vision:ⅩⅩⅡ 追懐Ⅱ~凍てつく夜の帳に~
言葉にならない想い。
声にならない叫び。
上手く吐き出すことが出来なかった感情は
やがて暗い影を落として
そして、
いつしか忘れられていく。
この世界に、生まれ堕ちたことも。
そして、私自身のことも、全て………。
――――――――――――――――――――
いつものように、奏音の奏でるピアノに合わせて、未遊夢と未幸姫が歌う。
いつものように、薬草類を調合し、それぞれにあった薬を作る結翔。
いつものように、部屋で植物の世話と薬草の苗を育てて、結翔をサポートする美彩。
いつものように、村人達と交流し、互いに支え合う仮宥愛。
皆が皆、各々が自身の役割を担って生活をしている。
それに比べて、私って何なんだろう………?
と、また答えの出ない問いを頭の中でぐるぐるとさせて。
(ダメだな………。私って本当に、役立たずだ………)
そしてまた私も、いつものように自分を卑下して。
仮宥愛にも何度も言われているが、やはり自分の性分はそう簡単には変えられない。
(ホント、私………何やってるんだろう?)
この世界に来て早数日。
次第に慣れはじめた今の生活も、何不自由のない環境も、何もかもが理想的なのに。
どこかで、まだ信じられない部分もあった。
あの時に見た夢の中での言葉が、頭から離れないのだ。
『目を逸らさないで、良く見て御覧なさい。貴方が常に見ているはずのモノで、見落しているモノがあるはず。それが何かは、あなたは知っているはずよ』
『もう一人の私が教えてあげてるでしょう?真実は常に、嘘の中に隠されているわ………』
見落している、嘘の中に隠されている真実とは一体何か?
それがなんであれ、私はきっと確実に、この世界から元の世界へ、帰らなければならなくなるのだろう。
例えそれが、正しいことなのだとしても。
ではなぜ、私はこちらの世界へ連れてこられたのか?
他にも、気になる点はいくつもある。
七海が言っていた、仮宥愛のもう一つの顔が何なのか、まだはっきりとわかってはいない。
もし本当に、仮宥愛がまだ何かを隠しているのならば。
私は、どうしたら良いのだろう?
「はぁ………」
私は何度目かもわからないため息を吐いた。
部屋の中、ベッドの上で膝を抱えて考え込んで。
なんだか昔の自分と同じだなって、そう思った。
あの頃、家族を亡くして一時的に親戚の家に居候させてらっていた頃。
従姉妹の子達もなんだか気まずくて声をかけるでもなく、あまり関わりたくないとばかりに距離をおいてこちらを見つめる視線が、すごく嫌だった。
それ以外にも色々と問題があって下手に外出もできず、あてがわれた部屋で一人膝を抱えて蹲ってばかりいた。
あの頃とは状況も環境も変わったはずなのに。
結局私は、何一つ変わっていない。
それがすごく虚しくて。
どうにもならずに、吐き出せない思いを自身にあてがうように、隠れて時商行為を繰り返していたのだ。
それも今はもうできない。
仮宥愛が気づかれているから。
でも、本当は違う。
自分が一番わかっているはずなのに、もうしようとも思わない。
少しは成長できたのかとも思っていたのに、やはり私は何も変わっていなかったのだ。
「ほんと、バカみたい………」
抱え込んだ膝に顔を埋めて、私は一人蹲り暗く冷たい闇の中へ落ちていくように、誰にも干渉されないように全てを遮断した。
はずだった。
『何をしているの?』
ふと気付けば、目の前が真っ暗になっていて。
誰かの声が聞こえた。
でも、もう誰の声も聞きたくなくて、無視していると、再び声呼び掛ける。
『そうやって、また逃げるのね………』
その言葉に、私は否定するように耳を塞ぐ。
しかし、それでも声は呼び掛け続けた。
まるで全てを見透かすかのように。
『いつまでそうしているつもりなの?』
『いつまで、そうやって目を逸らし続けるの?』
『逃げ続けたって、どこにも居場所なんてない。その先にあるのは、終わりのない苦痛だけ………』
『それでも、まだ逃げ続けるの………?』
どんなに耳を塞ごうとも、どんなに頑なに拒もうとも、声は私に纏わりついて離れようとしない。
まるで私を追い詰めるかのように。
どこまでもどこまでも、地の底から這い出るかのように。
そして私は、拒むのを諦めて、全てを放棄した。
「だったら、どうしたら良かったのよ。全てを受け入れて、大人になれとでも言いたいの?バカなこと言わないで!そんなこと、簡単にできるわけないじゃない………!」
そう叫ぶと、視界が再び明るくなって、ベッドの上に座っている自分の感覚が戻ってくる。
誰もいなかったから良かったものの、私は何処か虚しさと恥ずかしさから、また膝を抱え込み、顔を埋めた。
ーーーまただ。
不安になると、どうしても考え込んで思考が纏まらなくなり、自分の考えや気持ちが具現化して、今みたいな状況になるときがある。
他の人から見ると、独り言を言っているようにしか見えないため、問題視されていた。
最近はあまりなかったので落ち着いたのかも思って居たが、やはり不安が募ると出てしまう。
この症状が出始めたのは、ちょうど”あの事件”の後から。
精神科にも行かされたこともあって、医師から告げられたのは「強いショックとトラウマによる、一時的な乖離状態」と診断されたこともあった。
そのことで、私は人との接触を極力避けていた。
関わろうとしてくる人の大半は、面白おかしく興味本位で寄ってくる者と、哀れむような素振りを見せて慈悲的な自己顕示欲を満たしたい者だけ。
本当に心配して声を掛けてくれる者なんて、誰一人として存在しなかった。
だから。
思いを吐き出しても、それで嫌がられて拒絶されて、結局全てが同じことなら、何もしない方がいい。
そう思ったから私は、全てを拒絶したはずなのに。
なぜ、またこんなことを思い出さなければならないのか。
この世界に飛ばされてからというもの、たくさんのことがありすぎて、現実を忘れられるような出来事が多くて。
だから私は、心のどこかで思っていたのかもしれない。
ーーーこのまま、この世界で暮らせるのなら………と。
でも、七海は言っていた。
『此処はあなたの居るべき場所じゃない』
『あなたの居場所なんて此処には存在しないんだから』と。
その意味を、私はまだ良くわかっていなかった。
「本当に………何やってるんだろう、私」
何をしても、結局答えは出ない。
でも、本当に答えなんて在るのだろうか?
それすらわからないのに、考えることばかりが多くて。
ーーーダメだ。
どうしても、何をしても、考えが纏まらない。
仕方なく私は、少し気分転換しようと、外を歩くことにした。
夜もだいぶ遅いので、出来るだけ静かに回ろうと思って、まずは温室の方へと足を向けた。
ピンライトが灯された温室の中を少し歩いて、澄んだ空気を感じて。
ゆっくりと深呼吸をした。
教会の方はまだ明かりがついている。
仮宥愛がまだ仕事をしているのだろうと思い、教会には寄らず館の中に戻ると、ちょうど医務室から結翔が従者に何かを渡しているのが見えた。
「美彩姉にお願い」
そんな声が聞こえて。
もしかしたら、美彩さんに渡す薬だろうか。
そう言えば以前、美彩さんから結翔が直接部屋に来ることはないって、言っていたのを思いだして。
精神感応能力、だったかな?
結翔の特殊能力で、相手の感情に干渉してしまうことがあると聞いたけど………。
本当にああやって頼んでいるんだと、改めて知った。
ちょうど他にやることもなかったので、結翔に「私が美彩さんに渡すよ」一言声を掛けて、薬の入った袋を受け取り、美彩さんの部屋へと向かった。
扉をノックすると返事があり、美彩さんが扉を開けると少し驚いた表情を浮かべて。
たまたま用事が無かったからと、話をして、部屋に入れてもらった。
「はい、これ。結翔から」
「ありがとうございます。わざわざすみません」
「いいよ、これくらい。本当にすることがなくてたまたま通りかかっただけだから。それよりその薬、いつも飲んでいるの?」
「はい。コレを飲まないと、私………すぐ情緒不安定になってしまうので………。仮宥愛さんにも、結翔君にもいつも助けられているわ。こんな私のこと、いつも気に掛けてくれるのだから」
そう言って、美彩は袋から薬瓶が入った木箱を取り出し、その一つの小瓶を手にすると、コップに水を半分入れ、その中に薬瓶の中身を入れて、ゆっくりと口を癖手飲み干した。
ふう、と小さく息を吐いて、残りは明日の朝に飲むのだと言って、美彩はコップと残りの薬瓶の入った木箱を片付けた。
その姿を見て、ふと、私は昔の自分を重ねていた、
精神科から出された薬を飲み続けていた頃。
あの頃の私も、薬が無いと情緒不安定になっていた。
そう言うところは、本当に同じだなと思って。
知らず知らずのうちに、私は苦笑いを浮かべていた。
「千紗都さん、どうかしましたか?」
美彩にそう言われて、我に返ると、私は「何でもない」と首を振って。
首を傾げる美彩に、「今は調子どう?」と聞くと、「だいぶ安定している」と言っていた。
夜風が窓を撫でるように、窓をカタカタと揺らして。
もうすぐ、雪が降ってきそうな寒さに、美彩は「そう言えば………」と、何かを思い出したかのように呟いた。
「明日はもう、クリスマスイブね………」
「あ………、そう言えばそうだったね。だから教会の明かりがまだついていたのか。仮宥愛さん、忙しいかな?」
「たぶん、今頃大忙しで明日の準備をしているのかも。今年は避難してきた村人もいるから、たくさんの人が祈りの儀に参加することになるから………」
「祈りの儀………?それって、もしかして教会で行う、式典みたいな事?」
「はい。毎年、クリスマスには近隣の人々が教会に集って、祈りの儀を行うんです。仮宥愛さんが祈りの詞を述べた後、皆で今年も無事に暮らせたことに対する感謝の想いを、神に祈るんです。千紗都さんの元の世界では、していましたか?」
「う~ん………似たようなのはあるけど、元々クリスマスは神様であるイエス・キリストの聖誕祭って言われてて。それをお祝いする日って、言われてるの。それで、皆で教会に集まって、神父様の祝詞と、聖歌隊の歌を聞いてお祈りする『ミサ』って言うのがあったけど。私は元々キリスト教の信者でもないから、あまり参加したことはないんだけどね………」
「神様の聖誕祭………?なんだかすごく神秘的なのね。千紗都さんの世界での、祈りの儀は、お祝いの日でもあるんですね」
「うん、そうだよ。そう言えば、この教会は、どの神様を信仰しているの?」
「神様と言うより、神子様を崇めているの。【始まりの神子】様って言ってね。この世界を混沌の闇から救いだし、秩序をもたらしたと言われる方よ」
「え………始まりの、神子………?それって………」
言いかけたところで、不意に扉をノックされる音が響いて、言葉を遮られてしまった。
美彩は返事をして扉を開けると、従者達が追加の薪と毛布を持って来ていた。
「失礼します。今夜はだいぶ冷え込みが強いみたいですので、こちらをと、仮宥愛様から承りましたので、お持ちいたしました」
「わざわざありがとうございます」
「千紗都様の部屋にも、先ほど届けてありますので、どうぞご使用ください」
「すみません、ありがとうございます」
従者達は美彩の分の薪と毛布を部屋に置いていくと、「失礼しました」と挨拶をし、部屋を去って行った。
「すみません、話の途中でしたね。えっと、確か信仰している対象の話でしたね。この教会で信仰している【始まりの神子】様は、私たちにとって、神様そのモノでもあるのだけれど、本来は神の御使いと言われているの。この辺りの人たちなら、みんな信心深く、誰もが崇めているわ。神子様がいたから、この世界は均衡を保たれているとされているの」
「そうなんだ。その【始まりの神子】様が、この世界を守っているって、感じなのかな?」
「そう言われればそうね。この祈りの儀も、神子様に感謝するために祈るの。でも、ここ最近はその神子様の力が弱まってるとも言われてるわ。闇の影の出現が増えてきてるのも、その所為だって、仮宥愛さんも言っていたわ」
「………神子様の力、か。この世界の守り神って意味じゃ、結構な物になるのね。でも、どうしてまたその力が弱まってるんだろう?何か原因でもあるのかな?」
「さぁ、そこまでは私には分からないですけど………。でも、今年はたくさんの方が祈りの儀に参加するはずだから、きっとまた神子様の力も強くなってくれると思うわ。私たちは祈ることしか出来ないから、出来ることをしましょう」
「そうね。少しでも何かの役に立てるなら、私も祈るよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、もう遅いし、そろそろ部屋に戻るね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
そう挨拶を交わして、私は自分の部屋へと戻ると、先ほど従者の人が言っていたように、追加分の薪と毛布が届けられていた。
仮宥愛は今も準備に忙しいのか、教会の燈は遅くまで灯ったままだった。
明日はクリスマスイブ。
窓の外を見ると、ヒューヒューと冷たい風が木の葉を舞上げながら吹いている。
今夜はかなり冷え込みそうだ。
私は、もらった毛布に身を包み、ベッドに横になると、いつの間にか深い眠りについていたのだった。
その頃。
とある村を訪れていた七海は、在る文献に目を通していた。
それは、在る古の秘術が隠されていると言われる、古い古書。
その項目をひとつひとつ目を通していると、在る文章に目を留めた。
「これは………。試してみる価値はありそうね………」
そう呟くと、古書に記されていた内容を自身に持っていたメモ用紙に写していく。
そして同時刻。
魔女の城内にて。
玉座に座る紅蓮の魔女は、片肘を肘当てに乗せて頬杖をつき、傍にいた従者らしき者が水鏡を映して、在る映像を見つめていた。
「ふふふ。………もう少し、時間を掛けようかしら。それとも………」
そして魔女は、歪な笑みを浮かべるのだった。
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