vision:ⅩⅩⅠ 古の掟~双子という宿業~
生まれたときからの宿命
その土地ならではの掟
それが神の意思と言うならば
コレもまた運命なのですか?
例えそれが過ちだったとしても
もう誰も耳を貸すことはないのに
それもまた
神(アナタ)の意思ですか………?
――――――――――――――――――――
部屋に行くと、未遊夢と未幸姫は奏音に甘えるように引っ付いていた。
私は、何か出来ることはないかと尋ねると、奏音は、二人の傍にいてくれるだけで良いというので、とりあえず二人の頭を撫でていた。
「二人とも、よく頑張ってるよ。偉い偉い」
そう言いながら、奏音は二人を抱きしめるように、背中を手ぽんぽんを優しく叩いて。
考えてみれば、二人ともまだ5才で、誰かに甘えたくなるのも分かる。
しかも此処は、事情がある子達が集まる場所だ。
まだこんなにも幼い二人は、どんな経緯でここに来たのか。
先ほどの本の内容に、何か関係があるのだろう。
だが今は、二人を落ち着かせることが優先だ。
「未遊夢、未幸姫、もう大丈夫だよ。二人が嫌なものなんて、此処にはないんだから………ね」
そう言って頭を撫でてやるが、二人とも返事はなく、私は奏音と視線を向けると、奏音はそれだけじゃダメだと首を横に振った。
涙ぐみながらも、未だに奏音に引っ付く二人に、私は考え、子守歌を歌ってあげるコトにした。
~♩~
ゆりかごのうたを
カナリアがうたうよ
ねんねこ ねんねこ
ねんねこよ
~♩~
ゆっくりと、優しい声音で、そっと頭を撫でながら、私は子守歌を歌っていた。
すると、二人とも少しずつ落ち着いてきたみたいで、私のその歌に耳を貸すように、ぼんやりとして聞いていた。
~♩~
ゆりかごの上に
びわの実がゆれるよ
ねんねこ ねんねこ
ねんねこよ
~♩~
子守歌を歌っていると、二人はいつの間にか寝息を立てて眠りについていて。
私と奏音は、互いに顔を見合わせて微笑んだ。
その後も暫く背中や頭を撫でながら、眠っているふたりを見守って居ると、奏音に二人が風邪をひかないようにと、毛布を持ってきて欲しいと言われたので、ベッドから毛布を持ってくると、そっと二人に掛けてあげた。
「とりあえず、ひとまずは大丈夫みたいね。それにしても、千紗都さん。さっきの歌って何と言う歌ですか?優しくて心地の良い歌でしたけど」
「うん、私の世界での子守歌で『ゆりかご』って歌だよ。私も子供の頃に良く聞きながら眠っていたから、自然と覚えていたの」
「そうだったんですね。でも、千紗都さんがきてくれて、本当に助かりました。私一人じゃ、二人を落ち着かせるのに、まだ時間が掛かっていたかもしれませんから」
「ううん、私なんかが役に立てるかはわかんなかったけど、でも、こうして眠ってくれただけでも本当に良かった。………二人とも、まだこんなにも小さいんだもんね。普段が大人びてるって言うか、しっかりしてるから、まだ幼いんだって事、忘れちゃうよ」
「そうですね。いつもはヤンチャでも、困るようなワガママも言わないし、それこそ甘えるようなことも一切無いですからね。………本当は、もっと甘えたいのを我慢してると思うんですけど、そうしてやれないのが、現状ですからね。皆、自分が生きていくことに必死で、周りのことなんて見てられない環境だったから………」
「………そうだったんだ」
確かに、魔女の脅威に怯えながら生活していく上で、一番に守るのは自分の命だ。
他人のことまで気にしていられる状況ではないにしろ、まだこんなにも幼い子供まで、自分で生きていく術を身につけなければならなかったのかと思うと、胸が苦しくなった。
今はこの館に保護され、何不自由ない生活が送れるようになったものの、自分を守ってくれるはずの両親は、もう居ないのだろう。
それを思うと、此処に居る子供達が、どんな苦難を持って生きてきたのか、計り知れなくて。
奏音だって、同様のことが言えるのに、今はこうして未遊夢達の面倒を見てくれている。
それがどれ程大変なことだっただろう。
自分のことも相手のことも、大切に守っていくのは並大抵のことでは出来ない。
ふと、そんなコトを考えていると。
「千紗都さん、仮宥愛さんと何か話があったんじゃ無いですか?後のことは私が見てますので、千紗都さんは、仮宥愛さんの所へ行っても大丈夫ですよ」
「え?良いの?」
「はい。二人とも今はぐっすり眠ってますし、起きるまで私が傍にいますから」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。二人のこと、よろしくね」
「はい」
そう奏音に促されるままに、私は再び仮宥愛の所へと戻ることにした。
再びエントランスへ戻ったが、そこには誰の姿もなく、医務室の方へ顔を出すと、結翔の姿があった。
あの後仮宥愛がどこへ行ったかを聞くと、部屋に戻ると行っていたそうなので、仮宥愛の部屋へと足を向けた。
仮宥愛の部屋を訪れ、扉をノックするが返事がない。
居ないのだろうか?と念のためドアノブに手をかけると、鍵は掛かって居らず、中を覗いたが仮宥愛の姿が見えない。
「どこか別の場所に行ったのかな………?」
念のためもう一度部屋の中を確認しようと、中を見渡して、奥の方を確認すると、微かにひんやりとした空気が漂ってきた。
もしかしてと思い、奥の部屋の隠し部屋の扉がある場所を覗いてみると、やはり扉が開かれているようで、空気の流れを感じた。
「………仮宥愛さん、居ますか?」
とりあえず声を掛けてみて、耳を澄ますと、「千紗都さんですか?」という声が聞こえて。
「今戻りますね」と言う声がしたので、暫く待っていると、隠し部屋の扉から仮宥愛が姿を見せた。
「すみません、戻ってきていたのですね」
「いえ、こちらこそ忙しいのに、すみません。あれから、あの本はどうしました?」
「今は地下の書庫の方に保管してあります。申し訳ありません、私の確認不足で招いてしまったことです………」
「………それで、あの本に未遊夢達が泣き出してしまうような内容って、なんだったんですか?」
「少し長くなりますが、よろしいですか?」
「大丈夫です」
そう言って、一度仮宥愛は紅茶を用意すると、改めてソファーに座り、話し始めた。
「先ほどの本には、直接的な意味は無いのですが、当事者からすると触れられたくない内容のものが描かれているのです。それは、未遊夢達がかつて生活していた故郷にまつわる掟のようなものらしいのですが。今ではもうその掟はなくなりましたが、かつてはこの世界の全土に敷かれていたものです。要約すると、暗黙の掟、みたいなものでしょうか」
「暗黙の掟………?」
「はい、それは………長きにわたる階級制度です。上は神の御辞と同様の権力を持つ者、それらを下々の者へと伝える官僚、そしてそれらの世話をする下流者と、権限を一切持たぬ平民と、それぞれいくつかの階級が存在していました。さらに、平民の中にも、暮らしの豊かな者と貧しい者とのさもあって、極希に貧しい者の中には悪事を働くことで命を繋ぐといった下民という者までいました。皆その掟に縛られ、上の者は下の者を見下し、下の者は上の者に従うしかなく、逆らえば極刑を与えられることになっていました。それも、ただ首を撥ねるだけではなく、さらし首にしたりと、まさに弱肉強食の世界でした。しかし、あるときに帝の元に子が授かり、神の祝福と皆が喜んでいましたが、生まれたのが男の双子の赤子だったので、帝は困惑しました。世継ぎが産まれたことに変わりはないのですが、双子と言うことは、どちらか片方を選ばなければならず、片方を切り捨てなければならないという事になります。………つまり、間引きせねば行けなかったのです」
「間引き………。それって、まさか片方を殺すって事?」
「はい………。結果的に、帝は先に生まれた子を世継ぎとして選び、二番目に生まれた子を間引きました。しかし、そのことで妻である皇后は心を病み倒れてしまいました。帝は仕方のないことと、皇后を説得したのですが、結果的に皇后は闇に囚われ、自ら命を絶ちました。そして、皇后が命を絶つと同時に、世継ぎとして選ばれた赤子に病が発覚し、そのまま息絶えてしまったのです。帝は悲しんだ末、ただ運が悪かったとそう思い、しばらくの月日が経った後に事件は起きました」
そう言って、仮宥愛はある本を差し出した。
「コレは………?」
「その事件を元に作られた逸話です。所々言い伝えの事実とは脚色されて居るみたいですが、実際にあった出来事を元に描かれています」
「………」
私は、仮宥愛から渡された本を手に取り、内容を確認した。
それは、とある国で起きたという物語だった。
ある時、とある村である残虐な出来事が起きた。
ある名家の元に双子の赤子が生まれたという。
見た目もそっくりな二人に、周囲は見分けが付けられず、それでいて異なる存在。
そして、その村には神官がいた。
彼はその二つの命を目にし、神に救いを求めた。
そして彼が教示したのは、次のことだった。
不浄なる者、害ある者は、5つの年月までの間に神の元へ還すことが赦される。
すなわち、何かしらの理由があってこれ以上の成長を望め無い子は、5才までに神の元へ還せる。
つまりは間引きだ。
その御辞に従い、名家の当主である男は、双子のうち、最初に生まれた子を神子とし、2番目に生まれた子を不浄なる者として神へ還すことを告げた。
そして神送りの儀と称し、まだ幼いその命は、神の元へと還るべく、無惨にも奪われたのである。
その後も、その村では不浄なる者、理由があり成長を望めない子を、神送りの儀を執り行い、神の元へと還されることとなった。
そして年月が経ち、また別の名家の家に双子の赤子が生まれた。
その赤子は男女の双子で、先に生まれたのは女の子の方だった。
神官は依然と同じく、最初に生まれた子を神子とし、2番目に生まれた子を不浄なる者として神に還すようにと告げた。
しかしその時、双子の両親は、「それは間違っている」と反発し、村からの逃亡を図る。
命からがら村からの逃亡に成功したその家族は、別の村へと逃げたのだった。
だが、運命は残酷なもので。
双子の両親は、別の村の長に助けを求めた。
その村の長は、両親に抱かれた双子の赤子を見て、残酷にもこう告げた。
どちらか片方のみ、この村に入れることを許可する。
双子を共に育てることは出来ぬ。
掟に背く者には、罰が下される、と。
そしてその村では男尊女卑の階級があったため、男の子の方を神子とし、女の子の方は神へ還すべきと告げたのだった。
両親は悩んだ。
この地をも捨て、また別の地を求めて彷徨うか。
それとも、どちらかを犠牲にし、この地に入るか。
そして、両親は決断する。
『この世界は間違っている。人の命を軽んじることを、神は望むはずも無い』
そう告げ、両親は苦渋の末、導き出した答えは―――。
『この世界を、呪ってやる。そして私たちは、この理を生んだ神を赦さない』
その言葉を残し、両親は隠し持っていた秘宝を手にし、翳した。
それは小さな鏡で、彼の地に言い伝えられている伝承の秘宝・ラプラスの魔鏡。
両親は互いに頷き、鏡を合わせると、呪文を唱えた。
【高天原におります始まりの神子。
諸々の禍事・罪・穢れと決めしその理を覆さん。
我今その不浄なる理の一切を祓い給え、清め給えと白す事を、
聞食せと、恐み恐み申す】
(たかあまはらにおりますはじまりのみこ、
もろもろのまがごと・つみ・けがれときめしそのことわりをくつがえさん。
われいまそのふじょうなることわりのいっさいをはらいたまえ、きよめたまえともうすことを、
きこしめせと、かしこみかしこみもうす)
その呪文を唱えた瞬間、鏡から漆黒の闇が放たれた。
そして、その闇は両親と双子の赤子を包み込むと、やがて濃い瘴気に覆われた。
その後、彼らがどうなったかは、誰も知ることはなかったという―――。
これは、この世界での最初の厄災とされ、後にその地は【冥界のエリア】と呼ばれることとなる。
そう、それは冥界のエリアが出来たとされる最初の惨劇を記していた内容だった。
私はその本を前に、呆然と動けずにいた。
「………コレって………、本当にあった話、なんだよね?」
「はい、私の知る限りではこれは実際に起きた出来事と記録されています。他にもいくつかの書物に、似たような内容のものがありますが、どれも脚色が強くて、唯一この書籍のみが真実に近い形で記されていると言われてます。ただ、コレはずいぶんの古い時代のことですので、今では滅多なことでない限り、生まれたばかりの赤子を間引くような行為は赦されていません。しかし、その名残と言いますか、今では間引かれることはなくとも、忌み嫌われる存在であると言うことに変わりはなく、双子が生まれた家庭は呪われていると周りから差別を受けることもあるそうです」
「それって、つまり………未遊夢達も、同様の扱いを受けていたと言うことですか?」
「簡単に言えば、そうなります。私が二人を保護した理由は、村での雰囲気や周りからの態度で、ふたりの境遇を知ったからです。その際に、あらゆる書物の中から、『呪いの子』という内容が含まれるものは全て、私の方で管理していたのですが、見落としがあったみたいで、今回のようなことが起きてしまいました。すみません、私の管理不足でした」
そう言って、仮宥愛は落ち込んだ表情を浮かべて、大きく溜息を吐いた。
その仮宥愛の言葉に、驚きはしたものの、何処に行っても差別的な行為は存在するのだと、改めて思い知らされた。
それにしても、未遊夢達がそんな境遇にいたとは知らず、いつもヤンチャで、笑顔でいられるのは、紛れもなく仮宥愛たちが居てくれたからであり、普通の子供として受け入れてくれる周りの存在があったからだと言うこと。
そして何よりも、奏音のように、優しく接してくれる者が居てくれたから、今の未遊夢達が居るのだ。
それを思うと、私は胸がいっぱいに成り、涙がにじんできたのだった。
「千紗都さん、すみません………辛い話をしてしまって」
「いえ、大丈夫です。………でも、二人ともいつも笑顔だったから、そんな過去があったなんて思いもしなくて。そりゃ、誰だって触れられたくない過去はありますよね。私にだって、その感情は知ってますから………」
「………本当に、辛い話をして申し訳ありません。ですが、未遊夢達が今はあんなに無邪気な笑顔を向けてくれるなら、それで良かったのだと思ってます。でも、たまにワガママも言いますが、縋るような行動は見せず、どこか大人びた態度でいることには、私も気に掛けていました。まだ二人とも幼いことに変わりはありませんから………」
「そう、ですよね。まだあんなに幼いのに、無理して笑っていたかもしれないって思うと、私、悲しいです」
「そうですね。二人には、もっと甘えても良いと思ってるのですが、知らず知らずに周りの顔色を窺っているのかもと、思ってしまうこともあったので。出来る限りのことはしてきたつもりですが………まだまだですね」
「そんなことはないです。仮宥愛さん達が居たから、二人とも笑って過ごせるんだって思うし。………確かに、辛い思いもあるけど、その分、精一杯今を楽しんでるから、それで良いんじゃないですか?」
「………そう、ですね。そう言ってもらえると、私がしてきたことは正しかったのだと、改めて思いました。気付かせてくれて、ありがとうございます」
そう言って、仮宥愛は深々と頭を下げて、感謝の意を表した。
私はそんなことはないと言うと、仮宥愛さんは頭を上げ、苦笑いを浮かべていた。
その後、夕方になってようやく未遊夢達が目を覚まして。
奏音はいつものように、「歌でも歌いましょうか」とピアノを弾きながら、一緒に歌を歌っていた。
その歌声に、私はいつもの調子に戻ってるなと、安心して。
今日はいつも以上にたくさんワガママを聞いてもいいかな、なんて思ったり。
でも、本当に二人とも、幼いながらも健気に頑張っているのは確かで。
その姿が、すごく輝いて見えて、なんだか少しだけ羨ましいとも感じていた。
そしてその夜も、いつものように皆で普段通りに過ごしていた。
この何でもない平穏な時間が、いつまでも続いてくれたら良いなと、この時は思っていた。
そう、この時だけはそう思っていたんだ………。
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