vision:ⅩⅥ 追憶の葬送Ⅱ~揺蕩う燈と無数の痛み~

語られた真実。

明らかになる、それぞれの想い。


その心に秘めるのは

希望か、それとも憎しみか。



――――――――――――――――――――



その後、七海は湊を失ったショックと、大切な家族を手に掛けてしまった後悔で、塞ぎ込んでいた。

辛うじて生き延びた子達は皆、七海を恐れて近寄ろうとせず、仮宥愛が食事を持っていったりして様子を見ていたが、一口も食事に手を付けない状態だった。


「………ごめんなさい」


囁くのは、謝罪の言葉だけ。

でも、いくら謝ったところで亡くなった命はもう二度と戻らない。

次第に心を閉ざすように、七海は一切他人に関わろうとせず、やがて悲しみよりも魔女への憎しみが強くなっていった。


そんな七海を見ていた仮宥愛は、やるせない気持ちでいっぱいだった。


そのころ結翔は犠牲になった子供達への追悼の意を捧げ、小さな慰霊碑を作っていた。


『安らかに眠れ』


そこに刻み込んだ文字を無言のまま見つめて、1人佇んでいた。

言いようのない感情が結翔の中にわだかまりを作っていった。


もし、あの時七海が力を暴走させなければ、こんな事にはならなかった。

もし、あの時七海を止められていたなら、こんな事にはならなかった。

そんな後悔の念に押し潰されそうになりながらも、結翔は現実を受け入れるしかなかった。


起きてしまったことは、もうどうしようもないこと。

過去は変えられない。

それは自分が一番よく知っているはずだった。


―――もっと、自分に力があれば………―――


そんなどうしようのない考えが頭を過ぎっても、何も出来なかった自分を悔いて、ぎゅっと拳を強く握りしめて、唇を噛んだ。


それ以降、結翔は七海に嫌悪感を抱くようになり、顔を合わせても一言も話さず、七海もまたすれ違うだけの日々が続いた。


数日が経ち、教会が被害に遭ったことを聞きつけた近隣の村人達は、力になれればと復興の作業を手伝ってくれた。


「みなさん、ありがとうございます」

「何、いつも俺たちがお世話になってる分、これでお返しが出来るってことですよ」

「そうそう、仮宥愛様も無理せず少しは休んでいてください。私たちに出来るコトは何でもしますから」

「お心遣い、ありがとうございます。みなさんも、無理せずに作業をしてくださいね」


そう言って、仮宥愛は皆に感謝と労いの言葉を掛けていた。

結翔も村人達のまかないの準備を手伝い、薬膳を振る舞ったりしていた。

その様子をひとり部屋の窓から見つめていた七海は、自分の至らなさと無力さを痛感していた。

そして、あの時の光景を思い返していた。



『貴方は何をしに戻ってきたの?大好きなお姉ちゃんの言いつけを破ってまで、戻ってきた理由は何?』

『まさか、死に様を確認するために戻ってきたとでも?バカな子ね』


魔女の辛辣な言葉が蘇る。

そして同時に、湊が最期に発した言葉も、七海にだけは届いていたのだ。


「七海、強く生きなさい………」


それが、湊の最期の言葉だった。



「お姉ちゃん………」


小さく呟き、ぎゅっと堅く手を握りしめた。

そして胸の前で反対の手に打ち付けるように、決意を決めるように、その瞳に光が走る。


「絶対、仇は取るから。………絶対に、私はアイツを、赦しはしない………!」


みなそれぞれ心に何かを抱えながら、必死に生きている。

死んだ家族のため、無くした居場所を取り戻すため。

魔女の脅威に怯えながらも、皆、賢明に前を向いて生きようとしている。

こんな所で、立ち止まってなんていられない。


そう心に決めて、魔女への復讐心を燃やし、それを生きがいにしていくことを決めた。


その日を境に、湊から授かった力を制御するために、七海は一人で特訓を始めることにした。

まずは精神面を鍛え、体力を上げ、集中力を持続させること。

そして、まずは小さな火だけでも自在に操れるようになるため、的を作っては何度も当てる練習を繰り返し、ようやくコントロールが出来るようになっていった。


その様子を静かに見守っていた仮宥愛は、塞ぎ込んでいた頃よりはと大目に見て、七海のやりたいようにさせていた。


やがて力の制御が出来るようになった段階で、七見は館を出て行く決意を固めた。


「何も出ていくことはないと思いますが………?」

「まだ此の力を良しとしない人もいるでしょう。それに、これ以上甘えてなんていられない。自分の道は自分で拓くわ」

「そこまで言うのであれば、止めはしません。でも無茶だけはしないで下さいね。貴方はムキになると、周りが見えなくなる時がありますから………」

「分かってるわよ、それくらい。だから特訓してたんじゃない。でも、ここにいてもこれ以上の事は出来ないわ。もっと強くなるためには、ここを出る必要があるの。ただそれだけよ」


荷物をまとめながら、決意を新たにする七海に、仮宥愛は敢えて止めはせず、あくまでも七海の意見を尊重しての考えでいたが、心配な面も多々ある。

食べ物は確保できるにせよ、寝泊まりする場所はあるのか、力のコントロールを失った場合どうするのか、等々、不安が絶えない。

それでも、七海は「なんとかしてみせる」と言い張り、助けを頼もうとはしなかった。


そして荷物をまとめて仕度が整うと、最後に湊の墓へ霊を告げるため、教会の奥にある慰霊碑の方へと足を向けた。

そこに、結翔が佇んでいるのが見え、ついでだからと最後の挨拶をしようと思った。


「湊お姉ちゃんに、最後の挨拶をしても良いかしら?」

「………」


結翔は返事も見向きもせず、犠牲になった者達が眠る慰霊碑に向かい、無言で佇んでいた。


「………今更、どうしようもないけど。でも、みんなの死を無駄にはしないわ。私は強くなって、そしていつか、魔女を倒すわ………。湊お姉ちゃんにもらった此の力………、形見として大事に使う。でも、もう無茶なことはしない。これ以上、犠牲を出すのは嫌だから。だからどうか、見守っていて………」

「………」


七海の祈りにも似た想いを結翔はただ黙って聞いていた。

そして、いざ旅立とうと背を向け、歩き出した時に、結翔が呟いた。


「強くなって………魔女を倒せたとして、………それでどうするの?」

「え………?」


七海は立ち止まり振り向くが、結翔は視線を慰霊碑に向けたまま、言葉を続けた。


「魔女を倒した後は?その後はどうするつもり?」

「どうって………。そんなの、まだわからないわ」

「………倒せないよ、どうしたって。例えあの魔女を倒したとしても、厄災は消えない………」

「どうして、そんなこと言えるのよ?」

「犠牲になった人たちの念は、一生消えない。それが闇の瘴気の根源だから………。それが全て消えない限り、厄災は消えない。そしてまた、新たな魔女が生まれる………。」

「新たな、魔女………?どういう事よ、それ」

「………仮宥愛が言ってた。魔女は、元々普通の人間だったって。………でも、何らかのきっかけで、魔女に生まれ変わるのかもしれないって」


その言葉に、七海は驚きを隠せなかった。


「魔女が、元々普通の人間ですって?………でも、なんでそんなことを、仮宥愛は知ってるのよ」

「詳しくは、わからないけど………。仮宥愛は僕たちより多くの人から話を聞いてるから、なにか知ってるのかもしれない」

「何かって………。結翔はそれを疑問に思わないわけ?」

「仮宥愛のこと、疑うの………?」

「疑うとかそれ以前に、信じられるわけ無いでしょう。そんなこと、確証もないのに、どうして解るのよ?」

「………」


七海の問い掛けに、結翔は無言で見つめ返すだけ。

その瞳は何処までも昏く冷たい闇の底に沈んでいるかのようで。

七海は結翔のその視線と向き合うように、強く意思を持った瞳を向けて。


「仮宥愛のことになると、本当に何でも信じちゃうの、何とかならない?」

「………うるさい。仮宥愛のことを悪く言うなら、七海だって赦さない」

「………だったら、真実かどうかもはっきりしないのに、信用出来る貴方もどうかと思うわ」


そう言って互いに不穏な空気が漂い、一触即発の状態になった。

しかし七海は、無茶はしないと先ほど湊に誓ったばかりだ。

それ故、余計な争いは避けようとこの場は身を引き、早々に館を後にしたのだった。


それからというもの、ふとしたことで再会する度に、二人はことごとく力をぶつけ合うようになり、その都度、仮宥愛が静止しているのだった。



「………と、まあ経緯はこんなものよ。所詮、私が力を暴走させなければ、犠牲はもっと少なく済んだのでしょうけど。それ以来、私はひとりで魔女についての情報を集めて、森で暮らしてるってわけ。結翔に対しては私も思うところがあったから言うけど、仮宥愛に命を救ってもらった恩かは知らないけれど、何でもかんでも仮宥愛の言ったことを信じて、疑いもしないなんてバカみたいじゃない」


本人を前にして、七海は仮宥愛を使用できないことを告げる。

仮宥愛自身は、気にしてない素振りを見せるが、実際、何を考えているのかは私にも分からないところもあるのは確かで。

今は結翔を抱きかかえて介抱している限りでは、そんな悪いようには見えない。

だが、七海の言い分にも分からなくもない事もある。


仮宥愛は、何かを知っていて、それを隠している。


確信はない。

けれど、七海の言うように、全てを鵜呑みには出来ない。

仮宥愛には申し訳ないが、半分は信用できても、半分は疑いの目を向けざるをえなかった。


「………ん」


そんなコトを考えていると、ようやく意識を取り戻したのか、結翔が目を覚ました。


「大丈夫ですか?まだ無理には動かない方が良いです。かなり消耗してますからね」

「………か、なめ………」


まだ呂律がはっきりしないのか、虚ろな声で話す結翔を抱き抱えて、仮宥愛は「無茶しすぎです」と呟くと、安堵したのか、結翔は再び眠りについた。


「今回は、貴方の勝ちで良いです。でも、毎回こんな風になるのなら、止める私の身にもなってください。七海さんも、無茶しすぎです」

「………悪かったわ。でも、どうしても納得がいかないわ。これほどの力を生まれながらに持ってるのに、制御しきれないなんて、バカみたいじゃない。本当、見てて苛々するわ」

「………七海さんも、もう少し素直に心配してるって言ってくれないと。ちゃんと伝わりませんよ?」

「誰が心配なんてするのよ。からかうのも程々にしてよね………」


七海は、ふんっと顔を背けはしたものの、図星を疲れたのか、耳が真っ赤だった。

やっぱり七海は、本当は結翔のことを嫌ってはいない。

寧ろ心配する程、結翔のことを思っているのだ。


そんな七海の意外な一面を垣間見て、私は、人は見かけによらないなと改めて実感した。


「5年前にあった悲劇の真相は分かったわ。でも、結翔も力を使えば七海を抑えられたのかもしれないのに、どうして………?」

「簡単な話よ。暴走した力は制御した力じゃ抑えられないから、自分も力を暴走させなきゃ止められないってだけのこと。それがどういう事かは今ので分かったでしょう」

「あ………そっか。力を暴走させれば、結翔の場合、命に関わるって………」

「そう言うことです。だから、結翔は、七海さんを止められなかった。その後悔から、何度も自身を責めては、その想いを七海さんにぶつけているのです」

「そうだったんだ………。ごめんなさい、何も知らないで、無神経に首を突っ込んでしまって」

「いえ、構いませんよ。それに、今の結翔は昔に比べたらだいぶ成長してますし。なにより、他人を思いやれるだけの余裕もあります。昔は本当に、それこそ人形と呼んでもいいくらいに、自分の意思を持ってませんでしたから………」


眠る結翔の髪をそっと撫でて。

仮宥愛は哀しそうな瞳で、結翔を見つめた。


「全ての痛覚を失って、喜怒哀楽の表情も分からなくなる程に、心を殺し続けて、壊れてしまって。それこそ、食事も私が『食べろ』と言えば、ゴミでも食べるようなものでしたからね」

「………」

「言葉もまともに話せないうえ、痛覚がないので怪我をしても分からずに化膿させてしまったり、無意識に力を使ってしまう時もあったりして、面倒を見るのは大変でしたが。根は優しい子だって気付いたのは、些細なきっかけですがね」

「きっかけって、何ですか?」

「千紗都さんも、以前見かけたと思います。森の中の小鳥が怪我をした時に、教えてくれたんですよ。そして「助けてあげて」って言ったのです。そのことで私は、結翔は自身の痛みは分からなくても、他人の痛みを分かる優しい子だって気づきました」


そう言われて、私はあの時のことを思い出した。

森の中で傷ついた小鳥を見つけ、辛そうに見送ったことを。

そしてその時に言っていた言葉も………。



「皆が皆、死んでいいとは、限らない。死んで良い生き物なんて、居ない…!」



結翔は本当に優しくて、そしてすごく不器用なんだと、改めて知った。

そしてものすごく忠誠心の強い子なのだろう。

仮宥愛のことになると、感情が爆発して仕舞うみたいだ。

それほど、仮宥愛に恩を感じているのだろう。

確かに、地獄のような環境から救ってくれた救世主だ。

それだけ忠誠心が強くなるのも、分からなくもない。


「でも、それがきっかけで結翔に薬草学を教えたのは、仮宥愛の入れ知恵じゃなくて?」


今まで静かにしていた七海が、ふとそんなことを話して。

仮宥愛は「バレましたか」と苦笑いを浮かべて。


「確かに、結翔に薬草学を勧めたのは、この子にとっても役に立てそうだと思ったからです。治癒能力も高く、他人の痛みを分かってあげられる、それこそ、医学に通じるものだって思いませんか?」

「まぁ、言われてみれば、ヒーラー役にはぴったりだけど………。水の精霊の力って、そんなに貴重な物なんですか?」

「貴重と言うより、奇跡に近いでしょうね。精霊の力自体は、生まれ持った者と、後から覚醒し者の二つに分けられますが、私と七海さんは後者、結翔は前者ですからね。まずはその違いもありますね」

「そっか、精霊の力にも、いろいろと違いがあるんですね」

「そもそも、精霊の力自体が何を意味するのか、それ自体まだ解明されていないのもありますが………。いろんな可能性があるのは確かですね」

「まったく、湊お姉ちゃんから授からなかったら、こんな力欲しくもなかったけどね」


などと悪態を吐きながらも、その力を上手く制御できているアタリ、七海も卑下にはしていないのだろう。

そんな話をしていると、ふと先ほどまで晴れていた空の雲行きが悪くなっていて。

一雨来そうだな、と思っていると、七海もそれに気付いたのか空を見上げて。


「なんだか降りそうな雲行きね。どうせならこの奥に穴蔵があるから、そこで休む?」


と提案し、七海の案内の元、その穴蔵へと移動することにした。

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