vision:ⅩⅣ  錯綜~幾重にも連なる想いの果て~

少しずつ真実が明らかにされていく

それでもまだピースは揃わない


何かが欠けている

それがなんなのか

まだわからないまま


彼らの話は

どこまでが真実で

どこからが偽りなのか


私にはまだ

分からないことだらけだった


――――――――――――――――――――


薄暗い階段をスマホの明かりを頼りに降りて、辿り着いた場所は、小さな書斎のような所だった。

なぜこんな所に、書斎なんてあるのか?

ましてや、その入り口を隠すようにしているなんて。


よほど知られたくないものでもあるのだろうかと、スマホの明かりを照らして、本棚に並べてる本を見ると、背表紙は何も記載が無く、試しに1冊とって表紙を見ても、やはり何も表記がない。

それでも、どれも置かれてるのはかなり厚みのある本だ。

同じようなモノが幾つも並べられていて、一体何の本なのか?

少し悩み、私は手にした本の表紙を捲ってみた。


「………これって………日誌?」


それは仮宥愛の筆跡で書かれた、覚え書きの本だった。

かなり古いモノは、十数年前の日付が記載されていて、それだけの年数何かの記録を取っていたことになる。

一体何の記録なのだろうと、内容を見てみると、どうやら館へとやって来た子供達についてのことらしく、新しい方では知っている名前がちらほらと書かれていた。


その中に、湊という名前を見つけた。

たしか、湊は七海が慕っていて、5年前の襲撃で亡くなった少女の名前だ。

そして確かにそこにも、七海と結翔と仮宥愛の他数名のみが生き残り、ほとんどが亡くなったと記載されていた。


私は胸が苦しくなり、一度その本を閉じて、戻そうとした。

だが、その直後―――。


「勝手に人の部屋に入って、何をしているのです?」

「っ!?」


急に声を掛けられて、思わず手に持っていた本を落としてしまった。

その本を拾い上げ、元に逢った場所へと戻し、「ずいぶん悪い子ですね。千紗都さんは」と言いながら、仮宥愛が微笑みかける。

しかしその笑みには、威圧的な雰囲気を感じて。


「………すみません…、勝手に入って………。えっと…ここって一体…?」

「見ての通り、唯の書斎ですよ。先ほど見ていたのもので分かるように、ここには個人的なモノを置いてるだけの隠れ書斎ですよ」

「そう…だったんですね………」

「それで、どうやって千紗都さんはここに入れたのでしょう?」

「………」


やはり怒っているのか、仮宥愛は笑ってるものの威圧的な雰囲気を纏って。

私は正直に七海と話していたことを告げ、その時にもらったといって、鍵を見せた。

その鍵を受け取り、仮宥愛は小さく溜息を吐きながら呟いた。


「これは確かに、無くしたと思っていたスペアキーですね。七海さんが持っていたとは………」

「………」

「………」


互いに無言になり、重たい空気が周りを包む。

長い沈黙の中、仮宥愛にじっと見つめられて、私は身体が硬直したように動けなかった。

冷や汗が頬を伝い、耐えられずに目を閉じて。


(………絶対、怒られる………!)


そう思いきつく目を閉じて、仮宥愛が何かしてくるのかと思うと、次第に身体が震えてきて。

ゆっくりと仮宥愛が近づいてくる足音が聞こえて。

萎縮し、身体を震わせたままいると、ふいに頭をポンポンと軽く撫でられて。

恐る恐る目を開けると、そこにはいつものように優しく微笑む仮宥愛の姿があった。


「そんなに怖がらなくても、何もしませんよ」

「………」

「中に入られたのには驚きましたが、未遊夢達の探索に比べたら可愛いモノです。あの子達なら確実に、部屋中を荒らしてましたから…ね」


そう言い、私に視線を合わせるように、少し屈んで顔を覗き込む仮宥愛に、私は「………本当に…?」と、小さく呟いた。


「ええ。だからそんなに怯えないで下さい」

「………本当に、すみませんでした」

「それにしても、七海さんは何のために、この鍵を千紗都さんに渡したのでしょう。本当に、何を考えているのやら………」

「………仮宥愛さんが館の地下に何かを隠してるって言ってましたけど………」

「ここに隠しモノですか………?ああ、もしかしたらアレのことかもしれませんね」


そう言って机の引き出しから何かの袋を取り出しくると、その袋を私に差し出した。


「中のモノを見てみてください」

「………これって………」


袋の中に入っていたのは、小さな鏡だった。

そう、七海と初めてあった時の、廃村で見つけた人形が持っていたモノとよく似た鏡だ。


「それは一見普通の鏡に見えますが、実は魔女の呪いが掛けられた曰く付きの鏡【ラプラスの魔鏡】と言います。

この鏡には未来を見ることが出来ると言われてますが、使った者には厄災が降りかかるとも言われています。私たちはこの鏡を見つけたときは、封印を施し、未来視をできないようにしているのですが………」

「………ラプラスの魔鏡?…未来視………?封印って、そんなに危険なモノなのですか?」

「鏡自体には特に問題は無いのですが、預言の言霊を唱えることで、その力が発動するようになってます。それさえ言わなければ、普通の鏡を同じなのですけれどね」

「預言の、言霊………」


見た目は本当に普通の小さな鏡だ。

なぜこんなモノを仮宥愛が保管していたのか疑問だが、あの時七海がこれを探していると言っていたこと自体、理由が分からない。

こんなモノを集めて、何をしようとしているのか?

訳が分からぬまま鏡を見ていると、仮宥愛が声を掛けた。


「それは封印を施してあるので、預言の言霊を言っても何も起きないですが、あまり鏡を見つめすぎるのも良くないですよ。鏡には独特の魔力が備わってますからね」

「そうなんですか?」

「はい。よく魅入られるって言いませんか?鏡も同様に、いろんなモノを映しているので、いつどんなモノが映されるか分かりませんからね。それと、その鏡を何処かで見たことがありましたか?先ほどの反応からして、初めて見た感じがしなかったのですが………」


その言葉に、私はここに来てすぐに辿り着いた廃村でみつけ、七海に渡したことを告げた。


「渡したのは、そのひとつだけですか?」

「はい、見つけたのはそれだけでした。でも、七海はその鏡を探していたって言っていたようでしたし、そのまま渡したのですが…」

「う~ん………やはり、そうですか」

「あの、何か他にあるのですか?」


仮宥愛の様子からして、あの時七海に鏡を渡してしまったことがまずかったのか。

不安な表情で仮宥愛を見つめると、静かに話し始めた。


「七海さんはこの鏡のもう一つの使い道を知っているのかもしれませんね」

「もう一つの、使い方?………そう言えば、前に村人達をこちらに避難させる時にも、何かの鏡を使ってましたよね。もしかして、それのことですか?」

「ご名答。魔力の持つ鏡には、未来視ができるほかに、条件を揃えれば移動手段として使うこともできます。あの時は大勢を移動させるために結翔の能力で水鏡を使用していましたが、同じ魔力を持つ鏡がふたつあれば、その間を行き来することができます。七海さんはもしかしたら、これを使って破滅の門に行こうとしてるのかもしれませんね」

「破滅の門………?」

「破滅の門とは、魔女のいる冥界のエリアへの扉に繋がってる鬼門のことです。門が開くと同時に、より強力な瘴気が世界中に撒き散らされてしまい、我々には禁断の秘術とされています。もしかしたらと思ったのですが、やはり七海さんはこの鏡を使って、魔女の城へ行こうとしていたのですね」

「そんな……」


ではあの時、七海に渡したのは間違いだったのか。

何も知らずに渡してしまったことへの後悔と、七海が本当に魔女の城へ行こうとしているのかという疑問が入り乱れて。


『アイツの言葉全て鵜呑みにしちゃダメよ。そうでもしなきゃ、後悔するのはあなたよ』


ふと、七海が言っていた言葉が頭を過ぎる。

しかし、先ほどの件からして、七海の思い込みなのかもしれないが、後悔するとはどういう事なのか?

一体、どちらの言っていることが正しいのか?

仮宥愛のことを信じたい気持ちはあるが、七海の言うことも気になる。

なぜ、七海がそこまでして仮宥愛を悪く言うようになってしまったのか。

何がそこまで七海を追い詰めてしまったのか。

まだまだ分からないことばかりだ。


「とはいえ、こんな所で話すのも何ですし、一旦上に戻りましょうか。それにもうお昼ですし、昼食を食べてからにしましょう」

「………そう、ですね。そう言えばさっき正午の鐘が鳴ってたような………」

「では戻りましょうか。ああ、千紗都さんは先に上に戻っててください。私はちょっとここで記録をしてから戻りますので」


そう言って、仮宥愛は机にあった本を開き、ペンを持つと何かを書き出していた。

おそらく、今日の出来事を記録しているのだろう。

私は邪魔にならないようにと、「………では、先に失礼します」と一声掛けてから元来た階段を上っていった。


日誌にペンを走らせていた手を止めて、仮宥愛は小さく溜息を吐いた。

そして、階段の方へと視線を向けて、僅かに目を細めた。


「まさか、こんなに早く気付かれるとは………。でも、上手く誤魔化せたみたいですね」


そう呟き、一瞬だけ目を閉じて。

再び目を開くと、その瞳は酷く冷たく、まるで感情の無いような表情だった。



昼食を食べ、再び仮宥愛の部屋に来て、改めて謝罪をした。


「本当にすみませんでした」

「もう良いですよ。それにしても、七海さんがここまで熟知しているとなると、向こうもかなりの情報を掴んでいそうですね。一体どうやってその情報を手に入れているのやら………」

「それって、さっき言ってた七海が魔女の城へ行くための情報ですか?」

「ええ、そうです。もともと七海さんがこの館から去った理由も、魔女への復讐のためと言ってましたから」

「………何で七海はそこまで魔女を憎むのだろう………?」

「誰だって魔女に強い憎しみを持っているのは確かです。その呪いのせいで大切の人たちを失っているのですから。ほとんどは憎しみよりも悲しみの方が強く、嘆いているといった方が合っているのかもしれませんね。ただ、七海さんは憎しみが誰よりも強かっただけかもしれません」

「そう、なのかな………。湊さん、でしたっけ?七海が慕っていたという人が亡くなったのは聞きましたが、それほど強い憎しみを持っているとは、あまり感じられないけど………」


確かに、七海はいつも何かに対して怒りを感じてはいたけれど。

それが魔女に対する憎しみの感情からなのかは分からない。

それに、仮宥愛に対しても何かの嫌悪感を抱いている理由もまだわからないままだ。


七海がこの館を出る事になった、本当の理由は一体何なのか?


仮宥愛は七海が魔女の城へ行くためと言ってはいるが、本当にそうなのかもはっきりしていない。

もし、七海の言っていたことが本当ならば、これも仮宥愛の嘘になってしまうのだ。

だが、仮宥愛からは嘘を吐いているようには一切感じられず、ましてや、そんなに簡単に誤魔化せられるような様子も見受けられない。


一体どちらが正論なのか?


私は、そんなコトを考えて頭がいっぱいで、仮宥愛が私を見ていたことに気がつかなかった。


「そんなに七海さんのことが気になりますか?」


ふいに仮宥愛に声を掛けられて、けれど七海に言われたことを全て話すわけにも行かなくて。

私は、「よく分からない」と答えた。


「とりあえず今は未だ情報収集の途中なのでしょう。千紗都さんに鍵を渡して、内部状況を確認しようとしていたみたいですが。そこまで執拗に計画していることを考えると、何か確信を持っているのかもしれません」

「確信、ですか?」

「強い憎しみを抱いているとは言え、結局は一人で行くのですから、それなりの覚悟が必要です。それに、破滅の門へ行くだけでも、相当過酷な状況になるはずです。私自身言い伝えとしか聞いてないので、実際はどれ程のモノかは知り得ませんが、生半可な気持ちで近づけば、強い瘴気に当てられてしまいますからね」


そんな場所へ、七海は本当に行こうとしているのか?

未だ半信半疑だが、七海の行動を考えると、間違いでもなさそうに思えて。

でも、だからといって仮宥愛に対してまで嫌悪しなくても良いはずなのだが。

その話を聞き出そうかと悩んでいると、仮宥愛がそれを察知して、自分から話をしてくれた。


「七海さんと私の関係が気になりますか?」

「えっと………少しだけ」

「それもそのはずですよね。七海さんがここまで計画を練っているのも、元はと言えば私にも原因がありますから」

「…それって、どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですよ。湊さんが亡くなったのは、私を庇った所為でもあるのです。七海さんと結翔達を逃がそうとしてた所に、闇の影が狙っていたのを湊さんが気付いて、盾になってくれたのです。それで深手を負った湊さんは、自分を犠牲にしてまで、皆を守り抜いたのです。ですが、その事が七海さんには腑に落ちなかったのでしょう。それ以来、七海さんは私のことを嫌うようになってしまいました。一時は口も聞いてくれませんでしたからね。でも、やはり何処かで割り切っていたのでしょう、或る日私に話しかけたかと思えば、『魔女に復讐する』とだけ言い、館を出て行ってしまったのです」

「………そうだったんですね。確かに、七海の気持ちも分からなくはないですけど………。でも、なんで突然、七海はそんなコトを言い出したのかは分からないんですか?」

「そうですね。本当に突然言い出して、それきり連絡も無かったので。時々姿を見かけはしてましたが、今は何処で寝泊まりしているのかも、私にも分からないんです」


確かに言われてみれば、七海はいつも突然現れて、そのまま何処かへ去って行くけれど、一体どんな暮らしをしているのか、考えたこともなかった。

何処で寝泊まりしているのか、食事でさえまともに取れているのか。

次第に七海への気持ちがいっぱいに成り、居ても経ってもいられず、仮宥愛に「すみません!」と一言言ってから、館の外へ出て行った。


そのまま温室の脇を通り過ぎ、森の中にある小さな湖の畔に来ると、周りを見渡した。

前回会ったときは、確かここに居たはず。

そう思って七海を探すも、周囲には人影はひとつも見当たらなくて。

もうここには居ないのか?

別の場所を探そうと、元来た道を一旦戻ろうとして、行く手の茂みがガサガサ言っていることに気付いて。


「七海?」


そう声を掛けてみたが、茂みから出てきたのは七海ではなく、結翔だった。


「………」


結翔は無言のままこちらに近づいて、じっと私を見つめている。


「………結翔?………どうしたの?」

「………それはこっちの台詞………。こんな所で何してたの?」

「私は………、ちょっと人を探してて」

「七海のこと………?」

「あ………うん、そうなんだけど………」


なんとなく気まずく感じ、同時に先日会った時に言われたことを思い出して。

結翔も七海が嫌いなのかと思い、尋ねてみた。


「結翔、もしかして七海のこと、嫌ってるの?」

「………どうして?」

「えっと、結翔が仮宥愛さんを慕ってるってことは分かるよ。でもだからって何で七海を嫌う理由になるのかなって………。もしかして、5年前の件で、何かあったの………?」

「………」


急に無言になる結翔に、私はそれが答えだと感じて。

だとすれば、仮宥愛を嫌う七海が気に入らないだけなのではないのか?

そう思って、言葉を選びながら、私は結翔に話しかけた。


「湊さんが亡くなったのが、仮宥愛さんを庇ったからって聞いたけど、その所為で七海が仮宥愛さんを憎んでるのも分かるよ………。でも、だからって結翔が七海を嫌う理由にはならないんじゃないかな………?」

「………」

「………ねぇ、結翔。人を嫌うのは簡単なことだよ。でも、嫌いになった人をまた受け入れるのって、そう簡単なことでもないのも知ってる。だから、きっかけさえあれば、何か別の見方もあるんじゃないかなって………」

「知ったような事言わないで」


そう言い放った結翔の表情は、先日見たときと同じように、冷たく鋭い瞳で睨んでいた。

普段からおっとりした雰囲気の結翔が、はっきりとした口調で、こんなにも感情をむき出しにするのに、驚きを隠せなくて。

私は声を詰まらせて、冷や汗が頬を伝うのを感じた。

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