vision:ⅩⅢ 真実と嘘~映し出された答え~
鏡の中の私が語る
『真実は常に、嘘の中に隠されている』
何が真実で、何が嘘か?
その答えが今、映し出されて
私は認めたくなかった
それが真実だと言うことに
気付きたくなかった
だって、まだ
信じていたかったから………
――――――――――――――――――――
美彩と結翔を見送って、一人部屋に戻った私は、未だに漠然とした感情に支配されていた。
先ほどの結翔のあの表情。
今まで感じたことのないほどに、冷たく、突き刺さるような眼差しに、驚きを隠せないでいた。
(あんな表情、するんだ………)
今まで滅多に感情を表に出さない結翔が、初めて感情的に見せた表情だ。
それほど仮宥愛のことを慕っている証拠なのだろう。
とはいえ、何処で七海とあっていたことを見ていたのだろうか?
まったく気がつかなかったとは言え、もっと注意すべきだったのだろうか。
それにしても、今日はいろいろとありすぎて、頭がパンクしそうだ。
七海に忠告されて、夢で仮宥愛の別の顔を知って、結翔のあの表情………。
一体それらが何を意味しているのか?
今はまだわからないけれど、きっと何かしらの意図があるはずと思って。
未だ知らないことがたくさんありすぎる。
教会の聖職者のこと。
5年前の事件以降の復興のこと。
村人達の生活の在り方。
館の地下のこと。
仮宥愛が隠していること。
そして、それら総てに仮宥愛が関係しているということ。
考えれば考えるほどに、信じられないことだらけだが、一度考え出すと抜け出せないくらいに、それらは複雑に絡み合った謎に包まれていた。
だが、疑問はそれだけではない。
私が時偶見る、あの夢についても、信じられないことばかりだが、全てが予知夢として現実に影響していることも不可思議だ。
なぜ、あんな夢を見るようになったのか?
なぜ、私人そんな力が宿ったのか?
何か意味があるとしても、それは一体どんな意味なのか?
結局何ひとつ分からず、夕食を食べているときも考え事で頭がいっぱいで、味がよく分からなかった。
そしてその夜、私はまたあの夢を見ていた。
薄暗い回廊を通り、大きな鉄の扉を開け、大きな聖堂の中にあるマリア像を見上げて、その奥の壁にある鏡の前に立った。
ぼんやりと映し出される自身の姿。
けれど、どこか異なる表情を浮かべる、もう一人の私。
「………」
無言のまま鏡の中の私と向き合い、そっと目を閉じて、深呼吸をして。
再び目を開いて、私は鏡の中の私に話しかけた。
「あなたは、誰?私なの?それとも…………もしかして、七海?」
鏡の中の私は、そっと静かに答えた。
『それが正解で、少しだけ違うわ。私は貴方で、七海でもある。けれど私は、その姿を模った、仮初めの存在。でも、貴方もそれは知っているでしょう?』
「………何を?」
『此処が何なのか。この世界の、本当の姿を………』
「本当の、姿………?それは一体どういう意味?」
『目を逸らさないで、良く見て御覧なさい。貴方が常に見ているはずのモノで、見落しているモノがあるはず。それが何かは、あなたは知っているはずよ』
鏡の中の私は静かに目を閉じて。
まるで、何かを告げているかのように、そっと囁くように、言葉を続けた。
『もう一人の私が教えてあげてるでしょう?真実は常に、嘘の中に隠されているわ………』
そう言うと、鏡の中の私の姿が揺らぎ、本来の私の姿が映し出されていた。
そしてそのまま、私は目を覚ますと、夢の中と同じように手を伸ばし、宙を掴んでいた。
「今の、本当に夢………?」
伸ばしていた手を額に当て、目を閉じると、先ほどの言葉が反芻された。
『真実は常に、嘘の中に隠されているわ』
それが一体、どういう意味なのか?
私には分かっていることだというのだろうか?
一体何を意味しているのか、私にはまったくといって心当たりはない。
でも、ひとつだけ分かることがある。
七海の言葉だ。
彼女の言っていることは、確実に正しいのだと伝えていたような気がして。
それはつまり、仮宥愛が表向きに隠していることがあるということで。
信じられない話だが、ここまで言われれば疑いようもない。
仮宥愛は、何かを隠している。
それが何なのかは、自分の目で確かめなければならない。
その為に、七海は私にこの鍵を渡したのだろう。
もう迷ってはいられない。
嘘の中に隠された真実とは、一体何なのか。
それを知るために、私は、行動を起こすことを決めた。
翌朝、いつものように朝食を食べ終わり、各自で自由に過ごしている間、私は教会に行ってみることにした。
考えてみれば、今まで教会の中をゆっくり見たことが無かった。
これだけ大きく、近隣の村人がこうして避難のために生活できるくらいだ。
普段行き来している大広間と入り口から館に繋がる通路以外、足を踏み入れてなかったので、この際いろいろと確認も含めて、詮索してみようと思ったのだ。
大広間では既に仮宥愛が朝の務めとして、村人達への様子伺いをしていた。
「お加減いかがですか?」「調子はどうですか?」と声を掛けては話し込み、時折笑顔を浮かべては村人達との会話を楽しんでいるようだ。
そんな普段の仮宥愛と変わらない姿に、私は心底信じられないまま、教会内を歩き回った。
暫く歩いていると、廊下の向こう側にいくつかの部屋があり、扉が開いているのが見受けられた。
中を覗くと、手前は来賓の方を迎える為の応接間になっていて、その奥は祈りを捧げる為か小さなマリア像が置かれた、祈りの間。
さらにその奥の部屋は、休憩するために用意されたのか、天蓋付きのベッドが置かれていた。
恐らくこれらは、貴族の方がご来賓のときに用意された部屋だろう。
その先へ進むと中庭があり、その周りを囲うように長い回廊があって、やがて二手に分かれていた。
片方は中庭への入り口に繋がっていて、もう片方はまたさらに奥へと続いていた。
奥の方へ続く廊下を渡って、その先は大広間に繋がっていた。
突き当たりの部屋には美術品が並べられた、小さな展示室になっていた。
そしてその脇に階段をみつけて、2階へ上がると、そこは資料館になっていて、たくさんの装飾品や、宗教絵画、大きなステンドグラスの窓があり、天上は高くそびえ大きなアーチを描いていた。
そして大広間と同じくらいの広さの書庫を見つけ、高く連なる本棚に圧倒されながらも、
一通り見てまわると、歴史や文化に関する本や、語学や生物学、天文学や薬学など、様々な分類の本が置かれていた。
まるで国立図書館並みの品揃えだ。
いろいろと何冊か本を手にとって、軽く見ては本棚に戻し、また別の本を取っては戻し手をくり返していると「何かお探しですか?」とふいに声を掛けられた。
振り向くと、一人の女性が立っていた。
良く見ると、胸元に仮宥愛が付けてるバッジと同じようなモノを付けていた。
「すみません………、ちょっと立ち寄って、すごい数の本だなって思ってみてたたでなんです………」
「いえいえ、構わないですよ。此処に在る本は、どなたでも御覧いただける部類ですので。ただ、奥にある本は持ち出し禁止になっているので、御覧になる際は一度お申し付けください」
「ありがとうございます」
そう言って、その女性はまた別の訪問者のところへ行き、声を掛けて、探していたらしい本を差し出していた。
彼女は此処の司書をしているのだろう。
思い返してみれば、一見、近隣の村人達だろうと思ってみていた中には、胸元に同じバッジを付けている人が何人かいたのを確認している。
恐らく、あのバッジは教会関係者の証なのだろうと、改めて知った。
これで一つ目の疑問が判明した。
やはり、仮宥愛以外にも神職関係者がいたのだ。
ごく一般の人たちと同じような服装で、作業をしていたからか、私が気付かなかっただけかは分からないが、とりあえずは、ひとつ解決した。
そしてもう一つ、分かったことがある。
その彼らが、村人達の生活を支えていたと言うことだ。
一般の村人と同じ生活を送りながら、教会と連絡係と成り、必要とあれば支援していく、といった感じなのだろう。
それで村人達は何不自由のない暮らしが出来ているのだ。
これが恵まれた環境に見えた答えだったのだ。
でも、だからといって、全ての疑問が判明したわけではない。
まだまだ分からないことはたくさんある。
私は、その手がかりを探るために、また教会の中を歩いて周り、さらに上へと登っていった。
上の階へ登っていく途中、外壁に沿った階段になっていたためか、外の景色を見ることが出来た。
結構長い階段で、そのまま最高階へと登ることに成り、そこは辺り一面が見渡せる展望台になっていた。
教会の周りにある大きな湖、その先には深い森が拡がっていて、所々に拓けた場所があり、近隣の村や集落が見えた。
そしてその森の奥深くには、岩肌がむき出しになっている崖があるのが見えて。
あんな処があるんだ、と今更乍らに、初めてこのエリアの地形を見ることが出来た。
「まだまだ知らないことだらけだな………」
外壁の端に寄り掛かってそう呟き、暫く外の景色を眺めていた。
思えばここに来てそんなに経ってないのに、いろいろなことがありすぎて、毎日が目まぐるしかったけど、こうしてゆっくりと周りを見渡すことがなかった。
この世界のこと、仮宥愛からいろいろと教えてはもらっていたが、実際にこうしてみることは少なかった。
それでも、毎日が充実していたことは確かで。
こんなに楽しい日常を送れるのはいつぶりだろう。
あの日以来、もうこんな日は来ないと思っていたのに………。
と、また過去の出来事が頭を過ぎって。
いけない、もう今はこんな事を考えてる暇はないと自身に言い聞かせるように頭を振って。
大きく息を吐いて、気を取り直して、また他のことを確認しようと、展望台を後にした。
下へと降りていく途中、先ほどは気付かなかったが、もうひとつ通路があるのを見つけて。
此処は何処に繋がっているのだろうと、足を向けてみると、近づいて分かった。
この先は、損壊している場所であるということに。
恐らく、5年前の襲撃の名残だろう。
そう思ったのは、そこにあったであろう柱に衝撃を受けた後がくっきりと残されていたからだった。
「そんなところにいると、危ないよ。まだ修繕し切れてない箇所があるからね」
通り掛かった老人が、声を掛けてくれた。
近隣の村人だろうか。
「此処で何があったのか、知ってるんですか?」と尋ねると、「知ってるも何も、アレは忘れられないくらいの大惨事だったからな………。お嬢さんは知らないのかい?」と云われて、「最近こちらに来たので」と話を誤魔化して。
「それなら」と、老人は腰を下ろして語ってくれた。
「今から5年も前のことだ。この場所へ魔女の隷が襲ってきて、仮宥愛様を始め、数名のNoir Ange様達が対抗し、何とか食い止めることが出来たモノの、多くの者が犠牲になった。家族や仲間を失った者や、身体を負傷した者、さらには、その時のショックで性格が一転した者もいる。その者達を仮宥愛様は救いの手を差し伸べ、共にまた歩んでいこうと仰ったのだ。まだ幼かった結翔様も、一緒になって支えておられた。お二人とも、健気で我々の光だった。だから私らも、精一杯の感謝をこめて、教会の復興を手伝ったのだ。だが人の力には限界がある。なので、この場所だけは忘れないようにと、ほんの僅かだけ修繕して、そのままの状態で残して居るのだよ」
「そうだったんですね………。ありがとうございます、………辛い話をさせてしまって、すみません」
「いいや、私らに出来るコトは、こうして若者に語り継がせることだけだからな。どうか風化させぬよう、次の世代にも語り継いでおくれ」
そう言って、老人は「さて、連れが探しているだろう。そろそろお暇するよ」とその場を後にした。
老人を見送り、もう一度その場所へと目を向けた。
「多くの者が犠牲になった」と言う言葉に、胸を痛めた。
恐らくその中に、館にいた人たちも含まれているのだろう。
それだけの大きな大惨事で、これだけの痕跡が残ると言うことは、かなり大きな衝撃だろう。
それでも、仮宥愛は自ら先頭に立ち、復興に向けて村人達に手を差し伸べていたのだろう。そのことを思っただけで、涙がにじんできた。
だが、ここで泣いてる暇なんてない。
私には、やるべきことがまだあるのだから。
涙を拭って、気持ちを落ち着かせて。
目の前にある、惨劇の残骸を見つめて、これでもまたひとつの疑問は解決したと、その場を後にした。
残された疑問はふたつ。
館にある地下の存在と、そこに何かを隠しているという仮宥愛の秘密。
このふたつについては、確認しようにも手がかりが一切なく、ましてや他人に聞くようなないようでもない。
自分の目で見て、確認するしかないのだ。
それにしても、ここまでいろんな人に会っても、不自然な点は一切見当たらない。
だが、七海が言う仮宥愛のもうひとつの顔が一体何なのか、一切見当が付かない。
この前の夢で見たことが、実際の出来事だったとして、ではあの人形達は何を意味しているのか?
一体、仮宥愛は何を隠しているのか?
考えても、何も見出すことが出来ない。
これ以上は何も糸口が見つからないので、先に館の地下について調べることにした。
それにしても、そもそも地下があったとして、その入り口が何処に在るのかも分からない。
普段、館の中を行き来していたにもかかわらず、それらしい入り口のような者を見当たらなかった。
それでも、何か見落しているのかもしれないと思うと、館の中全体を確認したわけでもないので、何とも言えない。
だが実際、館の中を探し回ったところで、そう簡単に見つかるようなものでもないと思うし、何よりあの仮宥愛が嘘をついてでも隠そうとしている場所だ。
ちょっとやそっとじゃ見つけられないと思う。
「………見つけられるのかな?私に………」
他人の秘密を暴こうとする行為に、罪悪感を抱かないわけでもないが、自分に関係することが分かっている以上、無視するわけにも行かない。
心を決めて、私は館に戻ると、まずは1階を確認し、不自然なところがないかを見渡してみたが、これといって見当たらず、ここにはないとかと思い、2階へ上がってみた。
幸いにも今は従者の人たちは仕事中なので、さっと部屋を見回して確認だけして見てまわったが、こちらも特に不自然な点はない。
残りは仮宥愛の部屋と私たちが使っている3階だが………。
仮宥愛の部屋の前に立つと、変に緊張してしまった。
何度か訪れてはいるものの、仮宥愛が不在の時に入るのは初めてで。
「………失礼します………」
一応、一言言ってから部屋の扉を開け中に入ってみた。
普段と変わらない部屋の雰囲気に、ここも変わり無しかなと、一通り見渡して確認していると、何故か分からないが、一瞬だけ違和感を抱いた。
「………何だろう?何か、いつもと違う気がする………」
改めて部屋の中を見渡して、それが何なのか確認しても、その時は分からなかった。
そしてその直後、正午を告げる教会の鐘の音が響いた。
反射的に驚いて近くにあった本棚に手が触れて、本を数冊落としてしまった。
「いけない、戻しておかなきゃ………」
慌てて本を拾って、元にあったであろう場所へ戻そうとして、私は目を疑った。
そう、見つけてしまったのだ。
本棚の奥に、不自然に開いた穴があることに
「これって………まさか、ね」
念のために周りの本を動かして確認すると、やはりそれは何かの鍵穴だった。
私は一瞬躊躇いながらも、試しに七海からもらった鍵を差し込むと、ぴったりと嵌まり、鍵をひねると、カチャリと鍵が開く音がした。
すると、その本棚が自然と手前に動いて、その裏にあった壁に、隠し戸が現れたのだ。
扉の向こうから微かに風が吹いているのを感じて、この奥に何かがあることを物語っていた。
「………」
恐る恐る扉を開くと、鍵が掛かってないのか、簡単に開いて。
薄暗い通路に、下へと続く階段があった。
おそらく、ここが地下への入り口なのだろう。
私は息を呑み、「本当に、あったんだ………」と呟いた。
これで判明した。
仮宥愛はやはり、何かを隠していた。
驚きと衝撃で目の前が真っ白になりかけたが、気を確かに持って、私は意を決して、その階段を降りることにした。
この先に、全ての真実がある。
そう確信して、スマホを懐中電灯の代わりにして、一歩ずつ階段を降りていった。
その頃、仮宥愛はまだ村人達との会話をしていたが、一瞬だけ何かを感じたのか、視線を逸らした。
しかしすぐにまた会話に戻ると、笑みを浮かべて。
その一瞬だけ、目を細めて含み笑いを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます