微笑んだ。

そして奏音もまた、使用人からプレゼントを受け取り、中身を確認すると。


「新しいフルートだ………」


嬉しそうに微笑む奏音に、私も自然と笑みがこぼれて。


「早速吹いてみる?」

「いいんですか?」

「もちろん。奏音のフルート聞いてみたいな」

「いいですね。私も是非聞かせて欲しいです」

「仮宥愛さんまで………。じゃあ、お言葉に甘えて。此処で吹いてもいいですか?」

「構いませんよ。どうぞお好きにしてください」

「では………」


そういって奏音は新しいフルートを手にして、息を大きく吸い込み、フルートを吹く。


♪♫~♩♩♪♬♪~


綺麗な音色が響いて、私も仮宥愛も、そして周りにいた従者達も仕事の手を止めて、奏音の奏でる旋律に耳を傾けて聞き入っていた。


「綺麗な音ですね。心が浄化されるようです」

「仮宥愛さんってば、それは言いすぎではないですか?でも、本当に心が澄んでいくような音だね。聞いててすごく心地良い」

「ありがとうございます。こんなに素敵なプレゼントをもらえて、私、すごく幸せです」


そう言う奏音は本当に嬉しそうに、心のそこからの笑みを浮かべていた。

その笑顔に私も仮宥愛も、自然をまた笑顔になっていた。


今日は心温まる光景がたくさんあって、なんだか少しくすぐったい気分だ。


「あ、そう言えば。千紗都さん、渡すのが遅くなりましたが、こちらが千紗都さんの分です」


そう言って、仮宥愛が上着のポケットから小さな箱を取り出して、私に差し出した。

まさかとは思ったが、私の分のクリスマスプレゼントも用意してくれていたみたいだ。

ちょっと驚いて一瞬呆然としてしまったが、「ありがとうございます」と言い受け取ると、早速中身を確認して見た。


中に入っていたのは、掌サイズの丸い水晶だった。


「水晶………?」

「はい、主に水晶は導きを示す物とされてます。悩み事や迷いがあったときに水晶を覗き込むと、運命の導きが示されるとされているのです。今の千紗都さんにはぴったりかなと思いまして。いかがですか?」

「………正直、私の分まで用意してくれていたなんて、思ってなかったのでビックリしました。でも、その分も含めて、すごく嬉しいです。ありがとうございます」

「いえいえ。千紗都さんも、だいぶこちらの世界に馴染んできているので、私としても安心です。しかし、あなたはいずれ元の世界に帰らなければならないときが来る。その時まで、私にできるコトはしてあげたいと思ってますので」

「仮宥愛さん………ありがとうございます!」

「よかったですね、千紗都さん」

「うん。あ………でも、私は何も用意してないや」

「構わないですよ。此処にいる間は、私が保護者になる立場ですから。千紗都さんも今だけは、子供のままで良いのですよ」

「でも………。なんだか申し訳ない気も、しなくもない………」

「その気持ちだけで充分です。千紗都さんはいつだって頑張っていらっしゃるのですから。今日くらい、肩の荷を下ろして、子供らしく過ごしても誰も責めはしませんよ」

「そう………かな………?」

「ええ」


仮宥愛は微笑んでそう言うが、私はまだ心のどこかで、申し訳ない気持ちが居座っていて。

でも、今日くらいはその言葉に甘えても良いのかな………と思い、手の中にある水晶を見つめた。

透明なのに、まるで鏡のように自分の姿を映し出しているかのような、そんな水晶を見て、私は小さく笑みを浮かべて。


(………今日だけは、いいよね?)


誰に問い掛けるわけでもなく、自身に言い聞かせるように。

私はそっと目を閉じて、そして願った。


―――この温かい気持ちを、いつまでも忘れないで居たい、と。


それから夕食の時間までそれぞれの部屋で休むことに成り、私も一度部屋に戻ろうとしたその時、従者の一人が慌てた様子で仮宥愛に駆け寄ってきた。


「すみません、仮宥愛様。美彩様がまた発作を起こしました。食堂へお願いします」

「わかりました、すぐに向かいます」


そう言えば先ほど、美彩は食堂で結翔と一緒に居たなと思い出して。

私も様子が気になり、一緒に行かせてもらうことにした。


食堂に向かうと、踞る美彩に結翔が何かを呟きながら精霊の力を使っていた。


「これは………まさか?!」

「仮宥愛さん、どうかしましたか?」

「説明はあとです。今は治療に集中させてください!」

「………わかりました」


状況がわからない私とは対照的に、仮宥愛は瞬時に状況を把握し、対処に当たった。


「もう大丈夫ですよ、結翔。ありがとうございます。後は私が引き継ぎますので、休んでください」

「………お願い、します」


どことなく、結翔の返事に力が入ってないように感じて。

入れ替わりで今度は仮宥愛が精霊の力を発動させて、美彩の看病に当たり、結翔はフラフラとした足取りでその場を離れた。


「結翔、………大丈夫?」

「………なんとか」


そう返事をするも、見るからに相当力を消耗しているようで。

私はそっと結翔に寄り添うと、「………ごめん、ありがとう」と小さく謝っていた。


「美彩さんも心配だけど、結翔も無理しないで」

「うん………。でも、この発作はいつものとはちょっと違うみたいだから、………気をつけて」

「そう、なの………?」


そう言いながら美彩達の方へと視線を向けると、仮宥愛もまた険しい表情で、何かを呟きながら力を発動させている。


「闇の影の影響じゃなくて、精神的なものが引き金になってる………」

「え?どういう事………?」

「………美彩姉の発作は大体、闇の影からの影響が多いんだ。でも、たまにそれ以外でも発作が起きることがあって………。その為にいつも薬を飲ませてるんだけど………」

「その薬が、切れたって事?でも、普段からそんな状態なら、専門的な医者に診てもらった方が良いと思うんだけど………」

「薬………。今持ってないから、取りに行かなきゃ………」

「………わかった、一緒に行くよ。結翔まで倒れたら元も子もないでしょう?」

「………ありがとう」


なんとなく、話を逸らされたような気がしたけれど、今は美彩の発作を抑えることが優先だ。

薬の持ち合わせがないとのことなので、まだ少しふらつく結翔を支えながら、医務室へ向かった。


急いで医務室へと向かい、調合されている薬が置いてある棚の薬瓶を探して、あることに気付いた。

棚にあったのは美彩の分だけでなく、未遊夢や未幸姫の分もあったのだ。

そう言えば以前、二人が癇癪を起こしたときにも、同じような薬を飲ませていたのを思い出して。


(これって、同じ薬なのかな………?)


と考えていると、結翔に声を掛けられて。


「千紗都、どうかしたの?美彩姉の分の薬、あった?」

「あ、ごめん。ちょっと待って………えっと、ひとつで良いんだよね?」

「うん。………じゃあ、戻ろう」

「わかった」


そして私たちは薬瓶を持って食堂へと急いで戻っていった。


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