vision:ⅩⅤ 追憶の葬送~5年前の悲劇の記憶~

5年前に起きた厄災。

その真相は本人達にしかわからない。

あの時、一体何が起きていたのか。


語られた記憶の中に秘められた

本当の想いは………。


――――――――――――――――――――


「………何も知らないのに………勝手なこと言わないで」

「………結翔」

「アイツの所為で、皆が苦しんでいるのに。………アイツを庇うのなら、千紗都も同罪だよ」

「………それって、どういう………?」

「そう言ってるのは一部の村人だけだって言ってるでしょう?本当、ポンコツなお人形さんなんだから」

「え…?………七海?」


いつの間に来ていたか、七海が話に割り込んた。

結翔は七海を睨み、七海もまた結翔を睨み付けて。

互いに無言のまま睨み合い、まさに一触即発状態。


しかし、結翔が言っていたことが何なのか、私は分からずにいると結翔が説明してくれた。


「火の精霊使いは、攻撃能力しか持たない………。それ故に、少しでも使い方を見誤れば禍にならないとも限らない。………だから皆言ってるんだ、【紅蓮の魔女】の使い魔だって………」

「紅蓮の、魔女?………使い魔?………どういう事?」

「そのままの意味よ。攻撃能力しかない火の精霊使いは、呪われてるって話。でも、それを言ってるのは一部の年老いた村人だけで、ほとんどの人はそこまで思ってないって言ってるでしょう?逆にこっちは良い迷惑してるんだから………」


やれやれといった感じで、七海は両手を広げて肩をすくめる。

そして、結翔に再び睨み付けると、結翔も無言で七海を睨み返した。


まさに火と水の相性だけに、互いのことを嫌煙しているようだ。

しかし、七海の方が牽制し先に姿を消す事がほとんどだ。

今回もまた同じように、適当に話を付けてこの場を去ろうと考えているのかもしれない。

それも熟知している結翔もまた、あえて深追いはせず、その場の状況を見定めていた。


「大体、あんただっていつも仮宥愛の言うことばかり聞いて、自分の意思ってモノがないわけ?」

「………」

「ほら、そうやって都合が悪くなれば無言になる。だからあんたはいつまでもお人形さんのままなのよ。まあ所詮は、“元スレイブ”だから当たり前か」

「っ!!黙れっ!!」


七海の言葉に、結翔がめずらしく激しく怒りを露わにして、感情のままに力を暴走させた。

ゴウッと渦を巻いた水流が当たりを包み込み、一直線に七海に向かっていく。

しかし七海は特に驚きもせず、何気ない素振りで、右手を前に出した。


「無駄よ」


そう一言告げると、七海の右手から熱風が発射されて。

一瞬で水流は蒸発し、粉砕された水の塊は大量の雨と成ってザァッと地に降り注がれた。

水流を粉砕されたことに苛立ちを露わにさせる結翔。

ここまで結翔が感情的になる事なんて、滅多に見たことが無かった私は、どうすれば良いのか分からず、事の成り行きを見守っていた。


今度は七海が人差し指を伸ばし、火玉を出すとポンポンと結翔に向けて弾いた。

しかし結翔もまた、水の壁を作りそれを消していく。

そんな攻防戦が暫く続き、やがて結翔の力が少しだけ弱まってきた頃合いを見て、七海が先手を放つ。

反応が遅れた結翔は咄嗟に水の壁で防御するが、防ぎきれなかった火玉がひとつ結翔に向かっていく。

寸での所で何とか身体を捻り避けるも、それも本当にギリギリの所だった。


「くっ………」

「ふん、そろそろ限界かしら?あんまり無理すると、また仮宥愛のお荷物になるわよ?」

「………うるさい!」


七海の挑発に結翔は叫んで抵抗するも、先ほどよりも威力は確実に落ちてきている。

やはりそろそろ限界なのだろうか?

さすがに止めに入ろうとするが、ふいに腕を掴まれて。

振り返ると、いつの間に来ていたのか、仮宥愛が来ていたのだった


「危ないですから、今は未だ行かない方が良いですよ」

「………でも」

「大丈夫です。もうそろそろ決着は付きますから」


その言葉の通り、七海の放つ火玉を防御していた結翔が膝をつくと、ようやく七海は攻撃をやめた。


「相変わらず、持久力が足りないわね。だからあなたはポンコツなのよ」

「うる、さい………」


喋るのもやっとな状態なのか、結翔は肩で息をして七海を睨み付けている。

だが、それも一瞬のことで、そのまま結翔はその場に倒れ込んでしまった。


「結翔っ!!」


私は結翔に駆け寄るも、既に結翔は意識がなかった。


「まったく………本当に良い迷惑だわ、ポンコツなお人形さん」

「それくらいで良いでしょう。これだけ暴れれば充分です。今は休ませてあげましょう」

「ふん、勝手にすれば?」

「七海さんも、そんなに冷たくしないであげてください。仮にも、あなたの弟でしょう?」

「え?弟…?!」

「あくまでも義理の、だけどね。一緒に暮らしてたら、嫌でも姉弟扱いになるでしょう。まあ、未遊夢と未幸姫は本当の兄妹だけどね」

「あ………そっか、そう言う意味………」


一瞬、驚いて思わず声を上げてしまったけど、考えてみれば分かる。

厄災で住む場所を失った孤児にとって、館での生活は家族との生活とも呼べる間柄になるだろう。

そこまで分かった上で、ではなぜ、七海と結翔はここまで仲が悪いのか?

一体、二人の間に何があったのだろうか?


その前に、一つだけ疑問に思ったことを先に聞いてみた。


「あの………、さっきの会話で言ってたことだけど………。“元スレイブ”って、何のこと?」

「あら、知らなかったの?そのお人形さんは元々貴族に飼われていた奴隷人形よ。さっきので分かったかもしれないけれど、持久力がなさ過ぎて廃棄されたのを、そこの神父様が救ってくださったんですって。泣ける話ね」

「貴族に飼われてたって………え?」

「事実です。実際、結翔の身体には奴隷の烙印が刻まれてます。普段は隠してますがね」


そう言いながら、仮宥愛は左首筋から肩を指差し、「ここに烙印が在るのですよ」と教えてくれた。

考えてみれば、普段の結翔の服装に、首が出ない服が多かったのを思い出して。

おそらく、その烙印を隠す為だったのだろう。

それにしても、そんなものが結翔に体に刻まれていることすら知らなかった私は、愕然として言葉が出てこなかった。


「あまり人に話すようなことではないですが、千紗都さんにはいつか話そうとは思ってました」

「………もしかして、それで七海はいつも結翔のこと『お人形さん』って言ってるの?」

「そう言う意味もあるけど、元々自分の意志をはっきり持てないってところを言ってるんだけんどね。本当、可哀想ね」

「自分の意志を、持てないって………?ねぇ、そのスレイブって実際どういうことなの?」


その問いに、仮宥愛が静かに目を伏せて、ゆっくりと話してくれた。


「奴隷人形、もしくは使い捨ての駒ということです。一部の貴族が娯楽のためだけに孤児を買い取って、人間としての尊厳を奪い、生き人形として好き勝手に扱い、使い物にならなければ処分される。丁の良い娯楽道具としてしか思ってないのかもしれません。結翔も、そのうちの一人で、出会った時にはまともに言葉を話すことも出来ないくらいに衰弱してましたので、私が引き取ったのです」

「………そんなにひどい扱いだったの………?」

「まだ5歳です。その年で、既に精霊の力を宿していたこともあって、恐らく飼い主は自分の悦に浸る程に、力を酷使させていたのかもしれません。その時は、リミッターも付けてなかったので、ほとんど暴走させていたのと同様でした。限界を超えた能力を無理矢理引き出されて、その結果結翔は心のバランスを崩し、痛覚をほとんど感じなくなってしまったらしいのです」

「5歳で?…酷い………。それに、痛覚を感じないって………」

「本当よ、その子はほとんどの痛みが麻痺してるのよ。だから、自分の限界が越えそうになるまで制御が出来ないから、リミッターをしてるってわけ。そしてたまに、こうして溜め込んだ感情を暴走させることもあるんだけどね」

「そういうことです」


七海の言葉に、仮宥愛は苦笑いを浮かべて。

脈を測っていたのか、結翔の手首に当てていた手を離し、そのまま優しく頭を撫でた。


「そして引き取られた後は仮宥愛がこうやって必死に介抱してくれた御陰で、少しずつ話せるようになって、今では仮宥愛に懐いてるってね」

「そうだったんだ………」


結翔の過去を聞いて、胸が痛くなった。

普段あまり感情を出さず、他人との距離を保っていたのには、こういう理由があったのだと、改めて思い知った。


「大体、大人しすぎるのよ………だから良いように扱われるんだわ」


その表情は結翔を見下すように、けれど、何処か寂しげに哀れんでいるようにも思えて。

実際の所、七海は結翔をそこまで嫌ってないのかもしれない。

むしろ、逆に結翔に気を遣っているのかもしれない。

そこまで思われてるのに、結翔は何故、七海をそこまで嫌うのか?


先ほどの結翔の言葉からも、七海に対して酷く憎悪しているようにも思えた。


『アイツの所為で、皆が苦しんでいるのに』

『火の精霊使いは、攻撃能力しか持たない………。それ故に、少しでも使い方を見誤れば禍にならないとも限らない。………だから皆言ってるんだ、【紅蓮の魔女】の使い魔だって』


もしかしたら、それは被害に遭った村の老人達が言ってた言葉なのだろう。

それを結翔はそのまま受け止めて、七海のことを憎んでいるのだろうか?

でも、それだけでここまで嫌悪するだろうか?

何か他に、理由があるのかもしれない。


「ねぇ、結翔が七海を嫌ってるのって、単に村人達が言ってたことを聞いてるから、だけじゃないの?そこまで七海を嫌う理由って、他にはないの?」

「………」

「あ………、ごめん。ちょっと気になって………」


ふと、思ったことをそのまま口にしてしまって、言った後で後悔してしまった。

暫く間を置いて、七海が大きく息を吐き、やれやれといった表情で答えてくれた。


「べつに、大体はそれであってるわよ。でも、根本的な意味で嫌ってる理由は、他にもあるわ。私自身、身に覚えがありすぎるもの。でも、あまり思い出したくないことだけどね」

「それって………もしかして、5年前の時のこと?」

「………そうね、別に隠してるわけでもないから教えてあげる。あの時、実際何が起きていたのか、………全てをね」


そう言って七海は、仮宥愛に視線を向けると、仮宥愛は静かに眼を閉じて、そして「どうぞご自由に」と小さく囁いた。

その言葉に、七海も小さく頷き、結翔へと視線を移してゆっくりと語ってくれた。



―――5年前。

その頃の館には、まだ多くの子供と従者が共に生活していた。

今の未遊夢達と同じくらいの結翔と七海、その他に同じくらいの少年少女。

その中で、最年長だった湊が、皆をまとめる役を担い、小さい子達の面倒を見ながら、館の掃除や身支度の準備、食事の手伝いなど、家政婦さながらの働きを見せていた。

その頃はまだ七海も館での生活を送っていて、湊の後を追うように、仕事を手伝っていた。

結翔も、その頃はまだ今よりも精神的に不安定な部分が多く、常に独りでばかりいる時間が多かった。

口数も少なく、一定以上他人との距離をとり続ける結翔に、湊と仮宥愛だけが唯一近くにいても問題はなかったため、二人で交互に結翔を見守る形で、付かず離れずの距離を保っていたのだった。


それでも、誰かが怪我をした時は、結翔が手当てをして、「あまりはしゃぎすぎは、だめ」と声を掛けることもあった。

そんなこともあって、幼い子達も、最初は結翔を怖がっていたが、次第に打ち解けて、「結翔兄ちゃんはお医者さん」と言って、皆仲良く暮らしていた。


しかし、魔女の厄災は今もその時も変わらず続いていて。


何処かの村が被害に遭ったと連絡が入ると、仮宥愛をはじめ大人達が現状を視察にいき、状況に応じて、支援を贈るなどしていた。

被害を受けた村人達は、教会からの支援を受け、なんとか復興をと立ち上がるも、甚大な被害を受けた村はそのまま村を捨て、教会近くの集落へと移り住む者達も中にはいた。


そんな村人の中に、魔女への憎しみを強く持つ者も少なからずいて。

そういった大人達は、特に火の精霊使いの湊をも酷く嫌悪している者も中にはいた。


『火の精霊使いは、魔女の生まれ変わり。何故そのような者を傍においておられるのですか?』


いつだったか、仮宥愛はそんなことを村人から問われたことがある。

それに対して、仮宥愛はこう答えていた。


「たしかに、火の精霊の力は、使い方を見誤れば厄災を招く可能性はあります。けれど、その力をきちんと制御して、正しい使い方をすれば、問題は何もありません。私は彼女を信じてます。それに、精霊の力そのものには、いつ誰が持てるかなんて、誰にも分かりませんから。これも一つの神からの贈り物だと、私は思ってます。それが、例え禍を呼ぶものだったとしても、何かしら意味があるのだとさえ、私は思えます」


そう言って仮宥愛は、村人達を宥め、湊への軽蔑の視線を少しでも和らげようとしていたのだった。


元々、湊も他の子達同様に仮宥愛に保護されたこの一人だ。

湊の家計は貴族程ではないが裕福な家で、尊厳も厳しく、少しでも精霊の力を見せよう者なら、容赦なく地下の座敷牢へと幽閉していたのだという。

そんな湊が10歳になる頃、弟が生まれたことで、世継ぎができ、湊は破門され捨てられたところを、仮宥愛に保護されたのだった。

芯は強く、根は優しい湊は、自分を救ってくれたお礼にと、誰に言われるまでもなく、館の家事を手伝うようになり、やがて幼い子達が保護される度に、自分が面倒を見るといって、親代わりをしていたのだった。


そんな日々が続く中、脅威はなんの前触れもなく、突如訪れたのだった。


『ごきげんよう、皆さん。幸せな日々を送って何よりだわ。でも………それも今日で終わり。あなたたちの明日を、私にちょうだい?』


そこに現れたのは、気紛れにやって来た一人の魔女。

彼女はにやりと笑い、指をパチンッと成らすと、先ほどまで天気の良かった青空が一気に雲行きが怪しくなり、やがてパラパラと雨が降り出した。

しかしそれは普通の雨ではなく、魔女の瘴気をまとった黒い雨だった。


「いけない、皆早く中に入って!雨に当たってはダメ!!さぁ早く!!」


湊が叫ぶや否や、逃げ遅れた子に雨が当たり、みるみるうちに肌が灼け溶けていく。

それを見た他の子達の悲鳴と、泣き声が辺り一帯に響き渡っていた。


『ふふふ………。ほらほら、早くしないと皆溶けて死んでしまうわよ?さぁ急いで逃げなさいな。でも………、もう遅いかしら?』


雨を浴び、肌がドロドロになっていく子供達に、湊はなす術もなく、なんとか館に逃げ戻った子達を守るのに必死で。


「痛い、痛いよう………」

「助けて……いや、死にたくない!」


助けを求め、手を伸ばすも、力尽きて倒れ伏す子、泣きながら、そのままドロドロに溶けていく子。

その光景を目の当たりにした湊は、魔女を睨み叫んだ。


「魔女!一体何のつもりだ!!私たちが、何をしたというの?なんでこんな事を繰り返す?!」

『そんなの、唯の気紛れよ。それとも何か?今から伺いますとでも前もって言った方がよろしくて?』

「そう言うんじゃない!唯の気紛れで殺されちゃ、溜まったものじゃないわ!!」

『はぁ………、うるさい。お前は邪魔だから、消えて』


魔女は湊に向け手を伸ばすと、たちまち湊の周りに瘴気が集まっていく。

そして、次の瞬間―――。


「っ!!ああああぁっぁぁぁっぁぁぁっぁああ!!」


黒い炎に包まれて、じりじりと肌を灼いていく。


「湊おねぇちゃん!」

「来ちゃ、ダメ………!早く………中に………逃げなさい!!」

「ううっ………うわぁぁぁん!!」


泣きながら叫ぶ子や、雨から逃れた子達をなんとか逃がそうと、館の中へと避難させると、湊は力を使って逆に黒い炎を掻き消した。

それを見て、魔女は『あら………』と驚いたように目を見開き、そして再びにやりと笑った。


『あなた、精霊使いだったのね………。それも、火の精霊の。………ふふ、面白い!いいわ、もっと遊んであげる』


そう言って魔女は楽しそうに黒い炎を再び湊へと向け、湊はそれを精霊の力で掻き消していく。

双方互角の力をぶつけ合い、持久力戦になっていく。

でも、次第に湊の方の力が弱まっていき、魔女が優位になっていく。


『ほらほらどうしたの?もう限界かしら?』

「くっ………」


ここまでか、と湊が限界を感じた瞬間だった。


「湊お姉ちゃん!!」

「っ!?」


振り向くと、そこには七海の姿があり、遅れて仮宥愛も駆け付けていた。


「七海さん、危ないですから早く奥へ戻って下さい」

「いやよ。お姉ちゃんがひとりで闘ってるのに、何もしないで逃げるなんて出来ない!」

「バカっ、なんで戻ってきたの!早く戻りなさい!!」


そんなやりとりをしていると、後からまた結翔も駆け付けて、七海を連れて行こうと腕を掴んだ。


「放しなさい、結翔!」

「………だめ、戻って」

「いや、いやよ………お姉ちゃんと一緒にいたいの………。放して!」


我儘を言う七海に、仮宥愛と結翔が二人で抑え込む。

その光景を面白そうに見守っていた魔女は、「良いわ、面白い余興じゃない。もっとやりなさいな」と満足げに笑って。


湊は大きく息を吐いて、キッと気持ちを改めると、七海に向かっていった。


「七海、これ以上我儘を言うなら、私本気で怒るよ。仮宥愛さん達と一緒に中に戻りなさい」

「………お姉ちゃん………」

「さ、早く戻りましょう」

「………七海」

「………分かったわ」


暫くして、渋々承諾した七海を、結翔が連れ添い、仮宥愛がその後を付いていく。

その後ろ姿を見届けて、湊は再び魔女へと向き直った。


『あら、もう終わり?』

「ええ、うちの妹が迷惑かけたわ。でも………、これで心置きなくあなたの相手が出来るわ」

『ふふふ、まあいいわ。どっちにしろ、決着は付けなくちゃねぇ………』

「そういうこと、よ!!」


先手を掛けた湊は、火炎竜で攻撃し、魔女はそれをいとも簡単に闇の壁で霧散させる。

さすがに、状況は先ほどとあまり変わらず、魔女の方が優位だった。


「………仕方ない、アレを使うしかないか………」


湊は決死の覚悟で、最終手段に踏み込むと、力を自ら暴走させて。

その力の影響を受け、館の一部が熱気に包まれた。

その熱気を感じた七海は、まさかと思い振り返ると、結翔の手をふりほどいて再び湊の元へと駆け付けた。


「っ!!」


そして目に映った光景を見て、七海は言葉を失った。

大きな火柱が二つ立ち上っていて、そのうちの一つは魔女を、もう一つは湊を包み込んでいた。


「お姉ちゃん!!」


七海が叫ぶと、湊はゆっくりと振り返り、そして燃え上がる焔の中、優しい笑顔を向けた。

やがて湊の体がゆらりと揺らいで、そのまま倒れると同時に、焔は消えた。

魔女も少なからず体を灼かれ、黒く燻った煙が立ちこめていた。


『あらあら、もう終わり………?私はまだ、やれるわよ………?』


ニタリと笑う魔女の顔は、半分が焼け爛れていて。

それでも、まだ魔力は残ってるとでも言うように、闇の瘴気を立ちこめ、再び黒い雨を降らせようとした。

だが、その力もだいぶ消耗していたためか、雨を降らせる程の魔力は残ってなかった。


「………バカね………、何でまた戻ってきたのよ………」

「だって………、お姉ちゃん………」

「七海………、いい子だから………早く、ここから離れなさい。………魔女は、………私が必ず………倒してみせる………から」


息も絶え絶えな状態にもかかわらず、湊は再び立ち上がろうと、体を起こすも力が入らず、結局起き上がることが出来なかった。


「お姉ちゃん、もう良いよ………。これ以上無理したら、死んじゃうよ………!」

「………まだよ………私はまだ、戦える………」

「お姉ちゃん!!」


七海が止めようとしても、湊は意地でも起き上がろうと這いつくばった。

その光景に、魔女はつまらなそうに眺めていて。

けれど、やはり湊は起き上がることが出来なくて。

力を全て使い果たし、体力ももうほとんど残ってない。

こんな状況で、魔女を相手に出来るはずもなく。

それでも、最後の力を振り絞って、湊は何かを口にして、そのまま動かなくなった。


「………お姉ちゃん……?」


七海の問いかけにも、もう答える事もなく、湊は静かに息絶えたのだった。

その事実を受け入れられず、七海は何度も湊に呼びかける。

けれど、もう二度と、湊が返事を返してくれることはなかった。


「………いや……そんな………うそ、でしょう………?お姉ちゃん………!!」


その光景を、静観していた魔女は、にやりと口元を歪めて。

動かなくなった湊を抱きしめ、踞る七海に話しかける。


『あらあら………もう死んじゃったの?随分と呆気なかったわね………。可哀想に………。大好きなお姉ちゃんが死んでしまって、悲しい哀しい』

「………」

『それで?あなたは何をしに戻ってきたの?大好きなお姉ちゃんの言いつけを破ってまで、戻ってきた理由は何?』

「………」

『まさか、死に様を確認するために戻ってきたとでも?………バカな子ね』

「………さい」

『え………?』


七海の小さく呟いた声は、はっきりと聞こえなくて。

魔女は『何かしら?』と笑みを浮かべながら問い掛けるが、七海は俯いたまま、もう一度、今度ははっきりと答えた。


「………うるさいって、言ってるのよ」


そう言い、七海は湊の体を床に寝かせ、ゆっくりと立ち上がる。

いつの間にか七海の周りに、熱気が集まりだしていて。

それに気付いた魔女は、はっとして『まさか………お前……』と呟くが、その時にはもう周りを焔に包まれていて。


「………赦さない………絶対に………赦さないから………!!」


そう叫んで、顔を上げた七海に瞳は、血のように真っ赤に染まっていて。

それは、七海に火の精霊の力が宿ったことを意味していた。


『なんだ………その力は………?!お前も精霊使いだったのか!!』

「赦さない………お姉ちゃんを殺した、お前を………絶対に赦さない!!」

『くっ!!』


七海の放った火炎竜が魔女に向かっていく。

魔女はなんとかその攻撃を躱すも、先ほどの湊の攻撃でだいぶ体力も削られていて。

火炎竜はきびすを返して再び魔女へと向かっていった。


『………くそっ!!』


今度は躱しきれないと判断した魔女は、残ってる力で最大の防御壁を作り、攻撃を防ぐ。

しかし結局防ぎきれずに、半身を灼かれてしまう。


『ぎゃああああぁぁぁっ!!』


叫び喚く魔女に七海は構わず次の攻撃を出し、たくさんの火の玉を魔女へと放つ。

その衝撃で、館の一部に飛び火が掛かり、燃え上がる。


「七海さん!!」


仮宥愛が叫ぶも、七海は我を忘れたように「赦さない…」と繰り返し呟き、魔女への攻撃を続けている。


「くっ!!このままでは、ダメです、七海さん!!」

「………赦さない………絶対、赦さない………」

『ふ、ふふ………、流石ね………でも、まだ制御できてないんじゃなくて………?』

「うるさい………黙れ………お前は………赦さない……!!」


さらに力を使い、辺り一面を熱気に包み込むと、一気に発火させて。

それには流石に仮宥愛もまずいと感じて、自身の力で防御壁を作った。


「七海さん、落ち着いて下さい。今あなたが力を暴走させても、被害が増えるだけです。

逃げた子達まで、犠牲にさせるつもりですか?」


仮宥愛のその言葉に、七海はようやく我を取り戻す。

振り返り、館の方を見れば、既に大きな焔が上がっていて。

賢明に結翔が精霊の力で消火を行っているが、焔は衰えることなく、次々に館を火の海に変えていく。


「熱いよう………」

「怖い………」

「死にたくない………」


子供達の悲鳴が聞こえて、ようやく七海は自分がしてしまったことに気付いた。


「あ………、私………」


その光景に魔女は楽しそうに笑い、『また来るわ………次も一緒に遊びましょう………』と言い残して姿を消した。


「っ待て!!」

「ダメです。今は魔女を追いかけるよりも、火を消すことが優先です!」

「でもっ!!」

「それに、湊さんもこのままでは灼けてしまいますよ」

「っ!!」


その言葉に湊の方を見て、火の粉が近くまで飛んできているのを知り、七海は苦い顔をしながらも魔女の追撃を諦め、皆で消火活動を行った。

しかし火の手は予想以上に大きく拡がっていて。

なんとか火は消し止められたが、子供達は熱さと煙を吸い、ほとんどが焼け死んでしまっていた。


「私のせいで………皆、ごめんなさい………」


辛うじて生き延びた子も居たが、大火傷を負い、全身包帯で巻かれる者もいた。


「………」


結翔は無言で皆の治療に当たっていた。

ふと、七海が亡くなった子供達に謝罪の言葉を掛けている姿をじっと見つめていて。

辺りにはまだ燻った煙が立ちこめている。

結翔は静かに眼を閉じ、そして再び目を開くと、小さく呪文を唱えた。


「嘆きの雨よ、全ての者に浄化の光を………」


魔女の瘴気で澱んでいた空に再び雲が広がっていく。

そしてしとしとと優しい雨が降り注ぎ、犠牲になった子供達の亡骸は、光に包まれ、やがて小さな光の粒へと消えて行った。


「………」


七海は消えて行った子達の様子をじっと見つめて。

その後も雨は降り続いて、七海の罪も洗い流すように、全てを包み込んでいた。


「………ごめんなさい」


七海はまた小さく、謝罪の言葉を口にして。

降り注ぐ雨に打たれながら、空を仰いだ。

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