vision:Ⅻ 仮初めの幸福~崩れ始めた平穏と虚構~

何が真実で何が嘘なのか

私はまだ分からずにいた


けれど気付いたときには

もう全てが遅すぎたのかもしれない


信じていたモノが

崩れていく


信じていたはずのモノが

失われていく


信じていたのに………

裏切られてしまったの


――――――――――――――――――――――――


一旦館に戻った私は、先ほど七海に言われた言葉を思い返していた。

館の地下には表沙汰には出来ないモノを隠している。

それを見れば本当の仮宥愛を知ることが出来る、と。

いったい、仮宥愛さんが何を隠しているというの?


結局、モヤモヤした気持ちが消えないまま、時間だけが過ぎていく。


そんな中、教会の方からパイプオルガンの音色も聞こえて。

たぶん奏音が弾いているのだろう。

それに合わせて子供達の歌声も聞こえた。

微かだが、未遊夢達の歌声も聞こえる。

大広間で、村人達と楽しそうに過ごしているのだろう。


教会の入り口に立ち止まり、暫くその歌声に耳を傾けていた。

こうして楽しそうにしている皆の様子を見ると、至って普通の子供達に変わりはなくて。

でも、だからといって、心のモヤモヤが晴れることはなくて。

そんな考えに頭を悩ませていると、館の方から仮宥愛がやってきた。


「千紗都さん、そんなところでどうしたんです?」

「………」

「千紗都さん?」

「…あ、すみません。ちょっと考え事していて……」

「そうですか。…あまり無理の無いようにして下さいね。また前みたく、熱が出ては大変ですから」

「………その件はスミマセンでした…」

「いえいえ、あれくらい何ともないですよ。比較するモノでは無いですが、美彩さんの発作からすれば、楽な方ですからね」

「美彩さん…。あれから体調の方はどうですか?私、あまり美彩さんとは会えてなくて、気になっていたんですけど………」

「あれ以来大きな発作は起こしてないですね。軽い方なら特に問題は無いので、少し休めば良くなりますから。それより、千紗都さんが美彩さんのことを気にしてくれていると知ったら、喜んでくれますよ」


そう言ってにっこりと微笑む仮宥愛に、私は曖昧な表情しか出来なかった。


こうして話している限り、特に何かを隠しているという雰囲気はまったく感じられない。

七海の言っていたことは、やはり嘘だったのだろうか?

しかし、仮宥愛も平気で嘘をついているのかもしれない。

どちらを信じるにしろ、疑うことに変わりはなくて。


(嫌だな…こういうドロドロした感情は………)

(また、あの頃を思い出してしまいそうで………)


無理矢理に笑顔で繕おうとすればするほどに、うまく笑うことが出来なくて。

そんな私の姿に、仮宥愛は優しく、そっと頭を撫でてくれた。


「無理しないでと言ったでしょう。何をそんなに悩んでいるのかは分かりませんが、思い詰めすぎないようにして下さいね」

「………はい…」


何とか笑顔を作れたが、思わず涙が溢れそうになって。

慌てて涙を拭うと、また仮宥愛は頭をポンポンと優しく撫でてくれた。


こんなにも優しいのに、裏の顔があるなんて、信じられない。

だけど、七海の言うことにも、納得のいく部分もあって。

答えが見つからないその問いに、どう向き合えばいいのか。

私は、何も見出せずにいた。


その後仮宥愛と別れて、一人部屋に戻ることにした。

一度頭の中をリセットさせるためだ。

ベッドに寝転がり、ポケットに仕舞った鍵を取り出して、掲げた。


「本当に、地下なんてあるのかな…?」


そう呟いて、鍵を握り、その手を額において目を閉じて。

一度全てを整理しようと、考えを巡らせていた。


(最初は、なんとなく思っただけだったのにな………)


仮宥愛以外の聖職者は、居るのかどうか。

従者はいてもそれらを指示しているのは常に仮宥愛であって、他には誰も見たことが無いこともある。

確かに、5年前の話を聞いた限りでは、仮宥愛以外にも聖職者はいたらしい。

写真にも、それらしい人たちが何人か写ってはいたのは見た。

その人達が、全員闇の影の襲撃で亡くなってしまったことも、仮宥愛からの話で知った。


しかし、それ以降はどうだろうか?

仮宥愛ひとりだけで、ここまで復興できたとは思えない。

いくら仮宥愛たちが精霊使いだったとしても、だ。

何か他に特別な力が働いて、ここまで復興出来たとしか思えない。


それに、周りの人達も、穏やかすぎる。


いくら魔女の脅威があるとはいえ、細やかでも格差など、あってもおかしくは無い。

なのに、皆が平等に平穏に暮らしていて。

それこそまるで作りモノのように………。


そこまで考えて、私はふと、ある違和感を抱いた。


「作りモノ」であること。

それは何かを隠すために、繕っているのではないかと言うこと。

そう考えると、全てに納得がいく。


やはり、七海の言っていたことが正しかったのだろうか。

だとすれば、館の地下というのは、いったい何か?

考えれば考えるほどに、疑問は底を尽きない。


また頭の中がパンクしそうで、頭が痛くなりそうなので、もうやめようと寝返りを打った。

そしてまたいつの間にか、眠りについていたのだった。


―――………あれ?

此処は、どこだろう?


気付いたときには仄暗い空間に、私は一人佇んでいた。

また夢でも見てるのだろうか?

そう思って、何気なく自分の手を見つめて、握ってみる。


爪が肌に当たる感覚が、リアルに感じて。


(夢………だよね?)


確信は持てないが、此処が現実ではないことは確かだ。

ふと、急に燈が灯ったように、周りの様子がはっきりと確認出来るようになった。


そこは薄暗い回廊。

近くに灯された蝋燭台の火がゆらゆらと揺れていた。


何故突然、火が灯ったのか?

自動的に付く仕組みになっていたのだろうか?と考えながら、私は適当に回廊を歩いてみることにした。


どれだけ歩いただろう?

永遠に続くと思われるほどに、長く薄暗い回廊に、ようやく果てが見え始めた。

その先に現れたのは、大きな鉄の扉。

恐る恐るその扉を開けると、重く錆び付いた音を立てて、扉は開かれた。


扉の奥は、大きく拓けた場所だった。

蝋燭の燈台が床一面に置かれ、僅かに明るくなったその場所は、柱が所々崩れかけた聖堂。

窓ひとつなく、どれ程の高さまであるのか分からぬほど、天上は漆黒の闇に覆われていた。


静寂に包まれた聖堂の中央には、マリア像が置かれている。

ゆっくりと足を進めて、マリア像に近づくと、台座に佇むその姿を見上げた。


ユラユラと揺れる蝋燭の明かりに照らされ、その姿は何処か寂しげにも思えた。


どうして、そんな風に思えるのか?

マリア像を見上げて改めてみても、今は何も感じられない。

ただ、愛おしそうに我が子を見守る、聖母である表情に変わりはなく。


ふと、どこからか風が吹いた気がして。

見渡すと、入ってきた扉の反対側に、通路があるのが見えた。

外に繋がっているのだろうか?

そう思い、私はその通路へと足を進めた。


しかし、近づいて分かったのは、それは通路ではなく、鏡に映った入り口だったのだ。


自分の姿が映っていたのに気付いて、鏡だと分かったが、ではいったいどこから風が吹いてきたのか?

入り口はひとつだけ。

では、私が通ってきた通路から、風が吹いてきたというのか?

しかし、通ってきた間、風など一切感じたことはなかったが、いったいどういう事だろうか。


わけが分からず、軽く額を鏡に触れるように置き、目を閉じた。


≪―――見逃している、真実はいつだってすぐ傍に―――≫


(………え?)


突然、頭の中でそんな声が聞こえた気がして。

どういう事だろう?とゆっくり目を開けると、鏡に映し出された光景に、思わず息を呑んだ。


「っ!!」


鏡に映し出されていたのは、先ほどまでマリア像があったはずの場所に、夥しいほどの死体の山があった。


驚きと恐怖が入り混じる。

しかし良く見ると、それは人ではなく、マネキン人形が積み上げられているのに気付いて。

本物の死体ではないと知るも、なぜこんなモノが?と、ゆっくり息をして、身体を動かそうとするが、やはり動かすことが出来なかった。



(―――どうして…?)


まるで見えない何かに縛られているかのように、硬直した身体は一ミリたりとも動かせない。

にもかかわらず、視線だけが自然と動いて。

鏡に映る自分の姿が、次第に表情を変えていくのが見えた。


『…だ…、……るの…?』


―――ピシッ


突然、鏡に罅が入り、映し出される景色が歪んだ。

鏡の中の私が、何かを言ったように見え、

その表情が憎悪に歪んでいるのを感じて。


『…まだ、逃げるつもり?』

『何も、変わらないのに…』


微かに震える声で、鏡の中の私が呟く。


『もう何をしても無駄よ。この世界は永遠に惨劇を繰り返すだけ』

『こうなることを望んでいたでしょう?』

『全てが、壊れてしまえばいいって…』


―――どういう事?


冷たい眼差しで、静かに囁き続けて。

その声だけが、頭の中に響いた。


『何をそんなに驚いてるの?』

『“コレ”も全て、“あなたが望んだ世界”じゃない…』


何を言ってるのか、理解できなくて。


―――ピシッ


また少し、鏡に亀裂が入り、また少し、視界が歪む。

だけど、なぜか目を逸らす事が出来なくて…。


「………っ!!!」


叫びたくても、上手く息が出来なくて。

声を出したいのに、喉に閊えて。

そんな私の姿を、鏡の中の私が、冷たい瞳で見つめてくる。

そして、静かな声で、呟く。


『そうやって逃げ続ける限り、犠牲は増えていくだけよ』


―――カシャン………


一体、また一体と、マネキンが山の中に落ちてきた。


「っ!?」


次の瞬間、人形の山が崩れて、カシャン、カシャンと、乾いた音が鳴り響く。

その山が崩れ落ちると、入り口から誰かが近づいてきている姿が見えた。

なぜかその瞬間、背筋に悪寒が走り、同時に嫌な気持ちが胸を締め付けた。

私は無意識に、その姿に怯えている…?


『何をそんなに怯えてるの?』


鏡の中の私は、全てを見透かしているかのように、囁く。

感情の無い顔で。

でもどこか、歪な笑みを浮かべたままで。


―――カツン……カツン……――――


靴音を鳴らしながら、こちらへと近づいてくる。


『…どうして………?』


消えそうなくらいに小さく、か細い声で。

どこか、胸が苦しくなるような、そんな悲しそうな声で。

次第に、はっきりと、強い嫌悪を感じる声音で。

ふと、鏡の中の私が俯き、また囁いた。


『ねぇ…どうして?』


その声が、次第に七海の声に重なるように、鏡の中の私の姿も、七海の姿へと変わっていった。

次第に入り口から近づいて来た人物の姿が、はっきりと見えるようになって。

私は、息を呑んだ。


そこに映ったのは、人形を抱えている仮宥愛の姿だった。


その表情は普段のあの優しさをまったく感じられず、冷たく無表情で。

恐ろしいくらいに、冷酷な雰囲気を漂わせていた。


仮宥愛は担いでいた人形を手荒く投げ捨てると、冷たい声音で呟いた。


「価値のないものは、用済みです」


そう呟き、冷たく見下ろしていた。

そして、その捨てられた人形が、次第にある人物のように見えた。


その人物は………―――。


その直後、私は目を覚ました。


(え………?何、今の………)


夢にしては感覚がリアルすぎる。

だが、眠っていたのは確かで。

僅かに寝汗をかいていた。


しかし、さっきほどの光景は一体何だったのだろうか?

なぜあんな場所に、それに仮宥愛の様子も違っていた。

一体何がどうして、こんな夢を見てしまったのか?

何かの警告なのだろうか?

と、頭を悩ませても答えは見出せず、寝汗の所為で少し気持ち悪いのもあって、シャワーを浴びることにした。


熱いお湯を浴びながら、頭の中は妙に冷静だった。

まるで、何か見落していると告げているかのような、そんな考えが頭から離れなくて。

仮宥愛のあんな表情は、初めてみた。

本当にあれは仮宥愛だったのか、別の誰かではなかったのかと思えば思うほどに、それが仮宥愛本人であるとでも告げるかのように。


七海の言っていた、本当の仮宥愛の姿がもし、あんな感じだったのだとしたら…。

私の知っている、あの仮宥愛は嘘で塗り固められているとでも言うのか?

違うと思いたいのに、夢の中の仮宥愛の表情が頭から離れない。

それに、捨てられた人形が、まさか…。


そこまで考えて、私は思いっきり頭を振った。

違う、考えることはそんなことではないと、自分に言い聞かせるように。


とにかく、この夢が本当なのかどうか、確かめなければいけない。

そんな気がして、何か方法が無いか、もう一度考えようと、シャワーの湯を止めた。

髪を乾かしているときだった。

部屋の扉をノックする音が聞こえて、返事をして出てみると、そこにいたのは美彩だった。


「美彩さん!どうしたんですか?出歩いてて大丈夫なんですか?」

「今は調子も安定してるので、大丈夫ですよ。ちさとさんのほうこそ、大丈夫ですか?仮宥愛様が言ってましたけど、千紗都さんが何かまた悩んでらっしゃるとのことで、気になってきてみました」

「仮宥愛さんが………。そっか、さっきあったときに………。わざわざありがとうございます。今シャワーを浴びて頭の中をスッキリさせてたので、大丈夫ですよ」


「立ち話も何なので………」と、美彩を部屋に入れて、ソファーに腰掛けて。

何か飲み物でもと、お茶があったので用意して。

それから、二人で暫く何気ない話をしていた。


それから暫く、二人で話し合っていると、次第に窓からの風が冷たくなっていて。

良く見れば、部屋の中も夕日の茜色に染まっていて、もうそんなに時間が経っていたのだろう、そろそろお開きにした方が良いだろうと考えていると、ちょうど部屋の扉がまたノックされた音がして。

返事をし、出てみると、今度は結翔の姿があった。


「結翔、どうしたの?」

「…仮宥愛が、美彩姉来てないかって………此処にいたんだ。」

「あ…うん。美彩さん、だいぶ調子よかったみたいで、散歩がてら来てくれたの」

「………仮宥愛が探してた」

「仮宥愛さんが?じゃあ、ちょうどお開きにしようかってところだったんだ」


そう言って、美彩に仮宥愛が探してたことを伝えると、「そろそろ夕食前の薬をももらう時間だった」と思い出したように言って、「じゃあまた今度話しましょう」と自室へと戻っていった。

結翔も一緒に美彩を送っていくのかと思ったら、そのまま見送り、私の方へと向き直った。


「結翔?未だ何かあるの?」

「………」

「結翔?」

「………七海と、会ってたでしょ」

「………え?どうして………」

「何言われたかは知らないけど………。仮宥愛のこと、もし傷つけるようなことをしたら、………赦さないから」

「………っ!」


そう告げる結翔の表情は、まるで別人のように冷たく、鋭い瞳で見つめていた。

そのまま結翔は背を向けて、美彩の後を追うように、去って行った。


なぜ、結翔があんなことを言ったのだろうか?

それに、どうして七海と会っていたことを知っていたのか?

恐らく、どこかで見ていたのだろうか?

それにしても、あんな結翔を見たのは初めてた。

結翔が仮宥愛のことを慕っているのは分かっていたが、それほど七海のことが嫌いなのだろうか?

しかし、いくら何でも七海を敵対視しすぎではないのだろうか?

二人の間に、一体何があったのだろうか?


と、疑問が次々に浮かんで、私は訳も分からずその場に佇んでいた。

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